第7回桜庭メルの自分探しの旅:糸繰村 後編
本日2話投稿しております
こちらは2話目です
「……ハイパーハイプレッシャー」
「がっ!?」
突如として、メルは凄まじい重力に襲われた。
いや、厳密に言えば重力ではない。メルと地面との間に強力な引力が発生し、それが疑似的な重力として働いているのだ。
「ぐ、っ……」
まるで全身を圧搾機で押し潰されるかのような凄まじい重力に、メルはたまらず膝を折る。
「あれ、一瞬でぺしゃんこになると思ったんだけどな」
「残念、でしたね……メルは、頑丈、なんです……」
「うん、そうみたい」
「この、程度の、重力……!」
メルは無理矢理に笑顔を作ると、1度は膝をついてしまった体を気合で持ち上げ、重力に抗いゆっくりと立ち上がる。
「嘘でしょ……?」
信じ難いものを見たというように、オニキスが引き攣った笑顔を浮かべる。
「さあ……どこからでもかかってきていいですよ……!」
超重力下で立っているだけでもやっとだというのに、メルは果敢にもオニキスを挑発する。
「ううん」
だがオニキスは首を横に振った。
「迂闊に近付いたら、さっきのカウンターみたいにしてやられちゃうかもしれないから。このままハイパーハイプレッシャーで潰れるのを待つよ」
「くぅっ堅実!」
気合でどうにか立ち上がることができたメルだが、立つのが精いっぱいで移動はできそうにない。
故にオニキスを挑発して手の届く範囲に誘き寄せようとしたのだが、その目論見はオニキスにあっさりと看破されてしまった。
「く、うぅっ……重いぃっ……!」
メルに降りかかる重力は、時間とともに徐々に強さを増している。見えない手で押さえつけられるように、メルの姿勢が少しずつ低くなっていく。
「これでも潰れないなんて……ホントに丈夫だね、オリジン」
オニキスは目を丸くしつつも、余裕の態度を崩さなかった。どれだけ重力に耐えようと、移動ができなければ恐れるに足らないと高をくくっているのだ。
「舐めないでくださいよ、っ……!」
指先1つ動かすにも苦労するような超重力下で、メルはオニキスに気取られないよう細心の注意を払いつつ右手を僅かに動かす。
そうして取り出した龍石に紫色の炎を纏わせ、最小限の動きでオニキスに向かって弾いた。
「なっ……」
引力が作用しているのは、あくまでもメルと地面との間。龍石は引力の影響を受けることなく、オニキス目掛けて一直線に飛んでいく。
弾丸のような速度で飛翔する炎を纏った龍石に虚を突かれ、オニキスが一瞬硬直する。
そしてその一瞬の隙を突き、龍石はオニキスの右目に直撃した。
……だが。
「ごめんね。最強形態になった私は、アサルトリパルサーを常時展開してるんだ」
龍石はオニキスの目を穿つことなく、弾き返されて明後日の方向へと飛んで行ってしまった。
「そんな……」
攻撃を弾かれたショックと強まり続ける重力により、遂にメルが片膝をつく。
「惜しかったね。相手が私じゃなければ、今ので殺せてたかもしれないけど……」
「ええ、そうですね……今の攻撃が通用しないとなると……」
その時、メルの足元から、夥しい量の紫色の炎が噴き上がった。
「もう、ゴリ押ししかないじゃないですか……!」
「え、っ……?」
天を貫くほどに巨大な紫色の火柱に、オニキスは圧倒されて数歩後退る。
「っ、ああああああああっ!!」
莫大な炎をその身に纏い、気合の叫び声を上げながら、メルはゆっくりと立ち上がる。
するとメルの体にかかる超重力が、みるみるうちに減衰し、やがて重力の影響が完全に消失した。
「やっぱりメルの思った通りです。どんなに強い能力も、この炎をぶつければなんかうまいこと誤魔化せるんですよ」
「そっ、そんな……そんな雑に強い能力があっていいの!?」
「いいんですよ。メルはあなたの生みの親で、祟り神なんですから」
無理を通して道理を引っ込めたメルが、巨大な火柱を全て右足へと収束させる。
超高密度に圧縮された炎により、空間が陽炎のようにぐにゃりと歪んだ。
「っ……ブラックザッパー!!」
メルが操る炎のエネルギー量に顔を引き攣らせたオニキスが、メルに向かって黒色のビームを放つ。
「メルティぃぃ……クレセントォッ!!」
回し蹴りと共に放たれた紫色の炎が龍を模り、オニキスの放ったビームを呑み込み掻き消していく。
そして紫色の炎の龍は、ビームだけでなくオニキス自身をも呑み込もうとしていた。
「あ……アサルトリパルサー!!」
斥力による防御を全力で展開するオニキス。
しかしオニキスの斥力を受けても、龍の軌道には一切の変化が現れない。
「こ、こんな……出鱈目な……っ!?」
龍が顎を大きく開き、オニキスを噛み砕く。
「ああああああっ!?」
紫色の炎の中からオニキスの悲鳴が上がるが、程なくしてそれも聞こえなくなった。
オニキスが絶命したのだ。
「っ、ああっ……!?」
その瞬間、メルは体の内側から無尽蔵のエネルギーが湧き上がってくるのを感じた。
「う、ああっ……んぁあっ!?」
快楽にも似た全能感がメルの体を満たし、メルは自分自身の肩を抱いて体を震わせる。
直後にメルの体から黒い靄のようなものが溢れ出し、メルを包み込んで巨大な繭を形成した。
『えっ何!?』『何だ!?』『なんかメルがエロい声出してたぞ!?』
「さて……視聴者の皆に見せられるのは、この辺りまでかしらね」
『えっ?』『この辺りまでって……』『ここで配信終わるの!?』『こんなめっちゃ気になるところで!?』
「ごめんなさいね、後日また説明の場を設けさせてもらうから、今日はここでお別れよ」
ここで魅影は撮影用のスマホを操作し、唐突に配信を終了する。
そして黒い繭に包まれたメルに視線を向けると、口元に笑みを浮かべた。
「……全てのメルティーズを殺したことで、封印は完全に解かれた。世界を滅ぼすほどの力が蘇るわ……!」
程なくしてメルを覆っていた黒い繭は綻び、中からメルが再び姿を現した。
「わ~……なんかメル、今めっちゃくちゃいい気分です……何なんでしょうこれ……」
頭部に聳える7本の角。本来白い部分が黒く、瞳が赤く染まった眼球。コウモリのような1対の黒い翼。無数の棘を持つ長い尾。夜の闇を衣服に仕立てたかのような妖艶なイブニングドレス。
メルの姿は祟り神のそれへと変化していた。そして変化したのは外見だけではない。
「完全復活おめでとう桜庭さん」
「ありがとうございます常夜見さん」
メルの祟り神としての力の大半を封印する役割を果たしていた7人のメルティーズが、全て1度ずつその命を落とした。
それによって封印は解かれ、メルは本来の力を取り戻したのだ。
「……こうして改めて向かい合うと、あまりにも隔絶した力ね……矢来神社の時は、我ながらよく立ち向かったものだわ」
「常夜見さんがメルをこうしたのに、今更何言ってるんですか」
全ての力を取り戻したメルは、存在としてあまりにも隔絶している。対峙している魅影は、その圧倒的な存在感を前にして、レッサーパンダながら冷や汗が止まらなかった。
最強の怪異使いであった魅影ですら、これほどまでに気圧されているのだ。何の力も持たない一般人が今のメルを認識しようものなら、最悪の場合発狂してしまいかねない。
だからこそ魅影は、メルが完全に力を取り戻す直前で配信を終了したのだ。
「一応訊くけれど、今のあなたは正気かしら?」
「正気……だと思いますよ。多分……?」
「そこは言い切ってほしいのだけれど……」
最初に祟り神として生まれ変わった時、メルは正気を失い暴走した。
故に魅影はメルが本来の力を取り戻すことで、再び正気を失う可能性を危惧していた。しかし結果として、それは杞憂に終わった。
「あれ、常夜見さん配信終わらせちゃったんですか?」
「ええ。今のあなたは一般人には見せられないし……それに、ここから先は世界が滅ぶ話をしないといけないでしょう?」
「あ~、確かに」
「というか桜庭さん、あまり顔を近付けないで頂戴。今のあなたは目が怖いんだから」
「えっ、酷くないです?」
メルは憮然としつつも、言われた通り魅影から少し距離を取った。
「さて。桜庭さんが本来の力を取り戻したことで、私達の準備は整ったわ。これで後は御伽星憂依が生み出した怪異を、桜庭さんが殺せば万事解決。あとは御伽星憂依が世界を滅ぼす計画を実行に移すまで、タイミングをじっと待って……」
「あらあらあらぁ?そこまで待たせるつもりは無いわよぉ?」
上空から覚えのある声が聞こえ、メルと魅影は同時にそちらへ視線を向ける。
「御伽星憂依……!」
「あっははっ!久し振りねぇ、瑠璃ヶ窪以来だわねぇ!」
長い金髪をツインテールに纏め、ゴスロリ服に身を包んだ中学生くらいに見える少女。
魅影の宿敵である御伽星憂依がそこにいた。
憂依はメルの不気味な目を真っ直ぐに見つめ、ニヤリと口角を持ち上げる。
「メルちゃんおめでとぉ~、これで私が生み出す怪異も倒せるかもねぇ~?」
「っ、あなた、まさか私達の計画を……!?」
「えぇ!えぇ!もぉちろん知ってたわよぉ~?」
ぐるりと不気味に首を動かし、憂依はメルから魅影へと視線を移す。
「世界の滅亡を防ぐために、世界を滅ぼせるほどの力を持った存在を作り出す……魅影ちゃんの考えそうなことよねぇ?」
「……ふん。気付いていたのなら、さっさと私なり桜庭さんなりを殺しておけばよかったものを」
「あらぁ?そんなことしたって何も面白くないじゃなぁい。魅影ちゃんが何か企んでるならぁ、その企みを成功させた上で叩き潰した方が面白いでしょぉ?だから今日までメルちゃんを殺さずに生かしておいたのよぉ」
「いや……御伽星さん前に1回メルのこと殺そうとしましたよね。瑠璃ヶ窪で」
メルの「米寿」という一言に激昂した憂依が襲い掛かってきたのだ。あの時の憂依は確実にメルを殺そうとしていた。
「今日はぁ、魅影ちゃんとメルちゃんにいいことを教えてあげようと思うのぉ」
「あれ、無視ですか?メルの声聞こえてないです?」
「私達にはあなたから教えられることなんて1つも無いと思うのだけれど?」
「あらぁ?そんな口を利いていていいのかしらぁ?」
それまでニヤニヤと軽薄に笑っていた憂依が、不意に真剣な表情を浮かべる。
「今から3日後。私は貯蔵したすべての反霊力を使い、世界を滅ぼす怪異、『禍津神』を誕生させるわ。止めたければ、そうね……4日後の午前零時、『洛奈落』にいらっしゃい」
「……らく、ならく?常夜見さん。それどこですか?」
「……分からないわ」
「えっ魅影ちゃんも知らないのぉ!?」
憂依が大きな声を上げる。魅影の無知をあげつらっているのではなく、魅影が知らないことを本当に驚いている様子だった。
「御伽星さん。その洛奈落って調べたら出てきますか?」
「さ、さぁ……調べたことは無いけど、出てくると思うわよぉ……?」
「ですか。じゃああとで調べてみましょうね、常夜見さん」
「そうね」
「…………」
メルはともかく魅影までも洛奈落なる場所を知らなかったせいで、何となく気まずい沈黙が周辺を支配してしまった。
「とっ、とにかく!3日後、洛奈落で待ってるわぁ!」
気まずさに耐えかねたのか、憂依がそう言い残して空に吸い込まれるように消えていく。
「常夜見さん。御伽星さんが言ってたこと、どう思います?」
「向こうから日時を指定してきたのはありがたいわね。御伽星憂依がいつ動くのかを警戒せずに済むわ」
「御伽星さんが嘘を言ってる可能性は無いですか?嘘の日付をメル達に言って、メル達が油断してるところで世界を滅ぼそうとしたりは……」
「その可能性は無いと思うわ。あの女は世界一頭がおかしいけれど、頭がおかしいからこそ嘘なんて小細工は仕掛けて来ない。あの女が3日後と言ったなら、3日後までは何もしないはずよ」
「……詳しいんですね、御伽星さんのこと?あんなに嫌ってそうなのに」
「あの女の計画を潰すために、あの女のことはかなり研究したもの。6歳から8歳の頃にね」
「幼女ストーカーだ……」
幼き日の魅影のストーキングはともかく、憂依が嘘を吐かないと魅影が言うのなら、メルは魅影を信じることにした。
「刻限は4日後の午前零時……つまり私達に残された時間はあと3日。3日もあれば、万全の態勢を整えられるわね」
「ですね。3日間で色々と準備を整えて、メル達で世界を救いましょう」
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