第33回桜庭メルの心霊スポット探訪:猪狩塚古墳 後編
「とりあえず、顔を上げてください探偵さん」
メルがそう促すまで、探偵は額を地面に擦り続けていた。
「メルの方からこんなこと聞くのも変ですけど……この免許が偽造とかは考えないんですか?」
実際この免許証は偽造でも何でもなく正真正銘本物だが、探偵がそれを疑って来ないのがメルには意外だった。
「いや……実を言うと、メルちゃんを最初に見た時に『あれっ、20年前の誘拐犯にしては若いな』って思ったんだ。20年前の誘拐犯なんて、今じゃアラフォーかそれより上の年代のはずだしね」
「それでもメルが大将くんを誘拐した犯人だと思ったんですか?」
「……年齢に比べて異様に見た目が若い人って、ほら、いるじゃん?」
「それはホントにそうです」
『力強い返事』『実感籠ってるなぁ』
御伽星憂依や御伽星枉依という実例を知っているメルとしては、外見年齢が10代や20代で実年齢が40代以上という人間の存在を否定しきれない。
「だからおかしいな~とは思いつつも、メルちゃんを誘拐犯だと断定して話を進めてしまいました……本当に申し訳ありませんでした!」
「分かってくれればいいんです。メルは優しいから許します」
『自分で自分のこと優しいって言うのどうなの』『信用できないタイプの人間』『でも実際メルって結構優しいよ』
「メルが誘拐犯じゃないって分かってもらえたなら、もう探偵さんがメルと戦う理由は無いですよね?」
「はい……」
「じゃあ紐解きますね~」
メルは探偵の背後に回り、両手を縛っているザイルを解いた。
「まだ頭痛いですか?」
「痛いけど、多分たんこぶができるくらいで済むんじゃないかな?私って結構頑丈だし」
「探偵さん強いですもんね~。やっぱり探偵さんって、強くないと務まらなかったりするんですか?危ない人と関わることもあるでしょうし」
「まあそうだね~。さっきもチラッと言ったけど、私は探偵とは名ばかりの何でも屋だから、戦闘の機会も結構多いよ。流石にメルちゃんくらい強い相手と当たったのは初めてだけどね」
「メルより強い人はそういないですからね~、ふふっ!」
『メルちゃんウキウキで草』『強いと言われるのが何よりも嬉しい心霊系ストリーマー』
「でも私の娘は私よりもっと強いんだよ」
「そう言えばお子さんがいるっておっしゃってましたね」
「血は繋がってないんだけどね」
雑談をしている内に、メルは探偵とかなり打ち解けてきた。
「そう言えば探偵さんって、最近は毎晩猪狩塚古墳にいるんですか?」
「そうだね、依頼を受けた次の日から毎日」
「実はメル、猪狩塚古墳で白い人影を見たって話を聞いて今日ここに来たんですけど……」
「あ~、じゃあそれ多分私のことだね」
今回の配信の主目的であった猪狩塚古墳の白い人影も、あっさり正体が判明してしまった。
「それにしても……大将くんのご両親はお気の毒ですよね。20年もお子さんが行方不明だなんて」
「そうなんだよね~……だから私もどうにか見つけてあげたいんだけど、今やってる方法も上手く行かないし……誘拐犯がSNSとかに疎くて動画を見る機会がないのか、それともそもそも大将くんは誘拐されたんじゃないのか……正直手詰まりかもなぁ」
「メルも何かお手伝いできればいいんですけど……メル、殺すのは得意なんですけど探すのは苦手なんですよね……」
『現代人とは思えない特技』『文明に逆行する女』『探偵の対義語みたいな存在』『大将くん見つかったらしいよ』『生まれる時代を間違えすぎてる女』『戦乱の時代に生まれてれば暗殺者とかが天職だったかもね』『戦乱の時代に生まれたメルは暗殺なんかしないで正面から敵軍皆殺しにするだろ』
「皆さんそこまで言わなくてもいいじゃないですか~……大将くん見つかったって言いました!?」
メルを揶揄う視聴者達のコメントに紛れて、とんでもない内容のコメントが書き込まれていた。
「えっ!?大将くん見つかったの!?」
「なんかそう言ってる視聴者さんがいて……すいません、それってどこの情報ですか?」
『今SNSでかなり話題になってるよ』『ネットニュースもいくつも出てる』『ほんとだ』『マジ?』『調べてみたけどガセじゃないっぽいな』
「ちょ、ちょっと待ってください!」
メルは撮影用とは別のスマホを取り出し、大慌てでSNSを開く。
「わっ、ホントだ、すごい話題になってます!」
「ちょっ、見せて見せて!」
探偵も横からメルのスマホを覗き込む。
メルはSNS上に拡散されているネットニュースの記事の中から、最も信憑性の高そうなものを選んで開いた。
「えっと……今日の午後、もしかしたら自分が成川大将かもしれないっていう男性から警察に電話がかかってきて、それでDNA鑑定を行った結果、成川大将さん本人だってことが明らかになったんですって!」
「本当!?すごい、よかった!でも20年間もどこに行ってたの!?」
「それも記事に書いてあるみたいです。ちょっと待ってくださいね……」
メルはネットニュースページをスクロールし、記事の詳細を読み上げる。
「成川大将さん本人の話によると、大将さんは20年前、猪狩塚古墳で両親が目を離した隙に人身売買組織に誘拐された……人身売買組織!?」
「人身売買組織!?」
『人身売買組織!?』『こりゃまた強いワードが出てきたな……』
「誘拐された大将くんはそのまま船で海外に運ばれて、そこから人身売買組織のアジトに連れて行かれそうになったところ、乗っていた車が事故を起こしちゃったんですって。この事故で亡くなった方はいなかったんですけど、車を運転してた人身売買組織の男は駆け付けた警察にそのまま逮捕されたそうです」
『そりゃそう』『当然』
「その後他の組織のメンバーも芋づる式に逮捕されて、事故からたった3日で人身売買組織は壊滅。大将さんを始めとする、組織に誘拐されていた子供達は全員警察に保護されて、そのほとんどが無事親元に返された。でも大将さんは事故のショックで記憶喪失になってて、身元が分からなかったせいで日本に帰って来れなかったんですって」
『大将さん可哀想』『すごく壮絶な人生』
「それで、大将さんが入院してた病院にたまたま日本人のお医者さんがいて、その人が大将さんの身柄を引き取ってくれたそうです」
『めっちゃいいお医者さんじゃん』『医者の鑑』『というか人間の鑑』
「大将さんはその日本人のお医者さんに育ててもらって、大将さん自身も今はお医者さんとして活動されているそうです」
『すげぇいい話』『映画みたい』
「ただ、人身売買組織に誘拐される前の大将さんの記憶は、つい最近まで思い出せなかったんですって。そんな大将さんの記憶が戻った切っ掛けは、SNSで拡散されていた、大将さんの失踪事件についてまとめた動画……これ、探偵さんが拡散した動画ですよ!」
「ほ、本当だ……」
記事に載っていたその動画は、探偵が誘拐犯を誘き出すためにSNS上に拡散した動画そのものだった。
「この動画を見た大将さんは全ての記憶を思い出し、急いで日本に帰国。DNA検査の結果成川大将さん本人と確認され、大将さんは20年振りに両親との再会を果たした……すごいじゃないですか探偵さん!探偵さんが作った動画のおかげで、大将さんご両親と再会できたんですよ!」
「よがっだ……よがっだよぉぉぉ……!!」
「うわすっごく泣いてる!?」
頬を伝った涙が顎からびちゃびちゃと滝のように流れ落ちるほど、探偵は盛大に嬉し泣きをしていた。
「わだじのやっだごどはぁぁぁ……無駄じゃながっだんだぁぁぁ……!」
「よかったですね、よく頑張りましたね探偵さん」
干乾びてしまうのではないかと思うほど号泣している探偵の背中を、優しく撫でるメル。
仮面を着けたままこんなに泣いたら自分の涙で溺れてしまうのではないかと、メルは少し心配になった。
「あれ、探偵さんスマホ鳴ってますよ」
「ほんどうだ……」
探偵がコートのポケットから、着信音が鳴り響くスマホを取り出す。
「成川さんからだ……!」
探偵の言う成川とはつまり、成川大将の捜索を依頼してきた両親ということだ。
「ごめん、出てもいいかな……?」
「もちろんもちろん!どうぞ!」
メルに断りを入れ、探偵が電話に出る。
「もしもし……はい……はい……私も今、ネットニュースで知って……はい、本当によかったです……いえいえそんな、私なんて大したことはできなくて……いえいえ……はい、はい、それでは……」
どうやら20年振りに息子と再会することができた両親からの、喜びと感謝の電話だったようだ。
「ほんどによがっだぁぁぁぁぁ……!!」
「よ~しよし、思う存分泣いていいですからね~……」
またしても号泣し始めた探偵を、メルは幼い子をあやすようにして撫でている。
『めっちゃ仲良くなってるじゃん……』『ついさっきブレーンバスターかけた側とかけられた側とは思えない仲の良さ』
10分ほどメルが背中を撫で続けると、探偵もようやく泣き止み始めた。涙に回せるだけの水分がなくなったのかもしれない。
「あ、あはは……ごめんねメルちゃん、初対面の年下の女の子にみっともないとこ見せちゃった……」
「いいんですよ、嬉し泣きなんてみっともないくらいがちょうどいいんですから」
「そうかな?……そうかも、ふふっ」
探偵はハンカチを取り出すと、仮面を僅かにずらしてその隙間から涙を拭いた。
「ふぅ……今日は本当にごめんね、メルちゃん。勘違いで銃撃ったり、いきなり泣き出したり、色々迷惑かけちゃって」
「いえいえ。探偵さんが喜んでるのを見て、メルもなんだか幸せな気分になっちゃいました。視聴者の皆さんもそうですよね?」
『まあね』『否定はしない』『大団円みたいな気分ではある』
視聴者達に感想を聞くと、概ね好意的なコメントが多かった。
「あっ、そうだ。メルちゃんにはお礼もお詫びもしたいから、もし何か困ったことがあったら是非私の探偵事務所に連絡して?メルちゃんだったら依頼料は要らないから」
探偵はそう言ってポケットから名刺入れを取り出し、中の名刺を1枚メルに手渡した。
メルが受け取ったその名刺には、「桜庭探偵事務所 所長 桜庭天莉愛」と簡潔に記されている。
「探偵さんも桜庭さんって言うんですね?」
「実はそうなの。だからメルちゃんのこともいきなり下の名前で呼んじゃった」
「これ、下のお名前はなんて読むんですか?てん……りあ、さん?」
「あはは、難しいよね~この名前。一発で読めた人1人もいないんだ~。それね、アメリアって読むの」
「へ~、じゃあ桜庭アメリアさんなんですね」
「そうそう。じゃあ私、報告書作ったりとかの事務作業をしなきゃだから、そろそろ帰るね。もし何かあったら、いつでもその名刺に書いてある番号に連絡してね」
「あっ、はい。またお会いしましょ」
「うん、またね」
探偵改め天莉愛は、爽やかにメルに別れの挨拶を告げると、人間離れした速度で古墳から走り去っていった。
「面白い人でしたね~、天莉愛さん……ん?」
ニコニコと天莉愛の背中を見送ったメルだが、天莉愛が見えなくなった辺りでふと首を傾げた。
「天莉愛……桜庭、アメリア……?どこかで聞いたような……」
桜庭天莉愛という名前に対して、メルはデジャヴのような感覚に襲われ始めていた。
「何だろう……皆さん分かります?」
『確かに聞いたことある気がするな』『メルの配信で聞いた覚えがある』『あれじゃない?あのメルを娘だって勘違いしてたおじさんの時』『何だっけ、マガイとかいう人?』
「……ああ~!!」
視聴者からのコメントによって、メルは既視感の正体を思い出した。
以前の配信でメルが対峙した怪異使い、御伽星枉依・マルゾビア。
彼の研究施設を12年前に襲撃し、彼が娘のように溺愛していた怪異を連れ去った人物が、桜庭アメリアという名前だった。
「えっ、じゃああの天莉愛さんが、12年前に枉依さんをコテンパンにしたアメリアさんってことですか!?」
『そうなんじゃない?』『よくいるような名前でもないしな』『てか本人に聞いてみればいいじゃん』『連絡先教えてもらったんだし』
「確かにそうですね。大将さんの件が落ち着いた頃を見計らって連絡してみます。あとそろそろ配信終わります」
『どうした急に』
「だってもうやること無いですもん」
猪狩塚古墳で目撃された幽霊の正体は判明し、更には20年前の失踪事件まで解決した。メルの言う通り、これ以上配信でやれることはもう何もない。
「皆さん今日の配信はいかがだったでしょうか?メルは天莉愛さんと知り合えたり、成川大将さんが見つかったニュースで幸せな気持ちになれたり、かなり楽しい配信だったんですけど」
『今日も面白かった~』『なんかいい気分で寝れそう』『メルちゃん今日も可愛かった!!』
「視聴者の皆さんもなんとな~く幸せな気持ちになってくれてたら嬉しいです!それじゃあまた次回の配信でお会いしましょう、バイバ~イ!」
『ばいばい』『バイバ~イ』『おやすみ~』
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次回は明日更新します




