第31回桜庭メルの心霊スポット探訪:旧七曲病院 後編
「星よ紅く澱み給え……!」
枉依が穢術を発動し、バチバチと全身から反霊力が迸る。
更に枉依が舌を出すとそこに幾何学的な紫色の紋様が浮かび上がり、同時に研究施設の床にも同じデザインの大きな紋様が出現した。
「来い!『グロスカッツェ』!!」
枉依の呼び掛けに応じて床の紋様から姿を現したのは、肩までの高さが2mを超える巨大な黒猫だった。
「フシャアアアアアッ!!」
黒猫は枉依を守るようにメルと煌羅の前に立ち塞がり、牙を剥き出しにして威嚇する。
「お~……流石になかなか強そうですね……」
黒猫はメルでも威圧感を覚える程度には力のある怪異のようだった。
「これはちょっと、時間かかりそうかも……」
メルは呪いの包丁を失ったことで、攻撃力が大幅に低下している。
祟り神すら一撃で葬ることが可能だった呪いの包丁に対し、待雪が変身した刀は優れた武器ではあれど刀以上の攻撃力を持たない。
目の前の黒猫のような巨大な怪異が相手では、勝てるにせよ時間がかかってしまう。
「さあグロスカッツェ、お前の大好物の若い女の肉だ!しかも今日は2人分もある!さあ、思う存分腹を満たすがいい!」
「シャアアアアッ!!」
枉依がそう唆すと、黒猫は興奮した様子で全身の毛を逆立てた。
「……メルちゃん、あの猫ちゃんは私に任せて」
煌羅が黒猫に向かって1歩前に進み出る。それを見た枉依は嘲るように口角を上げた。
「ほう?幾世守家の祓道師、お前如きにグロスカッツェの相手が務まるとでも?」
「うん。私猫ちゃん好きだし、それに……とっておきの必殺技もあるから」
煌羅はメルを振り返り、少し気恥ずかしそうな笑みを浮かべる。
「メルちゃん、少し恥ずかしいけど……私のこと見ててね?」
「は、はい」
煌羅が何をするつもりなのか、何を恥ずかしがっているのか、メルは予想が付かずに困惑する。
メルが見守る前で、煌羅は左手でネックレスのペンダントトップを握った。
「……祓器送還」
煌羅が不思議な響きを孕んだ声で呟くと同時に、右手にある『亀骨』が白い光となって消えていく。
「……貴様、どういうつもりだ?」
それを見た枉依は、不愉快そうに顔を顰める。
「戦いを前にして祓器を送還するなど……まさか、祓器無しでグロスカッツェに勝てるとでも思っているのか?」
「ううん、違うよ」
枉依の問い掛けに、煌羅は首を横に振り、それから静かに目を閉じた。
「とっておきの必殺技って言っても、実はまだあんまり使いこなせてないんだ。だから……祓器があると、やり過ぎちゃうかもしれないから」
1度深呼吸をした煌羅が瞼を開くと、水色の瞳が強い光を放った。
「――『鹿銕天狗』!」
瞬間、煌羅が纏う雰囲気が一変した。側で見ていたメルは、煌羅が人間ではない手の届かない存在へと変化してしまったような錯覚を覚えた。
そして同時に煌羅のハーフアップに纏められた白い髪が、神秘的な淡い光を放つ水色に染まった。
「綺麗……」
水色へと変化した煌羅の髪に、メルは思わずそう呟く。
「あはは……これがちょっと恥ずかしいんだよね……」
煌羅は照れ笑いを浮かべながら、水色の毛先を指で弄んだ。
「貴様……なんだその祓道は……!?」
煌羅の「とっておきの必殺技」は、どうやら枉依にとっても未知のものであったらしい。煌羅が放つ神秘的な気配に、枉依は慄いている様子だった。
「『鹿銕天狗』……『鬨』や『益荒』よりももっと上の身体能力強化祓道。私も最近までこんなのがあるなんて知らなかったんだけど……」
煌羅はまだ気恥ずかしそうにしながらも、枉依に向かって不敵な笑みを見せる。
「今の私は……もしかしたら、メルちゃんよりも強いかもよ?」
瞬間、メルの視界から煌羅が消失した。
「ギニャアアッ!?」
それとほぼ同時に黒猫が悲鳴と共に吹き飛び、研究施設の壁にめり込んだ。
「はっ……や……!?」
煌羅が黒猫との距離を詰め、黒猫の巨体を殴り飛ばす。その一連の動きを、メルはほとんど目で捉えることができなかった。
それはつまり今の煌羅の移動速度が、メルの動体視力を上回っているということだ。
「メルちゃん、こっちは私に任せて!」
煌羅はメルにそう言いながら、黒猫の顎を鋭いアッパーカットでかち上げる。
またしても悲鳴を上げながら吹き飛ばされた黒猫は、そのまま天井に脳天から激突した。
「分かりました、お願いします煌羅さん!」
メルは黒猫の相手を煌羅に一任し、枉依と向かい合った。
「チッ!忌々しい祓道師め……まあいい、冥依の紛い物を始末した後で、あの祓道師も私の手で殺せば済むことだ」
「さっきから紛い物紛い物って……ホンットに失礼な人ですね」
メルは額に青筋を浮かべながら、待雪の切っ先を枉依に突き付ける。
「メルからすれば、紛い物は冥依さんの方なんですけど?」
「っ、貴様ああああっ!!」
メルの挑発に、枉依は面白いほどあっさりと乗せられた。
怒り猛る枉依の周囲に、反霊力でできた8つの球体が浮かび上がる。
「『雷珠累』!!」
枉依が反霊力の球体を全てメルへとけしかける。
「叩き落とす……のはマズいですよね」
反霊力はこの世界に存在する森羅万象のほぼ全てを消滅させる。
『雷珠累』を待雪で迎撃すれば、逆に待雪の方が消滅してしまうだろう。
「よっ、とっ」
メルは華麗なステップで、8つの球体全てを回避する。
「おのれちょこまかと……!」
「メルがちょこまかっていうか~……」
メルの姿が一瞬にして掻き消え、次の瞬間枉依の背後に現れた。
「あなたが遅いんですよ!」
「何っ!?く……」
メルが振り下ろした待雪の刃を、枉依は咄嗟に左腕で受け止める。
「ぐあああっ!?」
峰の方を振り下ろしたために枉依の右腕が斬り飛ばされるようなことは無かったが、その代わりにメルの手には枉依の骨が砕ける感触が伝わってきた。
「あ~あ、折れちゃった」
『お前が折ったんだろ』『お人形遊びしてる女児じゃねぇんだぞ』『サイコパス過ぎる』
自分でやっておきながら他人事のように呟き、メルはそのまま枉依の腹を蹴り飛ばす。
「があああっ!?」
枉依は水切りのように床を何度も跳ねながら転がっていった。
「……なんか」
激痛に悶えながらどうにか立ち上がろうとする枉依を見て、拍子抜けしたようにメルは呟く。
「魅影さんとか憂依さんとかと比べると……あんまり強くないですね」
『酷いこと言うなぁ』『折れちゃったって言ってみたり強くないって言ってみたり』『喜寿の人に冷たすぎる』
「ぐぎっ、き、貴様ぁ……!」
メルの歯に衣着せぬ物言いに、枉依は憎々しげに唇を噛んだ。
「これでも普通の怪異使いの中では強い方だよ、メルちゃん」
いつの間にか隣にやって来た煌羅が、苦笑しながらメルに告げる。
「怪異使いって言うのは、常夜見家の征伐衆みたいな戦闘職種でも、怪異を戦わせて自分は安全圏にいるのが基本なの。穢術とかエルドリッチ・エマージェンスとかはあくまでも護身術みたいなものって感じ」
「そうだったんですか?」
「そうそう。怪異無しで祟り神より強い常夜見魅影の方がおかしいんだよ」
煌羅はそう言い残し、また黒猫との戦いへと戻っていった。
「よかったです、枉依さんが魅影さんほど強くなくて。今のメルはちょっとあんなのとは戦えないですから」
『ミカゲさんあんなの呼ばわりで草』『でもメルって前はミカゲさんに勝ってたじゃん』『今のメルってそんな弱くなってるの?』
「結構弱くなってますよ~、ホントに」
メルの弱体化の原因は、やはり呪いの包丁を失ってしまったことだ。正確に言えば呪いの包丁そのものではなく、包丁に付随していた紫色の炎を使えなくなってしまったことが非常に大きい。
紫色の炎は非常に強力で、かつ攻撃だけでなく防御にも利用できる優れた力だった。紫色の炎を用いれば、反霊力すら防ぐことができたのだ。
そしてメルにとっては、紫色の炎の攻撃力よりも防御力を失った方が痛手だった。紫色の炎の無いメルは、怪異による攻撃を防ぐ手立てをほとんど持たない。
「でも……弱くなった今のメルでも、あなたには負けませんよ、枉依さん」
メルの挑発は、枉依の怒りをより一層増大させた。
「紛い物風情がぁ……!」
血走った目でメルを睨み付け、骨の砕けた左腕を庇いながら立ち上がる枉依。
「……その紛い物っていうの、いい加減ムカムカしてきたんですけど」
メルの方も笑顔を消し、剣呑な目付きで枉依を見据える。
「いい年して他人に紛い物とか言っちゃうような失礼なおじさんには、お仕置きが必要ですよね?」
「ほざけ!『雷珠累』ぇ!!」
枉依が再び8つの反霊力の球体をメルへと飛ばす。
メルは『雷珠累』をひらりひらりと躱しながら、密かに取り出した龍石を指で弾いた。
「ぐああっ!?」
龍石はライフル弾のような速度で枉依の右肩を貫通し、派手に血飛沫が上がる。
これで枉依はどちらの腕も使えなくなった。
「さあ、お仕置きの時間ですよ」
メルが枉依へと駆ける。
左腕と右肩の痛みで動くこともできない枉依へと目掛けて、メルはトンと地面を蹴って跳躍した。
「てやああっ!!」
メルの華麗なる飛び蹴りが、枉依の顔面に直撃する。
ぐしゃり、と。メルの右足が枉依の鼻っ柱をぐしゃぐしゃに踏み潰した。
「が、っ……」
悲鳴すら無く枉依が吹き飛ぶと、噴き出した鼻血が彗星のように尾を引いた。
壁に衝突した枉依はそのまま床にずるずると倒れ込み、それ以降微動だにしなかった。
『……死んだんじゃね?』『死んだでしょあれ』『血がすごいけど』
「死んではないと思いますよ。ちょっとだけおバカさんになってるかもしれませんけど」
『それはそれでヤバいじゃん』『脳に深刻なダメージが行ってる……』
一息吐いたメルが煌羅の方に視線を向けると、煌羅と黒猫との戦いにも決着がついていた。
傷1つ無い煌羅の向こう側で、ズタボロになった黒猫の肉体が崩壊し始めている。
「メルちゃん!勝ったよ~!」
無事に勝利を収めた煌羅が、満面の笑みでメルの下へと駆け寄ってくる。
「流石煌羅さんですね」
「えへへ、ありがと!」
「ところで髪の色、まだそのままなんですね」
メルが指摘した通り、煌羅の髪の色は未だに神秘的な水色のままだった。
「あ~……『鹿銕天狗』使うとね、しばらく髪の色戻らないんだ。恥ずかしいからちょっとイヤなんだけどね」
「恥ずかしがることないですよ、その髪色もよく似合ってて可愛いです」
『そうだよ』『似合ってる』『神秘的な感じで好き』
「ほら、視聴者さんからも好評ですよ」
「そ、そうかな……えへへ」
煌羅は頬を染めつつも、メルや視聴者から褒められて満更でもない様子だった。
『魔法少女のコスプレ似合いそうな髪色』『分かる、2人目の魔法少女感ある』
「2人目の魔法少女……煌羅さん、今度メルが魔法少女のコスプレ衣装買ってきたら、ちょっと着てみてくれませんか?」
「なんで!?」
「そしたらメルもクッキー食べて変身しますから、一緒に撮影会しましょ」
「なんでメルちゃんがそんなに乗り気なの!?魔法少女に変身するの恥ずかしがってたのに!?」
「友達も一緒だと思うとメル全然恥ずかしくないです」
『羞恥心が極端』
煌羅がメルの頼みを断れるはずもなく、少しの押し問答の末に煌羅は首を縦に振った。
「それじゃあ魔法少女コスプレ撮影会の予定も決まったところで、今日の配信はここら辺にしましょうか」
『おつ~』『お疲れ』『もう終わりか~』
「煌羅さんも一緒に最後の挨拶しましょ」
「うん」
「皆さん、また次回の第32回心霊スポット探訪でお会いしましょう!それじゃあ、バイバ~イ!」
「バイバ~イ!」
『ばいばい』『バイバ~イ』『次回も楽しみ!』
「……ところでここってどうやって出るんでしょう?」
「エレベーター使えば普通に出られるんじゃないかな?多分」
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次回は明日更新します




