裏作業:平行世界 三
「まっ、待ってください煌羅さん!」
鬼のような形相で今にも虚魄に襲い掛かろうとした煌羅を、メルは慌てて制止した。
「この虚魄さんは、メルと同じ世界から来たメルのお友達なんです!この世界の虚魄さんじゃないんです!」
「平行世界の、常夜見虚魄……?」
「そうです!だから戦わないでください!」
「……分かった」
メルの必死の制止によって、煌羅と虚魄の戦いは避けられた。
煌羅は相変わらず虚魄を睨みながらも、『鹿銕天狗』を解除する。
「煌羅さん……どうしてそんなに虚魄さんを?」
祓道師である煌羅が、怪異使いである虚魄と敵対するのは普通のことだ。
だが煌羅が虚魄に向けた憎しみは、単に祓道師と怪異使いだからという理由以上の何かを感じさせた。
「この世界をこんな風にしたのはメルちゃんだけど、本当に悪いのはメルちゃんを祟り神にした常夜見魅影。だから私は常夜見魅影と常夜見家を絶対に許さない」
「あ~……」
煌羅の言うことはもっともだ。
こちらの世界を滅ぼしたのは祟り神となったメルだが、そのメルを祟り神にしたのは魅影である。煌羅の憎しみが魅影に向くのも自然のことだ。
魅影がメルを祟り神にしたのは、御伽星憂依による世界の滅亡を阻止するためという、一応は正当な目的があった。だが目的がどれだけ正当であろうとも、その過程で世界が滅んでしまっては何の意味も無い。
「幾世守煌羅……?あの、メル様。これは一体どういうことですか?」
今しがた合流したばかりで事情を知らない虚魄は、この状況にひたすら困惑していた。
「あのですね、虚魄さん……」
煌羅は虚魄と口を利きたくなさそうだったので、メルがこちらの世界に起きた一部始終を虚魄に説明する。
「祟り神になった平行世界のメル様が、世界をこんな風に……」
「そういうことみたいです」
こちらの世界の現状を把握した虚魄は、メルと同じように深刻な表情を浮かべる。
「……メルちゃん、私そろそろ戻らないと」
メルが説明を終えるタイミングを見計らっていたらしい煌羅が、メルに向かってそう切り出した。
「あっ、ごめんなさい煌羅さん。お話聞かせてくれてありがとうございました」
「ううん。この世界のメルちゃんじゃなくても、もう1度メルちゃんと話せて嬉しかった……それじゃあね」
煌羅は寂しそうな笑顔を浮かべ、メル達の前から走り去っていった。
「……虚魄さん。元の世界に帰る方法を探す前に、少しだけ寄り道してもいいですか?」
「もちろんです。それがメル様のお望みなら、私は何だって従います」
メルのお願いにそう答えた虚魄は、メルの「寄り道」の内容を察しているようだった。
「……平行世界とは言え、自分がやったことの責任は自分で取らないとですから。メルが責任を持って、こっちの世界のメルを止めます」
「どこまでもお供します」
メルの宣言に、虚魄も力強く頷いた。
「……ところで、こっちの世界のメルってどこにいるんでしょう?」
格好つけて宣言したメルだが、そもそもメルはこちらの世界のメルの所在すら知らない。これではこちらの世界のメルを止めようにも止められない。
「虚魄さん、探査術式でこっちの世界のメル探せませんか?」
「探査術式の範囲内であれば当然見つけることはできますが……私の探査術式はあまり範囲が広くないので……」
「……やっぱり難しいですよね」
「申し訳ありません……」
「いえいえ、無理を言ってるのはメルの方ですから」
虚魄は常夜見家の財務を担う大蔵衆。探査術式は専門外なのだ。
「そうなるとやっぱり、こっちの世界のメルが探査術式に引っ掛かるまで、とにかく歩き回るしかないでしょうか……」
想像しただけで気の遠くなるような話だ。
メルは捜索に手間がかかること自体は許容できるが、それに虚魄を付き合わせるのが申し訳なくなってきた。
「桜庭さんの居場所なら案内できるわ」
その時、どこからともなく聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「この声……お姉ちゃん!?」
虚魄の言う通り、聞こえてきたのは魅影の声に他ならない。
「魅影さん!?どこですか!?」
メルと虚魄は周囲を見渡して魅影の姿を探すが、どういう訳かなかなか見つからない。
「ここよ」
すると地面に積み上がった瓦礫の隙間から、黒いレッサーパンダのような生き物が這い出してきた。
「久し振りね、桜庭さん、虚魄。いえ、2人が平行世界から来たのなら、厳密には初めましてかしら?」
流暢に人語を発するそのレッサーパンダに、メルは激しく見覚えがあった。
「魅影さん……どうしてその体に?」
そのレッサーパンダは、祟り神となったメルとの戦闘で命を落とした魅影が、怪異として生まれ変わった姿と同一だ。
「その反応ということは、そちらの世界の私もこの姿に生まれ変わったことがあるのかしら?」
「は、はい。祟り神になったメルと戦って……」
「なら私がこうなった経緯も見当がつくでしょう?私も祟り神になった桜庭さんに殺されて生まれ変わったのよ」
「お姉ちゃん……なんか弱くないですか?」
虚魄がともすれば煽りともとれるような質問を虚魄に投げ掛ける。
「あら、言うじゃない虚魄」
「虚魄さん、どういうことですか?」
「いえ……このレッサーパンダがこちらの世界のお姉ちゃんであることに疑いは無いのですが、いくら何でも霊力が少なすぎます。本物のレッサーパンダ並しかありません」
「流石は平行世界と言えど私の妹ね。鋭いわ、虚魄」
虚魄の指摘を受けて、魅影は自嘲気味に笑った。
「本来なら怪異に転生しても、人間だった頃の霊力量を保てるように仕組んでいたのだけれど。転生の直前、桜庭さんに霊力のほとんどを奪われてしまったのよ。今の私は残り滓のようなもの、虚魄の言う通りレッサーパンダ並の霊力しかないわ。祓道の1つも使えやしない」
「こっちの世界のメル、器用なんですね……」
転生間際に魅影の霊力の大半を奪い取るなど、メルにはできる気がしない。こちらの世界のメルは、霊力の扱いに長けているのかもしれない。
「けれどレッサーパンダ並の戦闘能力になってしまった今の私でも、あなた達の力になることはできるわ。私はこちらの世界の桜庭さんの居場所を知っている」
「えっ!?ど、どこにいるんですか!?」
「矢来神社よ。こちらの世界の桜庭さんは、祟り神になったその日から、矢来神社を動いていないわ」
「引きこもりなんですね、こっちのメルは」
「とは言ってもこの世界にはもう、矢来神社もそこに至るまでの道も残っていないわ。道程も何も分かったものではないでしょうから、私が案内してあげる」
魅影が視線をメルから虚魄へと移す。
「虚魄、薑大将に私も乗せてちょうだい。その方がきっと早いわ。あなたと桜庭さんと私くらいの重さなら、薑大将なら運べるでしょう?」
「は、はい。分かりました」
虚魄が再び薑大将に跨り、手綱代わりの髭を握る。
メルは先程と同じように虚魄の後ろに座って虚魄の腰に手を回し、魅影は虚魄の足と足の間に収まった。
「虚魄、とりあえずあちらの方向に直進して」
「分かりました」
魅影が指し示した方向に、虚魄が薑大将を進ませる。
「この世界にはもう道も何もあったものではないから、どんな目的地にも大抵は直進で着くわよ」
魅影が冗談っぽくそう言った。
確かにこの世界では、あらゆる道路が瓦礫の山の中に埋もれてしまっている。交通の概念が消滅したこの世界では、どこに向かうにも直進で事足りるのだろう。
「……これ全部、メルがやったんですよね」
メルは改めて黒い空と紫色の炎に支配された世界を見渡し、そう呟いた。
煌羅や魅影に会う前にも散々目にしてきたその光景だが、それが自分の所業の結果だと思うと見え方がまるで変わって来る。
メルは自分の中にある祟り神の力の怖ろしさを、まざまざと見せつけられているような気分だった。
「……魅影さん、1つ聞いてもいいですか?」
「なぁに?」
煌羅からこの世界の事情を聞き、魅影と出会ってから、メルはずっと気になっていることがあった。
それを尋ねるのは怖ろしいことだったが、それでも聞かずにはいられない。
「魅影さんは、祟り神になったメルと戦ったんですよね?」
「ええ。全く歯が立たずに殺されたわ」
「その時、燎火さんとサクラさんも一緒でしたか?」
「……ええ」
何を聞かれるか察したのだろう、魅影が一瞬口籠る。
「燎火さんとサクラさんは、どうなりました……?」
「……死んだわ」
殺された、と言わなかったのは、魅影なりの配慮なのだろう。
「……そうですか」
メルも予想はしていたことだ。2人の死を知らされてもショックは少ない。
だが平行世界の自分が友人を手に掛けたという事実に、メルの胸は強く締め付けられた。
「……桜庭さん、私からも1つ聞いていいかしら?」
メルが二の句を告げずにいると、今度は魅影の方から質問が投げ掛けられた。
「何ですか?」
メルが聞き返すと、魅影はメルを振り返ることなく言葉を続ける。
「……そちらの世界の私は、上手くやることができたのかしら」
「上手く、って……?」
「そちらの世界の私は、私のような過ちを犯すことなく……御伽星憂依による世界の滅亡を、食い止めることはできたのかしら?」
魅影のその声は微かに震えていた。
その目的がどうであれ、こちらの世界が滅亡する切っ掛けを作ってしまったのが魅影であることに変わりはない。そしてそのことを魅影が気にしていないはずがなかった。
世界の滅亡を阻止しようとしていた魅影が、逆に世界を滅ぼしてしまったのだ。その後悔や罪悪感は、メルには察して余りある。
「……メル達の世界は、メルと魅影さんがちゃんと守りましたよ」
どう答えるべきか悩んだメルだが、結局は事実をありのまま伝えた。
「……そう」
魅影は震える声で短く呟くと、それ以上は口を開かなかった。
いいねやブックマーク、励みになっております
ありがとうございます
次回は明日更新します




