第28回桜庭メルの心霊スポット探訪:メルヘン遊園地 中編
「えっちょっまっ、幾世守さん!!」
「『礫火天狗』!!」
燎火の右手に、超高密度の炎の塊が出現する。
「『赫威』!!」
燎火が炎を握り潰すと、それは万物を焼き払う灼熱の剣へと形を変えた。
「待って待って!?ホントに待って!?」
「ああああああっ!!」
『礫火天狗・赫威』は直撃すればメルの肉体を蒸発させるほどの威力を秘めている。メルは死に物狂いで、燎火が振るう灼熱の剣を回避した。
「落ち着いてください幾世守さん!しっかりして!?」
「どうして殺されてくれないの!?」
「お話にならないです!?」
対話による鎮静化を試みるメルだが、燎火はまるで聞く耳を持たない。
「これじゃメルヘン遊園地じゃなくてメンヘラ遊園地じゃないですか……!」
『言ってる場合か』『余裕あるなおい』
「あ~どうしましょ……」
メルは一旦燎火から大きく距離を取り、この状況を打破する方法を考える。
大前提として、燎火を殺してしまう訳にはいかない。燎火がメルに刃を向けているのは明らかに怪異に何らかの精神干渉を受けたためであり、言うなれば燎火は心神喪失の状態にある。
そんな状態の燎火がメルを殺そうとしたからと言って、燎火を殺し返そうとするほど、メルは頭がおかしくない。
「やっぱりどうにか気を失わせるのが1番いいですよね~……」
燎火の意識を断てば、ひとまず攻撃を中断させることができる。上手くやれば燎火に傷を負わせないことも可能だ。
「さて、どうやって気絶させましょうか……」
メルはどちらかというと腕より足を使った攻撃の方が得意なので、やはり足を使って絞め落とすのが最適だろうか。
などとメルが考えている一方で、燎火はメルに近付こうとせずその場にしゃがみ込み、左手で地面にそっと触れた。
「『恢々』」
すると地面に触れている燎火の左手を起点として、蜘蛛の巣のような模様が急速に広がり始めた。
「あっ!?」
メルは咄嗟に地面から足を離そうとしたが、それよりも先に蜘蛛の巣の模様がメルの足元にまで到達した。
その瞬間、メルの両足がまるで地面に接着されたように動かなくなる。
「これは……煌羅さんのお父さんが使ってた……!?」
メルはこれと同じ祓道を1度受けたことがある。地面から足を動かないようにして、下半身の動きを封じる祓道だ。
ただ『恢々』で動きを制限されるのは下半身だけで、上半身は自由に動かすことができる。メルは懐から龍石を取り出し、それを弾き飛ばして燎火を攻撃しようとした。
しかしまたしても燎火がそれに先んじて動き出し、灼熱の剣を消失させると、人差し指と小指だけを立てた右手をメルへと伸ばした。
「あっそれホントにちょっとマズい待って待って……」
「『礫火天狗・天梯』!!」
燎火の右手の前に、超高密度の炎の塊が出現する。
「死ねえええええっ!!」
炎の塊から、万物を焼き払う熱線が放たれた。
「ひゃあああああっ!?」
メルは死に物狂いで体を逸らし、両手を地面に着けてブリッジの体勢を取る。
「熱っ!?」
熱線はメルの腹部に僅かに掠ったが、それ以上メルの体を焼くことなく後方へと逸れていった。
「あっぶな……」
体を起こすとブラウスの腹部には大きな焦げ穴が開いており、図らずもへそ出しファッションになってしまった。
「ここまでやっても……まだ死んでくれないんですか、桜庭さん……!!」
燎火が充血した目でメルを憎々しげに睨み付ける。
「それなら……」
メルに向けていた、人差し指と小指だけを立てた右手を、今度は頭上に掲げる燎火。
すると右手の上に、3度目となる超高密度の炎の塊が出現した。
「ちょっと待ってくださいよ……」
燎火が何をしようとしているのか。それを理解したメルの頬を、中々の量の冷や汗が滑り落ちる。
燎火が発動しようとしているのは、『天梯』でも『赫威』でもない通常の『礫火天狗』。一帯に炎の塊を撒き散らす、広域殲滅の祓道だ。
「流石にホントに死にますって……!?」
下半身の動きを封じられた今の状況で『礫火天狗』を放たれれば、いくらメルでも回避しようがない。そして直撃した上で生還できるほど、『礫火天狗』は甘くない。
「今度こそ……あなたを殺して、煌羅さんと常夜見魅影も殺して、そして私も死んでやる!!」
限界まで目を見開いた恐ろしい形相の燎火は、今にも『礫火天狗』を解き放とうとしている。
「ああもうっ!」
メルは大急ぎで胸元からネックレスを引っ張り出し、その炎を模ったペンダントトップを握り締めた。
「祓器召喚!」
メルが呪文を口にすると、右目に白い光が集まり始める。
そしてメルの右目を覆い隠すように、薔薇を模った白い祓器、『夷蛭』が出現した。
「食べ尽くして!『夷蛭』!」
メルは燎火を対象として、『夷蛭』の霊力を奪う能力を発動させる。
「なっ……くっ!」
霊力を急激に奪われた燎火は体勢を崩し、頭上の『礫火天狗』の炎が消失する。
更に体勢を崩した際に左手が地面から離れ、『恢々』の効果も消え去った。
「てやぁぁっ!」
下半身の自由を取り戻すや否やメルは燎火に向かって疾走する。
そして地面を蹴って跳び上がると、煌羅の首を太腿で挟み込み、渾身の力で締め上げた。
「うっ……」
万力のような力で頸動脈を締め上げられ、5秒と経たずに燎火は意識を手放した。
「はぁ……あっぶなかったぁ……」
燎火の体を優しく地面に横たえながら、メルは心の底から安堵の溜息を吐いた。
「なんか……メル、普通に負けかけたんですけど……」
『キセモリさんってこんな強かったっけ?』『失礼だけど何かもっと弱いイメージあった』
「ね~、ビックリしました。幾世守さん短期間で強くなりすぎですよ……」
最初に会った頃の燎火は、『礫火天狗』を十全に扱うことすらままならず、炎の制御を誤って自爆していたこともあった。
それが今では『礫火天狗』を2連続で放っても呼吸すら乱さず、3回目を撃つ余力さえあったほどだ。成長著しいにも程がある。
「あ~……このブラウスはもうダメですね……」
ブラウスの腹部に空いた大きな焦げ穴を見下ろし、メルは悲しげな声を漏らす。
「この穴を開けたのは幾世守さんですけど、幾世守さんを正気じゃなくしたのはあなたですから……」
メルと燎火の戦いを離れた場所から笑いながら眺めていた女性の怪異に、メルは鋭い視線を向ける。
「ブラウスがダメになった責任は、あなたにあるってことですよね?」
「はぁ?ブラウスなんて知らないわよ」
メルの視線を受けても、女性は歪んだ笑顔を浮かべたままだった。
「なんでか分からないけどあんたには私の苦しみを味わわせることができないみたいだから、アンタは直接私が殺してやる」
女性は赤黒い血が滴る左手を持ち上げ、その指先をメルへと向ける。
「死ね」
すると左手首の傷から溢れる血が、鏃の様な形状となってメルへと射出された。
『血を武器にしてる!?』『かっけぇ!!』『吸血鬼みたい』
メルは血の鏃を躱しながら、女性へと向かって走り出す。
「メルに飛び道具は当たりませんよ」
「死ねよ!死になさいよ!」
女性は次々と血の鏃を放つが、メルはそれらを容易く回避しながら女性との距離を詰める。
「死んでよおおおおっ!!」
メルが手の届く距離にまで迫ったところで女性は血の鏃による攻撃を止め、右手の包丁を横薙ぎに振るおうとする。
それに対してメルは後ろに跳んで包丁の届く範囲から逃れ、同時に隠し持っていた石を――龍石ではない、正真正銘ただの石を指で弾く。
石は弾丸のような速度で空気中を突き進み、女性が振り抜いた包丁の柄に命中し……そしてそのまま包丁をすり抜けていった。
「あ~……包丁触れないですか~……」
どうやらその包丁には物質的な実体が無いようだった。
女性から包丁を奪い取って自分の武器にしようと目論んでいたメルだったが、残念ながら当てが外れてしまった。
「仕方ないですね~」
メルはポケットから龍石を取り出し、同じように指で弾き飛ばす。
ライフル弾の如き速度で飛翔した龍石は、そのまま女性の眉間を貫通した。
「ぎゃああああっ!?」
女性の口から野太い悲鳴が迸る。
その一撃が致命傷となったようで、女性の体はボロボロと崩壊して消滅した。
「ふ~……こっちはあんまり強くなくてよかった」
血を使った攻撃には驚かされたメルだが、それでも女性を殺すのはそう難しいことではなかった。
燎火とは雲泥の差だ。
「あれ……?私は……」
背後から燎火の声が聞こえ、メルは振り返る。女性の消滅がきっかけとなったのか、目を覚ました燎火が体を起こしていた。
「幾世守さん、気分はどうですか?」
「桜庭さん……私は……あっ!?」
最初は寝ぼけたような顔をしていた燎火だったが、すぐにその顔が真っ赤に染まり上がった。
「何か聞くまでも無いかもしれませんけど……さっきのことって覚えてます?」
「覚えてます……」
燎火は消え入るような声で囁き、そのまま両手で顔を覆って俯いてしまう。
燎火にとっては不幸なことに、女性に精神干渉を受けて以降の記憶は、しっかりバッチリ残っているらしかった。
「申し訳ありませんでした桜庭さん……本当に、申し訳ありません……」
「いえ……そんなに気にしないでください。メルには効かなかっただけで、精神干渉を受けちゃったのはメルも幾世守さんも同じですし……精神干渉受けた後のことは、まあ……」
「本当に、ごめんなさい……」
先程の自分の振る舞いが余程ショッキングだったのか、燎火は一向に顔を上げる気配がない。
「幾世守さん……」
メルは燎火にどんな言葉を掛けたものかと思い悩み、
「……これからは、燎火さんって呼んでもいいですか?」
「桜庭さん!?」
『なんか追い打ちかけ始めたぞおい』『なんでこのタイミングでそれ言った?』『死体蹴りやめたげてよぉ!!』
どうして後から会った煌羅のことは名前で呼び、先に会った自分のことは苗字でしか呼んでくれないのか。
正気を失っていた燎火の発言を蒸し返すようなメルの提案に、流石に燎火も顔を上げた。
「あっ、わ、忘れてください!精神干渉を受けていた時の私の発言は、全て本心ではないんです!私が名字で呼ばれていることに思うところはありませんし、煌羅さんや常夜見魅影を羨ましいとも思っていません!」
「いやでも、メルも前から思ってたんですよ。幾世守さんも煌羅さんも『幾世守』なのに、幾世守さんのことだけ幾世守さんって呼ぶのはなんか変だな~って。でも1回慣れちゃった呼び方を変えるのって結構難しいじゃないですか」
実のところ、メルは前々から燎火の呼び方を変えるタイミングを窺っていたのだ。
今回の件は衝撃的ではあったが、それでも1度決まってしまった呼び方を変えるにはいい機会だ。
「幾世守さんが下の名前で呼ばれるのイヤなら、無理にとは言わないですけど……」
「いっ、いえ……決して嫌ではありませんが……」
「じゃあいいですか?燎火さんって呼んでも」
「は……はい」
「燎火さん」
「は、はいっ!」
「えへへっ」
「……ふふっ」
『おいなんかいい感じに収まってるぞ』『メルの死体蹴りからよくここまで持ち直せたな』『何にせよ2人の仲が縮まったならよかった』
呼び方を変える気恥ずかしさに照れ笑いを浮かべていたメルだったが、ここでメルの耳に足音のようなものが聞こえてきた。
「っ、桜庭さん、誰かが来ます」
メルより少し遅れて、燎火も足音が聞こえる方向へと視線を向ける。
「人間……ですか?」
「足音はそのように聞こえますね……」
メルは腰を軽く落として臨戦態勢を取り、燎火はいつでも『青鷺』を放てるよう右手の人差し指と中指を伸ばす。
程なくして、足音の主がメルヘン遊園地に現れた。
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