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第5回桜庭メルの自分探しの旅:藍染ダム 三

 「……流石に、今のじゃ仕留められませんよね」


 倒れ伏したクローラを見て、メルは悔しげにそう呟く。

 メルの蹴りが直撃する直前、クローラは自らの腹部に水を集中させていた。その水がクッションの役割を果たし、メルの蹴りの威力が軽減されてしまったのだ。


 「っ、はぁ……」


 クローラが腹を押さえながらよろよろと立ち上がる。


 「……ねぇメルちゃん。幽霊は水場に出やすいって聞いたことある?」

 「えっ?」


 脈絡のないクローラの問い掛けに、メルは思わず聞き返す。


 「幽霊は水場に出やすいって聞いたことある?」


 クローラは一言一句同じ文言を繰り返した。


 「まあ……聞いたことはありますよ。幽霊のことはあんまり詳しくないですけど」

 『詳しくあれよ』『元心霊系ストリーマーがよぉ』

 「でも、それがどうかしたんですか?」


 そう尋ねたメルの、「桜の瞳」の視界の端に、青い光がちらりと映り込んだ。


 「……お姉ちゃんは水を操ることができるの。つまりお姉ちゃんは水場よ」

 「まあ、一理ありますね」

 「そんなお姉ちゃんの下には、幽霊が自ずと集まってくるの。こんな風に」


 「桜の瞳」で捉えた幽霊が、そのままクローラの下へやってくる。それは壮年の男性の姿をした幽霊だった。


 「はあ……幽霊が集まってくるのは分かりましたけど、それが何だって言うんですか?」

 「ふふっ。今から教えてあげるわ!」


 そう言ってクローラは唐突に、傍らに立つ幽霊の胸に右腕を突き刺した。


 「なっ……」


 突然幽霊を殺したように見えるクローラの行動に、メルは驚愕して目を見開く。

 しかし幽霊が苦痛を感じている様子は一切なく、それどころか幽霊はこの上なく安らかな表情を浮かべていた。

 更に言うと、通常殺された幽霊はそのまま消滅するが、クローラに腕を刺された幽霊は未だに消滅していない。


 「殺したんじゃ、ない……?」


 一体クローラは何をしたのかと首を傾げるメルの目の前で、幽霊に変化が生じ始めた。

 こねくり回される粘土のように幽霊の輪郭がぐにぐにと形を変え、小さく圧縮されていく。

 程なくして壮年男性の幽霊だったものは、クローラの右手に収まる大きさの青白い球体へと形を変えた。

 クローラはその青白い球体を、メルに向かって突き出す。


 「……マレフィックブラスター!!」


 すると青白い球体から、網膜を焼くような眩い光線が放たれた。


 「はぇあっ!?」


 予想外の攻撃に珍妙極まる驚きの声を上げながら、メルは慌てて上体を逸らす。

 光線はメルの鼻先を掠めて後方へと飛んでいき、山の中腹へと吸い込まれていく。

 そして光線が着弾した地点に、地形が抉れるほどの爆発が生じた。


 「ひぇぇ……」


 その威力を目の当たりにして震え上がるメル。


 「へぇ……可愛い顔してなかなかえげつないことをするじゃない」


 一方魅影は何やら楽しそうに笑みを浮かべていた。


 「常夜見さん、何か分かるんですか?」

 「『可惜御霊』を覚えているかしら?要はあれと同じことよ」


 『可惜御霊』。それは魅影が以前に1度披露した、命そのものを攻撃に転化する奥義である。

 命と引き換えに放つだけあって、その威力は絶大だ。


 「クローラは幽霊の魂を攻撃に転化したのよ。幽霊では魂の力が弱いから『可惜御霊』ほど強力ではないけれど、それでも魂を使い潰すだけあって大した威力だわ」

 「魂を、使い潰す……」


 普通に考えれば悪役しかやらなさそうな行為である。それをメルティーズが行っているという事実に、メルは顔を顰めずにはいられなかった。


 「それにしても……幽霊を救いたいと宣っていたあなたが、こんな非道を行うだなんて。少しダブルスタンダードが過ぎるのではないかしら?」


 魅影がクローラにそう問い掛けたのは正義感からではない。単純に正論で他者をぶん殴りたかっただけのことだ。

 しかし魅影の問い掛けに、クローラは表情1つ崩さない。


 「幽霊を救いたいからこそ、お姉ちゃんはこうしているの。ワンちゃん、あなたも言っていたことでしょ?幽霊を救いたければ殺せばいいって」

 「確かに言ったわね。私は犬ではないけれど」

 「マレフィックブラスターは幽霊の魂を引き換えに放つ技だもの。マレフィックブラスターは幽霊をこの世の苦しみから解放してあげられるのよ。それって立派な救いでしょ?」

 「一理あるわね。けれどそれならただ幽霊を殺すのでも同じことではないのかしら?」

 「マレフィックブラスターは幽霊に苦痛を与えないわ。幽霊達は眠りに落ちるように、安らかな死を迎えることができる、これ以上の救いがある?」

 「それも確かに一理あるわね」

 「あなた達、よく話が合いますね……?」


 メルには何もかもがちんぷんかんぷんだった。

 魅影とクローラが問答している間に、またクローラの下に1体の幽霊がやってきた。今度は若い女性の幽霊だ。

 クローラは先程と同じように幽霊の胸に右腕を突き刺し、安らかな表情を浮かべる幽霊を青白い球体へと変える。


 「マレフィックブラスター!」


 そして幽霊の魂を消費した一撃を、再びメルへと放った。


 「さっきも言いましたよ!メルに飛び道具は当たらないって!」


 マレフィックブラスターの絶大な威力は目の当たりにしたばかりだが、その威力も当たらなければゼロと変わらない。

 直線的な光線など、メルにとって最も避けやすい攻撃と言っても過言ではない。

 擦れ違うようにマレフィックブラスターを躱し、メルは一気にクローラへと肉薄する。

 クローラは水の刃をばら撒いてメルを牽制しつつ、3体目の幽霊を呼び寄せるが、


 「遅いですよ!」


 クローラが3回目のマレフィックブラスターを放つよりも、メルがクローラを間合いに捕らえる方が早かった。


 「メルティ……」


 メルの右足に紫色の炎が収束し、超高密度に圧縮された炎によって空間が歪む。


 「クレセントォッ!!」

 「っ、ハイドロヴェール……!」


 メルの必殺の回し蹴りに対し、クローラは分厚い水の防御を展開する。

 しかしその程度で防げるほど、メルの一撃は甘くない。

 クローラの水を突き破り、紫色の炎が凄まじい爆発を起こす。龍を模った炎が、クローラの体を呑み込んだ。


 「……悲鳴すら上げないとは、大したものね」


 燃え盛る紫色の炎を見つめながら、魅影は誰に聞かせるでもなく呟いた。

 程なくして炎は消え、呑み込まれていたクローラが再び姿を現した。


 「く、っ……」


 驚くべきことに、クローラは立っていた。

 全身に重傷を負い、左腕に至っては有り得ない方向へと曲がりながら、それでもまだ2本の足で地面を踏みしめていたのだ。


 「えぇ……?」


 必殺の一撃を放って尚仕留め切れていないとなると、メルとしても困惑することしかできない。


 「オリジンちゃん……流石に、強いわね……」

 「あなたも相当ですよ……?」

 「けれど、お姉ちゃんもまだ終わりじゃないわよ……!」


 クローラの足元から噴水のように水が湧き上がり、その水が柱のようになって傷付いたクローラの体を覆い隠していく。


 「最強形態、ですか……」


 更にダム湖から飛び上がってきた無数の幽霊達が、次々とクローラを包む水の柱の中へと飛び込んでいった。


 「……『ペイルレギオン』!」


水の柱が弾け、再び姿を現したクローラは、背中に左右非対称の翼を背負っていた。

 向かって左の翼は水でできた翼。右の翼はまるでボロ布のような青白い翼だ。

 メルティーズの最強形態は皆背中に翼かそれに準ずるものを出現させるが、クローラのようにそれが左右非対称であるのは初めてだ。


 「……眩しくて目が悪くなりそうですよ」


 最強形態となったクローラの周囲に集まった無数の幽霊。そのせいで「桜の瞳」の視界はほぼ青色一色に染まってしまっていた。

 クローラは空中から余裕の表情でメルを見下ろしている。するとメルティ・クレセントを受けたことによる重傷が、まるで映像を逆再生するかのように回復し始めた。


 「なっ……!?」


 メルは驚いて目を見開く。

 紫色の炎による傷は、通常の傷よりも遥かに回復が難しい。仮に霊力を用いた治療を行っても、今のクローラほどの速度で回復することは有り得ないのだ。


 「桜庭さん」


 驚きのあまり固まっているメルの足元に魅影がやってくる。


 「クローラの回復は、原理としてはマレフィックブラスターと似たようなものよ。幽霊の魂を回復力に変換しているの。ダメージを幽霊に押し付けている、とも言い換えられるかしら」

 「そんなことまでできるんですか……」

 「あの回復速度は厄介ね。回復力の源である幽霊を枯渇させるか、回復が追い付かないほどの大きなダメージを与えるか。そうでもしないと突破できないわ」


 魅影がメルに助言している間に、クローラの傷はほとんど消えてなくなっていた。


 「メルちゃんワンちゃん、話は終わった?」

 「ええ。どうぞ続けて?」


 魅影がまた戦いの場から離れていく。

 クローラは両腕の力を抜いた体勢で、攻撃を仕掛けてくる様子はない。

 だがその自然体が、むしろメルには不気味に思えた。


 「マレフィックブラスター」


 不意にクローラが呟く。

 するとクローラの周囲にいくつもの青白い球体が出現し、それらから一斉に光線が放たれた。


 「あぶなっ!?」


 メルは奇妙なダンスを踊るようなステップで光線を次々と回避する。

 全てのマレフィックブラスターを躱し切ったメルだが、クローラはすぐさま次なる光線の斉射を行った。


 「大盤振る舞いですね!?」

 「だって最強形態だもの」


 そう言うクローラは、未だに腕を下げた自然体のままだ。

 ノーモーションでマレフィックブラスターを連射できる。それは確かに最強形態に相応しい戦闘能力だった。

 だが。


 「どれだけ撃っても同じことです!」


 メルは地面を蹴って空中へと飛び出す。

 立体的かつ複雑な軌道でマレフィックブラスターを躱しながら、上空のクローラとの距離を詰めていく。

 どれだけ数が増えようと、マレフィックブラスターが遠距離攻撃であることに変わりはない。そして遠距離攻撃であれば、メルに命中する道理はなかった。


 「ええ、そうでしょうね!」


 しかしクローラもマレフィックブラスターが当たらないことは織り込み済みであったらしい。

 最強形態となってから初めてクローラは自然体を崩し、迫り来るメルに向かって構えを取る。


 「てやあっ!」


 メルが紫色の炎を螺旋状に纏わせた右腕で貫手を放ち、


 「やっ!」


 クローラがそれを迎撃するように拳を振るう。

 2人の攻撃が激突し、放たれた衝撃波が空間を揺らす。


 「ぐぁっ!?」


 押し負けたのはメルの方だった。

 目にも留まらぬ速度で弾き返されたメルの体が、その勢いそのままに地面へと叩き落される。

 メルの全身を強い衝撃が襲い、地面には蜘蛛の巣状の罅が入った。


 「くっ……」


 クローラの方も無事ではない。胸に穿たれた傷口から血が流れ出している。

 しかしその傷も、幽霊の魂を回復力に変換することですぐに癒えてしまった。


 「いたた……さっきより力も強くなってるじゃないですか……」


 メルは自分自身に霊力での治療を施しながら、ゆっくりと体を起こす。

 元々メルを上回っていたクローラの膂力は、最強形態となったことで更に強力になっていた。


 「これは……ちょっと頭使わないとダメですね……」


 膂力で劣っている以上、真正面からクローラとぶつかり合うのは得策ではない。

 いかにしてクローラの裏をかくか、メルは思考を巡らせる。


 「マレフィックブラスター!!」


 メルが頭を使っているからと言って、クローラは攻撃の手を緩めてはくれない。上空からマレフィックブラスターの雨が降り注ぐ。


 「……うん、シンプルに行きましょう」


 ひらりひらりと光線を躱しながら、メルは取るべき方策を決定した。

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次回は明日更新します

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