第39回桜庭メルの心霊スポット探訪:八頭竜の滝 後編
「メルちゃん!この触手の再生速度すっごく速いよ!」
「えっ、もう再生したんですか!?」
どうやらメルが目を離した一瞬の隙に、メル達が破壊した2本の触手は元通りに再生してしまったらしい。プラナリアも真っ青の再生能力だ。
「はあっ!!」
煌羅がメルの動体視力でも追いきれない速度で亀骨を振るい、一気に3本の触手を切り飛ばす。
しかし切断した側から触手の断面がボコボコと泡立ったかと思うと、すぐにまた新しい触手が生えてきた。
「うわ気持ち悪……」
触手が再生する様子はかなりグロテスクで、それを目の当たりにしたメルは思わず顔を顰める。
「ただ斬るだけじゃダメみたいだね……」
煌羅が触手の上に着地しながら冷静に分析する。
「じゃあこれを試してみましょう」
メルは祈るように両手を組み合わせた。
「星よ紅く澱み給え」
不思議な響きを孕んだ声と共に、メルの体からバチバチと反霊力が迸る。
メルは組み合わせた両手をそのまま前に押し出した。
「『神解雷螺』!」
メルの両手から放たれた反霊力のビームが、近くにあった触手の大部分を跡形もなく消し飛ばす。
「穢術じゃなくて祓道使ってよ~」
メルが祓道ではなく怪異使いの技を使ったことに、煌羅が口を尖らせる。
「ごめんなさい……でも反霊力でできた傷は治りが遅いので」
「そっか!それなら再生速度を落とせるかも!」
煌羅の言ったことがまさしくメルの狙いだった。
反霊力による攻撃であれば、触手の再生能力を阻害できると踏んだのだが……
「……治ってますね、普通に」
「……治ってるね、普通に」
『神解雷螺』で消し飛ばした触手は、確かに普通に斬り飛ばした触手に比べると、再生に時間がかかっている様子だった。
しかしその差は数秒にも満たず、「気持ち治るのが遅い気がするかも……?」という程度の話だ。
「反霊力でも普通に治るなんて……とんでもない再生能力ですね……」
「だね~。再生能力以外は大したこと無いからまだいいけど」
煌羅の言う通り、触手の厄介なところは再生能力だけだった。
力も速度も大したことは無く、耐久力も低いため、メルと煌羅にとっては脅威にはならない。
だがその再生能力故にどれだけ触手を破壊してもきりがなく、それがメルと煌羅を辟易させた。
「煌羅さん、ちょっと大技使うので離れてください!」
「分かった!」
煌羅は地上に降りると、大きく触手から距離を取る。
それを確認したメルは、全身から大量の祟火を滾らせた。
「メルティ……」
祟火が右足へと収束し、あまりの密度に空間が歪曲する。
「クレセント!!」
回し蹴りと共に放たれた祟火は龍を模り、八頭竜の滝ごと8本の触手を呑み込んだ。
「わ~……!」
破壊的に燃え上がる祟火を、煌羅は目を輝かせて眺める。
「すっごく痛そう……こんなの食らったら絶対死んじゃうだろうな~……」
「……飛び込んでみようとか考えないでくださいよ、煌羅さん」
煌羅が自ら祟火の中へと身を投げるのではないかと懸念したメルは、半眼で煌羅に釘を刺す。
「あはは、流石にそんなことしないよ~」
煌羅はひらひらと右手を振って否定した。
「私から火の中に飛び込んだら、それはただの自殺でしょ?私は自殺がしたいんじゃなくて、ただ私の人生の最後はメルちゃんの手で終わらせてほしいだけだもん」
「……なんか、ごめんなさい」
「えっ?なんで謝るの?」
煌羅の性癖がこうなった原因は100%メルにあるためである。
「でもメルちゃんがここまでやったんだから、あの触手も流石に再生できないでしょ」
「だといいんですけど……」
メルの視線の先で、滝壺を埋め尽くしていた祟火が消失する。
するとそこには、相変わらず元気に揺らめく8本の触手の姿があった。
「嘘でしょ!?これでもダメなの!?」
愕然とする煌羅。メルも口にこそ出さなかったが全く同じ心境だった。
メルティ・クレセントが触手に効かなかった、という訳ではない。ただメルティ・クレセントを受けて尚、触手の再生能力は衰えなかったのだ。
「一応メル、今の技が1番強いんですけど……」
「だよね……」
「……あっ!じゃあこれも試してみます!」
しかしメルの策はまだ尽きてはいなかった。
「『挿頭戒』!」
メルが右の掌を上に向けると、そこに木製の槍が生成された。
『挿頭戒』は刺さった対象のあらゆる能力を封印する技だ。これならば触手の再生能力を封じ込められる可能性がある。
(確かに『挿頭戒』は有効かもしれないわね)
『挿頭戒』本来の使い手であるサクラもメルと同じ見解だった。
「煌羅さん。今からあの触手にこの槍を刺します」
メルはもっとも近い触手を指差し、煌羅に作戦を伝える。
「刺さったらすぐに、煌羅さんは他の触手を攻撃してみてください。それで煌羅さんの攻撃した触手が再生しなかったら成功です」
「分かった!」
煌羅は力強く頷いた。
「じゃあ行きますよ!」
メルが触手に狙いを定めて『挿頭戒』の槍を投擲し、同時に煌羅が走り出す。
槍は大気を切り裂きながら目にも留まらぬ速度で飛翔し、寸分違わずメルが狙っていた触手に突き刺さった。
「はぁっ!」
一拍遅れて、手筈通りに煌羅が槍を刺したのとは別の触手を切り飛ばす。
その切断面からは、再生の兆候は見られなかった。
「やった!」
作戦の成功にメルと煌羅が笑みを浮かべたのも束の間。
槍が刺さった触手に別の触手が絡みつき、槍ごと触手を引き千切ってしまった。
「ひゃっ!?」
思いもよらない触手同士の自傷行為に、メルは小さく悲鳴を上げる。
直後、槍ごと引き千切られた触手と、煌羅が斬り飛ばした触手が、同時に再生してしまった。
「くっ、意外と賢い……」
口惜しく唇を噛むメル。
『挿頭戒』自体は触手の再生能力を封じ込めるのに有効だった。しかし『挿頭戒』ごと触手を千切られてしまったことで、『挿頭戒』の効力が失われてしまったのだ。
『挿頭戒』に対するこの適切な対処を見るに、触手が知性を有していることはまず間違いない。
「厄介ですね……『挿頭戒』!」
メルは顔を顰めつつ、今度は木製の槍を同時に8つ射出する。
それらの槍は全ての触手に1本ずつ突き刺さった。
「これで何もできないですよね!」
全ての触手に『挿頭戒』が刺さったことで、行動が可能な触手は1本も無くなった。これで先程のような、『挿頭戒』を触手ごと引き千切る真似はできない。
勝利を確信してほくそ笑んだメルだったが、その直後に8本の触手全てが根元からブチっと千切れた。
「……は?」
メルも煌羅も一切触手に攻撃は加えていない。にもかかわらずトカゲが自らの尻尾を切り離すかの如く独りでに千切れた触手に、2人は呆気に取られた。
そして2人が動けないでいる間に切り離された触手は消失し、残った触手の根元がボコボコと泡立ち始める。
「っ、マズ……」
メルは反射的に動き出すも何かができる訳でもなく、8本の触手は元通り再生してしまった。
「ここまでやってもダメですか……」
元気にウネウネと蠢く触手を見上げ、途方に暮れたようにメルは呟く。
祟火や反霊力だけでなく『挿頭戒』でも、触手の再生能力を封じ込めることはできなかった。こうなるとメルにはもう次の打つ手が思い浮かばない。
「ねぇ、メルちゃん」
そんなメルとは対照的に、煌羅が何かを思いついた様子で口を開く。
「今更だけどさ……これって、下に本体がいるんだよね?」
「本体?」
「私達ってさ、この触手をタコの足的な何かだと思ってるよね?」
「思ってます」
「じゃあさ、今見えてる触手の下の、水の中の見えないところに、タコの本体的な何かがあるってことだよね?」
「……そう言えばそうですね」
言われて初めてメルも気付いた。
触手の再生能力が厄介すぎるあまり、触手を操っているであろう本体のことにまで意識が及ばなかったのだ。
「この触手が何をやっても再生しちゃうなら、水の中から本体を引っ張り出して、そっちを攻撃するのはどうかな?脳とか心臓とか、そういう大事なところを攻撃すれば、流石に再生できないんじゃない?」
「……確かにそうかも。でもどうやって本体を引っ張り出すかですよね……」
「それに関しては私に任せて!」
煌羅が自信ありげに胸を叩く。
「分かりました、じゃあお願いします」
元より自分では何も思いついていないメルは、煌羅のアイデアに頼る他無かった。
「うん!」
煌羅は満面の笑みで頷き、触手に向かって走り出す。
すると数本の触手が煌羅に向かって鞭のようにしなりながら襲い掛かった。
「遅いなぁ!」
煌羅は軽々と触手の連撃を躱すと、その内の1本を両腕で抱え込む。
「てやあああっ!!」
そして本マグロを一本釣りする漁師を彷彿とさせるダイナミックさで、煌羅は抱えた触手を思いきり引っ張り上げた。
『すげぇパワフル』『豪快~』『絵に描いたような力業』
直後、滝壺から巨大な何かが勢いよく飛び出し、それに伴って周囲に再び大量の水飛沫が降り注いだ。
「わぁ……ホントにタコだ……」
滝壺から現れたそれを見上げ、メルは思わず呟く。
高さが10mを優に超えるそれは、紛れもなくタコの姿をしていた。
『タコだ……』『デカいタコだなぁ』『たこわさにしたら何人前だろ』『わさびめちゃくちゃ必要になるな』『てかなんで滝にタコ?』
「滝にタコはまぁ……湖にモササウルスいたりする世界ですし……」
『確かに』『今更だったわ』
巨大タコに対する感想を暢気に視聴者と語り合っていたメルだったが、
「メルちゃん!」
煌羅の名前を呼ぶ声に素早く意識を切り替える。
「あのタコの頭におっきい一撃お願い!」
「分かりました!」
大きい一撃を叩き込む。メルが大得意とするところだ。
「『神解雷螺』!」
メルが組み合わせた両手から、反霊力のビームが放たれる。
ビームはタコの頭部を貫くと、一瞬にしてその大部分を跡形もなく消し去った。
僅かに残ったタコの頭部の残骸がゆっくりと倒れ、同時に8本の触手も力を失い地面に落ちる。
そして触手もタコ本体も、そのまま2度と動かなくなった。
「倒した……んでしょうか?」
「多分……?」
メルと煌羅がしばらく様子を見守っていると、巨大タコは朽ち果てるように細かな粒子となって風に消えていった。
「あっ、勝ちましたね」
「勝ったね!」
『おお』『おめでとう』『やっとか』『しぶとかったな』
巨大タコの死亡を確認し、メルと煌羅は胸を撫で下ろす。
「じゃあそろそろ配信終わりましょうか」
「あっ、もう終わるの?」
「はい。見どころはもう充分あったと思うので」
『それはそう』『散々大暴れしたからな』『敵がしぶといだけのサンドバッグでよかったね』
「という訳で!」
メルがカメラに体を向ける。
「皆さん、第39回心霊スポット探訪はいかがでしたか?また次回の第40回心霊スポット探訪で……第40回!?もう40回も配信やってるんですね……」
『自分で言って自分で驚くな』『心霊スポット探訪じゃない配信もあったから実際は40回よりもっとやってるだろ』『そういや自分探しの旅とかいう変な配信やってる時期もあったな』『変な配信って言ってやるなよ』
「煌羅さん煌羅さん。煌羅さんも最後の挨拶一緒にやりましょ」
「え、いいの?」
メルに呼ばれて煌羅もカメラの前にやってきた。
「それじゃあ皆さん、また次回の配信でお会いしましょう!バイバ~イ」
「バイバ~イ」
『ばいばい』『ばいば~い』『次回も楽しみ!』
最後にメルと煌羅でカメラに手を振り、この日の配信は終了した。
「さてと……」
サクラが撮影を止めたのを確認し、メルはピンクのブラウスの裾に手を掛けた。
「メルちゃんどうしたの?」
「ちょっと滝壺の中を見てきます。多分異空間の入口が開いてると思うので」
メルが異空間の入口を開くための儀式を行った直後、あの巨大タコの触手が出現した。
普通に考えれば、メルの儀式によって滝壺の中に異空間が開き、そこから巨大タコが現れたと考えるのが自然だ。
「だから異空間の中にリバーサルワークスが無いか見てきます。あのタコがいたので多分リバーサルワークスは無いと思いますけど」
「そっか、気を付けてね……え゛っ!?」
煌羅が潰れた蛙のような声を出したのは、目の前で突然メルがブラウスを脱ぎ去ったからだ。
「めっ、メルちゃん、いきなりどうしたの……!?」
「……?滝壺に潜るので服脱いでます」
「そ、そんなっ、いくら配信が終わって私しかいないからって、こんな外でいきなり服を脱いだりなんて……」
「……今日は下に水着着てるって言いませんでしたっけ?」
「あっ、そうだったね」
メルが痴女的行為に及んだ訳ではないことに安心した煌羅は、改めてメルをまじまじと見つめる。
「……そんなに見られるとなんだか脱ぎづらいんですけど」
メルは煌羅に苦情を言いつつ黒いスカートも脱ぎ去り、予め着込んでいた水着を露にする。
メルが身に着けていたのは黒を基調とした地雷系のデザインの、セパレートタイプの水着だった。
「……写真撮っていい?」
「ダメですよ、何言ってるんですか」
「お願い!何にも使わないから!」
両手の間にスマホを挟みながら、煌羅がメルを拝み倒す。
その後、メルと煌羅の押し問答は5分以上続き。
「……じゃあ、1枚だけならいいです」
「ホント!?やったぁ~!!」
押し問答を制したのは煌羅だった。
「……あれ、撮らないんですか?」
撮影の許可を出したというのに一向にスマホのカメラを構える様子がない煌羅を、メルが訝しむ。
「うん。1枚だけなら、折角だから潜った後の濡れてるメルちゃんを撮ろうかなって」
「ひぇっ」
煌羅のその発想に、メルは本気の悲鳴を漏らした。
その後。
「ぷはっ!リバーサルワークス無かったです!」
メルは滝壺内の異空間を無事に探索し終え。
「じゃあメルちゃん撮るよ~」
「は、はい……」
煌羅のスマホには、水着姿のメルの写真が残された。
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