第30回桜庭メルの心霊スポット探訪:伺見山 一
「こうやって配信の前に山に登ること、メルはたまにあるんですけどね」
人気のない登山道を歩きながら、メルは独り言のように呟く。
「山を登ること自体は別にイヤじゃないんですよ、メル体力ありますから。でも1人でひたすら山を登るのはちょっと寂しくって、だからあんまり山登りは好きじゃなかったんです」
でも、とメルは足元に視線を落とす。
「今は待雪さんがいてくれるから、山登りもちょっと楽しいです」
「わたくしが桜庭様のお役に立てているのなら、それはとても嬉しいです」
明るい声色でメルに応えたのは、メルの足のすぐ側をちょこちょこと歩く白くて丸っこい小動物。侏珠の待雪だ。
前回の配信の後から、諸々の事情があってメルの家に居候している待雪。その侏珠特有の万物に変化できる能力は役立つ場面も多いだろうということで、配信にも同行するということになっていた。
「……なんかこの感じ、魅影さんを思い出しますね」
短い脚を懸命に動かしてメルの横を歩く待雪の姿は、レッサーパンダのような怪異となった魅影を彷彿とさせた。
魅影のことを知らない待雪は、意味が分からないというように首を傾げていたが。
「それにしても……これ、ホントに心霊現象なんでしょうか……?」
メルはポケットから四つ折りのコピー用紙を取り出して広げ、印刷された文面を訝しげに眺める。
印刷されている内容は、例に漏れず視聴者からのリクエストをプリントアウトしたものだ。
「桜庭メル様、いつも楽しく拝見しております。
先日私の弟が幼稚園の遠足で、近所の伺見山という山に登ったのですが、下山する時に忍者を見たとずっと言い張っています。
私は絶対に嘘か見間違いだと思っているのですが、弟は絶対に忍者を見たんだと頑なに主張して聞きません。
毎日のように忍者を見たという主張を繰り返し、それを否定したり話を聞かなかったりするとすぐに大声で泣き始めます。
正直手に負えません。
桜庭メル様、どうか伺見山に本当に忍者がいるのか、調べていただけないでしょうか。
もし本当に忍者がいるなら私は弟に謝罪しますし、弟も桜庭メル様が『伺見山に忍者はいない』と言ってくだされば納得すると思います。
どうかよろしくお願いします」
以上が今回のリクエストの文章である。
「忍者は流石にメルの専門外だと思うんですけど……」
これまで心霊系ストリーマーの領分か疑わしいリクエストが送られてきたことは何度かあるが、その中でもこれは群を抜いている。
何せ文章の中に、心霊にまつわる文言が1つも登場しない。
「ですが桜庭様は、そのリクエストにお応えするのですよね?」
待雪がメルの顔を見上げてそう尋ねる。
それは実際その通りで、メルはこの「忍者を探してほしい」というリクエストに応えるべく、伺見山に登っている。
忍者を発見したのは下山中とのことだったので、頂上で配信を開始し、下山の様子を配信しようと考えているのだ。
「まあ……折角ファンの方がメルを頼ってリクエストを送ってきてくれた訳ですし……それを無下にするのも、ねぇ?」
「ふふっ。桜庭様はお優しいですね」
「優しいのとは違いますよ~。頼まれたらイヤって言えないだけです」
「それがお優しいのではないですか。ふふっ」
「……ところでなんですけど、メル達道に迷ってないです?」
メルは眉尻を下げて周囲の景色を見回す。メル達はいつの間にか整備されたハイキングコースではなく獣道のような場所を歩いていた。
「さっきの別れ道で間違えちゃったのかな……」
「あら、別れ道がありましたか?わたくし気付きませんでした」
どうやら気付かぬ内に違う道に入ってしまっていたらしい。
ここがどこかは分からないが、道を間違えたと気付いた以上は早く引き返すべきだ。
そう思ってメルが体を翻し、来た道を戻り始めたその時。
「……あら?」
メルは後方から高速で接近してくる何か小さいものの気配を感じ取った。
飛翔体の軌道の延長線上にはメルの頭部があり、このままだと直撃してしまう。
メルは半歩だけ左に移動し、飛翔体の軌道から外れる。
直後、カッ!という甲高い音と共に、近くの木の幹に何かが突き刺さった。
「きゃっ」
その音に待雪が小さく悲鳴を零す。
「何が飛んできたんでしょ……?」
メルは木に近付き、その幹に突き刺さった何かを抜き取る。
「え……手裏剣?」
鉄製で十字型その刃物は、忍者の代名詞的武器である手裏剣にしか見えなかった。
持つ手に伝わってくるずっしりとした重さは、その手裏剣が玩具ではなく殺傷能力を持つ本物の刃物であることを物語っている。
「わっ、本物の手裏剣ですよこれ。待雪さん見たことあります?」
「い、いえ。わたくしも初めて見ました……」
「でもなんでこんなところに手裏剣が、っ!?」
その瞬間、メルの聴覚が複数の風切り音を捉えた。
それらの音は先程手裏剣が飛んできた時のものとほぼ同一。つまり複数の手裏剣が飛来していることを意味している。
「きゃ、さ、桜庭様!?」
メルは足元の待雪を抱え上げると、その場を飛び退いて高速で離脱する。
直後、メルが立っていた地面に手裏剣が3つ立て続けに突き刺さった。
「……待雪さん。刀になってもらっていいですか?」
「は、はいっ」
待雪は状況を呑み込めないながらも、メルの要求に応えてその身を刀へと変化させる。
そこに更に飛んできた複数の手裏剣を、メルは刀となった待雪で全て叩き落とした。
「誰ですか?こそこそ狙ってないで出て来たらどうです?」
メルがどこへともなく声を張り上げるが、返ってきたのは返答ではなく新たな手裏剣だった。
急所を的確に狙ったその手裏剣を、メルはひらりひらりと最小限の動きで回避する。
「無駄ですよ。メルに飛び道具は当たりませんから」
メルは姿を現さない敵にそう啖呵を切り、その後も飛んできた手裏剣を全て躱して見せる。
10を超える手裏剣を回避したところで、それ以上手裏剣が飛んでくることは無くなった。
代わりに何者かが樹上を疾走して近付いてくる音を、メルの鋭敏な聴覚は感知した。
「ようやくお出ましですね……」
メルは待雪の柄を握り直し、まだ見ぬ敵を待ち受ける。
足音はメルから少し離れた木の上でピタリと止まり、その直後に樹上から何者かが姿を現す。
「えっ……」
正面に降り立ったその存在を見て、メルは絶句した。
「……忍者?」
紺色の衣装で目元以外の全てを覆い隠した人型のそれは、どこからどう見ても忍者にしか見えなかった。
「ほ、ホントに忍者が出てきた……」
手裏剣が飛んできた時点で、メルも頭の片隅では敵が忍者である可能性は考えてきた。しかしこのご時世にここまでゴリゴリのステレオタイプの忍者を目の当たりにすると、流石に言葉が出てこない。
少なくともこれで、リクエストを送ってきた視聴者の弟が、伺見山で本当に忍者を目撃した可能性はぐっと高くなった。
「……怪異じゃない、か」
あまりにも怪しすぎたために忍者を「桜の瞳」で見てみたメルだが、忍者の周りには何色の光も見えなかった。つまりこの忍者は怪異の類ではなく、人間かその他の「普通の」生物ということになる。
「さて、あなたはどうしてメルを殺そうとするんですか?」
忍者が何者かは分からないが、手裏剣を飛ばしてきた以上、メルの命を脅かそうとしているのだけは確かだ。
「殺そうとするってことは、殺される覚悟もあるってことですよね?」
メルは切っ先を突き付けながら尋ねるが、忍者はそれに答えない。
忍者は無言の服の内側から何かを取り出し、それを地面に叩きつけた。
「ひゃっ!?」
その瞬間白い煙が爆発的に充満し、視界があっという間にゼロになった。
「煙玉……!?」
周囲に煙を充満させ、敵の視界を奪う煙幕。いかにも忍者が使いそうな道具だ。
「でも……」
煙に紛れて突き出された忍者刀の切っ先を、メルは事も無く回避した。
視界を奪われる程度のことは、メルにとってさしたる不利益にはならない。聴覚や肌で感じる空気の流れから、煙の中でも敵の位置は正確に把握することができる。
「てやっ!」
忍者刀を躱したメルは、即座にカウンターの後ろ飛び回し蹴りを繰り出す。
その一撃は煙の中で忍者の側頭部に直撃し、忍者は10m以上吹き飛んだ挙句木の幹に衝突した。
程なくして煙が消えて視界が戻ると、忍者は木の幹にもたれかかったままピクリとも動かなくなっていた。
「死んでは……無いですね、多分」
遠巻きに忍者の安否を確認するメルの耳に、またしても風切り音が聞こえてくる。
「まだいるんですか!?」
メルは待雪を振るって飛んできた手裏剣を弾き返す。
すると同時に、メルの背後の樹上からまた新たな忍者が飛び降りてきた。どうやら今の手裏剣は、メルの注意を逸らすための陽動だったらしい。
忍者刀を縦に重力を利用してメルを串刺しにしようと目論む2人目の忍者。
「てやぁっ!」
しかしメルが放った後ろ回し蹴りによって木の幹に叩きつけられ、メルの足と木の幹に挟まれたまま2人目は気を失った。
だが2人目の戦闘不能と同時に、3人目の忍者がどこからともなくメルへと躍りかかってくる。
3人目の忍者はこれまでの2人と違って忍者刀を持っていなかった。
徒手の忍者が胸の前で両手を組み合わせると、顔の前に突如バスケットボール大の火の玉が出現する。
「はぁっ!?」
メルは突然の炎に面食らいつつ、飛来する火の玉を刀で斬り捨て……ようとして、直前でやはり回避した。
炎を斬るような真似をしたら、待雪が危ないのではないかと考えたのだ。
「今のって……祓道!?」
忍者が放った火の玉に、メルはどことなく見覚えがあった。燎火が用いる炎の祓道、『火鼬』によく似ている。
(メルちゃん。どうやらこの者達、祓道師よ)
メルの脳内にサクラの声が響く。
(刀で襲ってきた先の2人も、霊力を用いて身体能力を強化していたわ。あれも祓道と見ていいでしょう)
(幾世守家とは別の祓道師ってことですか?)
(そういうことになるかしら。私が神だった頃は、幾世守家の他にも祓道師の家系は沢山あったわ。その内のいくつかが現代まで残っていても不思議ではないでしょう)
メルはサクラと会話しながら、火の玉を放った忍者の顎をサマーソルトキックで蹴り上げる。
頭部を激しく揺さぶられ、3人目の忍者はあっさりと昏倒した。
しかし息を吐く間もなく、すぐに4人目5人目の忍者が樹上から飛び降りてきた。
「ちょっと、何人いるんですか!?」
新たな忍者が行動を起こすよりも先に、メルは待雪での峰打ちで4人目を、続け様の回し蹴りで5人目を瞬殺する。
「全員まとめて出てきてくださいよ!」
メルのその言葉に応じたのか、樹上や木の陰から一斉に10人を超える忍者が飛び出してきた。
「やればできるじゃないですか」
メルは鋭い犬歯を剥き出しにして笑い、左手で胸元からネックレスを引っ張り出す。
「祓器召喚!」
呪文と共にメルの右目に白い光が集まり、それが薔薇を模った装飾品を形作る。
「ご飯の時間ですよ、『夷蛭』!」
メルの掛け声と共に、『夷蛭』が周囲の忍者達から霊力を奪い始める。それによってほんの一瞬、忍者達の動きが鈍くなった。
「てやぁぁっ!!」
そのたった一瞬の隙を突き、メルは待雪を振るって忍者達を全て斬り捨てた。
とは言っても全員峰打ちで、命に係わるような傷は負わせていない。怪異とは違って、人間は殺すと犯罪になるためだ。
しかし忍者の集団を全滅させたのも束の間、またしても10人近い忍者が現れた。
「まだいるんですか!?メルまとめて出て来てって言いましたよね!?」
一斉に投擲された手裏剣や火の玉を、メルは全て打ち落とすか回避する。
そして反撃で次々と忍者を蹴散らしていくが、その時1人の忍者が何かを地面に叩きつけた。
「また煙玉……じゃ、ない?」
てっきりまた煙幕で視界を奪おうとしていると考えたメルだが、予想に反して白い煙は現れない。
その代わりに周囲の忍者達が次々と倒れ始め、メル自身の意識も薄れ始めた。
「ま、さか……毒……?」
メルは唇を噛み、痛みで意識を保とうとするが、その甲斐なく全身から急速に力が抜けていく。
「桜庭様!?どうされましたか!?」
(メルちゃん!?しっかりしてメルちゃん!?)
待雪とサクラの声を遠くに聞きながら、メルは意識を手放した。
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