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第32回桜庭メルの心霊スポット探訪:三途川 後編

 「メルが作った包丁……?」

 「覚えているかしら?」

 「覚えてますよ。魅影さんが上手いこと言ってメルから取り上げて、そのままメルを殺すのに使った包丁ですよね?」

 「嫌な覚え方をしているわね……」


 メルが禍津神と戦ったのは、まだついこの間のことだ。その時にメルが祟り神の能力で作り出し、禍津神に止めを刺した包丁を、メルは当然覚えている。


 「あれがどうかしたんですか?」

 「あの包丁は、現在常夜見家で預かっているの。常夜見家の施設で色々と検査をして、それで問題が無ければ桜庭さんに返却するつもりだったのだけれど……」

 「けれど?」

 「……禍津神の反霊力を宿したあの包丁は危険すぎるわ。穢術の使い手が制御しなければ、たちまち反霊力が暴走してしまうの」


 魅影は申し訳なさそうに眉を顰めた。


 「そういうことだから、桜庭さんに包丁を返却するのは、まだまだ先になりそうなのよ」

 「なるほど……いいですよ、別に。包丁が無くても、今は待雪さんがメルの武器になってくれますから。いつもありがとうございます、待雪さん」


 メルが感謝を伝えながら待雪の峰を撫でると、刀身が嬉しそうにぶるりと震えた。


 「逆にメルの包丁が常夜見家の人達に迷惑かけちゃってごめんなさい」

 「桜庭さんが気にすることはないのよ。でも、そう言ってもらえると助かるわ」


 平和に話が終わったところで、メルと魅影はようやくこの異空間の探索へと乗り出す。


 「それにしても……」

 「なっ、何ですか?」


 魅影がジロジロと無遠慮にメルの体に視線を向ける。


 「……刀だけを持った全裸の女って、相当に頭がおかしいわよね」

 「何ですかいきなり!?魅影さんだって裸のくせに!」

 「私は全裸なだけだけれど、あなたは全裸に刀だけ持っているんだもの。頭のおかしさが段違いよ」

 「メルだって好きで裸になったんじゃないのに!?」


 くだらない言い合いをしながら、メルも魅影も注意深く異空間を観察している。


 「魅影さん、この塔って崩したらどうなると思います?」


 メルは異空間内に無数に存在する石の塔の内、最も手近なものを指差す。

 その石の塔はメルが異空間に入るために崩したものとほぼ同一の見た目で、少し触れただけでも簡単に崩れてしまいそうだった。


 「興味深いわね。崩してみましょうか」

 「えいっ」


 魅影から同意を得るのと同時に、メルは石の塔を軽く小突いて崩す。


 「グオオオッ!!」


 するとどこからともなく叫び声が聞こえ、同時に筋骨隆々で黒い皮膚を持つ人型の怪物が現れた。


 「ひゃっ、鬼……?」

 「鬼のような雰囲気はあるわね」


 怪物はメル達の方へと向かって、石の塔を蹴散らしながら突進してくる。


 「桜庭さん」

 「任されましたっ!」


 メルは1歩前に踏み込み、迫り来る怪物へと待雪を振り下ろす。

 目にも留まらぬ速さで振り下ろされた待雪の刃は、怪物の脳天から股下までを真っ二つに両断した。


 「結構柔らかいですよ、この怪物」

 「そう感じるのはあなただけだと思うわよ」


 メルが両断した怪物が、灰のようになって消えていく。


 「グオオオッ!!」


 しかし怪物を返り討ちにしたのも束の間、またしてもどこからともなく怪物の雄叫びが聞こえてくる。

 しかも今度は複数だ。


 「魅影さん、これって……」

 「ええ、どうやら石の塔を倒すと怪物が現れるようね。塔1つにつき怪物が1体、といったところかしら」


 姿を現した怪物達は、やはり石の塔を蹴散らしながらメル達へと向かってくる。


 「塔を倒すと怪物が現れ、現れた怪物が塔を蹴散らすことでまた新たな怪物を呼び寄せる……よくできた悪循環だわ」

 「1つでも塔を崩しちゃったらおしまいってことですね~」

 「そうね。相手が私達でなければ、の話だけれど」

 「てやっ!」


 メルが待雪を一閃すると、近くにいた怪物達3体の首が纏めて刎ね飛ばされた。


 「メルだけじゃなくて、魅影さんもちゃんと戦ってくださいよ?」

 「分かっているわよ」


 魅影は祈るように両手を組み合わせる。


 「星よ紅く澱み給え」


 穢術のために必要な呪文を呟き、魅影が組み合わせた手をゆっくり離すと、手と手の間にバチバチと反霊力が迸った。


 「ねぇ桜庭さん。折角だからこの辺りの塔を全部崩して、怪物を纏めて倒してしまわない?」

 「あっ、それいいですね!やりましょやりましょ」

 「決まりね。『雷珠累』!」


 魅影は32個の反霊力の球体を生成し、それらを全方位へと無差別に射出する。

 反霊力の球体の一部は怪物達の肉体の一部を削り取り、また一部は石の塔を消滅させた。


 「グオオオオッ!!」


 崩した石の塔と同じ数だけ、怪物がメル達の下へと殺到する。


 「てやああっ!!」


 しかし怪物達はメルの間合いに入った瞬間、荒れ狂う刃によってギタギタに切り刻まれてしまう。


 「刀を使う練習になっていいですね、これ。血が出ないから汚れませんし」


 怪物は斬られたら灰のようになって消えるのみで、血が噴き出すようなことは無い。返り血を浴びることなく存分に刀を振るうことができて、メルはとても上機嫌だった。


 「桜庭さん。私が遠方の塔を穢術で崩すから、怪物の処理は任せていいかしら?」

 「それいいですね、役割分担しましょ」


 比較的近くにある塔を全て倒し終わったところで、遠距離攻撃が可能な魅影は、遠くの塔の破壊に専念し始めた。


 「塔を崩すだけなら穢術よりもこちらの方がいいかしらね……『礫火天狗』!」

 「えっ、魅影さん祓道使えるんですか!?」

 「あら、言ってなかったかしら?」


 魅影が人差し指と小指だけを立てた右腕を掲げると、上空に超高密度の巨大な炎の塊が出現する。

 炎の塊は花火のように炸裂すると、無数の火の玉へと分裂して視界内の全ての範囲に振り注ぐ。


 「う~わ~……やっぱり災害じみてますね、『礫火天狗』」

 「正直使いづらいのよね、『礫火天狗』。攻撃範囲が広すぎて、単身で軍勢を相手取る時くらいにしか性能を十全に発揮できないもの。だから『天梯』や『赫威』のような、一対一でも真価を発揮できるような派生が作られたのよ」


 魅影が『礫火天狗』の歴史を語っている間に、周囲の炎が消失する。

 広範囲に撒き散らされた炎によって、見える範囲にあった石の塔はその全てが倒壊していた。


 「グオオオオオオオッ!!」


 そして倒した石の塔と同じ数、数百もの怪物の大群が、メル達へと押し寄せてきた。

 怪物達の咆哮によって空間がビリビリと震え、メルは反射的に耳を塞いだ。


 「……これ、魅影さんがもう1回『礫火天狗』撃てば終わるんじゃないですか?」


 魅影が遠距離攻撃で塔を崩し、現れた怪物をメルが倒す、という役割分担のつもりだったが、魅影が『礫火天狗』を使えると判明したことで分担の意義が薄れてしまった。


 「あら。桜庭さんさえよければ、私はそうしてもいいわよ?」

 「……もうちょっと刀の練習したいから半分分けてください」

 「ふふっ。ええ、いいわよ」

 「やったぁ」


 メルが待雪を振り被って怪物達へと突撃していく。

 軍勢の中へと飛び込んでいったメルの姿が、怪物達の黒い体に隠されて外からは見えなくなる。


 「てやあああっ!!」


 かと思うと、まるで竜巻に巻き上げられるように怪物達の肉片が宙に舞った。

 怪物の軍勢の中で、メルが嵐のように待雪を振り回しているのだ。


 「相変わらず無茶苦茶ね」


 メルの暴れっぷりに苦笑しつつ、魅影もまた怪物の軍勢と向かい合う。


 「さて、私も桜庭さんのように剣を使ってみようかしら」


 そう呟いた魅影の右手の中に、炎の塊が出現する。


 「『礫火天狗・赫威』」


 魅影が炎を握り潰すと、それは万物を焼き払う灼熱の剣と化した。


 「ふっ」


 軽い呼気と共に振るわれた灼熱の剣は、無謀にも魅影に突撃してきた怪物を10体以上纏めて蒸発させた。


 「さあ、手加減してあげるからかかっていらっしゃい」


 そこからの戦いはあまりにも一方的だった。

 方や切り刻まれた肉片が無数に宙を舞い、方や10体単位で怪物が次々と蒸発していく。

 数百倍もの数の有利があったはずの怪物達は、メル達に指1本触れることすらできないままに蹂躙されていった。


 「これで最後、っと」


 最後になった怪物の体をミンチへと変え、メルはようやく待雪を振るう手を止める。


 「お疲れ様、桜庭さん」


 メルより少し先に怪物の殲滅を終えていた魅影が、メルにねぎらいの言葉を掛ける。


 「いい運動になりましたね~」

 「そうね。いい具合に体が温まったわ」


 大虐殺の後とは思えない和やかな会話を交わすメルと魅影。


 「……それで、結局ここはどうすれば出られるんでしょう?」


 ここでふと我に返ったようにメルが呟く。

 現状この異空間について判明していることは、点在する石の塔を崩すと怪物に襲われるということだけだ。

 そして見える範囲の石の塔を全て崩してしまった今、何も分かっていないのと同じ状態と言っても過言ではない。


 「それなのだけれど、ここから脱出する方法については目途が立ったわ」

 「ホントですか!?いつの間に……?」

 「まあ、最初からその方法自体は頭にあったのだけれど。とりあえず、まずはこの異空間の性質について、推測ではあるけれど話しましょうか」


 魅影は人差し指をピンと伸ばし、教師のような語り口で話し始める。


 「この異空間は恐らく、常夜見家では『捕食性異空間』と呼ばれている種類のものよ」

 「ほしょくせー……いくうかん?」

 「まあ、用語は別に気にしなくていいわ。要はこの異空間は人間を誘い込んで、中に入った人間を捕食してしまうのよ。生態としては食虫植物に近いかしら」

 「じゃあメル達、このままここにいたら食べられちゃうってことですか?」

 「現状ではその可能性は低いわ。人間を捕食するとは言っても、異空間の捕食行動は一般的な生物のそれとは大きく異なるの。この手の捕食性異空間には大抵怪異のような敵対的存在がいて、その敵対的存在に殺されると異空間に食べられてしまうの」

 「それって……」

 「ええ。この異空間においては、私と桜庭さんで掃討したあの黒い怪物が、異空間の捕食行動を担う敵対的存在であった可能性が非常に高いわ」

 「あ~……じゃあメル達食べられないですね」


 少なくともメル達が今いる場所の周囲では、もう怪物が現れることは無い。魅影が言っていた通り、現時点でメル達が捕食されてしまう可能性は低いだろう。


 「とりあえず今のメル達は割と安全ってことは分かりましたけど、結局ここから脱出するにはどうしたらいいんですか?」

 「桜庭さん。もし食べ物が口の中で暴れ回ったり、口の中を攻撃してきたりしたら、あなたならどうする?」

 「えっ?多分……吐き出すと思いますけど」

 「そうね、私もそうすると思うわ。そしてそれは捕食性異空間も同じなのよ」


 魅影が悪戯っぽい笑顔を浮かべる。


 「内部の人間から看過できないほどの攻撃を加えられた場合、捕食性異空間は内部の人間を吐き出そうとするわ。そして異空間から吐き出された人間は、元の現実世界へと帰還することができる」

 「つまり異空間そのものを攻撃すればいいってことですか?」

 「その通りよ」

 「……なんかメル、前からそういう事やってた気がします」

 「そうね。桜庭さんが異空間から脱出する時は、大抵異空間そのものを破壊して脱出していたわね」


 魅影が長い前置きと共に語った異空間からの脱出方法は、結局メルも感覚的に知っていた方法だった。


 「魅影さんそれが分かってたのに、なんで最初からその方法で脱出しようとしなかったんですか?」

 「この方法は言うなれば力尽くの裏技だもの。正規の脱出方法が見つかるのならそちらで脱出したかったのよ、その方が後学のためにもなるもの。けれど今回はもういいわ」

 「ちゃんとした脱出方法探すのが面倒になっちゃったんですか?」

 「繕わずに言うとそうなるわね」


 魅影は割と正直者だった。


 「穢術を使って攻撃すれば、私達を吐き出させるのも難しくないと思うわ。という訳で、さっさと脱出してしまいましょうか」

 「ちょ、ちょっと待ってください!」


 早速異空間に対して攻撃を加えようとした魅影を、メルが慌てて制止する。


 「どうかした?桜庭さん」

 「あの、元の世界に帰るのはいいんですけど……帰る時に、服とかって戻ってきますか?」


 メルの懸念点はそこだった。

 今は魅影と待雪しかいないため全裸でも大して恥ずかしくはないが、流石に全裸のまま現実世界へ帰還するのは躊躇われた。


 「さあ、どうかしらね?」


 メルの質問に魅影は首を傾げる。


 「私も異空間に入る時に服を脱がされたのは初めてだから、異空間を出る時に服がどうなるかは分からないわ。戻ってくるかもしれないし、戻ってこないかもしれない」

 「じゃあ裸のまま河川敷に放り出される可能性もあるってことですか!?」

 「放り出されるのが三途川の河川敷とは限らないわよ、異空間の入口と出口が全く別の場所ということも珍しくないもの。大都会のスクランブル交差点のど真ん中に裸で放り出される可能性だってあるわ」

 「余計にイヤなんですけど!?」


 都会のスクランブル交差点に全裸で放り出される自分の姿を想像し、メルは身震いした。


 「でもどうするの?裸で放り出される可能性があるからと言って、このまま死ぬまでこの異空間から出ない訳にも行かないでしょう?」

 「それは~、そうですけど……う~……」


 この異空間で一生を終えるという選択肢は有り得ない。さりとて全裸スクランブル交差点はあまりにも恐ろしい。


 「…………止めてごめんなさい、やってください魅影さん」


 長考と葛藤の末に、メルは全裸スクランブル交差点のリスクを受け入れた。


 「それじゃあ、始めさせてもらうわよ」


 魅影が両手を組み合わせ、斜め下の地面に向かって突き出す。


 「『神解雷螺』!!」


 魅影の両手から放たれた反霊力のビームが、異空間の地面を深く貫く。

 その瞬間、悲鳴のような不気味な音が、異空間中に大音量で鳴り響いた。


 「ひゃっ!?うるさっ!?」

 「異空間の悲鳴かしらね、っと……?」


 不気味な音の直後、メルと魅影は激しい眩暈に襲われた。

 その眩暈は異空間に入る前に感じたものとほぼ同一だ。

 視界がひっくり返るほどの強い眩暈に、メルの意識は一瞬途切れ……


 「はっ!?」


 気が付くとメルは、元居た三途川の河川敷に立っていた。

 河川敷の風景を認識した瞬間、メルは真っ先に自分の体を見下ろした。


 「ああよかった……」


 メルの体はいつも通りのピンクのブラウスと黒のスカートに覆い隠されていた。


 「よかったわね、全裸スクランブル交差点にならなくて」

 「魅影さん」


 魅影もメルと同じように、きちんと服を着た状態で河川敷に帰還していた。


 「ところで待雪さんは無事に戻ってこられたのかしら?姿が見えないようだけれど……」

 「待雪さんならいますよ?待雪さんちょっと抱っこしていいですか?」

 「勿論です、桜庭様」


 メルは足元にいた待雪の小さな体を抱き上げる。


 「ほら、ここに」

 「ああ、そう言えば待雪さんの本来の姿は認識できないのだったわね。今更だけれど、怪異使いにも認識できないなんて、相当な隠蔽能力だわ」

 「ね~、魅影さんにも見えないのはちょっと意外でした」


 メルは漠然と、魅影であれば待雪の本来の姿を認識できるものだと思っていた。しかし待雪の本来の姿の隠蔽能力は、怪異使いにも有効らしい。


 「ところで魅影さん待雪さん。メルのスマホ見ませんでした?どこか行っちゃったみたいで……」

 「それでしたらあちらに」


 メルの腕の中で、待雪が近くの茂みを前脚で示す。

 メルが待雪を下ろしてその茂みを覗き込むと、確かにそこにはメルのスマホが落ちていた。


 「あった!待雪さんありがとうございます~!」


 お礼を言いながらスマホを拾い上げると、何故だかスマホは電源が切れてしまっていた。


 「ああ~……これ完っ全に配信が急に終わっちゃってるパターンのやつですね~……謝罪動画制作確定のパターンのやつですね~……」

 「大変そうね、桜庭さん」


 肩を落とすメルを、他人事のように眺める魅影。


 「魅影さぁん……」


 高みの見物を決め込もうとする魅影に、メルがするすると擦り寄っていく。


 「……今から謝罪動画の素材撮影したいので、手伝ってくれませんか?」

 「えっ、今から!?今夜中の3時過ぎよ!?」

 「善は急げってことで~……ダメですか?」


 上目遣いで魅影を窺うメル。潤んだ瞳はさながら捨てられた子犬のようだ。


 「はぁ……分かったわよ」


 メルの泣き落としが功を奏し、魅影は渋々ながら首を縦に振った。


 「やった!泣き落としやるの初めてですけど案外できるものですね!」

 「自分から泣き落としって言うの止めなさい腹立つわね」

 「それじゃあ配信が途切れた後に何があったかを再現する動画を作りたいので、異空間であったことをもう1回演技してください。あっ、服は脱がなくてもいいですよ」

 「言われなくても脱がないわよ。そこまでサービスする謂れは無いわ」


 真夜中に突発的に始まった謝罪動画の撮影は、当然の如く朝までかかった。

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ありがとうございます

次回は明日更新します

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