大学生・黒鐘智慧理の私生活 4
「鼎……今日って何か予定ある……?」
大学に登校した鼎は、講義室で智慧理に会うなり、見るからに深刻そうな表情の智慧理からそう切り出された。
「お、おはよ智慧理。今日は何も予定無いけど……どしたの?顔ヤバいよ?」
「今日の講義終わった後、私の家に来て欲しいんだけど……」
「……もしかして、また何か見覚えの無いもの見つかった?」
智慧理が頷く。
ここ数ヶ月の記憶を失ってしまった智慧理は、住んでいるアパートの中が購入した覚えのない物品で溢れ返っている状態だ。
それらの物品を調べるために鼎が智慧理のアパートを訪ねたのは、つい先日のことである。
「どんなものが見つかったの?」
「……ちょっと、ここじゃ言えないかも」
智慧理が人目を憚るように声を潜める。
智慧理のその様子に、鼎は嫌な予感を抱いた。
「一応聞いておきたいんだけどさ……まさか犯罪系じゃないよね?」
「……ちょっと分からない」
「ちょっと分からない!?」
鼎がその質問を投げかけたのは半分冗談のつもりだったが、智慧理の表情の深刻さは更に増すばかりだった。
「えっ……もしかすると犯罪系かも知れないものが見つかったの!?」
「そうなの……だから私、昨夜からもう怖くて……」
智慧理が両手で顔を覆う。
その仕草からして、発見された物品が相当に厄介な代物であることは明らかだ。
「えぇ~……?」
ただならぬ智慧理の様子に、完全に怖気付く鼎。
するとそれに気付いた智慧理は無理に笑顔を作った。
「……ごめん、やっぱりこの話ナシでもいい?」
「えっ?な、何で?」
「考えてみたらさ、自分が犯罪に関わってたかもしれないからって、友達を巻き込もうとするのって最低でしょ?ごめんね、昨日から気が動転してて変なこと言っちゃった」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
引き下がろうとした智慧理を、鼎は慌てて引き留める。
「確かに話聞いてビビったけど、だからって智慧理を見捨てるようなことしないって!何見つけちゃったのかは知らないけど、どうしたらいいか私も一緒に考えるから。1人で抱え込まないで、ね?」
「鼎……ありがとう」
鼎の友人を想う心に、智慧理は思わず涙を浮かべた。
「じゃあ講義終わりで智慧理の家ね」
「うん!」
という訳で放課後。智慧理は鼎を自らのアパートへと招いた。
「オレンジジュースでいい?今日はリンゴジュースもあるけど」
「あ~、じゃあリンゴジュースもらおうかな」
智慧理は2人分のグラスにジュースを注ぎ、片方を鼎に手渡す。
「早速でごめんだけど、見てもらってもいいかな?」
「ちょっと待って、覚悟決める」
智慧理が何を持って来ても受け入れられるよう、鼎は何度か深呼吸をして心を落ち着ける。
「……うん、いいよ。持ってきちゃって」
「えっと、これなんだけど……」
心の準備を終えた鼎に、智慧理が問題の物品を差し出す。
「これ……通帳?」
「うん」
それは紛れもなく通帳だった。汚れや破損などは見当たらない、新品同然の通帳だ。
「なぁんだ、通帳かぁ……」
それが何の変哲もない通帳であることを確認した鼎は、一気に肩の力を抜いた。
「よかったぁ……拳銃とか麻薬とか血塗れの包丁とか死体の一部とか見せられるのかと思ってたから……」
鼎が率直な感想を漏らすと、智慧理は苦笑いを浮かべた。
「流石に拳銃とか麻薬が見つかったら、私も鼎に相談しないで警察呼ぶよ」
「あはは、確かにそうだよね~」
安心した鼎は、改めて智慧理の手の中の通帳を観察する。
「でも通帳が犯罪絡みかもしれないってどういうこと?あっ、もしかしてその通帳、智慧理のじゃないとか?」
「ううん、これは私の」
「あっ、そうなの?」
他人の通帳が自分の部屋で見つかった場合は、窃盗などの犯罪が考えられる。
しかし智慧理が持っている通帳は、紛れもなく智慧理名義のものだった。
「鼎、ちょっと通帳の中見てもらってもいい?」
「えっ、見て大丈夫?」
「うん、むしろ見てほしい」
友人の通帳の中身を確認するという行為に戸惑いを覚えつつ、鼎は智慧理の通帳を開く。
「えっ!?残高ヤバっ!?」
通帳に記載された残高は、数千万円に上っていた。
「なんかね……毎月1000万円ずつどこかから振り込まれてるみたいなの……」
「えっ、なっ、どっ、なっ、なんで!?」
「わかんない……」
人生で目の当たりにしたことの無い巨額の残高を前に、鼎は動揺を隠せない。
「そっ、そんなこと有り得る!?毎月どこかから1000万振り込まれてくるなんて……」
「有り得ないよぉ……だから怖いんだよぉ……」
智慧理が顔を両手で覆う。
「しかもなんか私そのお金ちょっと使ってるっぽいし……」
「……あっ、ホントだ。ちょっと引き落とされてる」
「そのお金が違法なやつだったら私もう完全にアウトだよぉ……どうしよう鼎ぇ~」
「そうだね~……もしこれがホントに違法なお金で、智慧理がそれを知った上で引き落としてたんだとしたら……」
鼎は腕を組んで数秒考え込み、
「……うん、もう捕まるしか無いね」
「鼎!?」
最終的に智慧理を見放した。
「今日集まってもらったのは他でもないわ」
「2度目の招集が早くありませんか……?」
某所の会議室。そこに集結した燎火・煌羅・虚魄・待雪・サクラを、魅影はぐるりと見回した。
「メルちゃんの記憶のことで何か進展があったの!?」
煌羅が噛み付かんばかりの勢いで魅影に尋ねるが、魅影は首をゆっくり横に振った。
「残念ながらそちらの方はまだ何の進捗も無いわね」
「そう……」
「仕方ありません、煌羅さん。前回の会議からまだ1週間も経っていないのですから」
気落ちする煌羅を燎火が慰める。
「一応、御伽星家の資料の回収を進めているのだけれど……御伽星家の技術をモノにするには、まだまだ時間がかかりそうね」
メルの記憶を取り戻す方法として、魅影は「記憶を回復させる能力を持つ怪異の創造」を方針として定めている。
だが常夜見家は怪異の創造は得意ではないため、まずはそれを得意とする御伽星家の技術の盗用が第一の目標だ。
そのために現在は、魅影が把握している憂依の拠点や、メルと煌羅が以前配信で訪れた御伽星枉依・マルゾビアの研究施設から、資料の回収を進めているところだ。
「私と煌羅さんも一応、桜庭さんの記憶を回復するのに役立ちそうな祓道を探してはいるのですが、今のところは何の成果も……」
「それは仕方ないわね。失われた記憶の復元なんて、祓道師の理念とは何の関係も無いもの」
魅影はメルの記憶に関する情報について燎火と軽くやり取りを交わし、それから話を仕切り直すように咳払いをした。
「実は今回あなた達を招集した理由は、桜庭さんとはまた別件なの。まあ全く無関係でも無いのだけれど……」
「勿体ぶらないでさっさと話しなさいよ常夜見魅影」
「うるさいわね今話し始めようとしてたじゃないの水を差さないで幾世守煌羅」
隙あらば小競り合いを繰り返す煌羅と魅影。そしてこの場にいる面々は、性格的に2人の争いを積極的に止めようとはしなかった。
「んんっ!このままだと長くなりそうだからもう単刀直入に言ってしまうけれど、敵対的な地球外生命体が近日飛来する可能性があるという情報を入手したわ」
魅影が早口気味に捲し立てたその情報に、一同はまず困惑した。
「ええと……地球外生命体、ですか……?」
「いきなりそう言われたら困惑するのも分かるわ。という訳でここからは私ではなくて、この情報を持ってきた本人に説明してもらいましょう」
魅影はそう言ってテーブルの下から翡翠色の鳩を取り出した。
「おい、やめろ鷲掴みにするな!もう少し丁重に扱え!」
右手で雑に鷲掴みという待遇に、鳩は当然の抗議を口にしている。
「あれ、その鳩……確か儺遣御那実神……?」
「あら、流石は虚魄。話が早いわね」
真っ先に鳩の正体に気付いたのは、メルの大ファンである虚魄だった。
虚魄はメルの配信を何度も何度も繰り返し視聴している。そのため配信に登場したことのある幽霊、怪異、神格、祟り神をほぼ全て暗記しているのだ。
「私も気付いたけどね!すぐに!」
煌羅は虚魄に張り合っていた。
「この鳩は儺遣御那実神。私に敵対的地球外生命体の情報を提供してくれた神格よ」
「本当は桜庭メルに伝えるつもりだったのだがな……」
「儺遣御那実神、私に教えてくれたことをもう1度この人達に話してもらえるかしら?」
いいだろう、と鳩は神格らしく鷹揚に頷いた。
「先程紹介に預かったが、私は儺遣御那実神。今は故あってこのような姿になっているが、これでも戦いを得意とする神格だ」
「故あって」などとぼかしているが、儺遣御那実神が鳩の姿になっているのはひとえにメルに敗北したからに過ぎない。
それを敢えて口にしない程度には、儺遣御那実神はプライドが高かった。
「かつての私は戦神として、人々を守るために様々な怪異や祟り神と戦った。そんな私の生涯における最大の強敵が……」
「メル様ですよね?」
「……まあ今となってはそうなのだが、これはあくまで桜庭メルと戦う前の話だ。以前の私にとっての最大の強敵、それが『荒星』という地球外生命体だ。と言っても『荒星』というのは私が勝手に付けた名で、本来の名は知らぬがな」
思い出したくもない、という風に顔を顰める儺遣御那実神は、鳩にあるまじき表情の豊かさだった。
「奴は空間を操る不可思議な力を持っていた。まるで幼子が粘土遊びをするように奴は空間を捏ね回し、非常に巨大な破壊をもたらした」
「補足するわね」
儺遣御那実神の説明に横から魅影が口を挟む。
「聞き取り調査を基に、こちらで大まかに仮称荒星の能力を纏めさせてもらったわ。と言ってもあくまでも予想だけれど」
魅影は立ち上がり、会議室に備え付けのホワイトボードの前に移動する。
「まずはワームホールの作成による星間移動。それから空間に断層のような裂け目を発生させる能力。この能力は空間の連続性を断絶することによってあらゆる攻撃を防ぐことができる他、逆に敵対者を断絶させることで防御不可能の攻撃としても用いられるようね」
荒星の能力として予想されるものが、箇条書きでホワイトボードに記されていく。
「それから空間を歪曲させ、元の状態に戻ろうとする空間の反発力を利用した疑似的な爆発。これは強力な幽霊がポルターガイスト能力を用いて行うことのある攻撃方法だけれど、荒星の空間爆発の威力は幽霊のそれよりも遥かに上の威力だそうね」
「ああ。奴が起こした爆発は、村1つを消し飛ばすほどだった」
それを聞いた一同の表情に緊張が走る。
村1つ消し飛ばすほどの攻撃。それは荒星の戦闘能力が、低く見積もっても祟り神に匹敵することを意味する。
「私は数百年前、この星に降り立った荒星と戦い、辛うじて奴を追い払うことができた。だが奴は再びこの星に近付いている」
「それは……あなたの権能による予測ですか?」
燎火が儺遣御那実神に尋ねる。と言っても燎火が気にしているのは儺遣御那実神がどのようにその情報を入手したのかではなく、その情報が信用に値するのかどうかだ。
「いや、権能では無い。これは戦神としての直感のようなものだ」
「直感、ですか……」
神格の権能によって得た情報であれば信憑性はかなり高いが、直感となると信憑性が疑われてくる。
「神格の直感は人間のそれとは別物よ。ほとんど予知と言ってもいいわ」
一同の疑念を感じ取り、フォローを入れたのは同じ神格のサクラだった。
「儺遣御那実神の言うことは信用に値すると私は思うわよ」
「そうね、私も同じ意見よ」
サクラの意見に魅影も賛同する。
「それに仮に信用に値しなかったとしても、少しでも可能性がある時点でどちらにせよ私達は対策を講じる必要があるわ。何の対策もしないまま再び荒星が来襲すれば、少なくとも10万人規模の犠牲者が出てしまうもの」
相手は街1つを容易く消し飛ばす敵対的地球外生命体だ。仮にその来襲が疑わしかったとしても、対策を講じないという選択肢は有り得ない。
「荒星の戦闘能力は低く見積もっても祟り神と同等。となるとこちらも総出で迎え撃ちたいところではあるけれど、桜庭さんの警護を疎かにする訳にも行かないのよね……」
メルが万一にも記憶を失ったまま命を落とすことが無いよう、現在魅影と燎火と煌羅が交代制でメルの警護に当たっている。
荒星の迎撃のためにはできるだけ多くの戦力を集めておきたいところだが、さりとてメルの警護にも人員を割かなければならない。
「でしたら荒星は、私と煌羅さんに任せていただけませんか?」
荒星の迎撃役として名乗り出たのは燎火だった。
「私も煌羅さんも、御伽星憂依との戦いでは役に立てませんでしたから、名誉挽回の機会をいただきたく。いいですよね、煌羅さん?」
「うん、そうだね」
「あら、意外ね。幾世守燎火はともかく、幾世守煌羅は桜庭さんの警護の方をやりたがると思ったのだけれど」
魅影がそう言うと、煌羅の表情に影が差した。
「……正直、私のことを忘れちゃったメルちゃんを見てるのは辛いんだ」
「分っっっっかります……!」
煌羅に共鳴し、涙を流す虚魄。
「ああ、そういうこと……どうりであなた、桜庭さんの警護に積極的ではなかったのね……」
魅影はこれまでの煌羅の振る舞いに納得すると同時に、流石に同情の視線を向けた。
「では荒星の対処は祓道師2人に任せるわ。その間私が桜庭さんの警護に当たりましょう」
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