裏作業:平行世界 五
「そのマーク……あなたまさか」
「そのまさかですよ……!」
メルの目の前の地面にも、直径2mほどの紫色の紋様が出現する。
「さあ、来てください!『桜庭メル・クリメイト』!」
メルが不思議な響きを孕んだ声でそう叫ぶと同時に、地面の紋様から1人の少女が姿を現した。
赤い髪に赤い瞳、炎で構成されたツインテール。
その姿は紛れもなく、祟り神となったメルから生まれた怪異の1人、桜庭メル・クリメイトだ。
「『桜庭メル・ファンファーレ』!」
続け様にメルが叫ぶと、クリメイトの隣にまた紋様が出現し、そこから白い髪のツインテールの少女が現れる。
「『桜庭メル・スプリット』!」
更にその隣には旋風のツインテールを持つ緑の髪の少女が。
「『桜庭メル・テクトニクス』!」
ダイヤモンドの輝きが散りばめられた黄色いツインテールの少女が。
「『桜庭メル・クローラ』!」
泣き黒子と水で構成された毛先が特徴的な青い髪の少女が。
「『桜庭メル・アンライプ』!」
ツインテールが氷で構成された水色の髪の少女が。
「『桜庭メル・オニキス』!」
黒髪ツインテールの、かつてのメルに最も近い姿の少女が。
合わせて7人ものメルと瓜二つの少女達が、ずらりと一堂に会した。
「……平行世界の私は怪異使いなんだね?」
「まだなったばっかりですけどね……!」
メルが怪異使いになったのは、本当につい最近のことだ。
自分の中に眠る祟り神の力を大変正索冥郷将石蕗に指摘され、その力を制御するために怪異使いになることを魅影から勧められ、それからメルはずっと悩んでいた。
悩んで悩んで悩んだ末に、メルが怪異使いになることを選択したのはつい数日前のことだ。そしてその選択をした数日前の自分を、メルは褒めちぎりたい気分だった。
「私達と同じ顔の怪異が7人……しかもみんな強そうだね」
メルティーズ全員の顔を見回し、平行世界のメルは口角を吊り上げる。
「……ねぇ、オリジン」
クリメイトが顔を引き攣らせながら、メルの方を振り返る。
「……これどういう状況?」
「まあそうなりますよね」
クリメイト以外のメルティーズも、各々困惑した表情を浮かべている。
「簡単に言うとここはメル達の世界とは別の世界で、あそこにいるのはこっちの世界のメルです。禍津神と戦った時のメルと同じくらいか、もしかしたらそれ以上に強いかもです。今からあれを倒します」
「無茶苦茶言うわね!?」
クリメイトは声を張り上げ、それから溜息を吐いた。
「はぁ……でも、魅影が言ってた通りだったわね」
「えっ、魅影さんがどうかしたんですか?」
「アンタがアタシ達を呼び出す少し前に、魅影が彩女の森に駆け込んできたのよ。アンタが平行世界に移動した可能性があるから、もしかしたらアタシ達も平行世界に召喚されることがあるかもしれないって」
「わ~やっぱり魅影さん有能~」
メルと虚魄の旧姫守家私有地での配信は、恐らく魅影も見ていただろう。だが配信はメルと虚魄が空間の罅に飲み込まれたところで終わってしまっているはずだ。
にもかかわらずメルが平行世界に迷い込んでいることを予測し、メルティーズにそれを連絡していた魅影は、流石と言わざるを得ない。
「オリジン、これを」
ファンファーレがメルに近付き、抱きかかえていた大きな筒のようなものをメルに手渡す。
「ファンファーレ、これは?」
「魅影さんがオリジンに渡すようにと、私に預けたものです」
「魅影さんがメルに?」
魅影がメルに渡そうとする物品の予想がつかず、メルは首を傾げながら筒の蓋を開ける。
「これは……」
筒の中には青色の液体が満たされており、そして液体の中には赤い刀身を持つ包丁が浮かんでいた。
それはメルが以前禍津神との戦いの中で作り出し、禍津神に止めを刺した代物だ。
祟り神の反霊力を宿した特大の危険物ということで、魅影が常夜見家で保管していたはずだが、それを今回ファンファーレ経由でメルに寄越してきたらしい。
「わ~……正直すっごく助かる……」
世界を滅ぼす怪異である禍津神の力を宿した包丁だ。平行世界のメルとの戦いでも大いに役立つことだろう。
メルは元の世界に戻れたら、魅影にちょっと豪華な食事をご馳走することを心に決めた。
「ねえ、平行世界の私」
「……何ですか?」
「その怪異達の名前、桜庭メル・クリメイトとか桜庭メル・ファンファーレとか、それってあなたが考えたの?」
「違いますよ。この子達が勝手に名乗り出したんです」
「勝手にって酷くない!?」
クリメイトを始めとするメルティーズ達から抗議の声が飛んでくる。
メルティーズ達の名前は、メルティーズが生まれたその瞬間から自覚していたものだ。だがメルの視点では、「勝手に名乗り出した」としか説明できないのも事実ではある。
「ふぅん、面白いね。だったら私もそんな風に名乗ってみようかな。いつまでも『平行世界の~』なんて呼び方してたら、そっちもややこしいでしょ?」
「別に好きにしたらいいと思いますけど……ややこしいのはホントにその通りなので、別の名前を用意してくれるならこっちも助かります」
「だよね。ん~……」
平行世界のメルは顎に人差し指を添え、少しの間考え込む。
「……うん、それじゃあジェノサイドにしよう。桜庭メル・ジェノサイド。これからは私のことは、そうやって呼んだらいいよ」
「……笑えない冗談ですね」
ここまで聞いた話では、平行世界のメルが命を奪った人間の数は数十億にも上るだろう。有史以来、それだけの数の人間の殺めた存在は他に類を見ない。
平行世界のメルは、確かに誰よりも「ジェノサイド」の名に相応しかった。
「そっちのことはメルって呼べばいいよね?」
「そうですね」
「じゃあメル、いつでも来ていいよ」
ジェノサイドがメルを挑発する。
「言われなくても……!」
メルが地面を蹴ってジェノサイドに肉薄する。
「マグマフォース!」
「ホワイトフィアー!」
「ユビキタスゲイル!」
「エンブリリアンス!」
「ペイルレギオン!」
「オーロラグレイス!」
「アルティメナス!」
同時に7人もメルティーズも最強形態へと変身し、各々動き出した。
「てやぁぁっ!」
「ん~、ちょっと遅いかも」
メルが振り下ろした赤い包丁を、ジェノサイドは僅かに後ろに下がって回避する。
だがメルも、攻撃を躱されることは織り込み済みだった。
「ダイヤモンドバレット!」
「グレイトアイシクル!」
ジェノサイドが包丁を避けた先を狙って、テクトニクスとアンライプがそれぞれダイヤモンドと巨大な氷柱を飛ばして攻撃する。
「おっ、と」
ジェノサイドは翼をはためかせて空中へと退避し、2種類の飛び道具を回避する。
「スペリオルヴォルカニックブラストォッ!!」
上空でジェノサイドを待ち受けていたのはクリメイトだった。灼熱の炎を纏った拳が、ジェノサイド目掛けて振り抜かれる。
「ひゃっ」
ジェノサイドは小さな驚きの声を漏らしながら、クリメイトの拳を左手で受け止める。
「わっ、すごい力だね」
「っ、やっぱり化け物ね……!」
「ひゃあっ!?」
クリメイトの拳を握っていたジェノサイドの体が、見えない何かに引っ張られるような不自然な挙動を見せた。
「なになになになに!?」
ジェノサイドが引き寄せられていく先には、オニキスが待ち構えている。
「グラビティインパクト!」
引力を操る能力によってジェノサイドを引き寄せたオニキスは、高速で接近するジェノサイドに向かって鋭く正拳を打ち出した。
「危なっ!?」
だが引力によって絶大な威力が生まれたオニキスの拳すらも、ジェノサイドは片手で容易く受け止める。
「みんな殴るの好きだね~……ひゃあっ!?」
次の瞬間、ジェノサイドの皮膚にいくつもの切り傷が走り、血が霧のように噴き出した。
「へぇ。平行世界の祟り神のオリジンでも、私のクルーエルエッジは避けられないんだ」
煽りなのかただの感想なのか判断に困るようなことを言いながら、スプリットがジェノサイドの背後に姿を現す。
「ふぅん……あなたは特に強そうだね」
「まぁね」
スプリットは次々と不可視の風の刃を放ち、ジェノサイドの体を斬りつけていく。
「……硬いなぁ」
だが風の刃はジェノサイドの皮膚を浅く切り裂くばかりで、大したダメージを与えられていなかった。
「そろそろこっちからも攻撃してみようかな、っと」
「ぐあっ!?」
紫色の炎を纏ったジェノサイドの右拳が、スプリットの腹部に突き刺さる。
スプリットは瞬く間に全身を紫色の炎に包まれ、苦悶の表情を浮かべながら吹き飛ばされていった。
「フィアーレイ!」
ジェノサイドがスプリットを相手取っている隙に、ファンファーレがジェノサイドの背中に白い光線を命中させる。
「ふぅん、精神干渉?面白いね」
「くっ、やはり効きませんか……」
平然としているジェノサイドに、ファンファーレは顔を顰める。
フィアーレイは命中した対象に激しい恐怖を与えて発狂させる、精神干渉攻撃だ。
だが残念ながら、ジェノサイドにはまるで効いていなかった。
「精神干渉能力は相当強いみたいだけど……それが効かなかったら、もうお終いかな?」
ジェノサイドが目にも留まらぬ速さで、ファンファーレの目の前に移動してくる。
ファンファーレは反射的に逃れようとしたが、
「てやっ」
「が、っ……!?」
それよりも先に、ジェノサイドの右手がファンファーレの胸を貫いた。
「あと6人、っと」
力を失い倒れていくファンファーレを、ジェノサイドが顧みることは無かった。
「サイレントワールド!」
ジェノサイドの頭上を取ったアンライプが、莫大な冷気をジェノサイドに叩きつける。
「ひゃっ、寒っ!?」
白く凍り付くジェノサイド。
しかしジェノサイドが凍結したのはほんの一瞬のことで、紫色の炎がすぐに氷を溶かし尽くしてしまった。
「それならっ!タイタニックアイスフォール!!」
サイレントワールドを破られたアンライプは、即座に直径100mはあろうかという巨大な氷塊を生成する。
「潰れちゃえ~っ!!」
アンライプの両手でボールを投げるような仕草と共に、巨大な氷塊がジェノサイド目掛けて急降下する。
その様はさながら氷の隕石だ。
「どれだけ大きくても、氷じゃあね!メルティ・バーティカル!」
ジェノサイドが技の名前らしきものを叫びながら左の正拳を突き出すと、龍を模った紫色の炎が放たれた。
炎の龍は巨大な氷塊を噛み砕き、そのままアンライプをも丸呑みにする。
「きゃあああっ!?」
アンライプの悲鳴と共に炎の龍は爆発し、黒焦げになったアンライプが落下していく。
「あと5人……おっと」
「ハイパーハイプレッシャー!!」
オニキスがジェノサイドと地面との間に強烈な引力を発生させ、疑似的な重力によってジェノサイドの体が地面へと押さえつけられる。
「あなたをより美しくして差し上げますわぁっ!!イッツ・ア・ビューティフルワールド!!」
身動きを制限されたジェノサイドに向かって、万物を宝石へと変えるテクトニクスの力が迫る。
触れたものを宝石へと変えるテクトニクスの「ビューティフルワールド」は、「テクトニクスが宝石に変えたものに触れているもの」も宝石に変えることができる。
つまり宝石化は伝播していく性質があるため、テクトニクスが直接触れていなくとも、時間を掛ければ地面などを介して離れた場所にいる敵を宝石に変えることも可能なのだ。
「美容は日頃のスキンケアだけで充分かな?」
しかし宝石化の力がジェノサイドまで届くことは無かった。
ジェノサイドの全身から、夥しい量の紫色の炎が噴出する。
「しまった、引力が……!?」
紫色の炎に秘められた呪いの力によって引力が掻き消され、オニキスの表情に焦りが走る。
そしてオニキスが次の手を打つよりも先に、ジェノサイドの貫手がオニキスを襲った。
「がふっ……」
手刀に胸を貫かれ、オニキスの口から大量の血が溢れ出す。
「オニキス!?」
「他人の心配してる場合?」
かと思うと次の瞬間には、ジェノサイドの姿はテクトニクスの背後にあった。
「っ、ダイヤモンドシールド!」
ジェノサイドの攻撃よりも先に、テクトニクスはダイヤモンドの壁を作り出すことに成功するが、
「それじゃ脆すぎるかな」
「ぐ、っ……!?」
ジェノサイドの手刀はダイヤモンドの壁を容易く貫き、そのままテクトニクスの腹部に突き刺さった。
「さ、流石は平行世界のオリジン……あなたも相当な美しさ、ですわ……」
「ありがとう」
ジェノサイドが腕を引き抜くと、テクトニクスはゆっくりと倒れ込んだ。
「これであと3人……ん?」
頭上から凄まじい熱を感じたジェノサイドが、訝しみながら空を見上げる。
ジェノサイドの力によって黒く染められた空には、もうこの星からは見えなくなったはずの太陽が浮かんでいた。
「太陽……じゃ、ない!?」
ジェノサイドが太陽と見紛えたそれは、恒星の如き炎をその身に纏ったクリメイトだった。
「ヴォルカニックメテオストライィィィクッ!!」
クリメイトがその身に纏う炎と共に、ジェノサイド目掛けて急降下する。
彗星のように尾を引きながら自らへと迫るクリメイトに対し、ジェノサイドもまた左手を構えた。
「メルティ・バーティカル!」
繰り出されたジェノサイドの左の拳から、紫色の炎の龍が昇っていく。
クリメイトと炎の龍は空中で正面から激突し、
「っ、きゃああああああっ!?」
そして炎の龍が、クリメイトを食い破った。
「てやあああっ!!」
クリメイトを下したジェノサイドに、メルが振るう赤い包丁の刃が襲い掛かる。
禍津神の反霊力を宿すその刃は、かつて祟り神となったメルすら殺害したほどの絶大な威力を誇るが……
「不意打ちになってないよ、そんなの」
メルが包丁を振り下ろすよりも先に、ジェノサイドの拳がメルの腹部に叩きつけられた。
接触と同時に圧縮された紫色の炎が爆発し、メルの下半身が跡形もなく消し飛ばされる。
「っ、ぁ……」
声にならない悲鳴を上げるメル。
「やっぱり、人間は脆くて弱くて嫌になるね」
上半身だけになってしまったメルを見下し、ジェノサイドは憎々しげに吐き捨てる。
だがその直後、あることに気付いたジェノサイドは、その表情を一変させた。
「あなた……どうして笑ってるの?」
下半身を消し飛ばされ、ほとんど死んだも同然だというのに、メルは口元に笑みを浮かべていたのだ。
「さあ……どうしてでしょうね?」
掠れ切った声で、それでもメルはジェノサイドを挑発する。
「よくも……可愛い可愛い可愛い可愛い私の妹ちゃん達を、痛めつけてくれたわねぇ……!!」
直後、腹の奥が底冷えするような恐ろしい重低音が、ジェノサイドの鼓膜を揺らした。
視線を向けるとそこにいたのは、メルティーズ最後の1人であるクローラ。
「平行世界のメルちゃんである以上、あなたも私の妹であることに変わりは無いわ……だけど、他の妹ちゃん達に大怪我をさせるような悪い妹ちゃんには、お仕置きが必要よねぇ……!?」
「は?い、妹?何を言って……っていうか、そのバカみたいなエネルギーは何なの!?」
いつの間にかクローラは、ジェノサイドの網膜すら焼きかねないほどに眩く輝く青白い光に包まれていた。
その光は破壊的なエネルギーであり、またエネルギーの総量はともすればジェノサイドにすら迫るほどだ。
「ふふっ、これがお姉ちゃんの力よぉ……!」
そう言って不敵に微笑むクローラだが、この発言は正確ではない。
青白い光の正体は、攻撃力に転化された幽霊の魂だ。
クローラの必殺技であるマレフィックブラスターは、幽霊の魂を攻撃力へと転化して凄まじい破壊力を生み出すという原理の技だ。そしてその性質上、攻撃力に転化する魂の数が多ければ多いほど、マレフィックブラスターの威力は天井知らずに増していく。
実際メルは禍津神との戦いにおいて数万の幽霊の魂を転化したマレフィックブラスターを放ち、禍津神に大きなダメージを与えることに成功している。
だがクローラは普段、大量の幽霊を集めてマレフィックブラスターを放つことはあまりしない。
それは複数の幽霊を用いずともマレフィックブラスターは充分な威力が出るという理由の他に、複数の幽霊を集めるには相応の時間がかかるという理由もある。
メルはほんの数秒で数万もの幽霊を集めてマレフィックブラスターを放ったが、それが可能だったのは祟り神の力があってこそ。クローラが同じことをしようと思えば、マレフィックブラスターの発射までに数十分はかかることだろう。
しかしそれは元の世界での話。こちらの世界では大きく事情が異なる。
ジェノサイドによって人類の大半が死滅したこちらの世界には、元の世界とは比べ物にならないほど大量の幽霊が存在している。
そしてそれらの幽霊の多くは、惑星の重力に引かれる衛星のように、絶対的な力を持つジェノサイドの周囲に集まってくる。
つまりクローラが意図的に集めずとも、この戦場の周辺には元々夥しい量の幽霊が彷徨っていたのだ。
クローラはメルや他のメルティーズが戦っている間、ただひたすらに幽霊を集め続けた。
目の前で妹達が敗れていく姿に歯を食いしばりながら、クローラが限界まで集めた幽霊の数は今や、10億に上る。
「そんなエネルギー……たかが一介の怪異に許された力を越えてる……」
「さあ、お仕置きの時間よぉ……」
クローラは10億もの幽霊を一斉に攻撃力へと転化し、ジェノサイドへのフラストレーションと共に爆発させる。
「マレフィックブラスター・アイオーン!!」
瞬間、地上は青白い光に包まれた。
急な話ですが、新作を投稿しようと考えているので、明日の投稿を最後にこの作品を休止します。
いずれ再開する予定ですが、まだ目途は立っていません。
申し訳ありませんが何卒よろしくお願いします。




