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第27回桜庭メルの心霊スポット探訪:見晴らし温泉 後編

 「ん?」


 それは奇妙な動物だった。

 ウサギにしては耳が短く、キツネにしては顔が丸い。メルが知っている動物だとタヌキに近いが、タヌキだとしても丸すぎる。

 丸い顔と丸い胴体、大小2つの球体がくっついたようなその動物は、横倒しにした雪だるまのようにも見えた。


 「煌羅さん煌羅さん。あの可愛いのなんでしょ」


 メルは煌羅の肩を叩き、謎の動物を指し示す。


 「可愛いのってどれのこと?」

 「あれです。あの白くて丸いやつ」

 「……えっ?何もいないけど……」

 「えっ?」


 謎の動物はその体の白さのためにかなり目立つ。彼我の距離も50mかそこらで、メルに見えて煌羅に見えないはずがない。


 「視聴者の皆さんはどうですか?あの白くて可愛いの見えてますか?」

 『白くて可愛いの?』『何もいなくない?』『さっきの猿のことじゃないでしょ?』『え、メルちゃん何見えてるの?』『こわっ』


 どうやら視聴者の中にも謎の動物が見えている者はおらず、見えるのはメル1人だけのようだった。


 「何か前にもこんなことありましたね……」


 メルにしか見えない動物が、普通の動物であるはずがない。

 試しに「桜の瞳」で謎の動物を見てみると、案の定赤い光で縁取られて見えた。


 「煌羅さん。メルにしか見えない怪異がいるっぽいです」

 「ホント!?もしかして、その怪異が精神干渉を……?」

 「どうでしょう、さっきまではいませんでしたし……それに、なんか精神攻撃仕掛けてくるほどの元気はなさそうです」


 謎の生物はふらふらと足取りが覚束なかった。大きな怪我などは見当たらないが、かなり疲弊している様子だ。

 喉が渇いているのか、謎の生物が温泉へと近付いていく。


 「あっ、危ない……」


 メルが抱いた嫌な予感は的中し、水面に顔を近付けた謎の動物は、そのまま足を滑らせて温泉に転落してしまった。

 白濁した湯の中に消えた謎の動物は、一向に浮上する気配がない。

 それを見たメルはその場にしゃがみ込み、スカートの中から個別に包装されたクッキーを2つ取り出した。


 「煌羅さん、これ預かってください!」

 「えっ?えっ?」


 メルは片方のクッキーを煌羅に放り投げ、駆け出しながらもう片方のクッキーの包装を剥がす。

 包装から取り出したクッキーをメルが口に放り込むと、メルの全身が虹色の光に包まれた。

 ピンクのブラウスと黒のスカートが消失し、代わりにフリルとリボンとハートマークがふんだんにあしらわれた衣装がメルの体を包む。頭髪がピンク一色に染まり、ツインテールが2倍以上の長さにまで伸長する。

 そうして魔法少女の姿へと変身したメルは、疾走した勢いそのままに美しいフォームで温泉へと飛び込んだ。


 「メルちゃん!?」


 煌羅の悲鳴じみた呼び声は、飛び込み時の水音に掻き消されてメルの耳には届かない。

 心地よい温度の白濁した湯を掻き分け、メルは下へ下へと潜っていく。


 (いくらなんでも、深すぎる……?)


 温泉の異常にはすぐに気付いた。

 温泉の深さというものは、座った時に肩まで浸かるくらいが普通だ。先程猿が浸かっていた時の様子からするに、この温泉はそれより浅くてもおかしくなかった。

 だというのに、メルがどれだけ奥に潜っても一向に底に辿り着かない。メルの体感では、もう10m以上は潜水しているにもかかわらずだ。


 (やっぱり、この温泉は普通じゃない……)


 しばらく潜っていると、不意にメルの視界がクリアになった。白く濁っていたはずの湯が、いつの間にか透明に変化していたのだ。

 そして湯の色が変化したのと同時に、メルは温泉に転落した謎の動物を発見した。ぐったりと死んだように動かないまま、ゆっくりと沈んでいる。

 メルは湯を掻き分けて謎の動物へと近付き、その小さな体を腕の中に抱きかかえた。生きているのか死んでいるのかは分からないが、ともかく地上へ連れ帰らなければならない。


 (メルちゃん、下から何か来るわ!)


 メルの脳内にサクラの声が響く。

 視線を落とすと、異形の存在が高速でメルの方へと接近していた。それは人型だったが全身を鱗で覆われており、半魚人か頭に皿が乗っていない河童のように見えた。

 メルは咄嗟に黒い影から逃れようとしたが、不意を突かれた上に水中であることが災いして思うように動けない。

 その隙に半魚人はメルの右足を掴み、より深くへと引きずり込み始めた。


 (この、っ……!)


 半魚人に引きずり込まれ、ようやくメルの目に水底らしきものが見えてくる。そこには激しく劣化した人骨と思しき物体がいくつも転がっていた。


 (離してっ!)


 メルは空いている左足で、半魚人の顔面を蹴りつける。

 怪異に対して霊力を用いない打撃は非常に効果が薄いが、それでも半魚人を怯ませる程度のことはできた。

 半魚人の手が緩み、メルの右足は解放される。

 その瞬間、メルは全身全霊を込めたドルフィンキックで急浮上を始めた。

 半魚人も即座に体勢を立て直してメルを追いかけるが、そう易々とは追いつけない。


 「ぷはぁっ!」


 メルは半魚人に追いつかれること無く、水面から顔を出すことができた。


 「メルちゃんどうしたの!?いきなり変身して飛び込んだりして……」

 「煌羅さん、怪異が来ます!」


 駆け寄ってきた煌羅へ手短に注意喚起をしつつ、メルは温泉を脱出する。

 直後に水面から水柱が上がり、半魚人が飛び出してきた。


 「ホントに出てきた!?」


 煌羅は驚きつつも、即座に半魚人に対して『亀骨』を構える。


 「はあっ!」


 煌羅が振るった『亀骨』の刃が、半魚人の腹部を捉える。

 『亀骨』の刃は半魚人の鱗を切り裂くには至らなかったが、それでも衝撃によって半魚人の体はくの字に折れ曲がった。

 その隙にメルは懐から龍石を取り出し(魔法少女の衣装にも便利なことにポケットがあった)、親指で素早く龍石を弾き飛ばす。

 ライフル弾を上回る速度で射出された龍石は半魚人のこめかみを貫通し、傷口から青緑色の血液らしきものが溢れ出る。

 半魚人は名状しがたい悲鳴を上げながら地面に倒れ、そのまま動かなくなった。


 「め、メルちゃんどういうこと?どうしていきなり飛び込んだの?」

 「さっきメルにしか見えない怪異がいるって言ったじゃないですか。その怪異が温泉に落ちちゃったんで、助けに行こうと思ったんです」

 「そうなんだ……変身したのはどうして?」

 「それはですね……あっ、煌羅さん。預かってくれてありがとうございました」


 メルは煌羅に預けていたクッキーを引き取り、包装を剥いで口へ運ぶ。

 すると再びメルの体が虹色の光に包まれ、元の地雷系の服装へと戻った。


 「変身した状態で飛び込めば、こっちの服を濡らさないで済むんですよ」

 「あ~、なるほど!メルちゃん頭いい~!」

 「これライフハックです。視聴者の皆さんも覚えて帰ってください」

 『覚えて帰ったとて』『それできるのメルだけだろ』『「潜水する時は魔法少女に変身すれば元々着てた服を濡らさずに済む」なんてライフハック誰がいつどこで役立てられるんだよ』『ライフハック史上最も汎用性が無い』

 「それにしても……」


 メルがうつ伏せで倒れ込んだまま動かなくなった半魚人に視線を向ける。


 「何なんでしょう、これ。河童?」

 「確かに河童みたいだけど……でも頭にお皿が無いね?」

 「温泉の河童はお皿が無いものなんでしょうか?」

 『知らんけど多分そんなことはないだろ』『まず温泉の河童って聞いたこと無い』

 「私達、勢いで殺しちゃったけど、この怪異はなんか悪いことしてたのかな?」

 「あっ、それはしてたと思いますよ。温泉の底になんか人の骨みたいなのいっぱい転がってましたし」

 「え~、そんなのあったんだ?」

 「はい。だから見晴らし温泉の神隠しの噂も、この怪異がお客さんを温泉の中に引きずり込んで殺してたってのがホントのところなのかもです」

 「……ところでメルちゃん、この温泉ってそんなに深かった?」


 煌羅が乳白色の温泉を見て首を傾げる。


 「さっき猿が気持ちよさそうに入ってたし、そこまで深いようには見えないんだけど……」

 「メルもそう思ったんですけど、結構深かったですよ?」


 メルはブラウスの袖を捲れるだけ捲り、温泉の中に腕を入れる。

 すると肩の手前まで腕を沈めた辺りで、メルの指先が硬いものに触れた。


 「あれ、底がある……」

 「え、嘘」


 煌羅も同じように袖を捲って温泉に腕を入れると、やはり肩の手前辺りで底に届いたようだった。


 「でもさっきは絶対にもっと深かったよね?」

 「はい。だってメル飛び込んで潜水しましたもん」


 これは一体どういうことかと、メルと煌羅は揃って首を傾げる。


 (メルちゃん、この温泉は異空間への入口のようだわ)


 すると脳内にサクラ先生の解説が流れてきた。


 (普段はただの温泉だけれど、時々異空間と繋がることがあるみたい。この鱗に覆われた怪異はその異空間を住処にして、温泉が異空間と繋がった時に温泉に浸かっていた人間を襲っていたのだと思うわ)

 (流石サクラ先生。何でも知ってますね~)

 (サクラ先生って?)


 メルは今しがたサクラから教えられたことを、そっくりそのまま煌羅にも伝える。


 「……あれ?」


 そして煌羅への説明を終えたところで、メルはあることに気が付いた。

 温泉の中から助け出した謎の動物が、いつの間にかいなくなっている。


 「いない……どこ行っちゃったんでしょ……?」

 「メルちゃん、どうかした?」

 「さっきから言ってるメルにしか見えない怪異が、どこかに行っちゃったんです。かなり疲れてたみたいだったのに……」


 メルは辺りを見回してみるが、謎の動物の姿は見当たらない。山の中であの白い体はよく目立つので、見当たらないということはもうこの近辺にはいないのだろう。


 「どうする?探してみる?」

 「……いえ、いいです。メルにしか見えないのに、煌羅さんや視聴者さんを付き合わせるのも悪いですから」

 「私は別にいいけど……」


 謎の生物がメルの目を盗んで自ら移動したのか、はたまた何者かに攫われてしまったのか。できれば前者であってほしいとメルは願った。


 「さて、と……それじゃあ結構いい感じですし、今日の配信はこれくらいにしましょうか」

 『え~』『もう終わり?』『はや~い』

 「大丈夫です、リクエストが結構溜まってますから、またすぐに次の配信しますよ~」

 『わ~い』『やったぁ』

 「煌羅さん煌羅さん。一緒に最後の挨拶しましょ」

 「いいの?」

 「もちろんです。それじゃあ皆さん、次回の第28回心霊スポット探訪でお会いしましょう!バイバ~イ!」

 「バイバ~イ」

 『ばいばい』『バイバ~イ』『楽しかった~』『またね~』

 「煌羅さんこの後一緒にご飯行きません?」

 「いいの!?行く行く!」


 メルと煌羅の遊びの約束の音声を最後に、この日の配信は終了した。

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ありがとうございます

次回は明日更新します

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