裏作業:平行世界 二
その後もメルと虚魄は、この世界に関する憶測や好きなスイーツの話などをしながら、薑大将の背中に乗って荒廃した世界を進んでいく。
30分ほど移動したところで、不意に虚魄が手綱代わりの髭を引いて薑大将を停止させる。
「虚魄さん、どうしました?」
「……メル様、探査術式に複数の怪異の反応がありました。それと人間の反応も」
「ホントですか!?」
それは思わぬ朗報だった。この世界にも生存者がいるのであれば、この世界で一体何が起こったのかを尋ねることができる。
「怪異と人間は交戦中のようです」
「数はどれくらいですか?」
「怪異の方は正確な数は分かりませんが、100は越えているかと」
「それはまたすごい数ですね……人間の方は?」
「1人です」
「すっごくマズいじゃないですか!?」
100を超える怪異がどれだけの強さかは分からないが、どの程度の強さにしろ100対1の戦いが圧倒的に不利であることに変わりはない。
「早く助けに行かないと……」
「いえ、それが……人間の方が優勢なようで、怪異の数がどんどん減っています」
「え?」
「それにこの人間の反応……何となく覚えがあるような……?」
「とっ、とにかく!急いで助けに行きましょう!」
何やら人間の方が優勢だからと言って、100対1で戦っている人間を助けに行かない訳にはいかない。
「ですが薑大将はあまり速度が……」
「ならメルが先に行きます!どっちですか!?」
「あ、あちらの方角です」
メルは薑大将の背中から飛び降りると、虚魄が指し示した方角に向かって全速力で走り出した。
ともすれば高速道路でもやっていけそうな速度で瓦礫の山を駆け抜けると、程なくして前方に人混みのようなものが見えてくる。
その人混みは「桜の瞳」には、赤い光の塊のように見えた。
「あれが虚魄さんの言ってた怪異……!」
それらの怪異は人間に近い姿をしていた。しかし腕や足など体の一部が黒く肥大化しており、肥大化した部位には数本の棘が備わっている。
人間に近いながらも、怪異であることが一目瞭然の姿だった。
そして怪異の集団の中心に、怪異達と戦闘を繰り広げている人間の姿も見えた。襲い掛かる怪異達を次々と返り討ちにしており、虚魄が言っていた通りかなり優勢に立ち回っている。
「えっ……」
その人間の顔を認識した瞬間、メルは思わず足を止めた。
「煌羅さん……!?」
ハーフアップに纏められた神秘的な水色の髪に同じく水色の瞳。その顔立ちは紛れもなくメルの知る幾世守煌羅のものだった。
メルは一瞬、煌羅もこちらの世界に来たのかと思ったが、すぐにそうではないことに気付いた。
今メルの視線の先にいるのは、「こちらの世界の幾世守煌羅」なのだ。
「あれは確か……『鹿銕天狗』?」
メルの知る煌羅の髪色は白だが、『鹿銕天狗』という祓道を用いた際に煌羅の髪色は水色へと変化する。
怪異の集団を前に、煌羅は『鹿銕天狗』を用いて戦っているのだろう。
「っと、いけない……」
煌羅を発見した驚きで足を止めていたメルだが、ここで怪異との戦闘に加勢するという目的を思い出した。
「待雪さん!」
「はいっ」
メルの肩に乗っていた待雪(待雪が自分で走るとメルに追いつけないため)が、メルの呼び掛けに合わせて刀へと変化した。
「てやぁぁっ!」
気合の声と共にメルは怪異の集団の中に飛び込み、待雪を振るって周囲の怪異を5~6体まとめて蹴散らす。
「えっ……」
メルの存在に気付いた煌羅は、戦いの最中だというのに目を見開いて硬直した。
「危ないです煌羅さん!」
煌羅に襲い掛かろうとした怪異の首を、メルが待雪で刎ね飛ばす。
「話は後です!まずは怪異達を!」
「あ、え……?」
メルが呼びかけても、煌羅は依然として呆然としたまま立ち尽くしている。
メルの出現が余程衝撃的だったのか分からないが、少なくとも戦闘への復帰は難しそうだ。
「くっ……」
どうやら煌羅の加勢に来たつもりが、逆に煌羅の戦闘を妨げてしまったらしい。
仕方がないので、メルは1人で怪異の対処に当たる。
結論から言うと、怪異の集団はメル1人で余裕をもって殲滅できた。
「ふぅ……これで一安心ですね」
待雪を振り下ろして最後の怪異の体を真っ二つに両断したところで、メルはようやく一息ついた。
「メル……ちゃん……なの……?」
メルが現れて以降ずっと硬直していた煌羅が、ようやく声を発する。
その呼び方から察するに、こちらの世界の煌羅も、メルとは親しい間柄らしい。
「はい、桜庭メルです。でも多分煌羅さんの知ってるメルとは少し違って……」
「メルちゃん……メルちゃん!」
メルが事情を説明するよりも先に、煌羅がメルに抱き着いてきた。
「うわぁぁぁぁぁん!!」
メルの体を強く抱き締めた煌羅は、そのまま大声を上げて泣き始める。
「き、煌羅さん?どうしました?っていうか煌羅さんまず『鹿銕天狗』解いてくれませんか?ちょっと力強い……痛い痛い痛い痛い痛い!?」
『鹿銕天狗』はメルの知る限り最強の身体強化祓道だ。煌羅はそれを発動したままメルを全力で抱き締めているため、メルからすれば涙が出るほど痛かった。
「うう……ぐすっ……」
「お……落ち着き……ました、か……?」
煌羅が泣き止み、ようやく抱き締める力が弱まった頃には、メルはかなり衰弱していた。
「メルちゃん……本当にメルちゃんなの……?」
「メルはホントにメルですけど、この世界のメルじゃないんです」
「え……?」
「なんか、平行世界?ってとこから来ちゃったみたいで……」
「平行世界……そうなんだ……」
平行世界という単語だけで、煌羅はおおよその事情を理解出来た様子だった。
「あの、煌羅さん。こっちの世界のメル、何かあったんですか?」
メルが目の前に現れた時の煌羅の驚きようと、その後の号泣はただ事ではなかった。
煌羅の反応からして、こちらの世界のメルに何かが起こったことはまず間違いない。
「……ねぇメルちゃん。メルちゃんの世界は、こんな風になってない?」
煌羅はメルの質問に答える前に、逆にメルにそう尋ねてくる。
「なってないです。だからメル、こっちの世界で何があったのか気になってて……」
「そう……」
メルの返答を聞いた煌羅は、しばらく言いづらそうに口籠っていたが、やがて躊躇いながらも口を開いた。
「この世界はね……メルちゃんが滅ぼしたの」
「……え?」
「祟り神になったメルちゃんが、この世界をこんな風に壊しちゃったんだ」
煌羅が告げたこちらの世界の真実に、メルは呆然と言葉を失った。
「今から2ヶ月くらい前かな。その日メルちゃんは、矢来神社っていう場所で配信してた」
「矢来神社……」
その場所はメルもよく覚えている。魅影の策略によって、メルが祟り神となった場所だ。
「矢来神社には祟り神が封印されてて、幾世守家がメルちゃんに祟り神の討伐をお願いしたの。だから配信には燎火ちゃんも一緒に出てた。本当は私も行きたかったんだけど、どうしても外せない用事があったんだ」
その辺りの流れはメルが経験したものと同じだ。
ただ1つ違う点は、メルが矢来神社で配信をした時は後から煌羅も合流したが、こちらの世界の煌羅はどうやら配信には合流できなかったらしい。
「矢来神社に入ったら、常夜見魅影が現れて、祟り神の封印を解いて……メルちゃんが祟り神を討伐したら、今度は常夜見魅影がメルちゃんの包丁を壊して……その後はどうなったのか分からない。配信はそこで終わっちゃったから」
その辺りの流れもメルの記憶と同じだ。魅影が呪いの包丁を破壊したことで、包丁に蓄積された呪いや祟りがメルに逆流し、メルは祟り神となった。
「そしてその日、世界は滅んだ。空が黒く染まって、地上が紫色の炎に包まれた。たった1日で、この世界は人間が住めない環境になった」
「それって、メルが……」
「そう。祟り神になった、こっちの世界のメルちゃんがやったの」
煌羅の声色に、メルを責めるニュアンスは無い。しかし平行世界の自らの所業を聞いて、メルは胸が締め付けられる思いがした。
祟り神となったメルは世界を滅ぼす力があると何度も言われてきた。そしてこちらの世界のメルは、その力を以て実際に世界を滅ぼしてしまったのだ。
祟り神になった直後、メルは呪いと祟りに蝕まれ正気を失っていた。そんなメルが世界を滅ぼさずに済んだのは、あちらの世界の燎火と煌羅と魅影とサクラが死力を尽くしてメルを正気に戻したためだ。
だがこちらの世界では、煌羅は矢来神社に駆け付けることができなかった。故に燎火と魅影とサクラの3人でメルを正気に戻そうとしたが、それが叶わなかったのだろう。
メルは正気を取り戻すことができないままに祟り神の力を暴走させ、こちらの世界を滅ぼしてしまった。
そしてそれは、あちらの世界でも起こり得たことだ。
たまたま煌羅が後から合流したから、たまたまメルを正気に戻すだけの戦力があの場に揃っていたから、メルはあちらの世界を滅ぼさずに済んだ。
だが1つでも何かが違っていれば、あちらの世界もこちらの世界と同じ末路を迎えていたことだろう。
自分たちの世界とは別の可能性を辿ったもう1つの世界。虚魄が平行世界について説明したその言葉の意味を、メルはようやく真に理解した。
「私はたまたま近くにあった核シェルターに逃げ込んで、なんとか紫色の炎から生き残ることができたけど……多分、そんな風に生き残れた人はほとんどいないんじゃないかな。その核シェルターには私の他にも100人くらいの人が避難してたんだけど、その人達以外の生存者には会ったこと無いから」
「……この世界はもう、どこもそんな感じなんですか?」
「……分からない。この世界ではもう、あらゆる通信ができなくなったから。テレビもラジオもスマホも無線機も使えないから、自分の足で行ける範囲の外側がどうなってるか全く分からないの」
「そんな……」
「だから意外と無事なところもあるのかもしれないし、逆に核シェルターの100人以外にはもう生存者はいないのかもしれない」
聞けば聞くほど聞くに堪えないこちらの世界の惨状。それを引き起こしたのが平行世界の自分だという事実に、メルはだんだん具合が悪くなってきた。
「メルちゃんが祟り神になって、1週間くらい経った頃かな。紫色の炎の勢いが弱まった代わりに、怪異が大量に発生したの。メルちゃんもさっき戦った、改造人間みたいな怪異が」
「……それも、メルの仕業なんですか?」
「どうだろう、それは分からないな。でもあの怪異は人間を見つけると襲い掛かってきて危ないから、今日みたいに隙を見て間引いてるの。まあ今日はちょっと危ないとこだったけど……あはは」
煌羅は雰囲気を和らげようと笑って見せたが、メルはとても笑う気分にはなれなかった。
「煌羅さん、今は核シェルターで暮らしてるってことですか?」
「うん、一緒に避難してる人達で助け合って暮らしてる。なんかね、そのシェルターはどこかのお金持ちの人がこっそり作ったらしくて、シェルターの中で食べ物とかを自給自足できるようになってるんだ。だから思ってるよりも暮らしやすいんだよ」
「そう、ですか……」
「まあどうしてもシェルターの中じゃ手に入らないものもあるから、たまにこうして私が外に出て物資とかを集めてるんだ」
煌羅が語ったその生活は、さながらゾンビ映画のように終末的だ。そして実際、今の煌羅を取り巻く状況はゾンビ映画と大差無いのだろう。
「メル様、大丈夫ですか!?」
ここでようやく、薑大将の背に乗った虚魄がメルと合流した。
「常夜見、虚魄……!?」
虚魄の姿を目にした瞬間、煌羅が表情を一変させた。
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