第38回桜庭メルの心霊スポット探訪:○○神社 二
「んっ……」
フリーフォールのような浮遊感がメルを襲い、意識が一瞬暗転する。
そして次にメルが目を開いた時、最初に視界に飛び込んできたのは色とりどりの光だった。
「ここは……」
そこは洞窟のような空間だった。岩に覆われた壁面の一部にはカラフルな水晶が露出しており、それらが淡い光を放っているため決して暗くはない。
「わぁ……綺麗……」
色鮮やかないくつもの水晶が光を放つ幻想的な光景に見惚れるメル。しかしすぐに我に返ると、急いで配信の画面を確認した。
「そうだ、配信は……」
『何だここ!?』『水晶が光ってる』『すげぇ綺麗じゃん何ここ』
「ああよかった、今回は繋がってるんですね……」
異空間への侵入に伴う配信の中断を心配したメルだが、今回は異空間に入っても配信は続いていた。
「今回の異空間は通信できるタイプの異空間みたいですね……」
『通信できるタイプの異空間……???』『聞き慣れないなぁ』
「それじゃあ早速、この異空間を調べてみますね」
果たしてこの異空間にリバーサルワークスは存在するのか、それを調べるために早速メルは探索を開始する。
「あら、もう行き止まりですか?」
しかしこの洞窟のような異空間はメルの想像以上に狭く、5分と歩かない内にメルは異空間の最奥へと行きついた。
「これは……?」
そこでメルが目にしたのは、5m四方は下らないであろう巨大な薄紫色の水晶の塊。そしてその水晶の中に閉じ込められた、1人の女性の姿だった。
「女の人……ですよね……?」
『そう見えるね』『水晶に閉じ込められてる?』『死んでる?』
その女性はこの世のものとは思えない美しい顔立ちをしていた。女性は一切の衣服を身に着けていなかったが、大事な部分は長い髪が奇跡的に覆い隠している。
映してはいけないものが映らずに済んだことに、メルはひとまず胸を撫で下ろした。
「あの女の人、何なんでしょう……?」
女性も女性を閉じ込めている水晶も、リバーサルワークスでないことは明白だ。魅影から聞かされたリバーサルワークスの外見とあまりにもかけ離れている。
では目の前のこれらは一体何なのか。その謎を解く手掛かりを求め、メルは女性に「桜の瞳」を向ける。
「……何も見えない」
しかし「桜の瞳」では、女性の周囲に何色の光も見えなかった。
これは女性が幽霊・怪異・神格・祟り神のいずれにも該当しないのか、それとも女性を閉じ込める水晶が「桜の瞳」を阻んでいるのか、メルには判断がつかない。
「……ん?」
しかし「桜の瞳」が振るわなかった代わりに、メルは女性の正体とは別のあることに気が付いた。
「この水晶……なんか壊れそうじゃないですか?」
『え?』『マジ?』
「よく見てみると、すっごく細かいヒビがたっくさん入ってます。ほら……」
『見えないなぁ』『分かんない』『ほんとに~?』『メルちゃんの言うこと疑うの!?』『うわぁ厄介なファンいる』
メルの言う通り紫色の水晶には、カメラ越しには判別できないほどの細かな罅が無数に刻まれていた。
「ちょっと触っただけでも壊れちゃいそう……」
そう言いながらメルが水晶に顔を近付けたその時。
バキンッ!という破砕音と共に、水晶に大きな罅割れが走った。
「……えっ?」
バキンッ!バキンッ!
メルが呆けている間に、罅割れは加速度的に進行し、水晶全体に広がっていく。
「えっ、えっ、な、何で割れてるんですか!?メル触ってなくないですか!?メル触ってなかったですよね!?」
『触ってはなかったね』『触ってなかったよ!』『触ってないのになんで急に割れたんだ?』『メルの息が掛かったんじゃね?』
「メルが悪いんですか!?これメルが悪いんですか!?」
『いやぁ流石にメルは悪くないと思うよ』『元々ヒビ入ってたみたいだし寿命だったんじゃない?』
メルが悪かろうが悪くなかろうが、目の前で水晶が砕けていく現実は変わらない。
そして一際大きな破砕音と共に、とうとう水晶は完全に砕け散ってしまった。
「壊れ、ちゃっ、た……」
呆然と呟くメル。
拳大の水晶の破片が無数に地面に散らばる中、水晶の中に閉じ込められていた女性は、凛とした姿勢でその場に佇んでいる。
水晶の中にいる時は分からなかったが、女性の長い髪は美しい桃色だった。
そしてメルが女性の髪の色を認識するのと同時に、「桜の瞳」には女性の体を縁取る黄金色の光が映った。
「金、色……?」
黄金色の光は神格の光。即ち女性の正体が神格であることを意味する。
「……あっ、服を……」
しばらく呆けていたメルだが、神格の女性が依然として全裸であることに思い至った。
大事な場所は辛うじて髪で隠れているが、このままではいつ映ってはいけないものが全世界へ配信されてしまうか分かったものではない。
どうにかして女性の体を隠さなければ、とメルが動き出そうとしたその時。
「ひゃっ!?」
突如として吹き付けた強風に、メルは思わず顔を覆った。
「なっ、何ですかこれ!?花弁!?」
メルを襲ったのは強風だけではない。風には夥しい量の桃色の花弁が含まれており、それらの花弁が容赦なくメルの全身に張り付いていく。
「何なんですかもぉ~!葉っぱまみれになったり花弁まみれになったりぃ!!」
『キレてて草』『今日のメルは植物に好かれる日だね』『てかこの花弁どっから来てるの?』
メルが顔に張り付く花弁に悪態を吐いている間に、大量の花弁を含んだ風が神格の女性の下で螺旋を描き始める。
無数の花弁が女性の裸体を覆い隠していき、やがてそれらの花弁は古代の巫女を彷彿とさせる衣装を形作った。
雅な衣装を纏った女性が、それまで閉じていた瞼を開く。すると黄金色の瞳が僅かに光を放った。
「……其方は、祓道師か?」
女性は厳かな口調で、顔の花弁を剥がしているメルに問い掛ける。
「えっ、メルのことですか?」
「そうだ。其方は祓道師か?」
「まあ……祓道師と言えば祓道師ですけど」
メルはつい最近、いくつかの祓道を習得した。故に祓道師と名乗るのも間違いではないだろう。
もっとも、メル自身は祓道師であるという自覚は乏しいが。
「そうか……祓道師か……」
メルの回答を受けて、神格の女性はその美しい顔に怒りの表情を浮かべた。
「なればこの儺遣御那実神の名の下に、其方に罰を与えよう」
「えっ、罰?」
『急展開』『超理論』『なんでそうなる』
メルが呆気に取られた次の瞬間、儺遣御那実神と名乗った女神がメルの眼前まで迫っていた。
「はっ!?」
反射的に両腕で防御姿勢を取るメル。
直後メルの両腕に凄まじい衝撃が叩き込まれ、メルは大きく後方へと吹き飛ばされた。
「がっ!?」
吹き飛んだ勢いそのままに岩壁に頭をぶつけ、メルの視界に星が散る。
『え、この人強くね?』『メルぶっ飛んでたけど……』
「ほう、妾の一撃を防ぐとは……其方、祓道師の中でも相当の手練れと見える」
「それはどうも……っていうか、何なんですかあなた……!?」
メルは痛む頭を押さえながら立ち上がり、怒りと困惑が入り混じった視線を女神に向ける。
「水晶から出るなりいきなり襲ってきて……どういうつもりなんですか?」
「祓道師は1人たりとも生かしておけぬ。故に全ての祓道師は妾によって葬られる定めなのだ」
「ああ……お話にならない……」
どうやら女神が祓道師に対して強い怒り憎しみを抱いていることは分かったが、逆に言えばそれ以外は何も分からなかった。
「祓道師の少女よ、疾く逝くといい」
女神の体を、桃色のオーラのような包み込む。
『めっちゃピンク』『綺麗』『可愛い』『でもメルを殺そうとするのはやめた方がいいと思う』
オーラを纏った女神からは、肌がひりつくような威圧感が放たれていた。
「はいそうですかで殺されて堪りますかっての……!」
メルはしゅるりとツインテールを解き、祈るように両手を組み合わせる。
「エルドリッチ・エマージェンス!」
そして怪異使いの秘奥義を発動した。
メルの眼球が黒く染まり、瞳が赤い輝きを放つ。同時に頭部には大小合わせて7つの角が出現した。
足元から噴出する祟火を纏い、メルは鋭い犬歯を覗かせて笑う。
「待雪さん!……あっ、今日いないんだった」
いつもの癖で待雪の名を呼んだメルだが、本日待雪は所用で同行していない。
今日のメルは素手での戦闘スタイルだ。
「何だ、その力は……其方、まさか祟り神か……!?」
「ご名答です。とは言っても、今のメルの祟り神成分は半分ってところですけど」
祟り神に近付いたメルの威容に、女神は僅かに慄いている。
「祓道師にして祟り神とは……これほど妾と相容れない者は初めてだ!」
女神が桃色のオーラを滾らせ、人知を超越した速度でメルへと迫る。
「『鬨』!」
それに対しメルも身体強化祓道を発動しながら地面を蹴った。
「てやああっ!!」
「はぁっ!」
祟火を纏ったメルの拳と、桃色のオーラに包まれた女神の拳が、互いの顔面に突き刺さる。
『うわ』『クロスカウンターだ』『えぐいなぁ……』
「ぷぎゅっ」
『何だ今の声!?』
正拳の撃ち合いに敗北し、珍妙な声と共に吹き飛んだのはメルの方だった。
一方の女神はメルの拳を受けても微動だにせず、拳を振り抜いた姿勢のまま静止している。
『メルが押し負けた!?』『ウソだろ……!?』『え、ヤバっ』
「くっ……」
メルは空中で体勢を整え、岩壁に衝突すること無く着地する。
女神の拳を受けて口の中が切れ、唇の端からは血が垂れていた。
『メルちゃん大丈夫!?』
「大丈夫です、そんなに痛くなかったです……ただ」
メルは顔を顰めて女神に視線を向ける。
「あの神様の桃色のオーラ、想像以上にギチギチです……」
『ギチギチ?』『何の話?』
「これじゃ普通にやってもメルの攻撃は当たらないですね……」
メルが話しているのは、女神がその身に纏う桃色のオーラの「密度」の話だ。
桃色のオーラに直接触れたメルは、それが外見からは想像もつかないほど高密度に圧縮されていることに気が付いた。
オーラの密度が高すぎるために、メルが放った拳はオーラによって阻まれてしまい、女神の体にまで届かなかったのだ。
これが女神がメルの拳を受けても微動だにせず、メルだけが一方的に殴り飛ばされた絡繰りである。
「しかもあのオーラ、痛いっていうか熱いっていうか……とにかく触っちゃダメな感じがすごいです」
『あんま伝わってこないなぁ』『とりあえずあの女の人が強いのはよく分かった』
女神を殴った右の拳と、女神に殴られた左の頬には、熱傷に似た傷が刻まれている。
この傷は右手が女神のオーラに接触した際に生じたものだ。
「メルの攻撃はあのオーラのせいで神様まで届かないし、オーラは触っただけですごく痛い……これどうしたらいいんでしょう……?」
攻防一帯の桃色のオーラを前に、メルは次の攻め手を考えあぐねた。
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