第36回桜庭メルの心霊スポット探訪:旧姫守家私有地 中編
今回区切りの関係でちょっと短いです
「わっ、すっごく暗い……」
その空間には一切の光源が存在せず、メルが持ち込んだ撮影用のスマホが唯一の光源となっている。そのスマホの光も、まるで暗闇に吸収されているかのように心許ない。
「虚魄さんいますか?」
「はい、ここに。少々お待ちください……」
虚魄の声が聞こえてから数秒後、不意に空間に明るい光が満ち溢れた。
その光は、虚魄の右手にあるランタンから放たれていた。
「これで視界は確保できました」
「わ~、そのランタン明るいですね~」
「このランタンであれば、通常の光源が機能しない状況下でも周囲を照らすことができます。これで視界に困ることは無いかと」
「ありがとうございます、虚魄さん!」
メルは虚魄に感謝を告げつつ、視線をさりげなく周囲へと巡らせる。
「わたくしもここにおります、桜庭様!」
メルが探していた待雪も、無事にその姿を確認することができた。
「配信はどうなってるんでしょう、途切れちゃったりしてないかな……」
『見えてるよ~』『途切れてないよ』『ちゃんと見えてる』『マジで異空間入ってんじゃん』
「ホントですか?よかった~」
異空間に侵入したことで配信が断絶することを危惧したメルだが、幸いにもそれは杞憂に終わった。
一通りの必要事項を確認し終えたところで、メルは改めて異空間を観察する。
そこは目算で高さ約4m、幅約3mの、長い通路のようなものだった。通路の床と壁面は直方体に加工された石材によって構成されており、天井は岩肌が剥き出しになっている。
「ん~……地下にトンネルを掘って、通りやすいように整備した、って感じでしょうか……」
見たままの印象を語ったメルだが、ここは異空間だ。実際に地下に掘られたトンネルということは無いだろう。
「とりあえず進んでみましょうか。虚魄さん、メルから離れないでくださいね」
虚魄は姉の魅影と違い、戦闘を生業とする怪異使いではない。何かあった時に守ることができるよう、メルは虚魄を引き寄せた。
「ひゃ、ひゃいっ!!」
メルのファンである虚魄は、メルに引き寄せられた興奮と緊張で顔が真っ赤になっていた。
『よかったねコハクさん』『コハクさんメルのファン過ぎて好き』『常夜見虚魄……メルちゃんに守ってもらうなんて許せない……!!』『コメント欄にキララさんいるくない?』
メルと虚魄は慎重な足取りで、異空間内を歩き始める。
「……なんか」
5分ほど足を進めたところで、メルは軽く眉を顰めながら口を開いた。
「代り映えしなくてあんまり楽しくないですね」
進めど進めど石造りの通路には変化が現れず、メルは早くも飽き始めていた。
「申し訳ありません……メル様をこのような退屈な異空間にお連れしてしまって……」
「いえいえ、虚魄さんは悪くないですよ。この異空間を作った人達に、来場者を楽しませようっていう気持ちが足りてないのが悪いんです」
『遊園地じゃねぇんだぞ』『多分だけど楽しませようと思って作った場所じゃないだろそこ』『こんな変な言いがかり付けられる製作者さん可哀想』
代り映えしない風景に文句を言いつつ、メルは律動的に足を動かし続ける。
「っ!?」
程なくしてメルは、前方に不穏な空気の流れを感じ取った。
「虚魄さん!」
「はい?っ、きゃあっ!?」
メルは咄嗟に虚魄を壁に押し付け、虚魄の体を守るように覆い被さる。
「メ、メル様……?一体何を……」
突然壁ドンのようなことをされ、虚魄の顔が一瞬で真っ赤に染まる。
その表情は困惑2割、嬉しさ8割と言ったところで、オロオロと目を泳がせながらも口元が緩むのを抑えきれていない。
「くっ……!」
「メル様!?」
しかし直後、メルの頬に小さな傷が刻まれ、少量の血が飛び散った。
メルが何者かによる攻撃を受けている。その事実を認識した瞬間、虚魄の表情が緊張する。
「ようやくお出ましですか……」
メルが苦笑しながら視線を向けた先には、先程まではいなかったはずの人型の存在があった。
「グルルル……」
不穏な唸り声を上げるそれは、言うなれば人型の虎だった。左右の腕には大きな爪が3本ずつ備わっており、右腕の爪の1本にはメルのものと思われる血が僅かに付着している。
「なっ、いつの間に……!?」
「多分ですけど、あれが前の調査で征伐衆の人達を襲った怪異です」
メルは険しい目付きで虎人間を観察する。「桜の瞳」では、虎人間は赤い光で縁取られて見えていた。
「かなり強いですよ……」
メルは虎人間の強さを肌で感じ、一筋の冷や汗を流した。
常夜見家征伐衆という戦闘のエキスパートをまとめて蹴散らしたという話も、こうして実際に対峙してみれば頷ける。
「虚魄さん。メルとあの怪異からできるだけ距離を取って、できるだけ自分の安全を守ってください。今のメルだと、あの怪異と戦いながら虚魄さんを守り切るのは難しいかもしれないです」
「しょ、承知いたしましたっ!」
メルの要請を受け、虚魄が急いでこの場を離脱する。
戦闘職種でないと言えど虚魄も怪異使い、身体能力は常人よりも高い。虚魄が数十mの距離を確保するまでに、そう時間はかからなかった。
「待雪さん」
「はいっ!」
虚魄が離れたのを確認したメルは、刀の姿となった待雪を携え、改めて虎人間と対峙する。
「さて……やりましょうか」
「グルルル……」
虎人間はもう1度低い唸り声を上げると、食肉目らしいしなやかな脚にぐっと力を込める。
「グルァッ!!」
そして次の瞬間、虎人間がメルへと襲い掛かってきた。
「速っ!?」
虎人間はメルに対し、大きな爪による攻撃を繰り出してくる。その速度は常軌を逸しており、メルの動体視力を以てしても捉えられるかどうか、というレベルだ。
「くっ……!」
メルは待雪を振るい、虎人間の爪による連撃を迎撃する。
「はぁ危なかったぁ!」
辛うじて全ての攻撃を捌き切ったメルだが、次も同じように捌けるかというとかなり怪しい。
「祟り神に準ずるっていうのも、あながち間違いじゃなさそうですね~……」
メルが「辛うじて捌ける」という程の圧倒的な攻撃速度。その戦闘能力だけを見れば、虎人間は確かに祟り神にも比肩する。
「でも……祟り神くらいの強さだったら、メルは負けませんよ!」
「グルァッ!!」
虎人間が再び爪による連撃を仕掛けてくる。
「くっ……」
メルは1度目と同じように待雪の刃で迎撃するが……
「ぐぅっ!?」
最後の一撃を取りこぼし、虎人間の爪がメルの腹部を貫いた。
『メルちゃん!?』『嘘……』
「いっ、たぁ……」
『いったぁで済むのか……』
「でも……!」
メルは自分の腹部に爪を突き刺している虎人間の右腕を、左手でがっちりと握り締めた。
「自慢の速さは、これで台無しですね!」
狼狽える虎人間に向かって、メルは右手の待雪を振るう。
右腕を掴まれているために逃げることもできず、虎人間の頭はあっさり宙を舞った。
「ふぅ~……よしっ」
虎人間を殺したメルは、気合を入れて腹に刺さった爪を引き抜く。
「んぅっ……く、んぁっ!」
苦痛に顔を顰めつつも爪を抜き終えると、傷口から溢れた血でブラウスが赤く染まり始めた。
「メル様ぁぁぁ!!」
戦闘の終了を確認した虚魄が、猛然とメルへと駆け寄ってくる。
「あっ、虚魄さ……んむっ!?」
メルの下に辿り着いた虚魄は、その勢いそのままにメルの口へ何かを押し込む。
ラムネのように程よく歯応えのあるそれを、メルは反射的に噛み砕いて飲み込んだ。
「んっ!?うっ、ああっ!?」
その瞬間、体を内側から焼かれるような激しい痛みと熱がメルを襲う。
「虚魄さん……メルに、何を……!?」
「ごめんなさいメル様、私にはこうするしか……」
苦痛に喘ぐメルの体を、虚魄は涙を流しながら抱き留める。
「ああっ!う……あああああっ!?」
痛みと熱は次第に強さを増し、強すぎる刺激にメルの視界がチカチカと明滅する。
「……あれ?」
かと思うと、それまでの苦痛が嘘だったかのようにメルの体から痛みが消えていく。体を内側から焼かれるような苦痛だけでなく、腹部の刺し傷の痛みまで綺麗さっぱり無くなった。
「あれぇ~?」
不思議に思ったメルが自分の体を確かめると、腹の傷がまるで元々そこに無かったかのように塞がっている。
「治ってる……」
『なんで!?』『ウソだろ』『え、怖いんだけど』
「ひょっとして、虚魄さんが食べさせてくれたラムネみたいなののおかげですか?」
「はい、その通りです」
虚魄は目元の涙を拭いながら頷いた。
「『偽仙丹』。命を落としていない限りどのような怪我も癒すことのできる、常夜見家に伝わる秘薬です」
「え~すご~い!」
『何だそのチートアイテム』『現代医療への冒涜』『医者が見たら卒倒するで』
「今回の任務に当たり、私は愚姉からこの偽仙丹を5つ預かっております。その内の1つを勝手ながらメル様に服用していただきました」
「そんな……ごめんなさい、それ絶対貴重なものですよね……」
「メル様より貴重なものなど三千世界に存在しません」
「でも、魅影さんが虚魄さんを心配して持たせてくれたものを、メルなんかが使っちゃって……」
「いえ、そんなことは。偽仙丹もメル様の体内に入ることができて幸福だったことでしょう」
『発想がこえーよ』『美少女でもギリ許されないキモさの発想』『薬を擬人化してまでキモさをアピールするな』
貴重な薬を使ってもらったことに対してメルは申し訳なさを感じずにいられなかったが、使ってしまったものはもう仕方がない。
「さて、今の怪異を殺して一件落着……って訳じゃないですよね」
「はい。あの怪異は強力ではありましたが、一国を滅亡させるほどの災害をもたらすとは思えません。諜知衆が予見した災害の原因は、まだ別にあると思います」
「調査続行ですね~」
メルと虚魄は、再び肩を並べて石造りの異空間を進み始めた。
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