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第37回桜庭メルの心霊スポット探訪:大嶽神社 二

 「怪異……ですよね、多分」


 目の前の半人半鹿の鹿人間に、メルは「桜の瞳」を向ける。

 怪物を何らかの怪異だと判断したメルは、当然赤色の光が見えるものだと思っていたのだが……


 「……えっ?」


 予想に反し、怪物の周囲には何色の光も見えなかった。

 「桜の瞳」は幽霊・怪異・神格・祟り神を光の色によって見分けることができる。そして何色の光も見えない場合は、対象がそのいずれにも該当しないということになる。

 つまりメルの目の前の鹿人間は、異形の姿を持ちながら怪異ではないと結論せざるを得ないのだ。


 (サクラさん、どういうことですか?)


 困惑したメルは、「桜の瞳」の本来の持ち主であるサクラに脳内で話しかける。


 (この鹿人間、何色の光も見えないんですけど……)

 (そうね……光が見えないということは、普通の生き物ということだから……動物、ということになるかしら……?)

 (えっ!?この鹿人間ただの動物なんですか!?)


 それはメルには信じ難いことだった。

 鹿の上半身と人間の下半身を持ち、肌が青く目が発光する怪物。これがただの動物だとは、メルには到底思えない。


 (……そう言えば)


 するとここでサクラが何やら思い出したような素振りを見せた。


 (どうかしました?)

 (こんなことは久しくなかったから忘れていたけれど……実は桜の瞳は、この星の外に起源を持つ存在に対しては通用しないのよ)

 (……えっと?)

 (要するに地球外生命体に対しては、桜の瞳は使えないの)

 (えっ……それって、あの鹿人間が宇宙人ってことですか!?)

 (その可能性は充分にあるわ)


 メルは改めて怪物に視線を向ける。

 言われてみると、青い肌や淡く光る目などは、どことなく宇宙人的な印象を受けた。


 (……メル、宇宙人見るの初めてです)

 (私も地球外生命を見るのは千数百年振りね……)


 未知との遭遇に感慨を覚えるメルとサクラ。

 するとそれまで棒立ちだった鹿人間が、不意にゆらりと体を動かした。


 「キキキキキキ!」


 甲高い鳴き声を上げながら、鹿人間が前傾姿勢でメルへと突進してくる。

 振りかぶった両手には、鋭い鉤爪が備わっていた。


 「てやっ」

 「キキッ!?」


 しかしメルへと襲い掛かった鹿人間は、メルが振るった待雪によってあっさりと両断されてしまった。

 血液のような青い液体を噴き出しながら、真っ二つになった鹿人間の体が地面に落ちる。


 「……サクラさんに教えてもらったんですけど、この鹿人間は宇宙人かも知れないそうです」

 『殺してから言うな』『宇宙人殺すな』『え、宇宙人ってマジ?』『まあ幽霊いるなら宇宙人いてもおかしくないわな』

 「でもやってみた感じ宇宙人も殺せますから、宇宙人は怖くはないですね」

 『その理論やめろよ怖いから』

 「それにしても……大嶽神社、まさか幽霊じゃなくて宇宙人がいたとは……」


 メルの脳裏をよぎるのは、数日前に大嶽神社付近で観測された未確認飛行物体のニュースだ。


 「未確認飛行物体は、ホントにUFOだったってことなんでしょうか……」

 『あの鹿人間がマジで宇宙人ならそうかもね』『探せばUFO見つかるんじゃないの?』

 「あ~、確かにそうですね~。じゃあUFOを見つけるためにも、もう少し奥まで進んでみましょうか」


 メルは待雪を右手に携えたまま、再び細い山道を歩き出す。

 しばらく進むと、再びガサガサと草木が擦れる音が聞こえてきた。


 「キキキキキッ!」

 「あっ、また出た」


 茂みから飛び出してきた2体目の鹿人間を、メルは無感動に待雪で迎え撃つ。

 待雪の刃が懐中電灯の光を反射して煌めき、次の瞬間鹿人間の首を刎ね飛ばす。


 「角が重いからあんまり頭飛ばないですね」

 『なんだよその感想』『サイコパスかよ』

 「あっ、また来ますね」


 メルの鋭敏な聴覚は、3体目の鹿人間が接近する音を聞き取っていた。


 「てやっ」

 「キキッ!?」


 メルが近くの茂みに待雪の刃を突き刺すと、茂みの中から悲鳴と共に青い血飛沫が上がった。


 「やった、当たった」

 『むごい……』『登場すらさせないの酷すぎる』『せめて戦闘の体裁は繕ってやれよ』

 「それにしてもこの鹿人間、宇宙人っていう割にはあんまり賢くなさそうですよね」

 『宇宙人だからって賢いとは限らないだろ』『でもまあ言わんとすることは分かる』


 これまで遭遇した鹿人間には、知性らしきものが感じられなかった。

 武器を持つメルに対して何の策も無く愚直に突進してくる鹿人間を、メルは本能だけで動く虫のようだと感じていた。


 「こんな虫みたいな宇宙人が、宇宙を移動して地球に来れたんですか……?」

 『虫みたいて』『酷い言い様』『めちゃくちゃ強いからって言っていいことと悪いことがある』


 仮に観測された未確認飛行物体の正体が宇宙船のようなものだったとして、そのような高度な機械を鹿人間が操縦できるとは、メルにはとても思えなかった。


 「ん~……何か引っかかりますね~……」


 その後も山道を進んでいくと、何度か鹿人間の襲撃を受けた。

 だがやはり鹿人間の行動には知性が感じられず、メルが雑に待雪を振るうだけであっさりと返り討ちにすることができた。

 鹿人間を斬り捨てる度、彼らに星間航行が可能なのだろうかというメルの疑念は深まっていく。


 「……あれ?」


 そして山道を30分ほど歩いたところで、メルはふと違和感を覚えて立ち止まった。


 『どうした?』『大丈夫?』

 「何でしょう……何か、壁?みたいなものが……」

 『壁?』『何も見えないけど……』

 「メルも上手く言えないんですけど……見えない壁、みたいなのがあるような感じが……」


 それは言語化が難しい感覚だった。

 そこには何も存在していないはずなのに、何かがメルを妨げている。まるで空間そのものがメルの侵入を拒絶しているかのようだ。

 何とも言い難いその感覚に戸惑いつつも、メルは1つ確信していた。


 「この先、何かあります……絶対」


 メルは意を決して1歩足を踏み出す。


 「くっ……ふんにゅにゅにゅにゅにゅ……!」

 『すげぇ声出してる』『何がどうなってるんだ』『大丈夫?』


 細いゴムチューブに無理矢理押し込められるような窮屈さが、メルの全身を締め付ける。


 「ふんにゅにゅにゅにゅにゅにゅにゅ……!!」


 進めば進むほどメルの体を襲う圧力は強さを増すが、それでもメルは決して前進を止めない。


 「っ……ぷはぁっ!」


 奮闘すること約5分。不意にメルの全身を締め付ける圧力が消失した。


 「ふぅ~……どうにか抜けられたみたいです……なんか見えない壁みたいなやつ……」

 『お疲れ』『俺には何も無い場所でメルが踏ん張ってるようにしか見えなかったけど』『ちょっとえっちだった』『えっちだったか……???』

 「……やっぱり、この先何かいますね」


 見えない壁を突破した途端、メルは肌がひりつくような気配を感じた。

 待雪の柄を握り直し、気配のする方向へと歩き出すと、程なくして視界が大きく開ける。


 「これは……クレーター……?」


 メルの目の前に広がるそれは、直径50mほどの円形の窪地だった。メルにはそれが隕石の衝突によって生まれたクレーターのように見えた。

 そしてそのクレーターの中心に、圧倒的な存在感を放つ何かが鎮座していた。


 「鹿人間の親分、って感じですね……」


 それは体長3mほどのヘラジカのような生物で、頭部には無数に枝分かれした1対の角を持ち、肌は青く足が6本あった。

 その青い鹿は6本の脚を器用に折り畳み、地面に横たわって眠っているように見えた。

 メルは「桜の瞳」を青い鹿に向けるが、鹿人間同様にその周囲には何色の光も見えない。


 「あの青い鹿も、地球外生命体みたいです」

 『マジかよ』『さっきから気になってたんだけどそれは何で判別してるの?』『まあ宇宙生物と言われても納得の見た目ではある』


 すると眠っていた青い鹿が僅かに身じろぎし、それからゆっくりと体を起こした。

 淡い光を放つ青い鹿の両目が、メルの姿を捉える。


 「クウォオオオオオオッ!!」


 すると青い鹿が不思議な音色の咆哮と共に立ち上がり、その体からバチバチと青い稲妻のようなものを迸らせた。


 「あれこれなんか怒ってます?」

 『怒ってるっぽいね』『なんで怒ってるんだろ』『折角寝てたのにメルが起こしたから怒ってるんじゃない?』

 「えっ、メル別に起こしてなくないです?勝手に起きてましたよね?」


 ヴォン、という音と共に、青い鹿の周囲にいくつかの空間の歪みが生じる。

 そして空間の歪みから、直径1.5mほどの青白い球体が出現した。

 球体の数は全部で6個。いずれも青い鹿と同じくバチバチと青い稲妻を放っている。


 「クウォオオオッ!!」


 青い鹿の雄叫びと共に、6個の球体から一斉に青い雷光がメルへと放たれた。


 「ひゃあっ!?」


 メルが悲鳴と共に飛び退くと、直前までメルが立っていた場所に雷光が着弾し、激しい爆発が生じた。爆発は人体が確実にミンチになるであろう威力だ。


 「なるほど……何でか分かりませんけど、あちらは完全にやる気みたいですね……」


 離れた場所に着地したメルは、鋭い犬歯を覗かせて笑みを浮かべる。


 「だったらこっちも、修行パートの成果をお披露目しましょうか!」

 『ついに修行パートの詳細が明らかになるのか』『待ってた』『楽しみ』


 メルは右手の待雪を一旦地面に突き刺すと、ツインテールを結んでいたリボンをしゅるりと解く。

 そして両手を祈るように組み合わせた。


 「エルドリッチ・エマージェンス!」


 瞬間、メルの体から赤い暴風が吹き荒れる。

 メルの両目が黒く染まり、瞳が煌々と赤い輝きを放つ。同時にメルの頭部からは、大小合わせて7本の角が出現していた。


 『おお』『ミカゲさんがよくやるやつだ』『メルもできるようになったんだ』


 メルの変身が完了すると同時に、足元から紫色の炎が螺旋状に噴き上がった。

 これがメルが修行パートと呼ぶ期間で体得した技能の1つ。魅影から徹底的に叩き込まれた怪異使いの秘奥義、エルドリッチ・エマージェンスだ。


 本来エルドリッチ・エマージェンスは、怪異使いが自らの肉体を怪異へと近付けることで、主に戦闘能力を飛躍的に向上させる技能である。

 しかしその身に祟り神の力を秘めるメルがこれを用いた場合は、少し仕様が変化する。

 メルのエルドリッチ・エマージェンスは、自らの肉体をかつて祟り神だった頃の自分へと近付け、祟り神の力の一部を呼び起こすための技能なのだ。


 「クウォオオオッ!!」


 青い鹿が鳴き、青白い球体から再びメルへと雷光が放たれる。

 だがメルは迫り来る雷光を前にしてもその場を動かず、ただ左腕を横薙ぎに振るった。

 するとメルの左腕の軌道から紫色の炎が放たれ、青い雷光とぶつかり合う。せめぎ合いはほんの一瞬、紫色の炎は雷光をあっさりと飲み込んで掻き消した。


 「この紫色の炎、魅影さんに名前を付けてもらったんです。いつまでも名前が無いのは不便だって」


 サクラが構えるカメラに向かって、メルは紫色の炎の新たな名を告げる。


 「『祟火(たたりび)』ですって。シンプルで覚えやすくていいですよね」

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ありがとうございます

次回は明日更新します

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