裏作業 カラオケ/常夜見家
「燎火ちゃん、メルちゃんに言われたお店ってここだよね?」
「そうですね……はい、送られてきた地図と同じ場所です」
「『カラオケ ホエール』……今時珍しいよね、個人経営のカラオケって」
燎火と煌羅はメルに呼び出され、街の外れにある少し古びたカラオケ店にやってきた。
「メルちゃん何番の部屋にいるんだっけ?」
「10番だそうです」
店内に入ると、カウンターにはバーテンのような恰好をした総白髪の老紳士が立っていた。渋くてダンディだがカラオケの雰囲気には合っていない。
「あの、すいません」
煌羅が率先してカウンターに近付き、老紳士に声を掛ける。
「10番の部屋にいる子と待ち合わせしてるんですけど……」
「はい、お伺いしておりますよ。10番の部屋は2階の奥でございます」
「あっ、ありがとうございます」
話は事前に通っていたようで、2人はスムーズに10番の部屋に向かうことができた。
「10番……ここだね」
目的の部屋の前までやってきた2人は、ドアの細いガラス窓から中の様子を窺う。
すると姿勢よくソファに座ってフライドポテトを口に運んでいるメルが見えた。
きちんと待ち合わせ相手がいることを確認してから、煌羅が部屋のドアを開ける。
「メルちゃんお待たせ!」
「遅くなってすみません、桜庭さん」
「煌羅さん、燎火さん。来てくれてありがとうございます」
メルに勧められ、2人もソファに腰を下ろす。
「メルちゃん、珍しい格好してるね?そういうの、甘ロリって言うんだっけ?」
「あはは……ちょっと事情がありまして」
「桜庭さん、大丈夫でしたか?この間の常夜見虚魄と一緒の配信、急に途切れてしまいましたけど」
「あっ、そうそう!私達心配してたんだよ」
燎火と煌羅の言う「この間の配信」というのは、旧姫守家私有地での配信のことだ。
「心配おかけしてごめんなさい。実はあの後、虚魄さんと一緒に平行世界に行っちゃいまして……」
「平行世界!?」
「実在していたのですね……」
「何日か平行世界で色々して、ついさっきこっちの世界に帰ってきたところなんです」
メルはつい先程魅影の手を借りてこの世界に帰還し、その直後にメッセージアプリで燎火と煌羅を呼び出し、その足でこのカラオケ店へとやってきた。
メルがいつもの地雷系ファッションとは全く系統の違う甘ロリ風の服を着ているのは、平行世界で遺失したスカートの代わりに魅影が調達してくれた服がこれだったからだ。
「帰ってきて真っ先に私達に連絡してくれたの!?嬉しい~……!」
「はい。実は……2人にお話ししないといけないことがあって……」
「……何かあったんですか?」
メルの表情から深刻なものを読み取った燎火が、その表情に心配の色を浮かべる。
「どうしたのメルちゃん、平行世界で何かあったの?」
「いえ……そういう訳ではないんですけど……実は……」
チロリ、とメルが長い舌を覗かせる。
すると舌の表面に、紫色の幾何学的な紋様が浮かび上がった。
「っ!?」
その紋様を目にした瞬間、燎火と煌羅が表情を一変させる。
「メルちゃん!?どうして怪異使いなんかに!?」
「煌羅さん!」
メルに詰め寄ろうとした煌羅を、燎火が右腕を伸ばして押さえる。
「……理由を聞かせていただけますか?何か事情がおありなのでしょう?」
「はい……実は」
メルの中には未だに祟り神の力が眠っていること。メルが命を落とすことで祟り神の力が再び蘇ること。それを避けるためにはメル自身が制御する必要があること。そして霊力すら扱うことのできないメルが祟り神の力を制御するためには、怪異使いになるのが1番の近道であること。
メルはそれらの事情を、掻い摘んで2人に説明した。
「……っていうことなんです」
「いつから?」
「えっ?」
「いつから怪異使いだったの?」
煌羅が心情の読めない能面のような表情でメルに尋ねる。
「えっ、と……旧姫守家私有地の配信の少し前なので……1週間くらい前だと思います……」
「なんですぐに言ってくれなかったの?」
「その……メルが怪異使いになったって知って、燎火さんと煌羅さんに嫌われたら怖くて……」
「そんなの!!」
バンッ!!と煌羅がテーブルを強く殴打する。
「そんなのある訳ないでしょ!!私がメルちゃんを嫌いになるなんて……私はメルちゃんが怪異使いでも祟り神でも、何なら殺人犯でも詐欺師でも麻薬の売人でもメルちゃんのことが好きだよ!!」
「流石にそれは全肯定が行き過ぎていると思いますが……私も煌羅さんと概ね同じ意見です、桜庭さん」
燎火は咎めるような視線をメルに向ける。
「確かに桜庭さんが怪異使いになったことには、私達も多少のショックを受けました。ですが桜庭さんにも止むを得ない事情があったことは理解できますし、何より怪異使いになったという些細な理由で私達が桜庭さんを嫌うと思われているのは心外です」
そう言った燎火は、どこか拗ねているように見えた。
「……桜庭さんには、私達がそれほど心の狭い人間に見えているのですか?」
「そんなことは、っ……ごめんなさい」
メルが燎火や煌羅を心が狭いなどと思ったことは1度もない。しかしメルが抱いていた「2人に嫌われるかもしれない」という懸念は、裏を返せば燎火と煌羅を信用できていないと言っているも同然だ。
それを理解したからこそ、メルは素直に謝罪の言葉を口にした。
「あっ、そうだ!」
いかにもいいことを思いついたように両手を打ち合わせながら、煌羅が表情を明るくする。
「メルちゃん怪異使いになったってことは、霊力使えるようになったってことだよね!?」
「えっ?あっ、はい……まだぼんやりとですけど……」
怪異使いになってまだ日が浅いメルは、怪異使いとしての技能がまだあまり備わっていない。
基本技能として怪異を召喚することこそできるが、エルドリッチ・エマージェンスも穢術も今のメルにはまだ使えない。
ただ祟り神になった時に獲得し、人間に戻った際に喪失した霊力を扱う能力に関しては、少しずつだが取り戻しつつあった。
「じゃあさじゃあさ、メルちゃんも祓道覚えようよ!」
「えっ?メルが祓道を……?」
「うん!霊力が使えれば、怪異使いでも祓道を使えるようになると思うよ!」
「あっ、そう言えば魅影さんも、穢術よりも祓道の方が得意だって言ってました」
「えっ常夜見魅影って祓道使えるの!?」
「常夜見魅影は祓道を使えるのですか!?」
「えっ?あっ、はい……」
燎火も煌羅も魅影が祓道を使えることは知らなかったらしく、2人の驚きようにメルは気圧された。
「まぁ常夜見魅影の話はいいとして……どうかなメルちゃん、祓道練習してみない?」
「そうですね……」
「もし練習するなら、私は毎日付きっ切りで練習のお手伝いできるよ!」
「それは煌羅さんが毎日桜庭さんと一緒にいたいだけではありませんか?」
「そう!!」
「そう、って……」
一切自らの欲望を隠そうとしない煌羅に、燎火は苦笑を浮かべる。
「どうかな、メルちゃん?」
「……そうですね。折角だからお願いしてもいいですか?」
「うん!!」
煌羅はそれはそれは嬉しそうに頷いた。
常夜見家の屋敷は、過去の優秀な怪異使いによって創造された異空間に存在する。
屋敷が存在する異空間と現実世界との往来には、怪異召喚の術式が応用されている。そのため異空間に侵入できるのは怪異使いのみであり、怪異使い以外の存在が異空間に侵入することは非常に難しい。
この異空間の性質上、常夜見家の屋敷は外敵に対して非常に強く、堅牢性においては幾世守家の本拠地である幽山をも上回る……はずなのだが。
「これは……どういうこと?」
平行世界からメルと虚魄を連れ戻し、元の世界に帰還した魅影を出迎えたのは、半壊した常夜見家の屋敷だった。
平城のような規模を誇る屋敷はいたるところが崩壊し、穴の開いた屋根からは黒煙がもうもうと立ち込めている。
「火事……?いえ、そんなはずはないわ……」
異空間そのものの堅牢性以外にも、常夜見家の屋敷には幾重もの防御が張り巡らされている。そのため屋敷で火災が起きることはまず有り得ない。
「……襲撃?」
これらの破壊は何者かの襲撃によるものだ、と魅影は結論付けざるを得なかった。
「お姉ちゃん……」
傍らの虚魄が不安げに魅影の裾を引く。
姉としては妹を安心させるべき場面だが、今の魅影にはそれをするだけの余裕がなかった。
「……虚魄、私の側を離れないようにしなさい」
魅影は虚魄を伴い、半壊した屋敷へと慎重に侵入する。
屋敷の中では、老若男女何人もの人間が倒れていた。彼らは皆常夜見家の怪異使いで、1人残らず意識を失っている。
「諜知衆や大蔵衆だけでなく、征伐衆まで……」
倒れている怪異使いの中には、非戦闘職種である諜知衆や大蔵衆だけでなく、戦闘職種の征伐衆の姿も見られた。
征伐衆に所属する怪異使いは、魅影には遠く及ばないが皆熟練した戦士だ。彼らがそう容易く外敵の襲撃を許すはずがない。
しかし実際、魅影の目の前には無様に打ち倒された征伐衆の姿がある。それは即ち、常夜見家の屋敷を襲撃した者は、征伐衆を歯牙にもかけないほどの戦闘能力を有しているということだ。
「魁斗!?」
魅影は意識を失っている怪異使いの中に、20代前半程の男性の姿を見つけ、その側に駆け寄った。
彼の名は常夜見魁斗。常夜見家征伐衆において、魅影に次ぐ戦闘能力を持つ者だ。魅影との実力は隔絶しているが、魁斗の実力は幾世守家現当主の幾世守熾紋をも凌駕する。
「魁斗、何があったの!?魁斗!?」
魅影が意識のない魁斗の体を揺さぶる。
すると閉じていた魁斗の瞼が薄らと開かれた。
「魅影……様……?」
「魁斗、何があったの?襲撃者は何者?」
「赤い……小動物のような怪異でした……奴は単身屋敷を襲撃し……」
「たった1体の怪異に、征伐衆が全滅させられたというの……!?」
怪異が常夜見家の屋敷に侵入したというのも信じ難い話だが、それ以上に信じ難いのは敵の数だ。
魅影が平行世界に行っている間、屋敷には魅影以外の征伐衆が欠けることなく揃っていた。にもかかわらずたった1体の怪異に蹂躙されたというのは、俄かには信じ難い話だった。
「魅影様……奴は……書庫に……!」
魁斗は最後にそう伝えると、力を使い果たしたように再び意識を失った。
死んではいないが、しばらく意識が戻ることは無いだろう。
「書庫……」
魅影は魁斗の言葉に従い、虚魄を連れて書庫を目指す。
書庫には常夜見家が数百年もの時をかけて集めてきた叡智が集約されており、したがって屋敷の中でも特に厳重な警備態勢が敷かれていた。
「それがまさかこんな有様とはね……」
しかし魅影が駆けつけてみると、書庫の防御機構はことごとく破壊され尽くされており、書庫内は散々に荒らされていた。
襲撃者はご丁寧に全ての書物を床にぶちまけたらしく、書架には1冊も本が残っていない。
「何かしらの書物を奪っていったのでしょうけれど……これではどの書物が奪われたのか分かったものではないわね」
恐らくそれが襲撃者の狙いだったのだろう。全ての書物を書架に戻し奪われた書物を特定する手間を思い、魅影は溜息を吐いた。
「虚魄、何か襲撃者の手掛かりが無いか探して頂戴」
「わ、分かった」
魅影と虚魄は手分けをして、散乱する書物を踏まないように書庫内を探索する。
「あら?」
「お姉ちゃん、何かあった?」
すると魅影は書庫の隅に、バチバチと弾ける赤いプラズマのようなものを発見した。
それは怪異使いにとっては馴染み深いもので、魅影も虚魄もすぐその正体に気が付いた。
「お姉ちゃん、それって……反霊力?」
「ええ……そのようね。書庫の防衛機構を破壊するために用いた反霊力の残滓かしら」
「それって……襲撃者が、穢術を使えるってこと?」
「……そうなるわね」
魅影は爪が掌に食い込むほどに拳を固く握りしめた。
その反霊力の残滓は、非常に高度な穢術の痕跡だ。その技術は魅影をも凌駕するだろう。
常夜見家の征伐衆を単身で全滅させるほどの戦闘能力。魅影を凌ぐ高度な穢術の技能。
それらを兼ね備えた存在は、魅影の知る限りこの世にただ1人しかいない。
「御伽星、憂依……!」
かつてこの世界を滅ぼさんと禍津神を生み出し、そして魅影自身の手によって絶命した狂気の怪異使い。
御伽星憂依・アタナシア。
その復活を、魅影は予感せざるを得なかった。
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