第35回桜庭メルの心霊スポット探訪:高比良荘 一
「皆さんこんにちは、心霊系ストリーマーの桜庭メルで~す」
『こんちは~』『こんにちは!!』『待ってた』
「突然ですが皆さん、高比良荘殺人事件はご存じでしょうか?」
『本当に突然だな』『聞いたことはある』『テレビで見たかも』
「オカルトとか未解決事件とかが好きな人の間では結構有名な事件だと思います。メルの視聴者さんの中でも知ってる人は多いと思いますけど、知らない人のために今から説明します」
『断固たる意思』
配信開始早々、メルは固い意思で高比良荘殺人事件についての説明を始める。
「高比良荘殺人事件は今から18年前、高比良荘っていうペンションで起きた殺人事件です。18年前の11月11日の朝、高比良荘のお客さんの1人だった河本浩之さんという52歳の男性が、宿泊していた201号室で死亡しているのが発見されました。何者かに背中から刃物で刺されたことによる他殺でした。
事件の前日、11月10日の夜は酷い吹雪で、高比良荘に続く唯一の道は雪崩によって通行止めになっていました。そのため外部の犯行は考えらず、11月10日から11月11日にかけて高比良荘にいた4人の宿泊客と高比良荘のオーナー、合わせて5人が容疑者になりました。
ですが捜査は難航しました。それは現場が完全な密室状態だったためです。
河本さんの遺体が発見された時、201号室の扉と唯一の窓にはどちらも鍵がかかっていました。扉の鍵は部屋の中の机の上に置いてあり、窓の鍵は内側からしか開けられません。
最も疑われたのは、高比良荘の全ての部屋のマスターキーを自由に持ち出すことのできるオーナーでした。
ですが事件当時、オーナーには201号室の扉を開けることは不可能でした。何故なら事件当時、201号室には内側からドアチェーンが掛かっていたためです。
マスターキーを持っていても外側からドアチェーンを外すことはできないので、最も疑わしいオーナーにも犯行は不可能と結論付けざるを得ませんでした。
警察は懸命に捜査しましたが、密室の謎を解明することはできませんでした。密室の謎以外にも、凶器が見つからないなどの不可解な点があり、事件はあわや迷宮入りかと思われました。ですが……」
メルは一旦言葉を切り、それからまた口を開く。
「事件はここで急展開を迎えます」
『今日のメルは気合入ってんなぁ』『練習の跡が見える』『家でめっちゃ練習してきてそう』
「事件から数ヶ月が経った頃、5人の容疑者が相次いで失踪したのです。5人の失踪は時間も場所もバラバラで、事件性があるのかどうかすら分かりませんでした。
そして容疑者全員の失踪により、高比良荘殺人事件は迷宮入りしてしまいました。
5人の容疑者は今日に至るまで発見されていません」
小学生の朗読のような固い口調で、メルは高比良荘殺人事件の概要を語り終えた。
「雪山のクローズドサークルで起きた密室殺人事件、容疑者全員の失踪っていう衝撃的な結末……そりゃネットで人気にもなりますよね~」
『いつものメルの口調に戻った』『なんかものすごく肩の荷が下りたような顔をしてる』『いっぱい練習してきて緊張してたんかなぁ』
「という訳で桜庭メルの心霊スポット探訪、第35回目は高比良山荘に行きます」
『いや急!?』『どういう訳で……?』
唐突なメルの宣言に困惑するコメント欄。
『高比良荘行ってほしいってリクエスト来たの?』
「今回はリクエストじゃないんです。実はメル、この高比良荘殺人事件のこと最近まで知らなくって。魅影さんに教えてもらったんです」
それは先日、魅影とメッセージアプリで雑談していた時のことだった。
「それでメル、『犯人は誰なんでしょうね~』って言ったんですよ。そしたら魅影さんが、『だったら高比良荘殺人事件を配信で取り扱ってみたら?』って。魅影さん、メルの代わりに高比良荘の撮影許可まで取ってくれたんですよ?ほら」
メルがカメラに向けて広げた書類は、メルの高比良荘での撮影を許可するものだった。
ちなみに高比良荘は現在では営業していないものの、建物自体は残っている。
「メル、最初は別に高比良荘で配信するつもりはなかったんですよ。調べてみても高比良荘に幽霊が出る~みたいな話は無かったですし。でもせっかく魅影さんが許可取ってくれたので、じゃあってことで来てみました、これが高比良荘で~す」
『もういるのかよ』『展開が速くて助かる』
メルの背後には年季の入った2階建てのペンションがあった。
事件のあった18年前から利用されなくなったその建物は、今では幽霊屋敷めいた雰囲気を醸し出している。
「やっぱり人が住まなくなった建物って、独特の不気味な感じがありますよね~」
『わかる』『ちょっと分かる』
「ちなみにこれが魅影さんから貰ってきた鍵です」
『なんでミカゲさんが鍵持ってるの?』
「さあ……撮影許可を貰ったついでに預かってきたとは言ってましたけど」
メルは取り出した鍵を片手に高比良荘の玄関に近付いていく。
預かった鍵を鍵穴に差し込んで捻ると、少しつっかえるような感覚はあったものの無事に開錠することができた。
「……思ったよりホコリっぽくないですね」
扉を開けて鼻をスンスンと鳴らしたメルは、拍子抜けしたようにそう呟いた。
僅かにカビとホコリの臭いは漂っているが、メルからすれば気にならないレベルだ。
「じゃあ早速探索してみましょうか。待雪さん」
「はいっ」
今は昼だが建物の中は薄暗い。そこで待雪が懐中電灯へと変化し、メルの右手にすっぽりと収まった。
懐中電灯となった待雪片手に、本格的に建物へと足を踏み入れた。
最初にメルを出迎えたのは、大きなソファやテーブルなどが設置された、広いリビングルームのような部屋だった。
「お客さんの共用スペース、って感じでしょうか……」
『そんな感じね』『当時のものとか何か残ってるかな?』『流石にもう無いでしょ』
「メルも無いとは思いますけど……一応探してみますね」
メルはソファの下を覗き込むなどして、18年前の事件の痕跡を探し始める。
だが言うまでもなく、それらしいものは何も発見できなかった。
「そりゃそうですよね~。もう18年も前ですし、当時も警察の人達がいっぱい調べたはずですし」
『そうだね』
メルは痕跡探しを諦め、1階の各部屋を見て回った。
共用のリビング以外で1階にあったのは、キッチンと風呂とトイレと物置だった。
「お風呂とトイレがここにあるってことは、お風呂とトイレも共用だったんでしょうか」
『各部屋にもシャワーとかあるんじゃない?』『そんな大きいペンションじゃないっぽいし風呂トイレ共用でもおかしくないな』
1階の部屋をあらかた見回り終えたメルは、続いて奥にある階段を登り2階へと移動した。
「2階は宿泊用のお部屋があるんですね~。いち、に……うん、5部屋」
2階は全て客室であり、階段と同じ東側に2部屋、廊下を挟んだ西側に3部屋あった。
事件のあった201号室は階段から最も離れた西側最奥で、その隣が202号室、西側で最も手前の部屋が203号室。
東側の奥の部屋が204号室で、204号室と階段に挟まれているのが205号室だ。
「とりあえず、201号室から見てみましょうか」
最も興味を引かれるのは、やはり事件の現場となった201号室だ。
メルは迷いのない足取りで廊下の最奥まで進み、201号室のドアノブに手を掛けた。
「鍵かかってるのかな……」
メルの脳裏に客室が施錠されている可能性が過ったが、それは杞憂に終わり201号室の扉がスムーズに開く。
そして201号室の内装が、メルの網膜に映り込んだその瞬間、
「……えっ?」
メルが眩暈のような意識が揺さぶられる感覚に襲われた。
「わっ、と」
立ち眩みを起こし、転びそうになったところを何とか踏み止まるメル。
「……あれ?」
気が付くと周囲の光景に変化が起きていた。
変化と言っても、これまで何度か異空間に迷い込んだ時のような劇的な変化ではない。
起きたのはもっと小さな変化、具体的に言うとメルが立っている廊下が明るくなっていたのだ。
「嘘……電気が点いてる……!?」
天井を見上げると、設置されている蛍光灯が煌々と光を放っていた。
18年前に営業を停止した高比良荘には、当然電気など通っていない。にもかかわらずメルが見上げる蛍光灯が灯っている理由としては、2つの可能性が考えられる。
何らかの理由によって高比良荘に電力が供給されたか、メルが今いる場所が「現在の高比良荘」ではないかだ。
「はっ、配信は!?配信繋がってますか!?」
自らが異空間に取り込まれたことを直感したメルは、真っ先に配信画面がどうなっているかを確認した。
異空間には2種類ある。配信ができる異空間と、配信が途切れてしまう異空間だ。
今いる異空間がこの2種類のどちらであるかは、ストリーマーであるメルにとっては何よりも重要だ。
『繋がってるよ~』『見れてるよ』『なんで電気点いてんの?』
「はぁ~よかったぁ~……」
配信が途切れていなかったことに安心し、メルはその場でうずくまった。
「なんかメル、異空間に入っちゃったみたいで。とりあえず配信はこのまま続けますね」
『当たり前みたいに異空間入るじゃん』『異空間に入ることが茶飯事の女』『当たり前みたいに言ってるけど異空間って何だよ』
配信が途切れていなかったことと、懐中電灯に変化した待雪も一緒に異空間に入っていたことが、メルをひとまず安心させた。
待雪の力を借りれば、大抵の不測の事態には対処できる。
待雪(が変化した懐中電灯)が手の中で不安そうに体を揺らしたので、メルは安心させるように待雪を優しく撫でた。
「っ!?」
その時、誰かが階段を上がってくる足音が聞こえてきた。
「おや桜庭様。どうかいたしましたか?」
現れたのは髪の薄い、60代と思われる男性だった。
男性の顔を一目見た瞬間、メルは愕然とする。
「高比良荘のオーナー……!?」
高比良荘殺人事件の容疑者は、行方不明者として全員顔写真が公開されている。
メルの前に現れた男性は、容疑者の1人にして高比良荘のオーナー、高比良孝一その人だった。
「リビングに朝食の用意ができておりますよ、桜庭様」
高比良はまるで宿泊客を相手にするようにメルに話しかけてくる。
「あ~……えっと、オーナーさんはどうなさったんですか?」
メルはひとまず高比良に話を合わせながら、現在の状況を探ろうと試みる。
「私は河本様を起こしに。朝食の時間に起こすようにとのことでしたので」
「河本って……河本浩之さん!?」
「はい、そうですが……」
高比良はメルの反応を訝しみながら、201号室の前までやってくる。
「河本様、朝食のご用意ができました」
高比良が扉をノックしながら声を掛けるが、部屋の中から返事は返って来ない。
「河本様?」
何度呼び掛けても一向に返事が返ってこないことを訝しんだ高比良が、ドアノブに手をかけてゆっくりと扉を開く。
だが内側からドアチェーンが掛けられていたようで、扉は僅かにしか開かなかった。
「うわああああっ!?」
隙間から部屋の中を覗き込んだ高比良が、悲鳴を上げながら腰を抜かす。
「っ、どいてください!」
メルは高比良を押し退け、201号室の中を覗き込む。
ドアの狭い隙間の向こうには、血溜まりの中にうつ伏せに倒れる男性の姿があった。
「てやっ!」
メルは手刀でドアチェーンを切断し、扉を開け放って男性に駆け寄る。
その男性は高比良荘殺人事件の被害者、河本浩之に他ならなかった。
「大丈夫ですか!?」
メルは河本に声を掛けつつ脈を確認するが、既に河本は事切れていた。
どうやら背中の大きな傷が致命傷になったようだ。
「何かあったんですか?」
「何よもう、うるさいわね~」
高比良の悲鳴を聞きつけたのか、201号室の前に続々と人が集まってくる。
そこに揃った顔ぶれは、いずれも失踪した高比良荘殺人事件の容疑者達だった。
「これってもしかして……18年前の11月11日の高比良荘……?」
背中を刺されて死んでいる河本浩之。失踪したはずの5人の容疑者。
どう考えてもメルが迷い込んだのは、事件が起きた日の高比良荘としか思えなかった。
「そんな……」
その時、部屋の西側にある201号室唯一の窓に、独りでに文字が浮かび上がった。
WHO KILLED ME?
「誰が……私を……殺した……」
血液で書かれたように見えるその文字が、見えない何かで拭い取られるようにして消えていく。
そしてもう1度、また別の文字が出現した。
SOLVE
「解き明かせ……」
どうやらメルは、質の悪いミステリーに巻き込まれてしまったらしかった。
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ありがとうございます
次回は明日更新します




