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第5回桜庭メルの自分探しの旅:藍染ダム 二

 「あら、オリジンちゃんじゃない」


 メルの姿を認めたクローラが柔和に微笑む。


 「お、オリジン、ちゃん……?」


 慣れない呼ばれ方にメルは困惑する。そもそもメルはメルティーズから「オリジン」と呼ばれることにもあまりしっくり来ていないので、そこに更に「ちゃん」を付けられると違和感が物凄い。


 「こんなところまでどうしたの?あっ、もしかして、お姉ちゃんに会いに来てくれたの?」

 「お姉、ちゃん……!?」

 「……これはまた、ややこしそうなのが出てきたわね」


 メルの心境を、魅影が小声で代弁していた。


 「オリジンちゃんが来てくれて嬉しいわ。お姉ちゃん、なるべくここを動かないようにしていたから、妹達に会えなくて寂しかったのよ」

 「その、妹達っていうのは……?」

 「オリジンちゃんでしょ?それからクリメイトちゃん、スプリットちゃん、ファンファーレちゃん、オニキスちゃん、テクトニクスちゃん、アンライプちゃん」

 「ああ、やっぱり……」


 大方予想できていたが、クローラはメルとメルティーズ達を纏めて「妹」と呼んでいるらしかった。


 「確かにあなた達メルティーズは姉妹みたいなものかもですけど……それならメルはお母さんなのでは?」

 「あら、オリジンちゃんったらおかしなことを言うわね?私がお姉ちゃんなんだから、メルちゃんは妹に決まってるでしょ?」

 「えっと……あなたがお姉ちゃんだっていうのは、どういう論理で……?」

 「え?お姉ちゃんはお姉ちゃんだから、お姉ちゃんがお姉ちゃんなのよ?」

 「お話にならないんですけど……」

 『頑張れ』『元気出して』『めげないで』


 言葉は通じているにもかかわらず、会話がまるで成立しない。メルは宇宙人との会話を試みているような気分になった。


 「クローラ、あなたは何をしていたの?」


 頭を抱えたメルに代わり、魅影が進み出てクローラにそう尋ねる。


 「あら、可愛いワンちゃんね?」

 「犬ではないわ、常夜見魅影よ。それであなたは何をしていたの?ダム湖を眺めていたようだけれど」

 「私が見てたのは湖じゃなくてあの子達よ」

 「あの子達、というのは……もしかして幽霊のことかしら?」


 クローラは頷き、それから湖面を埋め尽くすほどの幽霊の群れへと改めて視線を向ける。


 「ねぇオリジンちゃん、ワンちゃん。この子達、可哀想だとは思わない?」


 クローラが湖面を埋め尽くす幽霊の内の1体を指差した。


 「あの子は、不運な事故で命を落とした」


 続いてクローラはまた別の幽霊を指差す。


 「あの子は、愛した人に裏切られて、自ら命を絶った」


 更にまた別の幽霊を指差すクローラ。


 「あの子は、生まれてくることすらできなかった」


 そしてクローラは改めてメルと魅影に向き直った。


 「ここには可哀想な子達が沢山いるのよ」

 「……驚いたわね」


 魅影が僅かに目を見開く。


 「あなた、見ただけで幽霊の過去が分かるの?」

 「過去とはちょっと違うわ。私にはほんの少しだけ、あの子達の心が見えるのよ」

 「心が……どちらにせよ驚きだわ」


 メルはその場に屈み込み、魅影の耳に口を寄せた。


 「常夜見さん常夜見さん。それってすごいことなんですか?」

 「少なくとも私にはできないわ」

 「それはすごいですね」


 怪異関係における魅影の器用さをメルはよく知っている。その魅影にもできないということは、クローラの技能がそれだけ特殊だということだ。


 「この子達に残っているのは悲しいことばかり。楽しかった思い出や幸せだった記憶は、命を落とした時に失われてしまったわ。悲しいことだけを抱えたまま、生きることも死ぬこともできずにここにいる。それってとても可哀想だわ」

 「……確かに哀れではあるわね。死んで尚もこの世界に留まり、誰かを恨み憎むことしかできず、呪いを振りまくだけの世界の害悪。あなたが憐れむ気持ちも理解できるわ」

 「常夜見さん常夜見さん。多分クローラが言ってるのはそういうことじゃないです」


 祟り神にもかかわらずオカルトに疎いメルだが、そんなメルにも魅影の言っていることがクローラのそれとまるで違うのは理解できた。

 クローラが純粋に幽霊の境遇に同情しているのに対し、魅影は見方が露悪的過ぎる。


 『ずっと分からん話してる』『マジ雨のせいでなーんも見えん』『これメルは本当に見えてるんか?』


 そして幽霊が見えていない視聴者達は、完全に置いてけぼりになっていた。


 「私はお姉ちゃんとして、この可哀想な子達を救ってあげたいの」

 「お姉ちゃんとしてとは……?」

 「それなら殺せばいいじゃない。あなたがここにいる幽霊達を皆殺しにすれば、少なくともこれ以上苦しむことは無くなるわよ」

 「……うん、そうだね」


 クローラは曖昧に頷き、それから真っ直ぐにメルの目を見つめる。


 「オリジンちゃんは、私を殺しに来たのね?」

 「えっ!?」


 突然メルの目的を言い当てられ、メルは分かりやすく動揺してしまう。


 「どっ、どうして分かったんですか?」

 「ふふっ、言ったでしょう?お姉ちゃんには心が見えるのよ、ほんの少しだけね」


 クローラが妖艶に微笑んだ。


 「いいわ。お姉ちゃんと戦いましょう、オリジンちゃん」


 メルが自分を殺しに来たと知っても、クローラの態度は変わらなかった。


 「えっと……いいんですか?」

 「ええ。お姉ちゃんとして、妹のやりたいって言うことはやらせてあげなきゃ」

 「は、はぁ……ありがとうございます?」

 「でも、お姉ちゃんも手加減はしないわよ?お姉ちゃんは厳しいお姉ちゃんですからね?」


 クローラはメルを窘めるように、メルの鼻先に指でちょんと触れた。


 「やりづらいなぁ……」


 クローラのような自分の世界観を押し付けてくるタイプは、メルからすればどうにもやりづらい。


 「いいじゃない、桜庭さん。話が早いのはいいことだわ」

 「それはそうですけど……」

 「ハイドロエッジ!」

 「ひゃあっ!?」


 メルが魅影と話している間に、クローラがメルに向かって水の刃を飛ばしてきた。


 「あっぶな、いきなり何するんですか!?」

 「あら、お姉ちゃんは厳しいお姉ちゃんだって言ったはずよ?戦いはスポーツじゃないんだから、不意討ちされることも考えなきゃ」

 「ぐぅっ何も言い返せない!」

 『だからレスバが弱すぎるんよ』『強い弱い以前に言葉で戦おうという意思が感じられない』『最終的に暴力で勝てばいいからって舌戦を疎かにするな』


 クローラが放った2発目の水の刃を、メルは後方宙返りで回避する。


 「でもホントに、クローラの言う通りですね……」

 「1回お姉ちゃんって呼んでみない?」

 「お姉ちゃんの言う通りですね……」

 『呼ぶんだ』『素直』


 お互いに交戦の意思を確認した時点で、戦闘はいつ始まってもおかしくないのだ。にもかかわらず暢気に魅影と会話をしていたメルの方に非はある。


 「ですけどもう油断はしませんよ!」

 「その意気よ。ハイドロエッジ!」


 クローラはその場を動かないまま、次々とメルに水の刃を放つ。

 水の刃の速度はメルの見たところライフル弾よりも遥かに上。直撃すれば体に穴が開くことはまず間違いない。

 だが。


 「メルに飛び道具は当たりませんよ!」


 アクロバティックな動きで水の刃を躱しつつ、メルはクローラを分析する。

 クローラが水を操る能力を持っているのは明らかだ。クローラが雨に濡れていないのもそのためだろう。


 「水を操る能力……なんだかよく分かりませんけど、多分遠距離の方が得意ですよね!」


 分析……というよりはほぼほぼ勘で、メルはクローラが近接戦闘を苦手としていると考えた。

 そうと決まればメルの行動は早い。乱射される水の刃を掻い潜りながら、メルはさながら4本足の獣のような動きでクローラに迫る。


 「てやぁっ!」


 紫色の炎を螺旋状に纏わせた右腕を、メルは手刀のように構える。

 そしてクローラ目掛けて貫手を放ち、その命を奪おうとしたメルだったが、


 「ハイドロハルバード!」


 突如としてクローラの右手に、水でできた長大なハルバードが出現した。


 「ひゃあっ!?」


 クローラが得物を振るうのを見たメルは、慌てて右腕を引っ込める。

 そのままメルは地面を蹴り、クローラから一旦距離を取った。


 「あの武器……普通じゃないですね……」


 クローラが作り出したハルバードは、中で水が絶えず流動していた。その水の動きは、飲み込んだものを全てギタギタに引き裂いてやると言わんばかりに激しい。


 「あれに触ったら、ザリザリザリッ!てなっちゃいそう……」

 「……桜庭さんって、そこまで語彙力が残念だったかしら?」


 今回は比較的近くで戦いを見守っている魅影が、呆れたようにメルに声を掛ける。


 「ふふふっ。お姉ちゃん、こう見えても力持ちなのよ!」

 『笑いながらハルバードぶん回してるのめちゃ怖い』


 クローラが笑顔でハルバードを振り回しながらメルへと迫る。


 「来てもいいですけど、返り討ちですよ!」


 先程はいきなり飛び出してきた武器に面食らったメルだが、武器があると分かっていれば対処はできる。

 メルはクローラの大振りな一撃を紙一重で回避し、クローラの懐へ潜り込んだ。


 「もらいましたぁっ!」


 がら空きのクローラの腹部を炎を纏った貫手で貫こうとするメルだが、


 「いったぁっ!?」


 悲鳴を上げたのはメルの方だった。

 メルの予想よりも遥かに早くハルバードを引き戻したクローラが、その柄でメルの右手を受け止めたのだ。そしてハルバードの内部の激しい水流によって、メルの右手がズタズタに傷付けられた。


 「今のところいいようにやられているわよ、桜庭さん」

 「んなこと分かってますよ常夜見さん!」


 魅影の野次にメルは噛みつくように言い返す。

 ハルバードの見た目に騙されたが、クローラの得物は金属製ではなく水でできている。加えてクローラは水を操る能力を持っているのだ。

 つまり見た目の印象よりも遥かに、クローラのハルバードは取り回しが利くのだ。

 だが一方的にメルだけがしてやられたということもない。メルの攻撃によってハルバードも崩壊し、その形状を保てなくなっていた。


 「てやぁっ!」


 得物を失ったクローラの隙を突き、メルは頭部を狙った回し蹴りを放つ。

 しかしクローラは表情を一切動かすことなく、メルの蹴りを右手でパシッと受け止めた。


 「嘘っ!?」


 クローラに掴まれた右足は、まるで万力で固定されてしまったようにピクリとも動かない。

 体感に優れたメルは片足を持ち上げられた状態でもバランスを崩すことは無いが、それでも今の体勢ではできることが限られてくる。


 「離してくれると、嬉しいんですけど……!」

 「あら、可愛い妹の頼みなら、仕方ないわね!」

 「えっちょ」


 メルの要求を聞き入れたつもりか、クローラは右足を掴んだままメルの体をハンマー投げの如く振り回し始める。


 「えっちょっまっ力強ぉっ!?」


 為す術無く放り投げられるメル。

 ただメルは飛行できるため、地面に叩きつけられることなく空中に留まることができた。


 「なんてパワーですか……」


 今しがた味わったクローラの膂力に、メルは思わず冷や汗を流す。

 非力そうな見た目に反し、クローラの膂力はともすればメルを上回りかねないほどに強力だった。


 「そんなほっそい体のどこにそんなパワーがあるんですか……?」

 「それは桜庭さんも他人のことは言えないと思うけれど」

 『メルも人のこと言えないだろ』『俺らが普段から思ってることだぞそれ』『やっと俺らの気持ちが分かったか』


 魅影と視聴者から一斉にツッコミが入った。


 「ハイドロエッジ!」

 「ひゃっ!?」


 空中のメルを狙ってクローラが水の刃を放ったため、メルは慌てて地上に降りる。

 メルは飛ぶことができるが、空中戦はあまり得意ではないのだ。


 「ハイドロストリーム!」


 クローラが生み出した大量の水が、蛇のようにうねりながらメルを呑み込もうと迫る。


 「てやぁっ!」


 メルが紫色の炎を纏わせたハイキックで水流を迎撃すると、水流は弾けて無数の水滴へと変化する。

 すると今度はそれらの水滴が全て刃へと変化し、全方位からメルへと殺到した。


 「器用なことしますね!」


 メルはクローラの水流操作に感心しつつ、回し蹴りで水の刃を全て消し飛ばす。

 そして再びクローラとの距離を詰め、クローラとがっちり組み合った。


 「ぐっ……」


 組み合ったことで、メルは改めてクローラの膂力の異常さを理解した。

 やはりクローラの膂力はメルを上回っており、徐々にメルは押し込まれていく。


 「ま、まさかあなたがパワーキャラだとは、全く思いませんでしたよ……」

 「……あら、お姉ちゃん別にパワーキャラとは思ってないわよ?」

 「だったら今日から自覚した方がいいです、よっ!」


 力比べでは勝てないと判断したメルは、それまで腕に込めていた力を一気に抜いた。


 「きゃ、っ……」


 メルが突然力を抜いたことで、クローラが勢い余ってバランスを崩す。


 「てやああっ!」


 そうして無防備になったクローラの腹部を、メルは思いっきり右足で蹴り上げた。


 「ぐ……」


 柔和な表情を湛えていたクローラの顔が、ほんの僅かに苦痛に歪む。

 メルの渾身の蹴りを受けたクローラの体は数十mほど吹き飛び、それから地面をゴロゴロと転がる。

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次回は明日更新します

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