第38回桜庭メルの心霊スポット探訪:○○神社 三
「どうした?もう終わりか?」
女神が高飛車な笑みを浮かべ、メルを挑発する。
その瞬間メルの額にくっきりと青筋が浮かんだ。
「終わりな訳ないでしょ!」
メルは右手の中指を人差し指を真っ直ぐに伸ばし、その先端を女神へ向ける。
「『青鷺』!」
メルの指先から、青い炎がビームのように放たれた。
『ビーム出た!?』『そんなこともできるようになったんだ』
「ほう、祓道の練度は中々だ……」
女神はただ嫣然と笑うばかりで、『青鷺』を避けようとする素振りすら見せない。
「だが妾には効かぬ!」
『青鷺』は正確な狙いで女神の胸の中央を捉える。
しかし青い炎が桃色のオーラに触れた瞬間、炎はあっさりと掻き消されてしまった。
「『青鷺』もダメ……なら!」
祓道が通用しないと見るや、メルは落胆する間もなく即座に次の手を打つ。
「『挿頭戒』!」
メルが生成した木製の槍が、高速で女神目掛けて射出される。
刺さった対象のあらゆる能力を封印する『挿頭戒』。その効力が十全に発揮されれば、女神のオーラも封じ込めることができるだろう。
メルはそう見込んでいたのだが、
「無駄だ」
『挿頭戒』は女神の体に到達することなく、オーラに弾き返されてしまった。
「『挿頭戒』もダメなんですか……?」
「今の槍……神格の力か。祓道に祟り神の力に神格の力まで扱うとは大したものだが、妾の『桃気』の前には全て無意味だ」
女神が勝ち誇るようにそう告げる。
「桃気……?」
「莫大な霊力を精緻に操作し、本来視認することはできない霊力を可視化するほどに圧縮したもの、それがこの桃気だ。莫大な霊力とそれを圧縮する霊力操作技術、その両方を兼ね備えた神格にのみ許された神業である」
「すごい説明してくれますねこの人……」
『草』『言うなそんなこと』『折角手の内明かしてくれてるんだから』
どうやら女神は、自らの力を誇示することに快感を覚える性質のようだった。
「桃気は身に纏えばあらゆる攻撃を跳ね退ける無敵の鎧となり、切り離して射出すれば万物を灼き滅ぼす最強の矛となる。このようにな!」
女神が声を上げるのと同時に、身に纏う桃気から無数の光が放たれる。
両端が尖った楕円のような形状の光が無数に宙を舞うその様は、まるで花吹雪のようだ。
「祓道師の少女よ、灼熱の桃気の嵐で肉片1つ残さず消え去るがいい!『百花斉放』!」
桃気の花吹雪が一斉にメルへと殺到する。
その身を以て桃気の威力の一端を知っているメルは、その攻撃がメルを消滅するに足る威力があることを確信した。
「圧縮された霊力……なるほど、そういうことですか」
しかしメルは自らに死をもたらす花吹雪を前にしても一切動揺することなく、むしろ悪戯を思いついた子供のような笑顔を浮かべていた。
「だったらこうしましょう」
メルが祈るように両手を組み合わせる。
そして花吹雪がいよいよメルを呑み込もうとしたその時。
「――星よ紅く澱み給え」
メルの体から迸った赤いプラズマが、花吹雪を消し去った。
「……何?」
女神の美しい顔が、初めて驚愕に歪む。
「其方、それは何だ……?その禍々しいそれは、一体何なのだ……!?」
「あら、反霊力をご存じないですか?」
「反霊力、だと……?」
反霊力を放ちながら悠然と微笑むメルと、顔を顰めながらメルを見つめる女神。図らずとも先程とは真逆の構図になった。
「そう言えば魅影さんが穢術は割と新しい技術だって言ってましたし、昔の神様が知らなくても当たり前かもしれませんね」
「穢術……?」
「反霊力は霊力を消し去る力。その桃気っていうオーラがどれだけ強くても、元が霊力なら反霊力で消し去ることができます」
「何だと……!?」
「よかったです、今日の配信までに穢術覚えるのが間に合って」
『ポンポン新しい技覚えて来るじゃん』『技のデパート』
祓道やエルドリッチ・エマージェンスとは違い、メルは修行パートで穢術を身に着けることはできていなかった。穢術はそれらの技術と比べても一段と難易度が高く、習得が間に合わなかったのだ。
そしてそれを許さなかったのが教官を務めた魅影だ。怪異使いの道を歩み始めた以上、必ず穢術も習得すべきだと魅影は頑なに主張した。
そして前回の大嶽神社での配信の後、メルに穢術を叩き込むための追加の修行パートが設けられたのだ。
「正直メルは穢術はいいかなって思ってましたけど……やっぱり何でも覚えておくものですね」
直前で習得した穢術が、こうして桃気という強力な力への対抗策となった。
芸は身を助けるという言葉が、しみじみと身に染みたメルだった。
「桃気は身に纏えば無敵の鎧になる、でしたっけ。この反霊力を見ても、同じことが言えますか、神様?」
『煽りよる』『勝てると思ったらすーぐ煽るんだから』
「っ……抜かせ祓道師!『百花斉放』!!」
女神が再び桃気の花吹雪を放つ。
それに対しメルは、組み合わせた両手をぐっと前に突き出した。
「魅影さん直伝……『神解雷螺』!」
メルの両手から放たれた反霊力のビームが花吹雪を消し去り、そのまま女神の腹部を貫いた。
「ぐぁっ!?」
悲鳴を上げて腹部を押さえる女神。霊力で傷を治そうとしている様子だが、反霊力による傷は治りが遅い。
「あらあら。無敵の看板は下ろさなきゃですね」
「……反霊力、か。確かに大した力だ」
流石は神格というべきか、女神はメルの挑発には乗らなかった。
「桃気の護りを破り、妾に傷を与えたのは、其方で2人目だ。誇るがいい、祓道師の少女」
「ありがとうございます」
『ちゃんとお礼言えて偉い』
「だがその力の弱点は既に見切った!」
女神が地面を蹴り、腹部に穴が開いているとは思えない速度でメルへと迫る。
「はぁっ!」
「ひゃっ」
桃気を纏った女神の拳を、メルは紙一重で回避する。
「はっ!はぁっ!はぁっ!」
女神はそのままぴったりとメルに張り付き、近接戦闘を仕掛ける。
「くっ……」
桃気は触れるだけでダメージを負ってしまう。そのためメルは防御ではなく回避を強いられることとなった。
「やはりな」
回避に徹するメルを見て、女神がニヤリと笑う。
「反霊力は至近距離では使えないのだろう?」
「……ええ、ご名答です」
『正直』『ブラフとか使わないんだ』『メルにそんなことできるワケないだろ!』
反霊力はあらゆる霊力を消滅させる。そしてそれは穢術の術者も例外ではない。
例え穢術によって自らが生成した霊力であろうと、触れればその性質によって消滅は避けられない。そのため至近距離の敵に対して穢術を用いることは、自らを反霊力の脅威に晒すことと同義だ。
そしてその弱点を、女神はこの短時間で看破していた。
「其方は反霊力を扱えず、妾の桃気は掠るだけで其方の身を灼く。最早其方に勝ち目はあるまい!」
「そんなことありませんよ!」
メルは右手に祟火を纏わせる。
今回は珍しくただ纏わせるだけでなく、隙間ができないよう丁寧に丁寧に右手を祟火で覆った。
「てやっ!」
メルが振り抜いた拳が女神の顔のど真ん中を捉え、直撃の瞬間に生じた衝撃波が異空間を揺らす。
「無駄だと言っておろうに!」
しかしやはりメルの拳は桃気に阻まれて女神には届かず、女神の美しい顔には傷1つ付かなかった。
「やっぱりそれズルですってぇ……!」
『シンプル泣き言』
女神にダメージを与えることこそできなかったメルだが、全く成果が無かった訳でもない。
先程女神を殴った際は逆にメルの拳が傷を負ったが、今回祟火で丁寧に覆った右手には傷は刻まれていなかった。
これは即ち、女神が祟火を桃気で防いでいるのと同様に、桃気による攻撃を祟火で防ぐことが可能であるのを意味する。
「てやぁっ!!」
そうと分かれば、と言わんばかりにメルは祟火で覆った右足で前蹴りを繰り出す。
常人が受ければ内臓破裂は避けられないほど強烈なその一撃も、やはり桃気に阻まれ女神には届かない。
「だから無駄だと言っている!分からんのか!?」
苛立った様子で女神がメルを殴り飛ばそうとするが、
「てやっ」
女神の拳を、メルは祟火で覆った右手でぺしっと払い除ける。
そして反撃の貫手が、空間を切り裂きながら女神の喉元へと突き刺さる。
「……やっぱりダメですかぁ」
だがその貫手も桃気の防御を打ち破るには至らなかった。
「……何度やろうと同じことだ」
女神が幼い子供を諭すようにメルに語り掛ける。
「其方は強い。妾の知るどの祓道師も其方には敵わないだろう。だがそれでも、戦神と謳われた妾には及ばぬのだ」
「そうですか?じゃあ最後にもう1つだけ試してみますね」
瞬間、メルの体から夥しい量の祟火が噴き上がった。
「無駄だ。祟り神の炎が火勢を増したとて、妾の桃気を破る事は……」
途中で言葉を詰まらせた女神は、その美しい顔を引き攣らせる。
女神の視線の先では、メルの右足に収束した莫大な祟火によって、周囲の空間が歪み始めていた。
「何と悍ましい……!」
「よく言われますっ!」
『珍しいなぁ』『普通に生きてたら悍ましいなんて1回も言われなさそうなのに』
メルは女神目掛けて右足を振り被る。
「くっ……」
女神はメルから離れようとしたが、それよりもメルが右足を振り抜く方が速かった。
「メルティ・クレセント!!」
回し蹴りと同時に放たれた祟火が龍の姿を取り、女神を呑み込もうと大顎を開く。
「『百花斉放』!!」
女神は桃気の花吹雪を放つが、それらは祟火の龍と接触した瞬間に呆気なく蒸発してしまう。
祟火の龍は桃気の影響を一切受けることなく、その大顎を閉じて女神を噛み砕いた。
「あああああああああっ!?」
爆発的に広がる祟火の中から、女神の悲鳴が響き渡る。
「今日はよく燃えますね~」
『何を他人事みたいに』『キャンプファイヤー眺めてるんじゃねぇんだぞ』
異空間内を埋め尽くす祟火の轟音によって、メルの暢気な呟きは掻き消された。
祟火は30秒ほど燃え続け、その後一切の痕跡を残さずに消失する。
「ぐっ……うぅ……」
その場に残されたのは、祟火に全身を焼かれてのたうち苦しむ女神……ではなかった。
「……鳩?」
『だね』『いつの間に鳩?』『どっから入ってきたんだ?』
地面に蹲っていたのは、綺麗な翡翠色の鳩だった。
「くぅっ……よもや、妾がこのような姿に……っ!」
鳩の嘴からは、女神の悔しそうな声が聞こえてくる。
「えっ……と……?」
状況から考えて、目の前の鳩が女神と同一存在であることはメルにも何となく察しが付く。
しかしあの女神の何がどうなったらこんな鳩になるのか、そのメカニズムがまるで分からなかった。
(おめでとう、メルちゃんの勝ちよ)
困惑するメルの脳内にサクラの声が響く。
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