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裏作業:平行世界 一

 「どうしましょう虚魄さん……」


 黒い空の下、メルは途方に暮れて立ち尽くす。


 「平行世界に来ちゃった時って、どうすればいいんですか……?」

 「申し訳ありません、私にもどうすればいいのか……」


 虚魄もメルと同じくらい、或いはメル以上に途方に暮れていた。不安のあまり今にも泣き出しそうな顔をしている。


 「あの罅も無くなっちゃったみたいですしね~……」


 メル達が平行世界へ移動する際に通った空間の罅は、既に消えてしまっている。来た道を戻って元の世界に帰還するというのは不可能だった。


 「電話も繋がらないから助けも呼べませんし……これもう完全に遭難ですよね~」

 「……うぅ」

 「ああごめんなさいごめんなさい!余計なこと言い過ぎました」


 メルの状況整理によって不安が更に煽られ、虚魄の赤い瞳にいよいよ涙が溜まり始める。


 「だっ、大丈夫ですよ!メルがいますから!大抵のことはどうにかなります!」

 「……そうですね。申し訳ありません、お見苦しいところを」


 メルが必死で励ます姿が可笑しかったのか、虚魄は微かに笑顔を浮かべながら涙を拭った。


 「メル様、ここでじっとしていても仕方がありません。まずはこの平行世界が私達の世界とどのように近いのかを調査するため、探索に出掛けましょう」

 「えっ、でも……迷子になった時って、その場から動いちゃダメって言いませんか?」


 世界すら違えていながら未だに迷子気分のメルは、ある意味流石ではある。


 「もし魅影さんとか他の誰かがメル達を助けに来てくれた時、メル達がここにいなかったら困っちゃうんじゃ……」

 「そこは問題ないと思います。お姉ちゃ……愚姉が私達と同じルートでこちらの世界に来ることは無いと思いますから」

 「と、言いますと?」

 「愚姉はあれでも慎重な性格ですから、私達の世界とこの世界との双方向の移動手段を確立させるまでは、愚姉がこちらの世界に来ることは無いはずです。旧姫守家私有地の異空間を利用したルートはどうやら一方通行のようですから、その出口であるここで愚姉を待つ必要性は薄いかと」

 「なるほど……」


 虚魄の主張はメルにも納得できるものだった。

 こちらの世界からの帰還方法が判明していない今、メル達と同じルートでこちらの世界に駆け付けたところで、二次遭難になってしまう。魅影がそのような愚を犯すことは無いだろう。

 そして魅影がメル達と同じルートを通らないのであれば、ルートの出口で救助を待つ意味は薄い。


 「でも魅影さんより先に、他の常夜見家の人とかがメル達と同じルートでこっちの世界に駆け付けてくれたら……」

 「愚姉以外の救助は能力的に当てにならないので。わざわざ待つメリットはありません」

 「わ~辛辣」


 魅影以外の常夜見家の人間にやけに辛辣な虚魄だが、裏を返せばそれだけ虚魄が魅影を信頼しているということなのだろう。

 普段魅影を「愚姉」と呼んで邪険にしている虚魄の、心の奥底にある魅影への信頼が垣間見え、メルは何だか微笑ましい気持ちになった。


 「よしっ。それじゃあ虚魄さんのアイデアを採用して、ちょっとこの世界を探索してみましょうか!」

 「はいっ」


 不安を掻き消すように明るい声を上げ、平行世界の探索に乗り出そうとしたメルだが、数歩歩いたところで早速顔を顰めた。


 「歩きづらいですね……」


 夥しい量の瓦礫が山積した地面は当然のごとく歩きづらい。

 メルはまだいいが、虚魄は転んでしまいかねない。


 「試してみたいことがあります」


 そう言って虚魄がチロリと赤い舌を覗かせる。するとその表面に紫色の幾何学的な紋様が浮かび上がった。


 「おいでなさい、薑大将」


 不思議な響きを孕んだ声と共に地面にも紋様が出現し、そこから巨大な山椒魚がのそりと這い出してくる。

 虚魄が使役している怪異の薑大将。メルが見るのは2度目になる。


 「……平行世界でも、怪異を呼び出すことは可能のようです」

 「ですね~。試してみたいことってそれですか?」

 「はい」


 平行世界に来ても虚魄が怪異を呼び出せるというのは、決して悪いニュースではなかった。

 元の世界に帰還するための手掛かりになるかは分からないが、少なくとも戦力の増強にはなる。


 「メル様、この子に乗って移動しましょう。この子なら多少の地面の凹凸は問題になりませんし、力もありますから私とメル様の2人くらいなら運べるかと」

 「わ~、いいんですか?」


 巨大な山椒魚の背に跨るとなると、拒否感を示す者も少なくないだろう。しかしメルはその辺りは問題にならなかった。

 先に虚魄が薑大将の背に乗ると、薑大将の口の両端から髭のようなものがシュルシュルと虚魄に向かって伸びた。

 どうやらそれは乗馬で言うところの手綱の役割を果たすらしく、虚魄は薑大将の髭を両手で握った。


 「さぁメル様、どうぞ後ろに」

 「お邪魔しま……あっ、ちょっと待ってもらってもいいですか?」

 「はい……?」


 薑大将が2人くらいなら運べるという虚魄の言葉を聞いて、メルはあることを思い出した。この場にいるのは2人だけでは無いのだ。

 メルはくるりと虚魄に背を向け、足元の待雪を両手で抱き上げる。


 「待雪さん。待雪さんのこと、虚魄さんに話してもいいですか?」


 ほぼ体1つで平行世界に放り出されてしまった今、待雪の変化能力は非常に頼りになる。

 メルとしては待雪の変化能力の情報を、虚魄と共有しておきたかった。


 「桜庭様がお話しするべきとお考えなら、私はそれに従います」

 「……イヤならイヤって言ってくれてもいいんですよ?」

 「桜庭様が不特定多数に侏珠という種族の存在を公開すると仰るなら流石にお止めいただきたいですが、親しい方に明かす程度のことであれば嫌がる理由はありません」


 待雪は本当に嫌がっている様子はなかったので、メルは虚魄に待雪のことを話すことに決めた。


 「メル様?どうかなさいましたか?」


 突然後ろを向いて何やらこそこそと呟くメルを、虚魄が訝しみ始める。


 「虚魄さん……実はお話ししたいことがありまして……」

 「えっ、な、何ですか?」


 意味深に切り出したメルに、虚魄は動揺して身構える。


 「待雪さん」

 「はいっ」


 メルに名前を呼ばれた待雪は、即座に人間の姿へと変化して見せた。


 「ひゃあっ!?えっ、お、女の子……!?」


 突如出現した少女に、驚いた虚魄は薑大将の上で小さく跳び上がった。


 「虚魄さん。この子は待雪さんって言いまして……」


 メルは虚魄に待雪のことと侏珠という種族のことを簡潔に説明する。


 「本来の姿が認識されず、あらゆるものに変化できる怪異……メル様が最近よくお使いになる刀は、この子が変身したものだったんですね……」

 「そうなんです。とっても頼りになるんですよ、待雪さん」

 「よっ、よろしくお願いします、虚魄さん!」


 待雪は緊張した面持ちで虚魄に向かって頭を下げる。


 「ふ~ん……」


 虚魄は薑大将の背中から降りると、至近距離でジロジロと待雪の顔を観察し始めた。


 「あ、あの……虚魄さん……?」

 「……こんなに美人で、何にでも変化できて、メル様からとっても頼りになるなんて言われて……」

 「虚魄さん?何を……」

 「しかも溺れかけたところをメル様に助けてもらうなんてドラマチックな出会い方までして……ずるいっ……!」


 ギリギリと音が聞こえそうなほど歯軋りをする虚魄。

 メルの熱狂的なファンである虚魄からすると、待雪のポジションに思うところがあるようだった。


 「虚魄さん?どうかしました?」

 「いえっ、何でもありませんメル様!待雪さんとは仲良くなれそうと思っていたところです!」


 虚魄はどうやら、待雪に嫉妬していることをメルに知られたくはないらしい。


 「ええ……?人間って難しい……」


 虚魄の変わり身の早さに、待雪は困惑を隠せなかった。


 「てことで、メルと虚魄さんだけじゃなくて待雪さんも一緒にいるんですけど、薑大将さんは3人乗せられますか?」

 「待雪さんが人間の姿だと厳しいかもしれません」

 「やっぱりそうですか。待雪さん、本来の姿の体重ってどれくらいか分かりますか?」

 「ええと……5kgくらいだったかと」

 「それでしたら薑大将も問題なく運べるかと」

 「分かってはいましたけど待雪さん軽いですね~……」


 話がまとまったところで虚魄は再び薑大将の背中に跨り、手綱代わりの長い髭を握った。


 「メル様、どうぞ」

 「お邪魔しま~す」


 メルは小動物の姿になった待雪を頭の上に乗せ、薑大将の背中に上る。そして虚魄の後ろに腰を下ろすと、抱き締めるように虚魄の腰に両手を回した。


 「ひゃあ~メル様に抱き締められてる……メル様の感触が直で来てるぅ……!」


 中々気持ち悪いことを呟きながら、虚魄が薑大将を前進させる。

 のそのそと歩く薑大将は地面の瓦礫をものともせず、自分の足で歩くよりも遥かに快適だった。


 「……それにしても、すごい世界ですね……」


 半壊した高層ビルと瓦礫の山、燃え盛る紫色の炎。

 その光景がどこまでも続く世界を眺め、メルは呟く。


 「虚魄さん、さっき言ってましたよね?平行世界はメル達とは違う可能性を辿った世界だって」

 「はい、私が読んだ文献にはそう書いてありました」

 「それって、メル達の世界もこうなる可能性があったってことですよね?」

 「そういうことになると思います」

 「……何がどうなったら、世界がこんな風になっちゃうんでしょうね」


 黒い空と紫色の炎に支配された、荒廃した瓦礫の世界。メルの世界とはかけ離れた光景だ。

 この世界とメルの世界とを分けたものが一体何なのか、メルには想像もつかなかった。


 「……もしかしたら、諜知衆が未来予知したのはこの光景だったのかもしれません」


 虚魄が呟く。


 「この世界が荒廃してしまった原因は分かりませんが、恐らくは何かしらの災害だと思います。そしてその災害はいずれ、私達が通った空間の罅を伝って、私達の世界にも波及するところだったのかも」

 「でもあの空間の罅は、メル達の世界からこっちの世界への一方通行だったんじゃ?」

 「……確かに」


 メルの指摘によって、虚魄は自らの推測をあっさりと取り下げた。


 「でっ、でも、虚魄さんの言うこともあるかもですよね。あの空間の罅が一方通行だってのは、メル達が勝手に思ってるだけですし。それにあの空間の罅がメル達の世界とこの世界を繋いでたのは確かですから!」

 「……フォローありがとうございます」


 虚魄は恥ずかしそうに小さく頭を下げた。

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次回は明日更新します

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[一言] 紫の炎…あっ
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