裏作業:ファミレス
「いらっしゃいませ~!」
全国チェーンのファミリーレストランに入店した魅影は、元気のいい女性店員に出迎えられた。
「お客様何名様ですか~?」
「ええと、待ち合わせをしているのだけれど……」
そこまで広くない店内を、魅影はぐるりと見回す。
「魅影さん」
すると店の奥のテーブル席から、魅影の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。
そちらに視線を向けると、モノトーンコーデに身を包んだ黒と桜色の髪の女性が、魅影に向かって小さく手を振っていた。
「……?」
魅影が首を傾げたのは、その女性のファッションが魅影の想像していた待ち合わせ相手とあまりにもかけ離れていたためだ。
「お客様、どうかなさいましたか?」
「いえ……連れが見つかった、と思うわ……」
魅影は半信半疑で手を振る女性の下へと向かう。
「来てくれてありがとうございます、魅影さん」
「……桜庭さん、よね?」
「えっ、そうですけど……何で今更そんなこと聞くんですか?」
「だって、桜庭さんがまさかそんな地味な格好をしているとは思わないから……」
魅影が知る配信中のメルのファッションと、今魅影の目の前にいるメルのファッションは、真逆と言っていいほど系統が異なっていた。
そのため黒と桜色の髪という極めて印象的な特徴を考慮して尚、魅影はメルをメルと断定することはできなかったのだ。
「配信してない時はいつもこんな感じの服ですよ?」
「そうなのね……少し意外というか……」
「そうですか?そう言う魅影さんだって、いつもみたいなゴスロリ服着てないじゃないですか」
「あれは怪異使いの正装だもの。怪異使いとして活動する時以外にはわざわざ好き好んで着ないわ」
挨拶がてらの雑談をしながら、魅影はメルの対面に腰を下ろす。
「それで?珍しく私を配信外で呼び出してまでしたかった相談というのは何かしら?」
魅影は今日、メルに「相談したいことがある」という名目で呼び出されていた。
「その前に何か注文しましょ。メルもまだドリンクバーしか頼んでないですし」
「それもそうね」
昼食も兼ねてということで集まったので、メルと魅影は店員を呼んで各々食べたいものを注文した。
「……この前、待雪さんのご先祖様みたいな人に会ったんです」
ドリンクバーで飲み物を調達してきたところで、メルはようやく本題を切り出した。
「待雪さんと言うと、この頃あなたが配信で連れている怪異よね。侏珠と言ったかしら」
「そうですそうです」
「今日は一緒ではないの?」
「今日は待雪さんはメルのお家でドラマ見てます」
配信では常にメルの側に控えている待雪も、配信外でまで常に一緒という訳ではない。
待雪はこのところ万花京には存在しなかったテレビに大いに嵌っており、暇さえあればドラマを見て楽しんでいる。
「その待雪さんの先祖に会ったというのはどういうこと?」
「侏珠さん達は万花京っていう異空間に住んでるんですけど、その異空間を作った石蕗さんっていう人にたまたま会ったんです」
「それってもしかして、この間の白仙樹海の配信の時?」
「そうですそうです。魅影さん見ててくれてたんですね」
「まあね。異空間に入って配信が途切れてしまったと言っていたけれど、その時に会ったという訳ね」
ところで、と魅影は何かを思い出したような素振りを見せる。
「その石蕗というのは、大変正索冥郷将石蕗のことかしら?」
「えっ、魅影さん知ってるんですか!?」
「常夜見家の文献で何度か名前を見たことがあるわ。祟り神の封印記録で見る機会が多かったかしら。数百年に亘って名前が登場していたから何者かと思っていたけれど、やはり怪異だったのね」
「魅影さんってホント何でも知ってますよね~」
魅影の知識量に感心したメルだが、話が少し逸れていることに気付いた。
「それでその石蕗さんに、メル言われたんですよ。メルの中には、まだ祟り神の力が残ってるって」
「……それは本当?」
魅影が僅かに目を見開く。メルと同じように、魅影もメルの祟り神の力は消失したと考えていたのだ。
「ホントだと思います。実際にその時、メルはちょっとだけ紫色の炎を使えましたから」
「……桜庭さん、手を出して」
「はい?こうですか?」
言われるがままにメルは右手を差し出す。
魅影はそのメルの右手を、指を絡めるようにして左手で握った。
「魅影さん?これ何してるんですか?」
「…………」
魅影はメルの質問には答えず、瞑想をするかのようにじっと目を瞑っている。
「あの~……?」
1分、2分と手を握ったまま時間が過ぎていく。
「お待たせしました~、こちら季節のフルーツパンケーキで~す」
「あっ、メルです」
「抹茶と金時の和風パフェで~す」
「それはこっちの娘です」
「……?」
「気にしないでください、ちょっとしたゲームみたいなもので……」
注文した料理を運んできた店員は、テーブルを挟んで手を繋いでいるメルと魅影に不思議そうな顔をしていた。
そして昼食がてらという話だったにもかかわらず、メルも魅影もデザートしか頼んでいない。
「……ありがとう、もういいわ」
そう言って魅影がメルの手を離したのは、結局10分後のことだった。
「魅影さん今何してたんですか?」
「あなたの体を探査術式で調べていたのよ」
魅影は深刻な表情で、テーブルに肘をついて両手を組んだ。
「……結論から言うと、桜庭さんの中に祟り神の力が観測できたわ」
「やっぱり……」
「探査術式で10分かけてようやく観測できたんだもの、今まで気が付かなかった訳だわ」
魅影が深い溜息を吐く。
「通常の祟り神では有り得ない現象だわ。桜庭さんの力が強すぎたせいかしら」
「石蕗さんが言うには、祟り神の力は今は眠ってる状態で、メルが死んだ時に目を覚ますだろうって」
「……恐らくそうでしょうね」
つまり今のメルは命を落としたが最後、祟り神に逆戻りということだ。
「魅影さんに相談したいって言うのはこのことで……メル、配信止めた方がいいんでしょうか」
「あら、どうして?」
「だって心霊スポット探訪なんて危ないこと続けてたら、いつ死んじゃってもおかしくないじゃないですか」
祟り神となったメルは、存在するだけで周囲に甚大な悪影響を及ぼす。
命を落として祟り神に戻るリスクを冒してまで心霊スポット探訪を続けることに、メルは罪悪感を感じていた。
「ストリーマーをやめて普通に生活してれば、メルが死んじゃうリスクはかなり下がりますし……」
「いいえ、桜庭さん」
メルの相談に、魅影は首を横に振った。
「仮に配信を止めたところで、根本的な解決にはならないわ。普通の生活を送っていても、病気や事故で突然命を落としてしまう可能性は常に付き纏う。そしてそうはならなかったとしても、今の桜庭さんは人間よ。あと100年もしない内に桜庭さんは必ず死んでしまう。あなたが祟り神に戻らないためにどんな努力をしようとも、それは世界の滅亡をたかだか100年程度先送りにするだけに過ぎないのよ」
「そんな……」
「だからあなたがするべきは、危険を遠ざけて命を落とす可能性を下げることではない。あなたの中に残ってしまった祟り神の力を、あなた自身が制御することよ」
「制御だなんて、そんな……今のメルは霊力すら感じられないんですよ?」
霊力を感知し制御する能力を、メルは祟り神から人間に戻った際に失ってしまった。
霊力すら扱えない今のメルに、祟り神の力を制御することができるとは思えない。
「だからまずは、霊力を扱う能力を取り戻すところから始めるの。そのためにも桜庭さん、あなたはやはり怪異使いになるべきだわ」
「メルが、怪異使いに……?」
それは以前にも1度受けた誘いだった。
「怪異と主従契約を交わして怪異使いになれば、霊力を扱う能力を後天的に獲得することができるわ」
「でも……メルが怪異使いになったら」
「確かに幾世守燎火や幾世守煌羅は良い顔をしないでしょう。けれど彼女達もきっと理解してくれるはずよ。それに彼女達は、あなたが怪異使いになったことを理由にあなたと訣別するような薄情者ではないわ。それはあなたもよく分かっているでしょう?」
魅影の言葉はもっともだ。
メルが怪異使いになったと知れば、燎火と煌羅は悲しむだろう。しかしそれが理由で2人がメルから離れてしまうことは無いはずだ。
「以前私が渡した『怪異使指南書』、まさか捨ててはいないわよね?」
「ちゃんと家にありますけど……」
「読んだ?」
「まだ読んでないです」
「なら帰ったらすぐに読みなさい。あれを読めばあなたならすぐにでも怪異使いになれるわ。主従契約を結ぶ怪異は常夜見家でいくらでも見繕えるし、何なら私が桜庭さんと契約を交わしてもいい」
「……あっ、魅影さん怪異でしたね」
最近はもうずっと人間の姿でいるためにメルは失念していたが、今の魅影は怪異である。
「勿論怪異使いになったからと言って、私を始めとする常夜見家の人間があなたに何かを強制することは無いわ」
「メルも別にそこは心配してないですけど……」
「というか私と虚魄以外の常夜見家の人間は桜庭さんと関わろうとしないと思うわ。死んだら最強の祟り神になる女の子なんて厄介者にも程があるもの」
「そこまで言わなくてもいいじゃないですか……」
控え目に抗議するメルだが、今のメルが特大の厄介者であることは、残念ながら否定できない。
そして特大の厄介者であるメルには、魅影の提案を蹴る正当な理由が存在しない。
「…………」
メルは自分が注文した季節のフルーツパンケーキを見下ろし、どうするべきか考え込む。
「……まあ、私も今すぐに結論を出せとは言わないわ」
悩んでいるメルを見かねたのか、魅影が譲歩を見せた。
「考える時間も必要でしょう。けれど桜庭さん、覚えておいて」
魅影はメルに向けて人差し指を伸ばす。
「祟り神となったあなたはこの世界を滅ぼしうる存在。少しでも間違えれば、あなたはこの世界を壊してしまう。あなたが大事にしている友人諸共ね。そして……」
魅影は人差し指に続いてもう1本、中指を伸ばして見せた。
「あなたが怪異使いになるにあたっての障害は、あなたの心持ちだけなのよ」
「…………」
メルは顔を伏せ、黙り込むことしかできなかった。
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