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裏作業:万花京 後編

 「風……?何のつもりですか?」


 だがいくら台風並みの強風といえど、それがメルの脅威となることは無い。

 憂依の意図を読むことができず、メルは眉間に皺を寄せる。


 「ただの風じゃないわよぉ?そぉれっ!」


 憂依の芝居がかった仕草と共に、憂依の周囲の空気が赤く変色した。

 憂依がその身に纏う『赫雷無縫』の反霊力を、空気中へと拡散したのだ。

 そして空気中に拡散した反霊力は、憂依が操る風に乗ってメルを襲った。


 「えっ……ぅあああっ!?」


 反霊力の風がメルを包む直前、メルは祟火を纏い身を守った。

 だがそれでも尚全身を炎で炙られるような苦痛がメルを襲う。


 「あっははは!いくらメルちゃんでも風は避けられないでしょぉ?」

 「くっ……」


 風の刃を飛ばすなどの攻撃であれば、メルは空気の動きを肌で感じ取って回避することができる。

 しかし憂依が起こしているのは、全体の空気が流れる風だ。いくらメルといえど、空気全体の流れを躱すことはできない。


 「瞬間移動にも物量攻撃にも対応できるメルちゃんも、広域攻撃は苦手みたいねぇ!」


 憂依の指摘は図星だった。

 メルの強みの1つは、ドッジボールを得意とするが故の常軌を逸した回避能力だ。だがその強みは、回避しきれないほどの広域に亘る範囲攻撃に対しては発揮できない。


 「どんどん行くわよぉ!ほらほらほらほらぁ!」


 メルの弱点を看破した憂依は、鬼の首を取ったように反霊力の風でメルを責め立てる。

 風に含まれる反霊力は微量だが、それでも全身が風に晒されれば致命傷となり得る。

 祟火で全身を隈なく覆い尽くせば、風から身を守ることはできるだろう。しかしそれをしてしまえば外部の情報が遮断され、メルは憂依に対して完全に無防備な状態になってしまう。


 「っ、あああっ!」


 状況を打破する手段は1つ。反霊力の風に耐えながら、風の発生源である憂依を潰すことだけだ。

 メルは右足に祟火を収束させ、周囲の空間に歪みが生じる程の高密度にまで圧縮する。


 「メルティ・クレセント!!」


 反霊力に全身を焼かれながらも、メルは憂依に向かって右足を振り抜いた。

 右足の軌道から放たれた祟火が、龍の頭を模って憂依へと襲い掛かる。


 「それは食らったら死んじゃうわねぇ……ってことでさようならぁ~」


 憂依は瞬間移動によってその場から消失し、祟火の竜の顎から逃れる。

 そして憂依がメルの背後10mほどの地点に再出現すると、その気配を敏感に察知したメルが素早く背後を振り向く。

 メルは待雪を手放すと祈るように両手を組み合わせ、その両手をぐっと憂依へ突き出した。


 「『神解雷螺』!」


 メルの両手から反霊力のビームが放たれる。

 瞬間移動を終えた直後の憂依は、完全に不意を突かれ回避行動に移れない。

 いかに穢術に優れる憂依であっても、『神解雷螺』の直撃を受ければ致命傷は避けられないはずだ。

 メルが勝利を獲得したその時。


 「えっ!?」


 突如として反霊力のビームがぐにゃりと屈折し、180度方向転換しメルへと迫る。

 予想だにしない現象にメルは全く反応できず、そのまま為す術無く自らが放った『神解雷螺』に胸を貫かれた。


 「あ、っ……」


 胸に大穴を穿たれ、悲鳴すら上げることもできずにその場に膝をつくメル。


 「あっはははははははは!!」


 そんなメルの姿を、憂依は大声で嘲笑った。


 「ごめんなさいねぇ?私ってば穢術が上手すぎてぇ、他人が使った穢術の制御まで奪えちゃうのよぉ!魅影ちゃんから聞いてなかったぁ?」

 「く、っ……」


 完全にメルの判断ミスだった。魅影から伝授された『神解雷螺』であれば憂依にも通用すると、メルは信じて疑わなかったのだ。


 「あ……」


 視界が霞み、全身から力が抜けていく。メルは自らの肉体が急速に死へと向かっていることを自覚した。


 「どうして……どうしてそんなに、世界を滅ぼすことにこだわるんですか……?」


 消えゆく意識の中、メルは力を振り絞って憂依に尋ねる。


 「決まってるでしょぉ?面白そうだからよぉ!」


 憂依は当たり前のようにそう答える。

 この世界に絶望した訳でも、新たな世界を創造したい訳でもない。憂依を突き動かしているのは、「世界を滅ぼしたらどうなるのか」という好奇心だけ。

 あまりにも傍迷惑な知的好奇心と享楽主義の持ち主。それが御伽星憂依・アタナシアという人物だ。


 「面白くなんてありません……滅んだ世界が面白い訳ないじゃないですか……」


 メルは実際に滅亡を迎えた平行世界をその目で見た。だからこそメルは憂依の目的には塵1つも同意できない。


 「それにメルは、滅んだ世界の退屈さに、御伽星さんが耐えられるとは思えません……」


 好奇心1つで世界を滅ぼすほどの享楽主義者が、果たして滅亡を迎えた後の何も無い世界で自らの快楽を追求することができるだろうか。少なくともメルにはそうは思えない。


 「そのことなら心配ないわぁ!」


 だが質の悪いことに、憂依はメルが指摘した問題への解答を既に得ていた。


 「リバーサルワークスさえ手に入ればぁ、いくらでも時間を戻せるようになるでしょぉ?そしたら何度でも世界を滅ぼせるじゃない!」

 「は……?」

 「禍津神だけじゃなくて色々な方法を使って世界を滅ぼせばぁ、何回も何十回も何百回も遊べるでしょぉ?」


 メルは言葉を失った。

 あまりにも常軌を逸した憂依の思考は、メルにこれ以上の対話が無意味であると感じさせるには充分すぎた。


 「御伽星さん……やっぱりあなたは、生かしておけない……」

 「生かしておけないからってぇ、今のメルちゃんに何ができるのぉ?」


 悪意に満ちた表情で、憂依はメルを挑発する。


 「反霊力で胸に穴を開けられてぇ、今にも死にそうなメルちゃんに何ができるっていうワケぇ?」

 「今にも死にそうだからこそ、ですよ……」


 メルは視線を憂依から待雪へと移す。


 「桜庭様……」


 待雪は黒い刀の姿から本来の小動物の姿に戻り、目に涙を浮かべながらメルに寄り添う。


 「ごめんなさい、待雪さん……」


 メルは待雪の体に左手でそっと優しく触れると、


 「……『虎嘯』」

 「きゃあっ!?」


 最後の力を振り絞った祓道で、待雪の小さな体を吹き飛ばした。


 「どうして……?」


 迷子の子供のような表情を浮かべながら、待雪が万花京の彼方に消えていく。

 そしていよいよ全ての力を使い果たしたメルの体がぐらりと大きく傾き……


 「……今度こそ殺してあげますよ、御伽星さん」


 地面に倒れる直前のメルの体を、黒い繭が包み込んだ。


 「なっ……!?」


 黒い繭から放たれる威圧感が、憂依の肌をビリビリと震わせる。

 逃げなければ、と憂依の本能が囁く。しかし蛇に睨まれた蛙のように、憂依は繭の前から動くことができなかった。


 程なくして、黒い繭がはらりと解け始める。

 繭が開いていくにつれて、反霊力によって赤く変色した万花京の空が、塗り潰されるように黒く染まっていく。

 そして繭の中から再び姿を現したメルは、その姿が一変していた。


 頭部に聳える7本の角。本来白い部分が黒く、瞳が赤く染まった眼球。コウモリのような1対の黒い翼。無数の棘を持つ長い尾。夜の闇を衣服に仕立てたかのような妖艶なイブニングドレス。

 そこにいるのは心霊系ストリーマーのメルでも、エルドリッチ・エマージェンスによって祟り神の力を引き出したメルでもない。

 それは絶命を切っ掛けとして再びこの世に生まれ落ちた、世界を滅ぼすに足る力を持つ最強の祟り神だった。


 「…………」


 祟り神となったメルは口を開かず、その赤い瞳でじっと憂依を見下ろす。


 「はは……あっはははははは!」


 メルが放つ絶望的な威圧感に全身を粟立たせながらも、憂依は高らかに笑い声をあげた。


 「最っ高じゃないメルちゃん!私がリバーサルワークスを手に入れる前にぃ、メルちゃんが自分で世界を滅ぼしちゃうわねぇ!?」

 「…………」


 憂依の言葉にもメルは答えない。

 次の瞬間メルの姿が陽炎のように揺らめいたかとおもうと、憂依の前からメルが消える。


 「なっ!?」


 憂依が慌ててメルの姿を探すと、メルは憂依の不意打ちによって戦線離脱した魅影の側に立っていた。

 メルが魅影に手をかざすとそこから淡い光が放たれ、魅影の胸に空いた穴が塞がっていく。霊力での治療を施しているのだ。

 魅影の傷は数秒で塞がった。意識は戻っていないが、それでも命に係わることは無い。


 「魅影さんはこれで大丈夫、と……さて」


 メルの視線が憂依を射抜く。

 瞬間憂依は体が凍り付くほどの怖気に襲われ……気が付くと憂依は、メルに喉元を掴み上げられている状態だった。


 「ぐぅっ!?」


 息が詰まり苦悶の声を上げる憂依。

 憂依の体は『赫雷無縫』で守られているが、憂依の喉を掴むメルの左手は反霊力の影響を全く受けていない。


 「ここだと迷惑が掛かりますから……」


 メルは憂依の体を持ち上げながら、空いている右手でフィンガースナップの仕草をする。

 その仕草で音が鳴ることは無かったが、代わりに周囲の空間にザザッとノイズのようなものが走り、直後に風景が一変する。

 万花京にいたはずのメルと憂依は、いつの間にか青い地球を見下ろす成層圏にその姿があった。


 「っ、ここ、は……」

 「成層圏。メルが前に住んでた場所です」


 メルは左手で掴んでいた憂依の体を雑に放り投げる。

 憂依は体勢を崩しながらも、怪異使い特有の飛行能力によって落下を免れる。


 「地上に近い場所だと、メルはいるだけで迷惑が掛かりますから」


 メルは能面のような感情の読めない表情で憂依を見据える。


 「早く終わらせましょう。あんまり長くこの姿でいたくありません」

 「早く終わらせるぅ?祟り神になったからって、100の怪異を取り込んだ私に簡単に勝てるとでも思ってるのぉ?」


 憂依が苛立ちを露わにしながらそう尋ねても、メルは眉1つ動かさない。


 「勝てますよ」


 メルのその言葉は慢心でも挑発でもなく、単に事実を事実として口にしているに過ぎなかった。


 「だったらやってもらおうじゃない!」


 憂依が見えない弓を引き絞るような構えを取る。

 すると憂依の両手の間に、巨大な杭の様な形状の反霊力が構築された。


 「『彗雷棘・弩』!」


 放たれた反霊力の杭が、大気を焦がしながらメルへと飛翔する。

 それに対しメルは防御も回避も行わず、自然体のまま反霊力の杭を胸に受ける。


 「なっ!?」


 憂依が愕然としたのは、反霊力の杭がメルに接触した瞬間、反霊力が消失したためだ。

 まるでホットコーヒーに投入した角砂糖のように、反霊力が霧散してしまったのだ。


 「……何を、したのぉ?」

 「さあ。何でしょうね」

 「惚けるつもりぃ……!?『彗雷雨』!」


 再び憂依が反霊力を放つと、今度は反霊力が無数の針のように分裂し、雨のようにメルを襲った。

 だがその攻撃もやはりメルに触れた瞬間、溶けるように消失してしまう。


 「……何よ、それぇ」


 そして2度に亘る攻撃によって、憂依はメルが反霊力を霧散させる絡繰りを看破した。

 憂依の攻撃がメルに命中する直前、黒いエネルギーのようなものが瞬間的に展開され、それが攻撃を掻き消しているのだ。


 「何よそれ……前はそんなの使ってなかったでしょぉ?」


 その黒いエネルギーは、祟火とも反霊力ともまるで別物だった。

 そして憂依の言う通り、メルはこれまでそのような力を使ったことは無かった。禍津神と戦った時でさえもだ。


 「御伽星さん、桃気って知ってますか?」

 「……え?」


 メルが唐突に憂依に尋ねる。


 「すごくたくさんの霊力を精密に操作して、目に見えるくらいに霊力を圧縮したエネルギーのことを、桃気って呼ぶそうです。霊力を扱うのが上手な神様にしか使えないらしいですけど……それを今のメルが使ったら、どうなると思いますか?」


 メルはゆっくりと右腕を持ち上げ、掌を憂依に向けて開く。

 すると掌の前に、宇宙空間を思わせるような色合いのエネルギーが収束し始めた。


 「メルが前に見せてもらった桃気はピンク色だったんですけど、今のメルが使うと真っ黒になるんですね……暗黒桃気、みたいな?」


 メルが話している間にも、黒いエネルギーは加速度的に総量を増加させている。

 その圧倒的なエネルギー量を前に、憂依は初めて怯えの表情を見せた。


 「くっ……!」


 憂依は即座にメルとの戦闘を諦め、メルに背中を向けると少しでも距離を取ろうと一目散に逃げ出す。

 しかしそれに先んじて、メルは掌の前に収束させた黒いエネルギーをそのまま握り潰した。


 「『カラミティクェーサー』」


 そして成層圏が暗黒に染まる。

 メルが解き放ったエネルギーが影響を及ぼす範囲は半径約1km。だがそのエネルギー量は恒星にも匹敵する。

 それだけの圧倒的な力に、憂依が敵うはずも無く。

 エネルギーが霧散する頃には、憂依の肉体は大気諸共細胞の一片すら残さずに消滅していた。


 「ふぅ……」


 憂依の消滅を確認したメルは肩の力を抜き、それから右手の親指と人差し指で銃の形を作ると、それを自らのこめかみに押し当てた。


 「――ぱぁん」


 声で銃声を真似ると同時、人差し指の先から放たれた黒いエネルギーがメルの頭部を貫いた。

 メルが瞼を閉じると、その体は力を失い重力に引かれて落ちていく。

 ゆっくりと落下しながらメルの体は灰のようになって徐々に崩れ、オゾン層に到達する頃にはメルの体はもうどこにも残っていなかった。

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ありがとうございます

次回は金曜日辺りに更新できたらいいなぁと思っています

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― 新着の感想 ―
[良い点] これは天火浄瑠璃の祟り神バージョン説か?
[気になる点]  逃げなければ、と憂依の本能が囁く。しかし蛇に睨まれた蛙のように、憂依は眉の前から動くことができなかった。 眉が開いていくにつれて、反霊力によって赤く変色した万花京の空が、塗り潰され…
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