大学生・黒鐘智慧理の私生活 3
「ねぇ鼎」
「どしたの智慧理。急に改まって」
講義終わり、購買の飲食スペースでのティータイム中。
智慧理が真剣な表情で話を切り出すと、鼎は一体何事かと身構えた。
「この後って何か予定ある?」
「予定?今日はバイトも入れてないから何も無いけど……」
「じゃあさ、この後家に来てくれない?ちょっと相談に乗ってほしいことがあって……」
「相談って……」
鼎は周囲に目を配り、それから声を落として智慧理に尋ねる。
「もしかして、記憶喪失関係のこと?」
「うん。ってか別にそんな気遣ってくれなくていいよ?私そういうの気にしないし」
「いやぁ、でもセンシティブなことかなぁって……とにかくそういうことなら勿論家行くよ!」
「ホント?ありがと~」
という訳で2人は購買を出て、早速智慧理のアパートに向かうことにした。
「ちょっと待ってて、自転車取ってくる」
「おっけ~」
智慧理のアパートは大学から自転車で約5分。だが電車とバスで通学している鼎は自転車が無いため、今日は自転車を押しながら歩いて帰ることになる。
「智慧理のアパート、ちょっと遠いよね」
「でも学校からこれくらい離れてた方が私好きなんだ」
お喋りをしながらゆっくりと歩いたため、智慧理のアパートが見えてくる頃には既に20分が経過していた。
「お邪魔しま~す」
「どうぞどうぞ。ベッドにでも座って~」
智慧理の部屋はシンプルな6畳のワンルームだ。
鼎は言われた通りにベッドに腰掛け、智慧理は冷蔵庫に向かう。
「鼎~、飲み物何がいい~?」
「何ある~?」
「麦茶と~、オレンジジュースと~、お湯沸かすの待てればティーパックの紅茶もあるよ~」
「オレンジジュースがいい~!」
智慧理は食器棚からグラスを2つ取り出し、注文通りオレンジジュースを注ぐ。
「どうぞ」
「ありがと~」
オレンジジュースに口を付け、一息つく間もなく鼎は智慧理に向かって身を乗り出す。
「それで?相談ってどんな感じ?」
「もう聞いてくれるの?」
「善は急げっていうでしょ?」
確かに、と智慧理は小さく笑う。
「相談って言っても、ホントに大したことじゃないの。記憶が無くなったせいでさ、部屋の中に身に覚えの無いものが多くて……」
「あ~、買ったこと忘れちゃってるからってこと?」
「そうそう。でも私に覚えが無くても、もしかしたら鼎が何か知ってたりするんじゃないかな~って思って。だから鼎にも、私が分からないもの見てみてほしいんだけど」
「おっけ~、記憶が戻るきっかけになるかもしれないもんね。ジャンジャン持ってきちゃって!」
という訳で、部屋の中にある智慧理に身に覚えのない物品の調査が始まった。
「まずこれなんだけど……」
最初に智慧理が持ってきたのは、4本の小さな瓶だ。
瓶の中身はドロドロとした赤い液体で、4本の内3本は未開封、残りの1本は液体が半分ほど消費されている。
「多分調味料だと思うんだけど、違った時が怖いから舐めてみたりはしてないの」
「あ~、それ激辛ソースだよ。前にタコパやった時に智慧理がそれ入れたタコ焼き食べたんだけど、味が気に入ってそれ以来常備してるって言ってたよ」
「そうなんだ……にしてもストック3本は多すぎるでしょ私……」
過去の自分の所業に顔を引き攣らせつつ、調味料との確証が得られた智慧理は、試しに液体を指に付けて舐めてみる。
「あっ、おいしい。これなら3本ストックするかも」
「よく舐められるね……それタバスコの20倍くらい辛いやつなのに……」
「鼎もどう?」
「やめとく。勿論」
ともかく瓶の正体が明らかになったので、智慧理はまた別の物品を持ってくる。
「これ、多分美顔ローラーか何かだと思うんだけど……」
「あ~、それは私があげたやつ。お下がりだけど」
「……それって買ったはいいけど使わなくなったから私に押し付けただけだったりする?」
「あっ、バレた?」
おどけて笑う鼎。
「別にいいでしょ~、智慧理は美容に興味ないくせにそんなに可愛いんだから、私が使わなくなった美顔ローラーくらい引き取ってくれたって~」
「何その理屈……別にいいけど」
続いて智慧理が持ってきたのは、ブルーレイディスクのケースだった。
「映画『メカゾンビシャークVSエクソシストエイリアンⅢ』のブルーレイ……」
「あ~!それ智慧理の部屋にあったんだ!探してたんだよね~!」
「あっ、これ鼎の?」
「そうそう。前に鑑賞会した時に置き忘れちゃったんだね~、見つかってよかった~」
「よくⅢまで出てるねこの映画……」
「今度Ⅴ公開するから一緒に見に行こうね」
「あはは……」
智慧理は肯定も否定もせず、苦笑いを浮かべながらブルーレイを鼎に返却した。
「じゃあ次はこの剣にドラゴンが巻き付いてるキーホルダーなんだけど……」
「それは私が旅行に行った時のお土産だよ」
「人をダメにするソファ……」
「それは学祭のビンゴ大会で智慧理が当てたやつ」
「火の形のペンダントトップが付いてるネックレス……」
「たまに智慧理が着けてたやつだね。どこで買ったかは知らないけど」
「右足だけのスリッパ13足……」
「それは知らない。怖い」
鼎の力を借りて、智慧理は順調に身に覚えのない物品の正体を突き止めていく。
中には鼎にも由来の分からない物品もあったが、それでも半分以上の物品についてはその由来が明らかになった。
「じゃあ次なんだけど……」
「お~、今度のはおっきいね」
智慧理は押し入れの中から段ボール箱を取り出し、テーブルの上に置く。
箱の大きさはそれなりだが、見た目に反して重さはそれほどでもない。
「これ、見て……?」
智慧理が箱の中から取り出したのは、可愛らしいデザインのピンク色のブラウスだった。
「私、こんな服買った記憶ないんだよね……」
「確かに智慧理がそういう系の服着てるの見たこと無いかも。でも似合いそうだよ?」
モノトーンの服を着ている智慧理しか知らない鼎だが、それでもそのピンクのブラウスが智慧理によく似合うことは容易に想像できた。
むしろ普段の服装よりもそのブラウスの方が似合うのではないかと思うほどだ。
「そう言ってもらえるのは嬉しいんだけど……」
鼎から褒められても、智慧理の表情は浮かなかった。
「どしたの?」
「このブラウスね、1枚だけじゃなかったの」
そう言って智慧理は箱の中から、色もデザインも全く同じブラウスを次々と取り出し始めた。
「えっ……えぇ……?」
床に並べられたブラウスは合計10着。その量を前に鼎も困惑を隠せない。
「なんで私、おんなじデザインのブラウスばっかりこんなに何枚も買ってたんだろう?」
「しかもこれ全部やけにボロボロじゃない?」
「そうなの。何したらこんな風になるんだろうね?」
ブラウスはどれも擦り切れていたり穴が開いていたりと、着用できる状態のものは1着も無かった。
そしてそれらの損壊は、日常生活の中では有り得ないようなものばかりだ。
「何この傷とか穴……戦争でもしてたの?」
「そうなのかな……部屋の中に刀が落ちてたこともあったし……」
「刀!?」
「うん。気付いたらなくなってたけど」
「それもそれで問題じゃない!?」
鼎の言う通り刀剣の紛失は大問題だが、消えた刀剣事態智慧理には身に覚えのない代物なのだからどうしようもない。
「ボロボロの服だったり刀だったり……記憶がない間の私、何してたんだろう……?」
「ホントだよ……大学通う傍ら何してたらこんなことになるの……?」
智慧理の失われた記憶の手掛かりになるどころか、謎が更に深まってしまった。
顔を見合わせて首を傾げる智慧理と鼎。
するとその時、コンコンコンコンコン!という異音がベランダから聞こえてきた。
「ん?」
智慧理がそちらに視線を向けると、翡翠色の鳩が必死で窓ガラスを突いている。
「何だろうあの鳩……」
「珍しい色だね。ってか、なんかすごい鳴いてない?」
窓ガラスに隔てられているため定かではないが、鼎の言う通り鳩は激しく鳴いているように見えた。
「中に入りたいのかな?」
「えっ、ちょっと智慧理、入れる気!?」
「だって窓に傷付いたら敷金返って来なくなっちゃうし……」
智慧理が腰を浮かせ、窓に近付こうとしたその時。
「あっ」
どこからともなく現れた黒い獣が、鳩を咥えて素早く走り去ってしまった。
「うわっ……エグいとこ見ちゃった」
捕食の瞬間を目の当たりにした鼎が顔を顰める。
「速かったね、今のワンちゃん」
一方智慧理は獣のスピードに感心している。
「えっ、あの動物犬だった?」
「ワンちゃんじゃなかった?」
「犬には見えなかったけど……ってか智慧理、今の見て平気なの?」
「まあ……当たり前の食物連鎖だから」
ともすれば冷淡にも聞こえる智慧理の言葉に、鼎は驚いて目を見開く。
「いが~い、智慧理って結構ドライなんだね。被捕食者が捕食者に食べられるのは当たり前って感じ?」
「ん~、それはちょっと違うかも。食物連鎖は自然なことだけど、被捕食者が食べられるのは当たり前だとは思わないかな」
智慧理はシビアな話題とは似ても似つかない可愛らしい笑顔を鼎に向ける。
「だって、被捕食者にも捕食者を殺し返す権利はあるでしょ?」
「……エグいこと言うね、、智慧理」
鼎は絞り出すようにそう返した。
じたばたと暴れる翡翠色の鳩を顎の力で押さえつけながら、黒い獣は人目につかない裏路地を駆け抜ける。
やがて獣は人気のない寂れた神社の境内に駆け込むと、咥えていた鳩を地面に放り投げる。
「ふぅ……」
そして獣は一瞬にして人間の……魅影の姿に変化した。
「全く……ただでさえ桜庭さんの記憶の件で手一杯なのに、これ以上厄介事を持ち込まないで欲しいものだわ」
魅影は愚痴を零しながら、翡翠色の鳩へと視線を落とす。
「あなた、儺遣御那実神よね?名無しの神社で桜庭さんと戦った」
「貴様、私のことを知っているのか?」
驚くべきことに、鳩の嘴からは流暢な人語が発せられた。
「ええ。桜庭さんから話は聞いているわ」
「ほう、ならば此度の狼藉は、私を儺遣御那実神と知った上での行いだったということか。貴様、名は何という」
「常夜見魅影。桜庭さんの友人よ」
話の複雑化を避けるため、魅影は怪異使いとは名乗らなかった。
「儺遣御那実神、何か桜庭さんに用事があった様子だけれど……」
「その通りだ!私が力を失っている今、私を下した桜庭メルの力が必要なのだ!」
「残念だけれど、力を失っているのは桜庭さんも同じよ。正確には失っているのは力ではなく記憶だけれど」
「何、だと……!?」
目を見開いて絶句する儺遣御那実神。鳩の割に感情表現が豊かだ。
「そういうことだから、悪いけれど用事は桜庭さんではなく私に言ってくれないかしら。私も一応並の祟り神よりは強いから、戦闘能力が必要なら役に立つと思うわよ」
「分かった、其方に話すこととしよう。この際止むを得ん」
儺遣御那実神は魅影を疑うことも、魅影に話すのを躊躇うこともしなかった。
それは即ち、儺遣御那実神の用件がそれだけ喫緊のものであることを意味する。
「荒星が来る」
「荒星?それは一体何かしら?」
「私がかつて戦い、辛うじて退かせた仇敵。空よりこの星へと至った怪物。いや、この言い方では伝わらんな……」
儺遣御那実神は思考を纏めるように数秒間沈黙し、それからまた改めて嘴を開く。
「現代風の言葉遣いで言うとすれば、荒星は……文明を滅ぼすほどの戦闘能力を持つ地球外生命体だ」
儺遣御那実神から告げられた情報に、今度は魅影が絶句する番だった。
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