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第5回桜庭メルの自分探しの旅:藍染ダム 四

 メルは再び飛行し、マレフィックブラスターを掻い潜りながらクローラへと接近する。


 「……またお姉ちゃんに叩き落されたいの?」


 クローラは先程と同じような行動をとるメルを訝しみながら、メルを迎え撃つべく拳を構える。


 「今度こそ負けませんよ!」


 メルが右手の指を真っ直ぐに伸ばして貫手の形を作り、それを見たクローラが拳を振り被る。

 再び2人の攻撃が激突する……かと思いきや。


 「やぁっ!」


 腕が交錯する直前、メルは敢えて落としていた飛行速度を全開に引き上げ、一瞬でクローラの背後へと回り込んだ。

 まさに文字通り裏をかいたのだ。


 「っ!?」


 突如目の前からメルが消えたことで、クローラの体が硬直する。

 すぐにメルが背後に回り込んだことに気付いたクローラだが、クローラが振り返る頃には、メルは既に超高密度の紫色の炎を纏った右足を振るい始めていた。


 「メルティ・クレセント!!」

 「しまっ……!」


 メルの必殺の回し蹴りが、クローラの無防備な背中に突き刺さる。


 「ぅあっ!」


 微かな悲鳴を漏らしながら、ほとんどワープのような速度で地面へと叩きつけられるクローラ。

 しかし恐るべきことに、地面に落下した瞬間からクローラの傷はほんの僅かに回復し始めていた。


 「まだまだぁっ!」


 回復力の源である幽霊を枯渇させるか、回復が追い付かないほどの大きなダメージを与えるか。

 魅影から助言されたクローラの突破方法の内、後者を実行に移すべく、メルは地上のクローラ目掛けて急降下する。


 「メルティ……」


 メルの右足が、再び空間を歪ませるほどの超高密度の炎を纏う。


 「クレセント……」


 落下する肉体に逆らうように、メルが右足を天高く振り上げる。

 その姿を見上げ、クローラは優しく微笑んだ。


 「メルちゃんは強いわね。お姉ちゃんは嬉しいわ……」

 「ドロォォォップ!!」


 そして倒れ伏すクローラ目掛けて、渾身の踵落としを叩き込んだ。

凄まじい衝撃波。激しい破砕音。爆発した紫色の炎が、藍染ダム一帯を覆い尽くした。


 「ちょっ、桜庭さんっ、私がいることも考えて……!」


 恐ろしい速度で燃え広がる紫色の炎から、魅影が必死で逃げ回る。

 程なくして炎が消失すると、クローラの姿はもうどこにもなかった。

 逃げられたのではない。2度のメルティ・クレセントを受け、跡形もなく消滅してしまったのだ。


 「ふぅ……」


 クローラを仕留めたという確かな手応え(足応え?)を感じたメルは、全身を弛緩させて緊張を解く。


 「桜庭さん……少しやりすぎよ。もう少しで私も巻き込まれるところだったわ」


 紫色の炎から辛うじて逃げ切った魅影が、苦情を言いながら戻ってくる。


 「だって常夜見さんが言ったんじゃないですか。回復が追い付かないくらいのダメージを与えろって」

 「確かに言ったけれど……」

 「クローラはメルティ・クレセントを1発耐えたんですよ?じゃあ2発やるしかないじゃないですか」

 「私はメルティ・クレセントを2回やったことではなくて、私まで巻き込まれそうになったことに苦情を入れているのだけれど……はぁ、まあいいわ。今回はいつもより近くにいた私にも非はあるもの」


 魅影もそこまで命の危機を感じていた訳でもない。あまり長々と苦情を言い募ることはしなかった。


 「お疲れ様、桜庭さん。この後はまた彩女の森に向かうの?」

 「はい。クローラもあそこに預けてこようと思います」


 彩女の森。メルがメルティーズを纏めておくのに利用している禁足地だ。


 「視聴者の皆さん。今から彩女の森に移動するので、もう少しお付き合いお願いしますね~」

 『あいよ』『おっけー』『もっと付き合わせてくれてもいいのよ』『24時間メルちゃん見てたい……』


 メルはワープ能力を利用し、藍染ダムから彩女の森へとほんの数秒で移動した。


 「こっちは雨降ってないんですね~」

 「そうね。やりやすくて助かるわ」


 今回も例によって目的地から少し離れた場所へとワープしたので、メルと魅影は歩いて移動する。

 程なくして、聞き覚えのある滝の音が聞こえてきた。


 「あれ、オリジンじゃん」


 メルティーズの主な居住スペースである滝の近くにやってくると、メル達を出迎えたのはスプリットだった。


 「こんにちは、スプリット」


 他のメルティーズの姿が見えないことを尋ねようとしたメルだったが、それよりも先に気になるものが目に付いた。


 「その椅子どうしたんですか?前来た時そんなのなかったですよね?」


 スプリットは簡素な造りの木製の椅子に腰かけていた。以前はこの森には椅子など無く、横倒しにした丸太をメルティーズ達は椅子代わりにしていたのだ。


 「ああ、これ?これはね、最近みんなで作ったの」

 「作った?」

 「うん。こないだクリメイトがね、『アタシ達いつまでこんな原始人みたいな暮らしを続けるワケ!?』って言い出したの」

 「それは……なんていうか、ごめんなさい」


 メルティーズが彩女の森で暮らしているのはメルの命によるものだ。つまりメルティーズに原始人みたいな暮らしをさせている張本人はメルということになる。


 「それでクリメイトが『健康で文化的な最低限度の生活を送れるだけの設備をアタシ達の手で整えるわよ!でぃーあいいーよ!』って張り切り出して」

 「それを言うならDIYでしょ。DIEだと死んでるじゃないですか」

 「それにテクトニクスが『私もそう思うですますですわぁ~!!』って乗っかって」

 「テクトニクスホントにそんなバカみたいな語尾でした?」

 「ファンファーレも『あなた達がやりたいのであれば私もお手伝いいたしますわ。お友達ですもの』って」

 「あの子は簡単にお友達の連帯保証人とかになっちゃいそうで心配ですね」

 「3人がやるって言うなら私もやろうかな~って。それで4人であれこれやってできたのがこの椅子4脚って訳」

 「は~、よく作れましたね?」

 「まあね。ところでオリジンと魅影ちゃんはどうしてそんなずぶ濡れなの?」

 「さっきまで雨降ってるとこにいたもので」


 メルはスプリットが座っているのとは別の椅子を手に取り観察する。


 「よくできてますね~」


 商品として売られているものと遜色ない、と言うと流石に褒め過ぎだが、それでも素人のDIYで作られたものとしては大した出来だった。


 「道具とかもなかったでしょうに、どうやって作ったんです?」

 「クリメイトが意外と器用でね~。石とか使って工具っぽいもの一通り作っちゃったんだよ。椅子作るのだってクリメイトが大部分やってたし」

 「へぇ、クリメイトが……」


 メルが最初に出会った時は手当たり次第に怪異を殺して回り、破壊衝動らしきものを抱えていたクリメイト。

 しかしどうやら彼女には破壊よりも創造の方が向いていたらしい。


 「ところで、他の3人はどこに?」


 メルは椅子を地面に置いてスプリットに尋ねる。

 現在この居住スペースにいるのはスプリットだけだ。メルは他のメルティーズの行方が気になった。


 「クリメイトとファンファーレは家具に使えそうな木材を探しに行ったよ。次はテーブルを作るんだって」

 「……メルも家具とか用意しましょうか?」


 メルティーズが家財道具を全て自給自足で用意しなければならない現状は、不自由を強いているとも言い換えられる。流石のメルも心が痛んだ。


 「あはは、いいよそんなの」


 しかしメルの申し出に、スプリットはひらひらと手を振った。


 「DIY結構楽しいし。それに用意するったって、オリジンがお店に行く訳にも行かないでしょ?」

 「それはそうですけど……でも、やりようはありますよ?」

 「いいっていいって。気にしないで」


 スプリットが本当に不必要と思っていることが伝わってきたので、メルもそれ以上は申し出なかった。


 「クリメイトとファンファーレが木材探しに言ってるのは分かりましたけど、じゃあテクトニクスはどこに行ってるんですか?」

 「テクトニクスならそこだよ」


 スプリットが滝壺の池を指差す。


 「そこ?」


 メルが視線を向けると同時に、水面からバシャッと何かが飛び出してくる。


 「ふぅ……気持ちいいですわぁ!」


 それは全裸のテクトニクスだった。


 「ていっ」


 テクトニクスが全裸であることを視認した瞬間、メルは右手で撮影用のスマホを叩いた。

 メルに叩かれたスマホはリニアモーターカーのような速度で森の中へと消えていく。

 テクトニクスの出現からメルがスマホを弾き飛ばすまでに要した時間は僅か0.001秒。テクトニクスの裸体は1フレームたりとも配信には映り込んでいない。


 「意図は分かるけれど力業過ぎるわよ……!」


 魅影が呆れながらスマホの回収に走る。


 「あらオリジン、いらっしゃっていましたの?」

 「テクトニクス……何してるんですか?」

 「何って……水浴びですけれど」


 何ともタイミングが悪い。あと少しメルの判断が遅ければ、全裸のテクトニクスによってメルのチャンネルは収益化剥奪或いはチャンネル削除の憂き目に遭っていたことだろう。

 水浴び自体は何も悪いことではないが、それでもメルはタイミングの悪さに文句の1つも言いたい気分だった。


 「……とりあえず、悪いんですけど服着てもらえます?今ちょっと配信してるんで」

 「あら、そうでしたの?ということは、私の尊く美しく麗らかなヌードを全世界に発信する絶好の機会なのでは……」

 「着ろ。今すぐ」


 仕方ありませんわねぇ、と何故か恩着せがましくブラウスとスカートを出現させるテクトニクス。

 メルティーズ達の衣服は霊力で構成されており、自在に出現消失させることができる。人間だった頃に頻繁に服を買い替える羽目になっていたメルからすれば羨ましい限りだ。


 「それで、オリジンは何をしにいらっしゃいましたの?あっ、私としたことが愚問でしたわ!私の尊く美しく麗らかな顔を鑑賞しにいらっしゃったに決まっていますわよね!」

 「違いますね、それが目的なら鏡見るだけで事足りるんで」

 「テクトニクスそれ言うのやめなよ……」


 スプリットが頬を薄く染めながらテクトニクスに苦言を呈す。スプリットもテクトニクスのナルシシズムには手を焼いているらしい。

 テクトニクスが池から上がるのとほぼ同時に、魅影がスマホを回収して戻ってきた。


 「今日はですね、あなた達に新しいお友達を連れてきました」

 「友達ってことは……」

 「あら、ということはクローラですの?それともアンライプ?オニキスかしら?」


 直接言わずとも、メルが新たなメルティーズを召喚しにやってきたことを、2人は即座に理解した。


 「正解はこの人です」


 メルが前方に右手を翳し、そこに白い光が集まり始める。

 白い光はゆっくりと人型へと変化していき、クローラの姿を形作った。


 「ここは……?」


 再び生み出されたクローラは、相変わらずの困惑した表情で周囲を見回す。表情には出ないが戸惑っていることは間違いない。


 「あら、クローラでしたのね!」

 「クローラおひさ~」

 「テクトニクスちゃん……それにスプリットちゃん……?」


 自分に挨拶をする2人のメルティーズに、クローラは僅かに困惑を露にする。

 説明を求めるように、クローラはメルへと視線を向けるが、


 「……なるほど。今日から私もここで暮らせばいいのね?」


 メルが言葉を発するよりも先に、クローラはそう言って頷いた。


 「えっ、なんで分かったんですか!?」

 「ふふっ、だってお姉ちゃんだもの。っていうのは冗談で、メルちゃんの心を少しだけ見せてもらったわ」

 「へ~すっごい」


 クローラは他人の心を少しだけ見ることができる。メルはそのことを思い出した。


 「で、どうですか?ここ、悪いところじゃないと思いますけど」

 「とっても素敵なところね!空気は綺麗だしいい匂いもするし、何より妹達と一緒に暮らせるのが素敵だわ!」


 満面の笑顔でそう答えたクローラだが、その表情が突然不安げなものに変化する。


 「けど、本当にお姉ちゃんもここに住んでいいのかしら?」


 恐る恐るといった様子でスプリットとテクトニクスに尋ねるクローラ。

 すると2人は揃って首を縦に振った。


 「もちろんですわ!あなたは私にとって姉妹も同然ですもの!一緒に暮らすことに否などあるはずがございませんわ!」

 「そうそう。クリメイトとファンファーレも喜ぶと思うよ」

 「本当?ありがとう、お姉ちゃん嬉しいわ!それに、クリメイトちゃんとファンファーレちゃんもいるのね!」


 クローラは飛び跳ねんばかりに全身で喜びを表現した。

 不意にテクトニクスがクローラとの距離を詰め、その顔を覗き込む。


 「流石は私の姉妹も同然の存在……あなたもかなり美しい顔立ちをしていますわね」

 「あら、お姉ちゃんを褒めても何も出ないわよ?」

 「ですがやはり、私の美しさには及びませんわね!」

 「出たよ……」


 いつものナルシシズムを発揮し始めたテクトニクスに、スプリットは辟易したように顔を顰める。


 「何が違うのかわっかんないんだけど。私達みんな同じ顔じゃん」

 「ですよね、スプリットもそう思いますよね!?」

 「何を仰いますの?尊さと美しさと麗らかさが段違いですわ!」

 「いやだから同じだって」

 「メルのスマホの顔認証、多分あなた達でも通りますよ」


 メルとスプリットが手を組んでテクトニクスと言い争っている間、クローラは何かを思案するような表情で、右目の下に手を当てていた。


 「クローラ、どうかしました?」

 「……ねえオリジンちゃん。お姉ちゃんの顔、みんなとはちょっとだけ違うわよね?」

 「えっ?ああ、泣き黒子のことですか?」


 メルがこれまで出会ったメルティーズの中で、クローラだけが唯一左目の下に泣き黒子を持っている。それ以外はほぼ同一の顔立ちだが、確かに全く同じ顔という訳でもない。


 「お姉ちゃんがテクトニクスちゃんより美しくないのって……もしかして、この黒子のせい?」

 「なっ……!?」


 クローラのその疑問に、テクトニクスは激しい動揺を見せる。


 「なっ、そ、そんなっ、そのようなつもりは一切ありませんわ!私が他人の身体的特徴を揶揄しているかのような言い方は止めてくださいまし!」

 「でも、お姉ちゃんの顔とテクトニクスちゃんの顔で違うところは泣き黒子だけよ?それでテクトニクスちゃんの顔の方が美しいってことは、テクトニクスちゃんにとって私の黒子は美しくないってことで……」

 「そっ、それは断じて違いますわ!言うに事欠いて私が他人の身体的特徴を、みっ、醜いだなんて思うはずがないではありませんの!私の顔の方が美しいと言ったのは、その、振る舞いや雰囲気を諸々加味した上でのことであって、決してその泣き黒子がどうこうという話では……」


 普段の自身に満ち溢れた立ち居振る舞いが嘘のように、テクトニクスは狼狽えている。


 「なんか慌ててますね、テクトニクス」

 「こんなご時世だからね、自分がクローラの身体的特徴を揶揄したともとれる発言をしたことに気付いて焦ってるんでしょ」

 「怪異でもそういうコンプライアンスって気になるものなんですか?」

 「まあ、私達はオリジンを元に生まれてるからね~。怪異って言ってもその辺りの感覚は人間に近いよ」


 それにしても、とスプリットは意地悪く笑う。


 「クローラも性格が悪いね~。あんなに慌ててるテクトニクス、初めて見たよ」

 「奇遇ですね、メルもです」


 2人の視線の先では、ちょうどクローラが泣き真似を始めたところだった。


 「お姉ちゃん悲しいわ……テクトニクスちゃんに美しくないって言われて……」

 「そんなことは言っていませんわ!?私はただ私の方が美しいと言っただけで……そっ、そもそも!最初にあなたのことも美しいと言ったではありませんの!」

 「しくしく……でもいいの、お姉ちゃんはお姉ちゃんだから……」

 「やめてくださいまし!私が家族に言葉の暴力を浴びせるモラルハラスメントの常習犯であるかのような印象を与える振る舞いはやめてくださいまし!」


 クローラの嘘泣きははっきり言ってかなりの低クオリティだったが、それでもテクトニクスは面白いように引っ掛かっていた。


 「ふふっ、いい気味」


 スプリットのいい性格をしている一言を最後に、この日の配信は締めくくられた。

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ありがとうございます


想像以上に自分探しの旅が長くなってしまったので、自分探しの旅が終わるまで明日から1日に2話ずつ投稿していこうと思っています。

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