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第29回桜庭メルの心霊スポット探訪:万花京 三

 メルの前には見たこともないような豪華な料理が並べられ、艶やかな侏珠達が次々と姿を変化させながら舞い踊り始める。


 「なんかこういうの、ちっちゃい頃に絵本で見たような気がします……」


 メルはさながら、竜宮城でもてなしを受ける浦島太郎の気分だった。


 「桜庭様!こちらのお肉、とっても美味しいんですよ!」


 待雪はメルのすぐ隣に座り、甲斐甲斐しく料理を取り分けてくれている。


 「……ホントだ、美味しいですねこのお肉。何の動物のお肉なんですか?」

 「さあ……?わたくし、気にしたことがありませんでした」

 「えっちょっと怖いんですけど……」


 時折未知の食材に対する恐怖は抱かされるものの、宴会場に並ぶ料理はどれも絶品だった。


 「桜庭殿、一杯いかがかな?」


 宴も終盤に差し掛かった頃、大変正が酒瓶を片手にメルに尋ねてきた。


 「ごめんなさい、メルはお酒は……」

 「おおそうか、それはすまない。ではこちらのジュースはいかがかな?万花京で採れた果実を使った逸品だ」

 「じゃあそっちをいただきます。ありがとうございます」


 メルが差し出したグラスに、大変正が黄色いジュースを注ぐ。


 「お父様、わたくしもいただいてよろしいですか?」

 「どうぞ、姫」


 待雪のグラスには、近くにいた使用人がジュースを注いでいた。


 「さあさあ、桜庭殿。ぐいっと」

 「は、はい……」


 メルがグラスに口をつけ、ジュースを口の中に含もうとしたその時。


 「……可哀想になぁ」


 宴の喧騒に紛れたその小さな声を、メルの鋭敏な聴覚が拾い上げた。

 その声は明らかに、メルに対して発せられたものだった。


 (……可哀想?)


 メルは内心首を傾げる。立派な屋敷に招かれ、丁重なもてなしを受けているメルの、一体どこが可哀想だというのか。

 メルが憐れまれる理由として、考えられることと言えば……


 「ん?どうした桜庭殿、飲まないのか?」

 「……大変正さんも、良かったらそのジュース、いかがですか?」

 「ああ、俺は結構。甘いのは苦手でね……」

 「そうですか……じゃあ待雪さん」

 「はい?」


 大変正に誘いを断られたメルは、待雪の方に体を向ける。

 待雪は喉が渇いていたのか、注いでもらったばかりのジュースをもう飲み干していた。


 「待雪さん、良かったらもう1杯どうですか?」


 メルは自然な動作で、大変正からジュースの瓶を掠め取る。


 「折角ですから、メルと乾杯しませんか?」

 「桜庭様がそうおっしゃるのでしたら、是非」


 待雪がグラスを差し出し、それにメルがジュースを注ごうとしたところを……


 「待てっ!」


 大変正がメルの腕を掴んで制止した。


 「……勝手なことをされては困るな、桜庭殿」

 「勝手なこと?メルはただ待雪さんと乾杯したかっただけですよ?それで困ることがあるって言うなら……」


 ギロリ、とメルは大変正を睨み付ける。


 「……もしかして、ジュースに毒でも入ってるんですか?」

 「な……何をバカなことを……」

 「ど、どうされたのですか桜庭様?」


 突然剣呑な雰囲気を漂わせ始めたメルに、待雪は困惑している様子だった。


 「お父様が桜庭様に毒を盛るだなんて……そんなことあるはずがございません。そもそもお父様が桜庭様に毒を盛る理由がないではありませんか」

 「ええ、メルもそう思うんですけどね……どうですか、大変正さん?メルの言ってることがおかしいと思うなら、このジュース、飲んでみませんか?」


 メルが挑発するようにそう言うと、大変正はメルから僅かに視線を逸らした。


 「……言っただろう。俺は甘いのが苦手なんだ」

 「そうですか?だったら誰でもいいですよ。あなたでも、そこのあなたでも」


 メルは宴会場にいる何人かの侏珠を指差したが、彼らは皆メルと視線を合わせようとしなかった。


 「どうしました?まさか全員甘いものが苦手って訳でもないでしょ?」

 「で、でしたらわたくしが飲みます!」


 手を上げたのは待雪だった。


 「桜庭様は何か誤解をなさっているのです。お父様はわたくしの命の恩人に毒を盛るような、道を外れた行いはいたしません!」


 待雪はメルからジュースの瓶を受け取り、自らのグラスにその中身を注ぎ始めた。


 「……やめろ、待雪」

 「お父様。桜庭様の誤解は、この待雪が解いて御覧に入れます!」


 待雪はそう言って、グラスの縁に唇をつけ……


 「やめろと言っている!」


 ジュースが待雪の口に入る直前、大変正が待雪のグラスを叩き落とした。

 飛び散った黄色い液体が、宴会場の畳を濡らす。


 「……どうしてお止めになるのですか、お父様」


 実の父親の行いに愕然としながら、待雪が問い掛ける。


 「まさか……本当に桜庭様の仰る通り、桜庭様に毒を……!?」

 「……仕方のないことなのだ」


 大変正が呟いたその言葉は、紛れもない自白だった。


 「待雪。お前にはまだ話していなかったが、我々侏珠には決して破ってはいけない掟がある。それは万花京の存在を、決して人間には知られてはいけないというものだ」


 メルとも待雪とも視線を合わせようとしないまま、呟くように話し続ける。

 あれだけ盛り上がっていた宴会場は、今ではまるで葬式のように静まり返っていた。


 「我々侏珠の姿は、同じ侏珠以外の何物にも認識されることは無い。したがってこの万花京の存在も、本来であれば我々以外に知られることは有り得ない。だが数十年から数百年に1度の割合で、我々侏珠を認識することのできる特異な人間が現れるのだ」


 大変正曰くそれは非常に珍しい才能のようなもので、あらゆる認識の改変を受け付けない人間が極稀に誕生することがあるのだという。


 「そのような体質の人間が偶然生まれ、偶然我々侏珠と接触する可能性は限りなく低い。限りなく低いが、それは決して起こり得ないことではないのだ。現にこの万花京が築かれて以降、万花京を訪れた人間が少なくとも5人いることを俺は伝え聞いている」

 「……その方々は、どうなったのですか……?」

 「言っただろう。万花京の存在は人間に知られてはならない。万花京を知る人間が現れたのなら……殺すしかない」


 待雪がショックを受けたように両手を口元に当てる。


 「実際にそうやって口封じをした昔の侏珠も、好き好んで人間を殺した訳じゃない。侏珠にとって人間は良き隣人だ、殺すには罪悪感もあるし同情もする。だからせめてもの罪滅ぼしとして、人間を殺す前には宴会を開くんだ。できる限りのもてなしで楽しませ、最後に毒入りの酒を振る舞う。そうすれば人間は幸せな気持ちを抱えたまま、眠るように安らかに死ぬことができる」

 「そんなの……そんなの、あまりにも勝手すぎるではありませんか!宴会を開いてもてなしたところで、人間の方が理不尽に命を奪われることには変わりありません!命を奪う側の侏珠が、少しでも罪悪感を和らげようとしているだけです!」

 「知ったような口を利くな!!」


 大変正が激しく待雪を怒鳴りつけ、待雪はビクッと肩を竦ませた。

 その後は大変正も待雪も、他の侏珠達も口を開かず、重苦しい沈黙が宴会場を支配する。


 「……別に、どうでもいいんですよ」


 沈黙を破ったのはメルだった。


 「あなた達侏珠がこれまでにどんな理由で人を殺していようと、何人の命を奪っていようと、メルにはどうでもいいんです。あなた達怪異は法律の外側にいる存在ですから、メルはあなた達の行いを別に悪いとも思いませんし、罪を償わせようとも思いません。ただ……」


 瞬間、メルから放たれた威圧感に、その場にいた全員が無意識に後退った。


 「メルは、ここから帰らせてもらいますよ」

 「そ……それはできないと言っている!」


 瞳に怯えの色を浮かばせながらも、大変正が声を張り上げる。


 「万花京の存在を知った人間を生きて帰す訳にはいかん!毒で殺せなかったのなら、この手で始末するまでだ!」


 大変正の体が白い煙に包まれ、その姿が変化する。

 現れたのは、身の丈2mを超える鎧武者だ。


 「『戦化生(いくさげしょう)』……各々の侏珠がそれぞれに持つ、最も戦闘に適した変化だ。人間が敵う相手ではないぞ!」


 鎧武者となった大変正が吠える。

 更に大変正以外の侏珠達も次々と、大変正の言う『戦化生』へと変化していく。

 ライオンの頭部を持つ大男、SFめいたアンドロイド、四足歩行の毛むくじゃらな獣……『戦化生』の姿は、侏珠によって様々だ。


 「いいですよ……全員纏めて叩きのめしてあげます!」


 大勢の侏珠に取り囲まれたメルは、鋭い犬歯を剥き出しにして笑った。


 「うおおおっ!」


 先陣を切ったのはやはり大変正だ。勇ましい声を上げながら、メルへと掴みかかってくる。

 メルは軽やかな動きで大変正の腕を躱し、突進の勢いを逆に利用して大変正を蹴り飛ばした。


 「お父様!皆様もやめてください!桜庭様を傷付けないで!」

 「姫、こちらへ……」


 メルの視界の端に、使用人に連れ去られる待雪の姿が見えた。

 待雪がこの場を離れたのなら、周囲の被害を気にせずに戦える。

 メルは胸元からネックレスを取り出し、炎を模ったペンダントトップを握り締めた。


 「祓器召喚!」


 周囲から霊力を吸収する能力を持つ祓器、『夷蛭』。その能力でこの場にいる侏珠全員から無差別に霊力を奪えば、戦いを有利に進めることができるだろう。


 「……あれ?」


 しかしそんなメルの目論見に反し、『夷蛭』はこの場に現れなかった。


 「残念だったな!並の異空間ならいざ知らず、この万花京で召喚術が使えると思うな!」

 「何ですかそれ、聞いてないんですけど!?」


 万花京の謎のシステムにメルは憤然と抗議するが、『夷蛭』が使えないのならば仕方がない。メルは己の肉体1つで戦い抜く覚悟を決めた。


 「てやああっ!!」


 メルは襲い来る侏珠達の攻撃を掻い潜りながら、反撃のキックで次々と侏珠達を吹き飛ばしていく。


 「おのれちょこまかと……」

 「あなた達が遅いだけですよ!」

 「ぐあっ!?」


 メルは殴りかかってきた大変正の右腕を取ると、てこの原理を利用して大変正の右肘を破壊した。


 「ぐうぅ……っ」


 だらりと垂れ下がり、おかしな方向に曲がった大変正の右腕。

 しかし白い煙に包まれたかと思うと、あっという間に右腕は元通りになってしまった。


 「うわ、ずるっ」

 「侏珠の姿は千変万化、どんな姿にも化けられる!怪我など無いも同然よぉ!」

 「やってられません、ねぇっ!」

 「ぐあっ!」


 腹立ち紛れにメルが放ったドロップキックが、大変正を大きく吹き飛ばす。

 しかしそもそも、殴る蹴るなどの「普通の攻撃」は怪異には効果が薄いのだ。霊力も呪物も無しに怪異を攻撃したところで、吹き飛ばすことはできてもダメージを与えることはほとんどできない。


 「諦めろ!このまま続けても、貴殿が徒に消耗するだけだ!今ここで抵抗を止めれば、毒で苦しまずに殺してやる!」

 「メルの体力を心配するより、自分達の体力を心配したらどうですか?メルはあなた達が全員衰弱死するまで続けてもいいんですよ?」


 実際、メルの体力にはまだまだ余裕があり、ここまで侏珠達はメルに指1本触れられていない。どちらが先に力尽きるかの消耗戦に持ち込むことはできるだろう。

 しかし消耗戦に持ち込んだとして、数十もの侏珠達全員に勝てるかというと微妙なところだった。


 「何か武器でもあれば話が違ってくるんですけどね~……」


 侏珠達の攻撃を躱しながら、メルが無いものねだりをしたその時。


 「桜庭様あああああ!!」


 侏珠達の足の間を駆け抜けて、本来の小動物の姿の待雪がメルの下へ現れた。

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次回は明日更新します

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