第29回桜庭メルの心霊スポット探訪:万花京 一
「皆さんこんにちは、心霊系ストリーマーの桜庭メルで~す」
この日メルの配信が始まったのは、太陽が沈みかけている夕暮れ時だった。
「心霊スポット探訪、今日は第29回目!やっていきたいと思いま~す」
『こんにちは~』『メルちゃんこんにちは!!』『また中途半端な時間に始まったな』
「今日はですね~……ホントはもうちょっと早い時間から配信する予定だったんですけど、色々あって配信始めるのが遅れちゃって……遅刻してごめんなさい」
『いいよ』『ええんやで』『全然大丈夫だよ!』
メルがカメラに向かって頭を下げると、視聴者からは概ね好意的なコメントが返ってきた。
「それで今回何をするかなんですけど……じゃん!」
メルはポケットから四つ折りのコピー用紙を取り出す。
「今回もまた視聴者さんからのリクエストにお応えしようと思いま~す!わ~、パチパチパチ~」
『いつもの』『実家のような安心感』
「それじゃあ読んでいきますね~」
メルはコピー用紙を広げ、視聴者から送られてきたリクエストを読み上げ始めた。
「桜庭メルさん、いつも楽しく配信見させてもらっています。
私が小学生の頃、学校で『リコーダー許さないおじさん』という都市伝説のようなものが流行った時期がありました。
学校の近くの公園でリコーダーを吹くとどこからともなくリコーダー許さないおじさんが現れ、リコーダーを吹いていた子供をボコボコにした挙句どこかへ連れ去られてしまうという噂でした。
このリコーダー許さないおじさんは子供達の間で『RYO』と略され、一時期は子供達の間でかなりのブームになっていました。
件の公園でリコーダーを吹く度胸試しのようなものも流行し、学校から禁止令が出されたほどでした。
ところで先日街を歩いていると、すれ違った子供達がRYOの話をしていました。
私が小学生だったのは10年以上も前のことです。10年もの時が経ってもRYOの名前が語り継がれていることに、私はとても驚きました。
そして同時に、もしかしたら本当にリコーダー許さないおじさんが実在するのではないかという気がしてきました。
ですが私はもう社会人で、公園でリコーダーを吹くには人目が痛すぎます。ですから私の代わりに桜庭さんが、本当にリコーダー許さないおじさんがいるのかを調べてくれませんか?
どうぞよろしくお願いします。
……とのことですね~」
メルはコピー用紙を再び四つ折りにしてポケットに仕舞い、カメラに顔を向ける。
「メルだって公園でリコーダー吹くのは人目が痛いんですけど!?」
『草』『だよな』『それはそう』『正論』
メルだって小学生だったのはもう何年も前の話だ。公園でリコーダーなど吹こうものなら、最悪職務質問を受けかねない。
「まあ……やりますけどね。メルはストリーマーですから」
『えらい』『立派』『ストリーマーの鑑』
「という訳でリクエストをくれた視聴者さんに教えてもらって、リコーダー許さないおじさんが出るって言われてる公園にやってきました~」
メルが両手で背景を示す。
そこは中心に大きな池のある公園で、日暮れ間際という時間帯も相まって人の姿は見当たらない。今からリコーダーを吹かなければならないメルにとって、人気が無いのは幸運だった。
「それでですね~……」
メルはその場に屈み込み、スカートの中へと右手を忍ばせる。
「じゃん!」
そして立ち上がったメルの手には、ほんの少しだけ年季の入ったリコーダーが握られていた。
「メルが小学生の時に使ってたリコーダーを、実家から送ってもらいました~」
『リコーダーどこに仕舞ってんだよ』『そんなとこからリコーダー取り出すな』
以前包丁を収納するのに利用していた太もものホルダーを、リコーダー入れとして再利用したメルだった。
『なんかメルの口から実家って聞くと変な感じする』『そっかメルにも実家はあるんだよな……』
「何ですかそれ~。メルにだってパパもママもいるんですよ~?」
『両親のことパパママって呼んでるんだ』『可愛い~!!』『俺もメルにパパって呼ばれてみてぇなぁ』『それなんかちょっと意味違わない?』
「え~?……パパ♡」
『あ゛っ!?!?!?』『うわ今のめっちゃいい……』『内なる父性が疼いた』『ママのバージョンもお願いします!!』
「マ~マ♡」
『ああああああ!!!!!!』『発狂してる奴いる』『今日のメルめっりゃファンサいいじゃん』『キララさん大歓喜』
「……さて、そろそろ始めましょうか」
慣れないファンサービスに薄らと頬を染めながら、メルは近くにあったベンチに腰を下ろす。
「わ~、リコーダーなんて久し振り~」
『教科書も送ってもらったの?』
「そうなんです、小学生の時に使ってた音楽の教科書。わ~懐かし~」
メルは音楽の教科書を膝の上に置き、リコーダーについてのページを開く。
「わ~全然覚えてないな~。どうやって音出すんでしたっけ……こう?」
教科書を参考にリコーダーの穴を塞ぎ、メルはおっかなびっくりリコーダーに息を吹き込む。
「わ、音出た」
『そりゃ出る』『懐かしい音』『いつぶりだろリコーダーの音聞くの』
「あ~、なんかちょっと思い出してきました。折角だから何か曲でも演奏してみますね」
メルは教科書に載っている楽曲の中から、比較的簡単そうなものを選んで演奏を始める。
『うわ酷いな』『聞けたもんじゃない』『このクオリティを全世界に配信する度胸がすごい』
「そこまで言わなくてもよくないです!?」
数年ぶりのメルのリコーダーでの演奏は、残念ながら視聴者に酷評されてしまった。
「ちょっともう1回、もう1回やります!次は絶対もっと上手くできますから!」
『がんばれ~』
再び同じ曲に挑戦するメルだが、残念ながらたった2回の試行回数では大した上達は見られない。
「うわなんか悔しい……ちょっと本腰入れて練習していいですか?」
『マジかよ』『いいよ~』『メルちゃん頑張って!!』
真剣に教科書と向き合い、本気の練習を始めたメル。
その後実に1時間もの間、メルは休むことなくひたすらにリコーダーを吹き続けた。
「どうですか!?今のは結構よかったんじゃないですか!?」
『正直かなり良くなってきた』『最初の頃とは別人みたいに上手くなってる』『やっぱメルって要領いいんだな』
「わ~嬉しい!ありがとうございます!……それでリコーダー許さないおじさんはいつになったら来るんですか!?」
『草』『そんなのあったな』『そういや元々そういう話だったな』『おじさん全然来ねぇじゃん』
1時間以上もリコーダーを吹き続けたというのに、視聴者のリクエストにあったリコーダー許さないおじさんは終ぞ姿を現さなかった。
「う~ん……これ、やっぱりリコーダー許さないおじさんはただの噂だったってことでしょうか……?」
『そうなんじゃない?』『これだけリコーダー吹いてても来ないってことはそうなんだろうな』
「いつの間にか夜になってますし……はぁ、今回は空振りですね~……」
メルは肩を落としてベンチから立ち上がる。
『メルの配信で心霊現象何も起きないのってめっちゃ久し振りじゃね?』
「そうですね~。ホントに何も起きなかったのは、多分3回目の心霊スポット探訪以来だと思います」
『そんな前になるのか』『てかそれ以降今日までずっと配信で何かしら心霊現象起きてたのすごくね?』
「ですね~……でも今日はちょっと何も起きないみたいなので、残念ですけど今日の配信はここまでにさせてもらいたいと思います……」
『しゃーない』『もう終わりか』『残念』
メルは少しだけ表情を曇らせながらも、カメラに向かって笑顔を浮かべる。
「それでは皆さん、今日の心霊スポット探訪はちょっと残念な結果に終わってしまいましたが……また次回!第30回目の心霊スポット探訪では、皆さんに心霊現象をお届けできるように頑張りますので!」
『待ってる』『楽しみにしてる』
「また次回の配信でお会いしましょう!それじゃあ、バイバ~イ!」
『ばいばい』『バイバ~イ』『おつかれ~』
最後に両手を振って、この日の配信は終了した。
「はぁ……」
配信終了と同時にメルから笑顔が消え、口から沈鬱な溜息が零れる。
「……あの」
その時、メルは背後から声を掛けられた。
「はい?」
メルが振り返ると、そこにいたのはメルより少し背が低く、それでいてとても美しい少女が立っていた。
その少女の美しさたるや、メルでさえも数秒間見惚れてしまったほどだ。
「あの……私のこと、覚えてますか?」
少女はメルを上目遣いで窺いながらそう尋ねてくる。
「えっ……と……?」
メルは記憶を探ったが、目の前の少女に心当たりはない。これほど美しい少女は1度会えば忘れることはまず有り得ないので、恐らく会ったことは無いのだろう。
「すみません、ちょっと分からないです……人違いじゃないですか?」
「そんな……」
メルが首を横に振ると、少女はガッカリと肩を落とした。
「……あっ!」
しかしすぐに何かに気付いた様子で顔を上げる。
「でしたらこちらの姿はいかがでしょう?」
すると突然少女の体が白い煙に包まれた。
「ひゃっ!?」
メルは煙から目を守ろうと腕を上げたが、その必要もなく煙はすぐに消失する。
そして煙が晴れたその場所には、何やら白くて丸っこい小動物の姿があった。
「あっ!」
その丸っこい小動物には、メルにも見覚えがあった。
前々回の配信、見晴らし温泉を訪れた際のこと。温泉に転落した謎の動物をメルが助け出したことがあった。
謎の生物はメル以外には誰も見えていない様子で、とても不思議だったことをよく覚えている。
その時メルが助け出した動物は、まさしく今目の前にいる白くて丸っこい動物だった。
「あなた、見晴らし温泉の時の……」
「思い出していただけました?」
小動物が目に見えて安堵する。
「改めまして、わたくしは侏珠と申す者でございます」
小動物は近くに落ちていた枝を抱え上げ、それを器用に使って地面に「侏珠」と書いた。
「えっと……侏珠さん?」
「いえ、侏珠というのはわたくしの同族達の総称でございます。わたくし自身の名前は待雪と申します」
地面の「侏珠」の文字の横に「待雪」の文字が追加される。
「桜庭メル様。先日は水に落ち溺れかけたわたくしを助けていただき、心よりお礼申し上げます」
「いえいえ、当然のことですから。ところで……」
メルは両膝を屈め、待雪となるべく視線の高さを合わせる。
「松雪さんがメル以外の誰にも見えてなかったのってどうしてですか?」
「それはわたくしだけでなく、侏珠という種族そのものの特徴なのです」
ポンッ、と待雪の体が白い煙に包まれ、美しい少女の姿が現れる。
「侏珠はこのように、自らの姿を自在に変化させることができるのです」
トラや刀、デコレーションケーキや電話ボックスなど、待雪は次々と自らの姿形を様々なものへと変化させていく。
「わっ、すごいですね~」
メルはパチパチと手を叩いて待雪の変化を称賛した。
最後に待雪は元の白い小動物の姿に戻る。
「そして変化の他にもう1つ、侏珠には大きな特徴がございます。侏珠本来の在り方であるこの姿は、同じ侏珠以外の何物にも認識することができないのです」
「それは……そういう精神干渉能力があるってことですか?」
「そういうことになるのでしょう。わたくしは若輩者ゆえあまり詳しくはありませんが」
「思惟食神みたいな感じなのかな……?」
人間の記憶を食らう祟り神、思惟食神。思惟食神に記憶の全てを食らい尽くされた人間の遺体は、他の誰にも認識できなくなっていた。
(隠避能力は思惟食神以上よ、メルちゃん)
メルの脳内にサクラの声が響く。
(この侏珠という怪異のことは、私もこの間まで存在すら知らなかったし、メルちゃんが言及するまで認識できなかったもの。それはつまり、神格であっても侏珠を認識することはできないということよ)
(神様にも認識できないんですか!?)
どうやら待雪を始めとする侏珠の能力は、メルが思っていた以上に強力であるらしかった。
「それならどうしてメルには待雪さんが最初から見えてたんですか?」
「わたくしにも分かりません。極稀にわたくし達を認識できる存在が現れることがあると、話には聞いたことがありますが……」
「そうですか……」
いずれにせよ、メルがたまたま待雪を認識できたからこそ、溺れる待雪を助けることができたのだ。その事実以外をメルは深く考えないことにした。
「それで待雪さんはどうしてここに?」
メルがそう尋ねると、待雪は改めて姿勢を正した。
「はい。わたくしの命の恩人であらせられる桜庭様に、是非ともお礼をさせていただきたく参りました」
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