表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
173/183

裏作業:回想 後編

 「へぇ、こんなところに大変正(だいへんじょう)索冥郷将(さくめいきょうしょう)石蕗(つわぶき)がいるのね」

 「正確にはこの白仙樹海(はくせんじゅかい)と繋がっている異空間に、初代大変正様がいらっしゃいますわ」


 待雪が魅影を先導する形で、2人は白仙樹海の遊歩道を進む。

 目的地は以前メルの配信で偶然迷い込んだ、石蕗の住む異空間だ。


 「あら」


 白仙樹海に入ってから約30分。魅影が不意に立ち止まり辺りを見回す。

 2人の周囲には、いつの間にか霧が立ち込め始めていた。


 「確かこの霧を越えた先に、大変正索冥郷将石蕗のいる異空間があるのよね?」

 「はい。以前来た時と同じであれば……」


 霧に触れた2人は、霧から拒絶されるような感覚を受けた。

 しかし魅影も待雪もその感覚を意に介することなく、白仙樹海を奥へ奥へと進んでいく。

 そうして5分ほど足を進めると唐突に霧が消失し、一気に視界が開けた。


 「ん……」


 燦燦と輝く陽光が網膜に突き刺さり、魅影は顔を顰める。


 「これはまた……随分とステレオタイプな南国リゾートね……」


 雲1つ無い青空、白い砂浜、ヤシの木めいた樹木、波が寄せては返す青い海。

 2人はいつの間にかプライベートビーチに迷い込んでいた。


 「おお!久しいな!」


 そしてこの空間にいるのは魅影と待雪だけではなかった。

 赤と白のパラソルの下、ビーチチェアに寝そべっていた筋骨隆々の大男が、立ち上がって2人の方へ近付いて来る。


 「よく来たなぁ、待雪!」

 「ご無沙汰しておりますわ、初代大変正様」

 「よしてくれ、堅苦しい。石蕗って呼んでくれや」


 大変正索冥郷将石蕗は、孫が遊びに来た時の祖父のような振る舞いで待雪を出迎えた。


 「ん?そっちの嬢ちゃんは初めてだよな?」

 「お初にお目にかかりますわ、大変正索冥郷将石蕗様。私は常夜見魅影と申します」


 優雅にカーテシーを披露しながら、丁寧な口調で挨拶をする魅影。

 この場にメルがいたなら、きっとツチノコを見るような目を魅影に向けていたことだろう。


 「石蕗様。常夜見様は桜庭様のご友人ですの」

 「おお、あの祟り神の嬢ちゃんのか!よろしくなぁ、魅影の嬢ちゃん」

 「こちらこそよろしくお願いいたします」


 魅影は石蕗と握手を交わす。


 「んで、今日はどうしたんだ?」

 「実は……僭越ながら、石蕗様の教えを賜りたく」


 待雪が平伏しながら早速本題を切り出す。


 「教え?こんな隠居したジジイから何を教わりたいってんだ?」

 「変化の極意について。わたくしにはどうしても力が必要なのです」

 「……何か事情がありそうだな」


 待雪はメルの武器として役立ちたいという願いと、それを叶えることの難しさを、一から十まで石蕗に話した。


 「なるほど、メルの嬢ちゃんの武器にか……そいつは難しそうだなぁ」


 石蕗が眉根を寄せて腕を組む。


 「お願いします、石蕗様。わたくしにはどうしても更なる力が必要なのです」

 「私からもお願いします。私では侏珠の変化の力について、適切な助言ができません」

 「つってもなぁ……」


 待雪と魅影が揃って頭を下げると、石蕗は困ったように顎を掻いた。


 「俺から言えることなんて1つくらいしかねぇぞ?」

 「石蕗様からの助言は何であれ金言ですわ。どうかこの待雪めに、石蕗様のお知恵を」

 「知恵なんて大したもんでもねぇし、金言なんていいもんじゃ絶対にねぇが……待雪、変化の力を高めたいんだったらな……」


 待雪は息を呑んで石蕗の言葉を待つ。


 「ドラマとか、映画とか、後は漫画や小説なんかもいいな。そういうのを沢山見るんだ」

 「……え?」


 予想外の助言に、呆気に取られる待雪。

 その待雪の表情に、石蕗は可笑しそうに笑った。


 「はははっ!まあドラマや映画で変化が上手くなるったって、すぐには信じられねぇわな。けどな、これが意外と理に適ってんだよ」

 「その……どういうことなのでしょう……?」

 「いいか?侏珠の変化にはな、想像力が1番大事なんだ。変化が上手い奴っていうのは、自分がどんな姿に変化するかをはっきりと想像できてるんだ。逆にイマイチ変化が上手くない奴は、自分が変化する姿を上手く想像できてねぇ」


 石蕗の一言一句に、待雪は真剣な表情で耳を傾ける。


 「だから極端なことを言うと、待雪がメルの嬢ちゃんの武器になりたいってんなら、『メルの嬢ちゃんの武器になった自分』をはっきりと想像できりゃそれで事足りるんだ。だが話はそう簡単じゃねぇ。何を想像するにしても、種が無くちゃ話にならねぇからな」

 「種?」

 「ああ。想像ってのは何もねぇところからはできねぇんだ。あれがああだったら、これがこうだったらっていう、想像の元になる種が必要になる。じゃあその種はどこから拾ってくるかって話だが……」

 「なるほど、そういうことでしたのね」


 石蕗が皆まで言い終える前に、魅影が合点がいったというように頷いた。


 「侏珠の変化に最も重要なのが想像力。つまり変化の能力を高めることは創造力を高めることに他ならず、そのための手段がドラマ・映画・漫画・小説などの創作物であると」

 「そういうこった!想像の種を集めるにゃあ、他の奴が想像したもんを拾ってくるのが手っ取り早いからな!話が早ぇじゃねぇか、魅影の嬢ちゃん!」

 「お褒めに預かり光栄ですわ」


 魅影は淑やかに一礼して見せた。


 「そういう訳だ、待雪。強くなりたいのなら、ドラマや映画を見ろ」

 「は、はい……ご指導いただき、ありがとうございました」


 待雪は石蕗に向かって頭を下げたが、本当に石蕗の言う通りにして強くなれるのか、正直なところ半信半疑だった。




 「お邪魔するわね、待雪さん」


 石蕗からの教えを受けた数日後。魅影はとあるマンションの一室を訪れた。


 「追加の龍石を持ってきたわよ」

 「あ、ありがとうございます」


 部屋の中では待雪がアクション映画を鑑賞しながら、ポップコーンさながらに龍石を口へ運んでいる。


 「調子はどうかしら?」

 「龍石を沢山いただいたので、霊力量の成長が体感できるようになって参りましたわ。ですが……何だかとても自堕落な生活を送っているような気がしてしまって……」

 「ふふっ、傍から見たらそう思われてしまうかもしれないわね」


 待雪の言葉に魅影は苦笑した。

 サブスクで手当たり次第に映画やドラマを見て、それに飽きたら魅影が用意した漫画や小説を読む。それがここ数日の待雪のルーティンだった。

 石蕗の助言を受け、できるだけ多くの創作物に触れようという努力なのだが、何も知らない人間には自堕落な生活に見えてしまうだろう。


 「けれど私から見ても、待雪さんの霊力量の成長には目を瞠るものがあるわ。龍石を吸収しやすい体質なのかもしれないわね」

 「本当ですか?常夜見様にそう言っていただけると安心できますわ」

 「……予定よりも早いけれど、そろそろあれを試してみる頃合いかも知れないわね」

 「あれ、と仰いますと……」


 待雪は龍石を口へ運ぶ手を止め、表情を引き締める。


 「勿論これのことよ」


 魅影はどこからともなく、豪奢な装飾が施された瓶を取り出した。

 待雪も以前目にしたことのあるそれは、祟り神だった頃のメルの血液を収めたものだ。


 「今の待雪さんであれば、これを飲んで生き延びられる可能性は充分にあるわ。もっともそれなりに苦しむことにはなるでしょうけど……どうする?」


 どこか挑発するような魅影の問い掛けに、待雪は即座に頷いた。


 「いただきますわ」

 「よく言ったわ」


 待雪は魅影から瓶を受け取って蓋を外す。

 そして目を瞑って何度か深呼吸をしてから、一気に瓶の中の血液を呷った。


 「っ、ああああああああああっ!?」


 血液を飲み込んだ途端、待雪が喉を押さえてのたうち始める。


 「待雪さん!」


 魅影は即座に待雪へと右手を翳し、その掌から淡い光が放たれる。霊力によって待雪の苦痛を軽減しようと試みているのだ。


 「うあああああああああっ!!」


 だが魅影の援助を受けても、待雪の悲鳴が収まることはなかった。

 待雪が感じている苦痛は、最早言葉で表現することは不可能な領域だった。


 「死なないで頂戴よ待雪さん……!あなたが死んだら、私が桜庭さんに何を言われるか……!」


 憎まれ口を利きながらも、魅影は治療の手を止めない。

 魅影も魅影なりに待雪を生かそうと必死だった。


 「うあああああっ!!ああっ、ああああああああっ!!」


 喉が張り裂けるような悲鳴を上げながらのたうち回る待雪と、額に脂汗を浮かべながら治療を続ける魅影。


 「はぁっ……はぁっ……」


 ようやく待雪の悲鳴が止んだのは、血液を飲んでから6時間以上が過ぎてからのことだった。


 「よく生き延びたわね、待雪さん」


 魅影が汗でびっしょりの顔に笑顔を浮かべ、待雪を称賛する。


 「あり、がとう……ご、ざ、います……」


 待雪は目や口から血を流し、息も絶え絶えの状態だったが、それでも確かに生きていた。

 最強の祟り神であるメルの血を飲み、生き延びたのだ。


 「これであなたは祟火への耐性を得たわ。桜庭さんの武器として、あなた以上に相応しいものは最早存在しないのよ」


 魅影が励ますようにそう告げると、待雪は疲弊しきった顔で薄らと微笑んだ。




 「……このようにしてわたくしは祟火への耐性を獲得しましたわ。そして桜庭様の血液によって更なる力を獲得したわたくしの新たな『戦化生』が、先程披露いたしました『角端祟巫』なのです」


 S大学から場所を移したファミレスにて、待雪は魅影と行動していた間のことを語り終えた。


 「メルの知らないところで、待雪さんはメルのためにそんなに頑張ってくれてたんですね。ありがとうございます」

 「いえ、そんな……身に余るお言葉ですわ」


 メルは待雪に向かって頭を下げてから、魅影へジトッと半眼を向けた。


 「魅影さん、メルに言っておいてくれてもよかったじゃないですか」

 「だって待雪さんがあなたに秘密にしてほしいと言ったのだもの。私から言える訳無いじゃない」


 魅影は涼しい顔でコーヒーを啜った。


 「という次第ですので桜庭様、これからもこのわたくしを桜庭様の刀として振るっていただきたく存じますわ」

 「もちろんです!これからもよろしくお願いしますね、待雪さん」


 メルと待雪は笑顔で頷き合った。


 「さて、主従の話が綺麗に纏まったところで、私の方からも桜庭さんに話しておきたいことがあるのだけれど」

 「何ですか?魅影さん」

 「リバーサルワークスの在処が分かったわ」


 一瞬何を言われたのか分からず、メルは硬直した。


 「えっ……場所分かったんですか?」

 「分かったわ」

 「リバーサルワークスの?」

 「リバーサルワークスの」

 「いつの間に見つけたんですか!?魅影さん別件があって1ヶ所も調査できてないって言ってたじゃないですか!?」


 その別件というのは待雪の特訓だった訳だが、ともかく魅影は待雪に付き合っていたためにリバーサルワークスの捜索には手が回っていなかった。

 他ならぬ魅影自身がそう言っていたにもかかわらず、魅影がリバーサルワークスの在処を突き止めたという矛盾に、メルの頭は混乱する。


 「先に謝っておかなければならないのだけれど」

 「何ですかすっごくイヤな予感するんですけど」

 「桜庭さんに調査をお願いした、リバーサルワークスが存在する可能性のある6つの座標。あれ実は真っ赤な嘘なのよ」

 「はぁっ!?」


 思わず上げたメルの大声は、ファミレス中の店員や客の視線を集めた。


 「あっ、ごめんなさ~い……」


 周囲に謝罪をしてから、メルは殊更に声を潜めて魅影を問い質す。


 「どういうことですか魅影さん!?なんでメルに嘘吐いたんですか!?」

 「御伽星憂依を欺くためよ。恐らくあの女は自分でリバーサルワークスを見つけ出そうとはしないわ。リバーサルワークスを探す私達の動向を監視し、私達がリバーサルワークスを発見したところを横取りしようと目論んでいるはずよ」

 「流石魅影さん、御伽星さんのことは詳しいですね」

 「だから桜庭さんには敢えてリバーサルワークスとは何の関係も無い座標を調査してもらっていたの。そうすれば御伽星憂依を桜庭さんに釘付けにできる上に、万に一つもあの女の手にリバーサルワークスが渡ることは無いもの」

 「それはそうかもですけど……」

 「でなければ『調査ついでに配信もしていいですか~?』なんてあなたのお願いに許可を出すはずが無いでしょう?配信中にリバーサルワークスを見つけようものなら、その在処が御伽星憂依にまで筒抜けになってしまうというのに」

 「くぅっ正論!」


 それに関してはメルも薄々おかしいなとは思っていたのだ。

 リバーサルワークスの所在は絶対に憂依に知られてはならないというのに、調査の様子を配信してもいいというのは明らかに矛盾している。

 だがそもそもが憂依を騙すための調査だったと言われれば、その矛盾にも納得がいく。


 「じゃあじゃあ、結局リバーサルワークスはどこにあったんですか?」


 メルがそれを尋ねると、魅影は低い声で囁き返した。


 「――万花京よ」

いいねやブックマーク、励みになっております

ありがとうございます

次回は金曜日辺りに更新できたらなと思っております

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ