第34回桜庭メルの心霊スポット探訪:白仙樹海 後編
「喰らえ!!」
獣の頭部にある角の先端から、メルに向かって白い雷のようなものが放射される。
「ちょっと待ってくださ……ひゃあっ!?」
メルがバックステップで退避した直後、白い雷が砂浜に大穴を穿った。
人体に直撃すれば間違いなく消し炭になるような威力だ。
「これってもう、戦うしかないやつですよね……?」
メルとしては交戦の意思は無かったが、こうなってしまった以上戦闘は避けられない。
男性を落ち着かせてこの異空間の話を聞くためにも、1度男性を鎮圧することは不可欠だった。
「待雪さん!」
メルは待雪の名を呼びながら右手を伸ばす。
「……待雪さん?」
しかしいつものように、刀に変化した待雪が手の中に飛び込んでくることは無かった。
「そんな……」
「待雪さん?どうしたんですか!?」
待雪は男性が変化した白い獣を見上げ、呆然としたように立ち尽くしていた。メルの声も聞こえていない様子だ。
「くっ……」
理由は分からないが待雪が戦える状態でないと判断したメルは、代わりに胸元からネックレスを引っ張り出した。
「祓器召喚!」
炎を模ったペンダントトップを握り締めながら、メルは祓器を呼び出すための呪文を口にする。
「……あれ?」
しかしメルの右目に『夷蛭』が出現することは無かった。
(メルちゃん、ここでは召喚術が使えないみたいよ!)
(またですか!?)
以前に1度、万花京でも同じことがあった。
全ての異空間がそうという訳ではないが、中には祓器を呼び出せない異空間があるのだ。
「じゃあもうどうしようもないんですけど!?」
白い雷を躱しつつ、メルは叫ばずにはいられなかった。
待雪は戦えない、『夷蛭』は呼び出せない、となるとメルには戦うための武器が無い。
怪異や祟り神などの普通ではない存在には、人間の殴る蹴るではダメージを与えられないのだ。
「もうこれしかないんですけど……」
メルは懐から取り出した龍石を、白い獣の右目を狙って弾いた。
「ほう!龍石とは珍しい!」
ライフル弾のような速度で飛翔した龍石は狙い通り獣の右目に命中したが、網膜に弾き返されてしまった。
「はい万策尽きました~」
網膜に弾き返されてしまうようなら、体のどこを狙っても結果は同じだろう。
現状唯一の武器である龍石すら通じず、なんだか逆に笑えて来たメル。
「やるだけやってみますか!」
豪雨のように降り注ぐ白い雷を掻い潜りながら、メルは獣へと近付いていく。
「おのれちょこまかと!」
「メル得意なんですよ、ちょこまかするの!」
獣の足元に潜り込んだメルは、そのまま獣の鱗を足場に巨体を駆け上がり始める。
「何をしている!?」
獣はメルを振り落とそうと暴れるが、メルはバランスを崩すことなく獣の体を登り続ける。その様はさながら荒波を乗りこなす歴戦のサーファーだ。
30mはあろうかという獣の巨体を登り切ったメルは、その勢いそのままに獣の頭を踏み台にして高く跳躍する。
「こうなったらもうヤケです!」
空中で体を反転させたメルは、獣の頭部の象徴的な角に目掛けて右足を振り被る。
「メルティ……クレセント!」
メルがそう叫んだのは、ちょっとしたお遊びのようなものだった。
どうせこのまま角を蹴ったところで獣には通じない。ならばせめて祟り神だった頃の技の名前でも叫んでみようという、単なる思い付きに過ぎなかった。
だがそんな軽い気持ちに反し、メルの右足からは紫色の炎が噴出した。
「ウソっ、出た!?」
紫色の炎が現れたことに驚きつつ、メルは炎ごと右足を獣の角に叩き込む。
「ぐあああっ!?」
紫色の炎は激しい苦痛をもたらす。メルティ・クレセントを受けた獣は、炎による苦痛で激しく暴れ回った。
「うわっ、と」
メルは獣の頭に着地しようとしたが、獣が暴れているために上手くいかず、そのまま空中に放り出される。
「あれ?この高さは流石に死にます?」
身軽さには自信のあるメルだが、流石に30mもの高さから落ちて無事に着地する自信はない。
「足から落ちれば死にはしないかな……?」
なるべく生存の可能性を高めようとメルが空中で姿勢を制御していると、
「桜庭様!」
待雪がメルの落下地点に滑り込んできた。
待雪はメルの真下までやってくると、その場で体を巨大なクッションに変化させた。
「ありがとうございます待雪さん!」
メルの体はクッションとなった待雪によって、一切の怪我無く安全に受け止められた。
「申し訳ありません桜庭様、武器としての役目を果たせず……」
「それはいいんですけど、何か気になることでもあったんですか?……って、その話は戦い終わった後ですね!」
今しがた繰り出したメルティ・クレセントは、一撃で勝負を決するほどの威力は無かった。
当然まだ戦闘は続くものと思い、メルは獣を振り返る。
「……あれ?」
しかしそこに獣の姿はなかった。代わりにいたのは、獣に変身する前のライオンのような雰囲気の大柄な男性だ。
「いや~……」
男性は頭を掻きながら、極まりが悪そうな笑顔をメルに向けている。
「あ~……悪かったな嬢ちゃん。俺、寝起きが悪くってな。いつもの調子でつい暴れちまった」
「えっと……?」
「いやぁ、今の蹴りは強烈だったな。おかげですっかり目が覚めた」
男性はメルが最初に話しかけた時とは打って変わって、とても優しげな声色でメルに話しかけてくる。
「しっかし驚いたな。自分で言う事じゃあないが、俺はこれでも中々に強いんだ。そんな俺と互角に渡り合えるたぁ……」
「あの……すみませんが、あなたは……?」
「おお、悪い。まだ名乗ってなかったな」
男性は1つ咳払いをしてから、自らの名を口にする。
「俺は大変正索冥郷将石蕗。まあ、今はただの石蕗なんだけどな」
「大、変正……それって」
メルは足元の、本来の姿に戻った待雪に視線を落とす。
待雪は緊張したように全身を強張らせながら、メルに向かって頷いた。
「大変正索冥郷将石蕗……それは万花京に伝わる、初代の大変正様のお名前です」
待雪のその声で、石蕗は初めて待雪の存在に気付いた様子だった。
「おお!侏珠じゃねぇか!お前さん、名前はなんて言うんだ?」
「ま……待雪と、申します……」
石蕗の質問に、待雪はガチガチに緊張しながら答える。
万花京の取り纏め役である大変正。その初代である石蕗は、待雪からしてみれば歴史上の偉人のようなものだ。緊張するのも無理はない。
「そういや嬢ちゃん、桜庭メルって言ったか?メルの嬢ちゃんは侏珠が見えるのかい?」
「は、はい。なんでか分からないですけど」
「そうかそうか。いやぁそれにしても、まさかこんな場所で侏珠に会えるとはなぁ!長く生きてみるもんだなぁ!」
侏珠に会うのは久方振りらしい石蕗はしばらく上機嫌に笑っていたが、やがてふと訝しむように眉を顰めた。
「ん?待雪の嬢ちゃん、さっき俺のことを初代の大変正って言ったよな?」
「は、はいっ……お気に障ったでしょうか……?」
「いやいや、んなことねぇよ。ただその言い方だと、俺以外にも大変正がいるみてぇじゃねぇか?」
「しょ、初代大変正様が万花京を去られて以降、万花京の取り纏め役が大変正の称号をいただいております。現在はわたくしの父が大変正を務めております」
「おお、今はそんなことになってんのか。なんだかこっぱずかしいなぁ!」
待雪の説明で疑問は解けたらしく、石蕗はまた嬉しそうに笑い始める。
「あの、石蕗さん。ちょっと聞いてもいいですか?」
「おう、何だ?」
待雪と石蕗とのやり取りで少し気になるところのあったメルは、それをそのまま石蕗に尋ねることにした。
「大変正って、最初から万花京の取り纏め役の名前じゃなかったんですか?」
「ああ。大変正ってのは元々俺の渾名みたいなもんだったんだ。俺は特に変化が上手かったからな、侏珠の連中がいつの間にか俺をそう呼ぶようになったんだ」
「なるほど……ちなみに、さくめい……?」
「索冥郷将か?」
「そうそれです。それはどういう意味……っていうか、どういう字書くんですか?」
「まあ、聞いただけじゃわからねぇわな」
石蕗はその場に座り込み、砂浜に「索冥郷将」と書いて見せた。
「……これどういう意味ですか?」
「索冥ってのは、俺の『戦化生』……さっきのでっけぇ獣の姿が、索冥ってのに似てるんだと」
「さくめい……って何ですか?」
「麒麟の白い個体のことだそうです」
メルの疑問に、待雪が小声で補足する。
「キリンって首の長いあれですか?」
「いえ、空想上の生物とされているあれです」
「へぇ~……?」
残念ながら、メルは空想上の生物の方の麒麟を知らなかった。
「んで、郷将ってのは、万花郷の大将って意味だ」
「えっ?万花京って、万に花に平安京の京って書くんじゃないですか?」
「ん?いや、『きょう』は故郷の郷だろ?」
互いの認識の食い違いに、顔を見合わせて首を傾げるメルと石蕗。
その認識のズレを正したのは待雪だった。
「わたくしが父から聞いた話によると、侏珠達があの隠れ里で暮らし始めた時、万花京はまだ存在していなかったそうです。初代大変正様が最初に作られた侏珠達の隠れ里は、無数の花が咲き乱れる楽園であったと。そしてその頃の隠れ里の呼び方が、故郷の郷の字を用いた万花郷であったそうです」
「おう、そうだ。よろずの花が咲く郷で万花郷だ」
待雪の説明に石蕗が横から口を挟む。
「初代大変正様に作っていただいた万花郷に、侏珠達は少しずつ街を築き始めました。長い長い時間をかけて街を作り、そして街の完成が近付いた頃、初代様は万花郷を去られたそうです」
「あいつらが作った街が俺が思ってた以上に大したもんだったからなぁ。隠れ里ごとあいつらにくれてやることにしたんだ」
「そうして初代様が去られた少し後、ようやく完成した街は万花京と名付けられ、その取り纏め役は初代様にあやかって大変正と呼ばれるようになりました。ですから初代様が万花京という名前をご存じないのも当然のことなのです」
「なるほどなるほど、俺がいなくなった後に付いた名前だったって訳か。道理で俺が知らない訳だ!」
食い違いが解消され、石蕗はまた愉快そうに笑い始めた。
「石蕗さん、万花郷を出て行ったあとはどうしてたんですか?」
「しばらくは旅みてぇなことしてたな。人間のフリして祓道師の集落に潜り込んでみたり、祟り神に喧嘩売ってみたりな。目に付いた面白そうなもんには全部首突っ込んだなぁ」
「石蕗さんアクティブですね~」
「そんなことをしばらく続けてたら流石に疲れてきてな。今度はどっか落ち着ける場所でのんびり過ごしたくなったんだ。それで作ったのがここって訳よ」
石蕗はビーチを自慢するように、得意気に両腕を広げた。
「万花郷は年中春みてぇな場所だったからな。今度は年中夏みてぇな場所を作ってみたって訳よ」
「ここ、全部石蕗さんが作ったんですか……」
メルは海の向こうの水平線に目を向ける。
この異空間が実際にどの程度の広さなのかメルには分からないが、それでもこの雄大な光景の全てを石蕗が生み出したと聞くと感服してしまう。
「にしても……ここを作ってから長いこと経つが、俺以外がここに入ってきたのはお前さん方が初めてだよ、メルの嬢ちゃんに待雪の嬢ちゃん」
「きょ、恐縮です……」
「あはは、なんで入れたのか分からないし、どうやって出たらいいのかも分からないんですけどね。あっそうだ、ここどうやったら出られるんですか!?」
石蕗と話し込んでいる内にすっかり失念していたが、メルは現在進行形で放送事故をやらかしているのだ。一刻も早くここを脱出しなければならない。
「何だ、もう行っちまうのか?ゆっくりしてきゃあいいのに」
「ごめんなさい、待たせちゃってる人が沢山いて……」
「なら仕方ねぇか。俺が元居た場所へ送り返してやるよ」
石蕗が右手を翳すと、少し離れた地面に直径2mほどの白いサークルが出現した。
「その輪を踏めば元居た場所に戻れるぞ」
「ありがとうございます!」
「ああメルの嬢ちゃん、ちょっと待ちな」
サークルに向かおうとしたメルの背中を、石蕗が呼び止める。
「どうしました?」
「メルの嬢ちゃん、お前さん祟り神だったろ?」
「えっ……」
石蕗の指摘にメルは驚いて言葉を失った。
「なんで分かったんですか!?」
「俺ぁこれでも長いこと生きてるからな。そんくらい見りゃ分かんのよ」
そう言ってけらけらと笑った石蕗が、不意に真剣な表情を見せる。
「単刀直入に言うが、お前さんの祟り神の力は無くなっちゃいない」
「えっ……」
「さっき紫色の炎を出したのがその証拠だ。嬢ちゃんの祟り神の力は消えたんじゃない、嬢ちゃんの中で今は眠ってるだけだ」
それはメルには信じ難い話だった。メルの祟り神としての力は失われたはずだと信じていたのだ。
しかし先程の紫色の炎。あれは紛れもなく祟り神の力だ。
「恐らくは嬢ちゃんが死んだその時に、祟り神の力は目を覚ます。そうなりゃ嬢ちゃんは祟り神に逆戻りだ」
「メルが死んだら、また祟り神に……?」
「ああ。それだけ覚えとけ」
「……はい……分かりました」
信じたくはない。しかし信じるに足る証拠は揃っている。
自分がどうするべきなのか分からず、メルの表情は曇っていく。
そんなメルを慰めるように、石蕗は優しい笑顔を向けた。
「もし困ったことがあったら相談に来い。困ったことが無くても、また遊びに来てくれや、嬢ちゃん」
「……はい、また」
メルもどうにか笑顔を形作り、石蕗に背中を向ける。
だが白いサークルを踏み、全身が強烈な浮遊感に襲われながらも、メルの心は憂鬱に支配されていた。
自分がまた祟り神になったらと思うと、気が重くて仕方が無かった。
『あ、配信復活した』『またやらかしたな~』『最近放送事故多くなぁい?』
「ほんっとにすみませんでした!!」
もっとも白仙樹海に戻った後は、配信が中断したことに関する視聴者達への謝罪に追われ、憂鬱になる暇も無かったのだが。
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