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第29回桜庭メルの心霊スポット探訪:万花京 二

 待雪は命を助けてもらったお礼に、メルを実家でもてなしたいと言った。


 「いいですよ、お礼なんて。メルが勝手にお節介焼いただけなんですから」

 「そういう訳には参りません!命を助けていただいた恩も返せないようでは、わたくしは慚愧に堪えず切腹してしまうやもしれません!」

 「それはもう脅迫ですよ!?」


 最初は遠慮しようとしたメルだったが、想像以上に待雪が恩返しの覚悟を決めていたために、結局はお言葉に甘えることにした。


 「では早速、わたくしの家に参りましょう!」

 「ちなみに待雪さんのお家ってどこにあるんですか?」

 「どこ、と申し上げるのは難しいです。わたくし達侏珠は隠れ里に住んでおりますゆえ」

 「隠れ里……?」


 聞き覚えの無い言葉にメルは首を傾げる。


 (異空間のことよ、メルちゃん。怪異が集落を形成した異空間のことを、特に隠れ里と呼ぶことがあるわ)

 (ありがとうございますサクラ先生)


 例によってサクラが用語の解説をしてくれた。


 「その隠れ里にはどうやったら行けるんですか?」

 「月が映った水面から、隠れ里への扉を開くことができます。今からご覧に入れましょう」


 待雪が公園の中心にある池へと近付いていく。

 凪いだ水面には昇り始めた月が反射しており、待雪の言う条件を満たしていた。


 「――人に非ざる侏珠なれば 人の天下(てんが)に暮らすまじ 逆様(さかしま)の月飛び入れば ()で迎えるは万花京」


 池に向かって待雪が不思議な響きを孕んだ言葉を呟く。

 すると夜空を反射し黒く染まっていた水面が、ぼんやりと赤紫色の光を放った。


 「これは……」

 「さあ、これで隠れ里への道は開きましたわ。わたくしについて来てくださいませ」


 そう言って侏珠は赤紫色の水面へと飛び込んでいく。


 「えっ、ほ、ホントに……?」


 メルは困惑しつつも、侏珠の後を追って池へとダイブする。

 水面に接触してもメルの体は水に濡れることは無く、その代わりに空中に放り出されたような浮遊感がメルを襲う。


 「ああフワッてする!フワッてします!」


 だがその浮遊感もわずか数秒のこと。

 気が付くとメルの足はしっかりとした地面を踏みしめており、鼻には心地の良い花の香りが感じられた。


 「到着しましたわ、桜庭様!」

 「ここは……」


 メルが立っているのは小高い丘のような場所だった。周囲には桜や梅や桃など季節感を無視した多種多様な花が咲き乱れており、色とりどりの花吹雪が舞っている。


 「桜庭様。あれがわたくし達侏珠の暮らす街、万花京(ばんかきょう)ですわ」

 「わぁ……」


 そして眼下に広がっていたのは、朱色に彩られ雅な雰囲気漂う、碁盤目状に整備された都だった。


 「すご~い……なんか、平安時代って感じですね」

 「少し分かりますわ」

 「あんなに立派な街があるなんて、もしかして侏珠って結構いっぱいいるんですか?」

 「わたくしも正確な数は知りませんが、少なくとも1000は下りませんわ」


 メルに説明をしながら、待雪は本来の小動物の姿から人間の少女の姿へと変身した。


 「さあ、都へ参りましょう」

 「あっ、はい」


 待雪がメルを先導する形で、2人は万花京に向かって歩き出す。

 ただ歩くだけではつまらないので、メルは待雪と雑談をすることにした。


 「待雪さん、初めて会った時のことって聞いてもいいですか?」

 「はい、何なりとお聞きください」

 「初めて会った時って、待雪さん何してたんですか?」


 見晴らし温泉でメルが初めて待雪を見つけた時、待雪はかなり疲弊している様子だった。

 あの時待雪が一体何をしていたのか、メルは密かに気になっていたのだ。


 「あの時は、そうですね……言うなれば元服の儀式のようなものでしょうか?」

 「げん、ぷく……?」


 歴史の授業でしか聞かないような単語が飛び出し、メルは小さく首を傾げる。


 「わたくし達侏珠は人間から隠れて暮らしておりますが、わたくし達の生活は人間の文明無しには成り立ちません。あの万花京も人間の建築技術を参考に造られたと聞いております」

 「へ~、そうなんですね」

 「ですから侏珠は生まれてから15年が経つと、万花京を出て人間の街でしばらく暮らすのです。人間の姿となって人間の街で暮らすことで、わたくし達の生活に欠かせない人間の文明をより深く理解することを目的としています」

 「社会科見学みたいな感じですか?15歳で一人暮らしなんて立派ですね~」

 「わたくし達の生活に有用な技術や物品を新たに発見して万花京に持ち帰る、という側面もあるようですが」

 「社会勉強と実益を兼ねてるんですね」

 「わたくしも先日15歳の誕生日を迎えたので、慣習に倣って万花京を出ました。ですが……」


 そこで待雪は言葉を切り、表情を曇らせる。


 「何かあったんですか?」

 「はい……わたくしは人間の姿へと変化し、人間の街に繰り出しました。そうしたらなぜか、沢山の男性の方に声を掛けられてしまって……」

 「……あ~」


 メルは思わず納得してしまった。

 人間の姿となった待雪は、基本他人の容姿に無頓着なメルですら見惚れてしまうほど美しく整っている。

 無防備に街に繰り出そうものなら、大量のナンパに遭遇するのも無理はない。


 「わたくしはこれまで男性の方と話をする機会があまり多くなかったので、1度に多くの男性の方に声を掛けられて怖くなってしまって……わたくしはその場から逃げ出したのですが、逃げた先でもまた男性の方に声を掛けられてしまって……」

 「それは……お気の毒に……」

 「街の中で逃げていては同じことだと思い、山の手へと逃げ込んだのですが……その頃には、もうすっかり疲れ切ってしまって……変化を保つこともできなくなり、最後には池に落ちてしまいました」

 「池じゃなくて温泉ですけど……なるほど、そんなことがあったんですね」


 待雪がメルの前に現れるまでの経緯はこれで分かったが、メルには1つ気になることがあった。


 「待雪さん。その、メルは侏珠さん達のことはあんまりよく分からないですけど……もう少し普通の見た目の人には変身できなかったんですか?あんまり美人過ぎないように……」

 「それは難しいのです。わたくしが人間に変身したこの姿は、言うなれば『もしわたくしが侏珠ではなく人間として生まれていたら』という可能性の姿。この姿から別の人間の姿に変身することは……不可能ではありませんが、相当な変化能力が必要とされます。私のような若輩侏珠にはとても……」

 「色々難しいんですね……」


 万物に姿を変えることができる侏珠の変化能力も、決して万能ではないらしい。


 「じゃあ、最初に声を掛けられた時点で変身を解いちゃえば、そんなに逃げ回る必要はなかったんじゃ……」


 侏珠の本来の姿は、侏珠以外の誰にも認識できない。つまり待雪は変化を解いてしまえば、それ以上はナンパに遭うこともなかったはずなのだ。

 メルがそう質問をすると、待雪は深くうなだれた。


 「……わたくしも後からそのことに気付きました……」

 「あ~……そういうことありますよね」


 平常心なら気付けることも動転すると気付けなくなるのは、人間も侏珠も同じらしい。


 「でも、待雪さんが無事でよかったです。温泉から出た後、待雪さんいつの間にかいなくなってて心配だったんですよ」

 「申し訳ありません……あの時のわたくしは、逃げることしか考えられず……」

 「仕方ないですよ、怖い目に遭ってたんですから」


 そうして雑談をしている内に、2人は万花京の大きな門の前までやってきた。


 「門番とかはいないんですね?」

 「ここは隠れ里ですから。侏珠が招き入れない限り外敵は現れません」

 「なるほど~……あれ?」


 門から街の中を覗き込んだメルは、街の様子に首を傾げた。


 「どうしてみんな人間の姿なんですか?」


 街を行き交っているのは白くて丸っこい小動物ではなく、現代的な服装の人間だった。

 とはいっても、それらが本物の人間ではなく侏珠が変化した姿であることは、メルにも察することができる。気になるのは侏珠しかいないこの万花京で、どうして全員が人間の姿で生活しているのかだ。


 「先ほども申しました通り、万花京は人間の建築技術を参考に造られた都です。ですから侏珠の姿ではなく人間の姿の方が、この街で暮らすには都合がいいのです」

 「そうなんですか……でも、本当の姿で過ごせないのって、窮屈じゃないんですか?」

 「ただ人間に変化して過ごすだけなら、わたくし達にとって何ら不都合はありません。人間への変化は、衣服を身に着けるようなものです」

 「へ~……やっぱり人間と侏珠って全然違うんですね~……」


 何となく異文化における相互理解の難しさを感じたメルだった。


 「おっ、姫!」


 2人が門をくぐって街に入ると、近くにいた中年の男性が待雪に声を掛けてきた。


 「元気にしてたか?」

 「はい、おかげさまで」


 待雪と中年男性は二言三言言葉を交わし、にこやかに別れる。


 「……姫?」


 中年男性が口にした待雪の呼称に、メルは疑問を覚える。


 「実はわたくしの父が『大変正(だいへんじょう)』……万花京の取り纏め役を務めておりまして。その関係で、わたくしは幼少の頃より姫と呼ばれているのです」

 「待雪さんってお姫様だったんですか!?」

 「いえ、そんなことはありません。父は確かに街の取り纏め役ですが、この街には権力というものが存在しませんから。父の仕事と言えばたまの揉め事の際に仲裁を務める程度で、わたくしの姫というのも渾名のようなもので……」


 言い訳のように早口で説明を捲し立てる待雪。姫という呼称は、待雪にとって恥ずかしいものであるようだ。

 その後も街を歩いていると、待雪はよく声を掛けられていた。街の取り纏め役の娘ということで慕われている様子だ。


 「着きました。ここが私の実家です」


 そう言って待雪が示したのは、万花京の中心部にある一際立派な屋敷だった。


 「わ~……」


 外観に見惚れるメルを促し、待雪は屋敷の中に入る。


 「お帰りなさい、姫」


 使用人と思しき青年が待雪を出迎える。


 「桜庭様をお招きしました」

 「ああ、これは桜庭様。お話は姫より伺っております、ようこそいらっしゃいました」

 「ど、どうも……」

 「お父様はどちらに?」

 「大変正は大広間でお待ちです。宴の用意も整っておりますよ」


 こちらへ、と使用人が待雪とメルを案内し始める。

 屋敷の廊下を歩きながら、メルは待雪にこっそりと話しかけた。


 「待雪さん、宴って……?」

 「桜庭様へのお礼として、盛大な宴をご用意しております。きっとお楽しみいただけると思います」

 「あっ、そうなんですね……」


 メルは大人数での食事などが苦手なので、宴と聞いて少し不安になった。


 「こちらです」


 家の中とは思えない距離を歩き、使用人が大きな扉の前で立ち止まる。扉の上には墨痕鮮やかに「大広間」と書かれた看板が掲げられていた。


 「どうぞ」


 使用人が慇懃に扉を開く。

 100畳を超える大広間には老若男女何十人もの侏珠の姿があり、その全員が入口に現れたメルへと視線を向けていた。


 「ひっ……」


 物理的な圧力を感じるほどの視線に、メルは思わず後ずさる。


 「桜庭様、参りましょう」

 「は、はい……」


 差し出された待雪の手を取り、メルは恐る恐る大広間に足を踏み入れた。


 「あなたが桜庭メルか」


 大広間の最奥に鎮座した山のような大男が、立ち上がってメルに近付いてくる。


 「娘から話は聞いた。俺の一人娘の命を救ってくれたこと、心から感謝する」


 メルの前までやってきた大男は、そう言ってメルに深く頭を下げた。


 「ということは、あなたが……」

 「ああ。俺が待雪の父親、この街じゃ大変正なんて呼ばれてる男だ」


 大変正が右手を差し出してきたので、メルはその手を取って握手をする。


 「今日は娘の命の恩人のあなたに、ささやかだが宴を用意した。できる限りのもてなしをするから、楽しんでもらえると嬉しい」

 「あっ、はい。ありがとうございます……」


 流れるままにメルは主賓席のような場所に座らされ、そして宴が始まった。

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ありがとうございます

次回は明日更新します

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