第31回桜庭メルの心霊スポット探訪:旧七曲病院 中編
『親子!?』『メルのお父さん!?』『え、マジ……?』『家族初公開ってこと……?』
「親、子……メルと、あなたが……?」
メルが最初に抱いた感情は困惑だった。男性の言っていることがまるで理解できなかったのだ。
「ふざけないで!あなた一体何者なの!?」
煌羅が1歩前に進み出ながら問い詰めると、男性は鷹揚にその場で一礼した。
「これは申し遅れた、私は御伽星枉依・マルゾビア。怪異使いの端くれだ」
「御伽星……!?」
メルが目を見開く。その苗字には覚えがあった。
「メル、君が先日戦った御伽星憂依・アタナシアは私の姉だ。つまりメルにとっては叔母に当たる訳だね」
「いやちょっと……1つも付いていけないんですけど」
次々と衝撃的な発言を放り投げてくる枉依に、メルは情報の処理が追い付かなくなりつつあった。
「ちょっと、あの、分かりやすい情報から順番に整理させてください」
「ああ、突然のことで混乱しているだろう。ゆっくり考えるといい、メル」
「えっ、と……御伽星憂依さんの、弟さんなんですか?」
「ああ。少し歳は離れているが」
『ミカボシウレイって誰だっけ?』『前になんか1回出てたよな?』『あれだよ、米寿の人』『あ~』『いたな』
悲しいかな、メルの配信の視聴者に憂依は「米寿の人」として認識されていた。
「枉依さん、でしたっけ。失礼ですけどおいくつなんですか?」
憂依の弟と聞いて、メルがまず気になったのは枉依の年齢だ。
何せ憂依は米寿の人、実年齢は88歳である。もし枉依の年齢が見た目通りだとしたら、姉弟にしてはあまりにも年齢が離れすぎている。
メルが枉依の年齢を気にするのは自然なことだった。
「私は今年で77歳になる。姉とは11歳差だな」
「77歳!?」
「77歳!?」
『77歳!?』『77歳!?』『77歳!?』
枉依が明かした年齢に、メルと煌羅と視聴者達は全く同じ文言で驚いた。
枉依の外見年齢は、どれだけ高く見積もっても30代半ばといったところ。77年生きておいてこの若々しさは、最早生物学的に有り得ない。
11歳差という姉弟にしては中々な歳の差に誰も関心を抱かなくなるほど、枉依の年齢は衝撃的だった。
「喜寿だ……」
「確かに、私は喜寿ということになるか。あまり気にしたことは無かったが」
『喜寿の人だ』『米寿の人の弟の喜寿の人だ』
愕然としていたメルは、しばらくしてふと我に返る。
枉依の実年齢はかなり衝撃的ではあったが、現状においてはそれよりももっと気にすべきことがある。
「枉依さん。メルとあなたが親子ってどういうことですか?メルのパパはあなたじゃないです」
『あっ、やっぱりマジのパパじゃないのね』『よかった』『よかったって何だよ』
メルの問い掛けに、枉依は物悲しいような表情を浮かべる。
「……君が私を父親と思えないのも無理はない。今から12年前に、私達は引き裂かれてしまったんだ」
「12年前……?」
「少し、昔話をしよう」
絵本を読み聞かせるような口調で、枉依はゆっくりと過去の話を始めた。
「姉の憂依には『世界を滅亡させるほどの怪異を生み出す』という夢があり、そして数十年もの時間をかけてその夢を実現させた。そのことはメル、君もよく知っているだろう?」
「それは……まあ、はい」
憂依のその夢を阻んだのは他ならぬメルだ。知らないはずがない。
「そして弟である私にも、姉と同じように幼い頃からの夢があった。それは『限りなく人間に近い怪異』をこの手で生み出すことだ」
「人間に近い怪異……?」
「そうだ。元は人間であった怪異や、人間に近い姿を持つ怪異はごまんといる。だが私が生み出したいのはそんな紛い物ではない。私は『人間』をこの手で作り出したかったのだ」
「それは……どうしてですか?」
「……切っ掛けはもう忘れてしまった。大方生命の創造という神の所業を成し遂げることで、自分が神に匹敵するほどの特別な存在であると証明したかったのだろう」
枉依は自嘲気味に顔を伏せた。
「幸か不幸か、私は御伽星家という怪異を生み出すことに秀でた家系に生を受けた。怪異の創造に必要な知識は充分すぎるほど揃っていた。私は御伽星家が所有する文献を片っ端から読み漁り、必要な知識を集め……そして数十年の時を掛けて、私は遂に限りなく人間に近い怪異の創造に成功した」
そう語る枉依は、在りし日の記憶を慈しんでいるようだった。
「小さな少女の姿で生まれたその怪異に、私は冥依・メルクシアと名付けた。御伽星冥依・メルクシア。血の繋がりはなくとも、冥依は私の大切な娘だった」
「メル、クシア……」
「冥依は怪異らしい力は何ひとつ持たなかった。空を飛ぶことも、炎を操ることも、人間の心を支配することもできなかった。当然だ、冥依は限りなく人間に近い怪異としてデザインされたのだから。だが怪異の力を持たない代わりに、冥依には人間としては最高峰の能力を有していた。中でも特に優れていたのが身体能力だ」
枉依はまるで自分の子供を自慢する親馬鹿な父親のように言葉を連ねる。
「冥依は自動車に匹敵する速度で走り、自分の身長の3倍以上の高さがある壁を容易く飛び越え、常人の10倍以上の反射神経を備えていた。冥依は望むならどのような競技であっても王者として君臨することができただろう」
「それって……まるでメルちゃんみたい……」
メルにしか聞こえないような小さな声で、煌羅がそう呟いた。
「私は冥依に様々な教育を施した。学問もスポーツも、私が教えたことを冥依は真綿のように全て吸収し学習した。そんな冥依に知識を教えることが、私はとても楽しかった。だが……」
それまで穏やかだった枉依の表情が、一瞬にして怒りに染まった。
「その幸せは長く続かなかった。冥依が生まれてから1ヶ月が経った頃、冥依と暮らしていた私の研究施設が襲撃を受けた。襲撃犯はたった1人の若い女、名を桜庭アメリアと名乗った」
「桜庭……?」
「アメリア」という外国風の名前も印象的だが、それ以上にメルの関心を引いたのは「桜庭」という苗字だった。
「奴はふざけた女だったが、それ以上にこの世のものとは思えないほど強かった。姉ほどではないにしろ私にも穢術の心得があったが、それでも奴にはまるで歯が立たなかった。奴は鼻歌を歌いながら私を圧倒し、研究施設を破壊し、そして……冥依を私の下から連れ去った!」
握り締めた枉依の拳から、ぽたぽたと血が滴り落ちた。
「えっと……どうしてアメリアさんは、冥依さんを……?」
「……当時、私の研究施設には、冥依を生み出すための研究に必要だった人間の子供が何人か監禁されていた。奴の目的はその子供達の奪還のようだったが……恐らく冥依も、私が攫ってきた子供の1人だと勘違いしたのだろう」
「うわ普通にめちゃくちゃ悪いことしてた……」
自然な口調で語られた児童の誘拐及び監禁という凶悪犯罪に、メルは心の底から引いた。
「冥依が連れ去られて以降、私は冥依の行方を探し続けた。桜庭アメリアは何の罪もない冥依を、怪異だからという理由だけで殺すような真似はしない。どのような形にせよ、冥依は確実に生きている。そう考えて私は冥依を探し続けたが、冥依の所在は杳として掴めなかった。恐らくは桜庭アメリアが冥依を御伽星家の目から覆い隠していたのだろう」
実際に蹂躙された過去があるためか、枉依はアメリアを敵視しながらも、その実力を高く買っているようだった。
「それでも私は冥依を探し続けた。そして12年後、私は画面越しにではあるがとうとう冥依を見つけ出すことができた」
枉依の赤い瞳が、真っ直ぐにメルを見つめる。
「それが君だ、桜庭メル」
「えっ……」
メルは言葉を失った。
「メルちゃんが……御伽星枉依に生み出された怪異……!?」
メルの隣で、キララもまた絶句している。
『どういうこと?』『メルが実は人間じゃなかったってこと?』『まあ確かにメルは人間じゃないって言われた方が納得できるくらい人間離れしてるけど……』『何なら実際に人間じゃない期間もあったけど……』
あまり話についていけていないためか、コメント欄は比較的平常運転だった。
「12年振りに見た君は桜庭メルと名乗っていたが、私は一目見て君が冥依だと確信したよ」
「ちょ、ちょっと待って!」
枉依の回想に口を挟んだのは、メルではなく煌羅だった。
「冥依ちゃんが生まれたのは12年前なんでしょ?だったらメルちゃんとは年齢が合わないんじゃ……」
「冥依は生まれた時には既に5歳児相当の姿だった。そこから順当に歳を重ねれば、丁度君たちと同じくらいの年頃になる」
限りなく人間に近いとは言っても、やはり人間と完全に同一という訳ではないらしかった。
「桜庭の姓を名乗っているということは、君は桜庭アメリアの娘として育てられたのだろう。桜庭冥依・メルクシア、すなわち桜庭メルとして。だが君の本当の親は、桜庭アメリアではなく私なんだ」
枉依がメルに向かって右手を差し出す。
「君を虚偽のリクエストでこの場に招いたことはお詫びしよう。だがメル……いや、冥依。どうか桜庭アメリアではなくこの私と、親子として暮らしては貰えないだろうか?」
「…………」
枉依の勧誘に肯定も否定も返さず、メルは沈黙する。
「メルちゃん……?」
メルの様子を不安そうに窺う煌羅。
『メルどーすんの?』『これどっちがいいんだろうなぁ』『血のつながった親と育ての親か……』『まさか気軽に見に来たメルの配信でこんな難しい問題に直面するとは……』
枉依と煌羅、そして視聴者達が固唾を飲んで見守る中、メルが10秒ほどかけてゆっくりと口を開く。
「……あの~」
「何だい?冥依」
「その、冥依さんの件なんですけど……多分……人違いだと思うんですよね~」
とてもとても、それはもうとても気まずそうに、メルは枉依にそう告げた。
「……確かにこんな話、すぐに信じることはできないかもしれない。だから私は決して結論を急がせることはしない。君の気持ちの整理がつくまで、私はいつまでも……」
「いや、そういうのじゃなくて、ホントに……12年前、あなたに育てられてた記憶は、メルにはありませんし……」
「それは当然のことだ。人間は普通、生まれたばかりの時のことを覚えていないものだろう?私が君と過ごしたのは、君が生まれてから1ヶ月ほどの僅かな時間で……」
「だから、ホントにそういうのじゃなくて、メルにはあなたに育てられた記憶が無いんです」
「だからそれは、」
「メルはあなたに育てられてないことを、ちゃんと覚えてるんです!」
メルのその訴えに、枉依は言葉を詰まらせた。
「……どういうことだ?」
「はぁ……ホントは身バレに繋がりそうで言いたくなかったんですけど……12年前、メルはもう小学生でしたから。その頃の思い出も結構残ってるんです。だからメルが冥依さんじゃないことは自信を持って言えます」
「何、だと……!?」
ショックを受けた枉依がよろめく。
『え、待ってメルって今何歳?』『12年前に小学生ってことは……』『自ずと絞れて来るよなぁ!?』
一方コメント欄はメルの年齢の推測で大盛り上がりしていた。
「そ……そんなはずはない!私は君に確かに12年前の冥依の面影を見たんだ!それに君の名前、桜庭メルという名前だって、君が桜庭アメリアの下で育てられた御伽星冥依・メルクシアだという……」
「あ~……これも~……あんまり言いたくなかったんですけど~……」
メルはもじもじと指を絡ませ、10秒以上口籠ってから、自らが冥依ではない更なる根拠を提示する。
「その、桜庭メルって名前は~……実は~……本名じゃない、っていうか~……」
「なっ……」
「えええええっ!?」
メルのそのカミングアウトに驚いたのは、枉依よりもむしろ煌羅の方だった。
「えっ、なっ、め、メルちゃんって、めっ、メルちゃんじゃないの!?」
「そういうこと……ですね~……」
『マジ!?』『そうだったん!?』『まあでも、そりゃそうか……』『あんまりストリーマー本名で活動しないもんな』『考えれば当然のことではあるか』『でも考えたこと無かったからマジでビックリした……』
視聴者達からも驚きのコメントが続々と寄せられている。
「あっ、えっ、あっ、メルちゃんが、実はメルちゃんじゃなくて、えっ、あっ……おえっ」
「煌羅さん!?」
『ああキララさんが!』『パニックを起こして嘔吐しかけている!』
えずく煌羅の背中を、メルが慌てて擦る。
「馬鹿な……」
枉依は現実を受け入れられないといった風に呆然としていた。
「そういうことなので、メルはあなたの娘さんじゃないです……ごめんなさい」
メルがそう頭を下げても、枉依は口を半開きにしたまま石像のように動かない。
「……枉依さん?」
そのまま1分ほど硬直していた枉依だったが、
「……ふっ、ふふふっ……!」
やがて不気味な笑い声と共に、両手を祈るように組み合わせ、
「エルドリッチ・エマージェンス!!」
怪異使いが戦闘形態へと移行するための呪文を叫んだ。
枉依の体が赤い暴風に包まれ、側頭部から1対の捻じ曲がった角が出現する。
「我が娘の、冥依の紛い物めが!!こうなったら今この場で亡き者にしてくれる!!」
12年間探し求めた末に見つけた娘が人違いだったと知り、枉依は自棄を起こしていた。
「誰が紛い物ですか!?メルは誰の偽物でもない正真正銘の桜庭メルです!」
『でもお前メルじゃないじゃん』
「いいんですよ今それは!」
こうして戦いの火蓋は切って落とされた。
【ちょこっと解説】
メルは配信外でも「桜庭メル」の格好をしている時は「桜庭メル」として振る舞うので、カメラが回っていない時でも平然と「桜庭メル」と名乗ったりします
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次回は明日更新します




