第30回桜庭メルの心霊スポット探訪:伺見山 二
「……信じられんな。こんな女1人捕らえるのに、神睡漿まで持ち出さねばならなかったのか」
「私も俄かには信じられません……が、派遣した祓道師が全員現場で昏倒していたのは紛れもない事実です。しかも祓道師の大半は、外傷が原因で昏倒していました」
「この女が10人単位の祓道師を1人で相手取り、その内の大半を打ち倒したというのか……何者なんだ?この女」
「それを今から聞き出すのです」
何者かによる会話の声で、メルの意識がゆっくりと浮上する。
「ん、ぅ……?」
メルが最初に感じたのは窮屈さだった。体を自由に動かすことができない。
「あ、れ……?」
目を開けると最初に目に飛び込んできたのは、真剣な雰囲気で会話をする2人の忍者の姿。声や体つきからすると、2人とも女性のように思える。
続いて上を見ると、メルの両腕は梁に吊るされた縄によって固く縛られていた。メルが感じていた窮屈さは、この拘束によるものだった。
「……はあっ!?」
続いてメルが下に視線を落とすと、まだぼんやりしていた頭が一瞬ではっきりと覚醒した。
何とそこにはブラウスもスカートもインナーもなく、メルは下着とニーソックスしか身に着けていなかったのだ。
「はっ、えっ、な、何で裸!?」
メルが思わず発した声で、2人の忍者はメルが意識を取り戻したことに気が付いた。
「目が覚めたか。悪いがこれから貴様に尋問を行う」
2人の忍者の内、背の高い方がメルに声を掛けてくる。
「ちょっと!メルの服返してください!」
「悪いがそれは約束できん。貴様の目的と正体次第ではな」
背の高い方の忍者が、律動的な足取りでメルの目の前に移動してくる。どうやらこちらの方の忍者が、尋問官の役割を務めるらしい。
「貴様は幾世守家の人間だな?」
尋問官は断定するような口調で、メルにそう尋ねてきた。
「は……?違いますけど……?」
「惚けるな!だったらこれは何だと言うのだ!」
そう言って尋問官がメルの眼前に突き付けたのは、炎を模ったペンダントトップの付いたネックレスだった。
「貴様がこれを使って祓器を召喚したという裏付けは取れている!祓器を所有しているということは、ッ貴様が幾世守家の人間であるという動かぬ証拠だ!」
「あ~……違うんですよ。それは幾世守家のお友達からプレゼントしてもらって……」
「ふざけるな!幾世守家が外部の人間に祓器を貸与する訳が無いだろうが!」
「ええ……知らないですよそんなの……」
メルが煌羅から『夷蛭』を譲り受けたのは紛れもない事実だ。それをそんな訳が無いと言われても、メルとしては「ええ……」としか言えない。
「幾世守家の人間が、何の目的でこの里に来た!?」
「メルは幾世守家の人間じゃないですし、ここが里かどうかも知らないです。メルはただ伺見山のハイキングコースを登ってたら道に迷っただけです」
「貴様が通った道は、『不可識』によって隠蔽された道だ!ただの登山客が迷い込むことなどありえない!」
「じゃああなた達の祓道が下手で『不可識』が解けてたんじゃないですか!?」
いい加減に腹を立てたメルが挑発するような物言いをすると、尋問官は無言でメルの頬を叩いた。
「勘違いをするなよ。我々は警察ではない。貴様の身の安全を慮ってやる必要など無いのだ。何なら今すぐにお前を凄惨な拷問にかけてやってもいいんだぞ?」
「……手を出してきますか。それならメルはもう、こんなお遊びには付き合いません」
「何……!?」
「待雪さん!」
メルが呼びかけると同時に、部屋の隅にいた待雪が飛び出してきた。
待雪は本来の小動物の姿のまま、メルの体の凹凸を足場によじ登っていく。そしてメルの頭上で刀の姿に変化すると、メルの腕を拘束していた縄を容易く切断した。
「何だと!?」
本来の姿の待雪は、メルにしか認識することができない。尋問官の目には、突如メルの頭上に出現した刀が縄を斬ったようにしか見えなかっただろう。
尋問官が狼狽えている隙にメルは待雪の柄を握り、峰打ちで尋問官の意識を奪う。
更に部屋にいたもう1人の忍者の方も、同様に峰打ちで昏倒させた。
「ありがとうございます、待雪さん。待雪さんがいてくれてよかったです」
「いえ、桜庭様のお役に立てて幸いです」
「ちなみに待雪さん、メルの服とかどこにあるか知りませんか?」
「それでしたらこちらに」
待雪はポンッと刀から本来の姿へと変化し、部屋の隅に置いてある葛籠のような箱を開ける。
するとそこの中にはメルの衣服一式や、スマホなどの持ち物が全て放り込まれていた。
「メルが気を失ってる間に何があったのか、教えてもらってもいいですか?」
衣服を身に着ける傍ら、メルは待雪にこれまでの経緯を尋ねる。
「待雪さんがこの部屋にいたってことは、メルが気を失った後もずっとついて来てくれてたんですよね?」
「はい。桜庭様の側に控え、反撃の機を窺っておりました」
待雪は軽く頷いてから、目撃した一部始終を話し始めた。
「桜庭様が意識を失われた時、桜庭様を取り囲んでいた忍者達も同時に全員昏倒しました。恐らく忍者の内の1人が、毒物のようなものを散布したと考えられます」
「やっぱり待雪さんにも毒に見えました?」
「はい。わたくしは刀に変化していたためか、それとも人間ではないわたくしには元々効果が無かったのか、わたくしは毒の影響を一切受けませんでした。わたくしは桜庭様の意識を取り戻そうとしましたが、桜庭様は深い眠りについていらっしゃるようで、わたくしの声は届いていない様子でした」
「催眠ガスみたいな毒だったんでしょうか……死ぬやつじゃなくてよかった……」
仮にあの時散布されたのが催眠ガスではなく致死性の毒物だった場合、メルは為す術無くくたばっていたことだろう。
「人間って脆くて困っちゃいますね~……あっごめんなさい、話の腰折っちゃいました」
「いえ。桜庭様が目を覚まされずにわたくしが困り果てていると、しばらくしてまた新手の忍者が5人ほど現れました。新手は桜庭様が倒された忍者達を見て驚きながらも、桜庭様を拘束し、2人掛かりで運び始めました」
「なんでですか、メルを運ぶなら1人いれば充分だと思うんですけど」
「忍者達は本来の姿のわたくしに気付いていない様子でしたので、わたくしはそのまま忍者達の後をつけました。しばらく山中を歩くと、20軒ほどの家が並んだ山間の小さな集落のような場所に辿り着きました。集落には人間が往来していましたが、彼らは忍者の装束は身に着けていませんでした」
「非戦闘員なのか、それとも集落の中だから正体を隠す必要が無かっただけか……」
「桜庭様は集落の最奥にある最も大きな屋敷へと運び込まれました」
「あっ、じゃあメルは今集落の中にいるんですね」
服を着終わったメルは、最後に髪をツインテールに結びながら改めて部屋の中を見回す。
当然のことだが、部屋の内装を見たところで自分が集落の中にいる自覚は湧いてこない。
「桜庭様をこの部屋に運び込んだ2人の忍者は、すぐに部屋を出てどこかへ去っていきました。それからしばらくしてやってきたのがこの2人です」
待雪が床に倒れ伏す2人の忍者に視線を落とす。
「この2人縛っておきましょうか。起きてくると面倒ですし」
忍者達が意識を取り戻したところで再び制圧するのは容易いが、何度も制圧する羽目になっても面倒だ。
「よいしょ、っと……」
メルは2人の忍者を後ろ手に拘束する。ちなみに先程までメルの腕を縛っていた縄を再利用した。
「この2人は桜庭様を縄で拘束すると、桜庭様の服を脱がせてお体を調べ始めました。桜庭様のお体を見たのはこの2人だけで、お体が殿方の目に触れたということはございません」
「ああ、気を遣ってくれてありがとうございます。見られてたら見た人を殺すだけなので気にすること無いんですけどね」
「殺すことになるくらいなら気にした方がよいのでは……?」
「とりあえず何があったのかは大体わかりました。ありがとうございます、待雪さん」
ん~っ、とメルは体を伸ばす。
「さて。それじゃあ次は、お相手さんの言い分を聞いてみましょうか。待雪さん刀になってもらっていいですか?」
「かしこまりました」
待雪が刀の姿へと変化し、メルの右手に収まる。
メルは未だ意識を取り戻さない2人の忍者の内、尋問官ではない方の忍者の側に跪いた。
邪魔だったので頭巾を剥ぎ取ると、中から銀色の長い髪が零れてきた。
「お~い」
2~3回頬をぺちぺちと叩くと、忍者がゆっくりと目を開く。
「ん……」
「あっ、目が覚めましたか?こんにちは、心霊系ストリーマーの桜庭メルで~す」
「なっ……」
意識を取り戻した忍者は、拘束されていたはずのメルが自由となり、逆に自分が拘束されているという状況に激しく動揺する。
「あ、あなた、どうして……!?」
「今からメルがいくつか質問をするので、あなたにはそれに答えてもらいます」
「ふ、ふざけないでください!何故私が貴様の質問に答える必要があるのですか!」
「とりあえずまずは名前から始めましょうか。あなたのお名前は?」
メルの質問に対し、忍者は顔を背ける。答えるつもりが無いという意思表示らしい。
「あなたのお名前は?」
もう1度全く同じ文言で尋ねてみても、忍者は顔を背けたまま頑として答えようとはしなかった。
「ふ~ん。そういう態度取るんですか。だったら……」
メルは右手の待雪の刃を、意識のない尋問官の首筋に添えた。
「この人殺しちゃいますよ?」
「なっ……!?」
メルの脅迫に、忍者が目を見開く。
「ひ、人質を取るつもりですか!?」
「そういうことになりますね。ああでも、折角の人質なのに使い捨ては勿体ないですね」
メルは待雪の刃を、尋問官の首から右手へと移動させた。
「それじゃあ今から1分ごとに、こっちの人の指を1本ずつ斬り落としていくことにしましょうか。左手の指から1本ずつ斬っていって、それから右手に行く感じで」
「ふ、ふざけたことを……!」
「ふざけてなんてないですよ。メルは本気です」
メルは待雪を僅かに動かし、尋問官の右手の小指に小さな傷を付けて見せた。
「や、やめてください!」
「手の指を全部斬り終わったら、今度は1分ごとに足の指を斬ってくことにしましょう。それでもまだあなたが喋らなかったら、腕と足を順番に斬っていって、それで最後に首を斬り落とす感じで。あ~でも、そんなことしたら全部斬り終わる前に死んじゃうのかな?」
「このっ……外道!」
「あら。先にメルを拘束して、『凄惨な拷問にかける』とか言って脅してきたのはそっちじゃないですか」
「ぐっ……」
忍者が言葉を詰まらせる。
「目には目を、歯には歯をってあるじゃないですか、ハンムラビ法典の。でもメル、それじゃ足りないと思うんですよ。やられたことと同じことをやり返しただけじゃ、あんまりスッキリしないでしょ?3倍……ううん、10倍くらいやり返さないと満足できないっていうか」
「くっ、この……」
「メルはこの人に拘束されて脅されて、ほっぺも1発叩かれました。だから1本ずつ指を斬り落としていって痛めつけるくらいのこと、メルは平気でできるんです。ところで……」
メルは鋭い犬歯を剥き出しにして、可能な限り悪辣に笑う。
「そろそろ1分経ちましたよね?」
「ま、待って!」
「待ちません」
メルはゆっくりと待雪を振り上げ、尋問官の右手の小指目掛けて振り下ろし……
「嵯峨登杳子です!」
メルが尋問官の指を斬り落とす寸前、忍者がそう叫んだ。
「それがあなたの名前ですか?」
「……そうです」
杳子と名乗った忍者は、苦虫を嚙み潰したような表情をしている。
「一応聞きますけど嘘じゃないですよね?嘘吐いてたらメルはすぐに分かりますよ」
「嘘は吐いていません。だから……刀を下ろして!」
「あなたはメルに命令できる立場じゃないと思いますけど……まあいいです」
正直に答えた杳子に免じて、メルは尋問官から刀を離した。
「嵯峨登杳子さん。メルはどこに連れて来られているんですか?」
「……伺見山の奥にある、嵯峨登家の修練場です」
「修練場?」
「嵯峨登家の祓道師が心身を鍛えるための設備が整った集落のことです。修練場全体が『不可識』の祓道で覆い隠され、祓道師でない者には辿り着くことができません」
「その辺は幾世守家のお家とおんなじなんですね~」
幾世守家の邸宅がある幽山という場所も、同じように『不可識』の祓道で秘匿されていた。祓道師の拠点というのはそういうものらしい。
「あなた達がメルを襲ってきたのはどうしてですか?」
「……あなたは修練場へ続く、『不可識』で秘匿された道に入り込んだ。嵯峨登家以外の人間が修練場に立ち入ることは、秘匿性の観点から確実に阻止しなければならない。故に我々はあなたに先制攻撃を仕掛けました」
「なるほど……道に迷ったとはいえ勝手に入ったのはメルの方ですから、メルにも非が無いとは言えませんね……」
とはいえいきなり手裏剣を投げられる理由として正当とも思えない。
「メルが眠っちゃったあの毒は何ですか?」
「……神睡漿。祟り神すらも昏倒させるという、嵯峨登家秘蔵の毒です。現在生産が不可能なために数が限られており、嵯峨登家では対処不可能な外敵に対する切り札として特に優秀な祓道師数名にのみ支給されていました。それをまさか人間相手に使うことになろうとは……」
「そんなもの使われたんですかメルは……」
神睡漿なる装備の貴重さなどメルには関係のない話ではあるが、それでも「流石に勿体ない」と思わずにはいられなかった。
「メルがここから帰ろうとしたら、嵯峨登家の皆さんは何事もなく帰らせてくれますか?」
「……不可能です。『幾世守家の祓道師が修練場に攻め込んできた』という情報は、既に嵯峨登家全体に共有されています。あなたの姿を見れば、嵯峨登家の祓道師は全員あなたを攻撃するでしょう」
「メルは幾世守家の祓道師でもなければ修練場に攻め込んでもいないんですけど……」
何もかも間違った情報が伝わってしまっているらしい。メルは溜息を吐かずにいられなかった。
「はぁ……とりあえず聞きたいことは全部聞きましたからもういいです」
「がっ……!?」
メルは待雪の峰で杳子を雑に殴りつけ、再び杳子を昏倒させた。
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