第4回桜庭メルの自分探しの旅:瑠璃ヶ窪 四
「あはっ!当たったぁ!」
「くっ、やりますね~……」
左腕の回復には時間がかかり、右腕の治療もまだ終わっていない。メルは一時的に、両腕を使えない状態に追い込まれてしまった。
「絶好のチャンスだねぇ!」
憂依が再び舌を出し、その表面に紫色の紋様を浮かび上がらせる。
同時に憂依の両脇に、直径2mほどの紋様が出現した。
「おいでなさぁい!『マミエル』!『イラエル』!」
そして紋様の中から、またしても2体の悪魔が出現する。
マミエルと呼ばれた方の悪魔は肩や胸など全身にいくつもの大きな眼球を持ち、イラエルと呼ばれた方は胸に鏡のようなものが埋め込まれていた。
「マミエル!」
憂依の合図に合わせて、マミエルの全身の眼球から一斉に光線が放たれる。
その光線がどのようなものかは分からないが、少なくともメルにとって有益であることは有り得ない。
メルは紫色の炎を放ち、マミエルの光線を迎撃する。
「『彗雷棘・弩』!」
メルがマミエルの相手をしている間に、憂依は先程と同じ攻撃の構えに入っている。
見るからに大技なだけあって、他の攻撃とは違って発動に時間がかかるようだ。
「そうはさせませんっ!」
マミエルで時間を稼ぎ、その間に大技の準備をする。その魂胆を見切ったメルは、憂依に準備の時間を与えまいとマミエルとの決着を急ぐ。
「メルティ・クレセント!」
メルが虚空に向かって必殺の回し蹴りを放つ。
するとメルの右足から放たれた紫色の炎が、龍のような姿を模りながらマミエルを飲み込んだ。
「ギッ……」
炎の中から一瞬マミエルの悲鳴らしき声が聞こえたが、すぐに炎が燃え盛る音に掻き消されてしまった。
超高密度の炎に飲まれ、ほぼ即死したようだ。
程なく炎が消え、バラバラになったマミエルの死体が灰へと変化しながら落下していく。
しかしその時、死体の欠片の1つに付随していた眼球から、メルに向かって光線が放たれた。
「嘘でしょ!?」
バラバラになった死体から尚も光線が放たれるとは夢にも思わず、メルは完全に虚を突かれてしまった。
光線はメルに直撃し、メルの全身がまるで石像になってしまったかのように硬直する。
「くっ……」
幸い硬直は長く続かなかった。数秒と経たない内に、メルは体の自由を取り戻す。
「マミエル、よくやってくれたわぁ!」
だがその数秒間の硬直によって、メルは憂依に充分な時間を与えてしまうことになった。
弓矢を引き絞るような憂依の両手の間には、既に巨大な反霊力の杭が生成されている。
「くっ……」
『彗雷棘・弩』の威力を身を以て知っているメルは、顔を顰めながら防御態勢を取る。
しかし憂依は反霊力の杭の先端を、メルではなく何故かイラエルの方へと向けた。
「行っくよぉイラエル!」
そして憂依がイラエルへと反霊力の杭を放つ。
「えっ……」
味方を攻撃するという正気とは思えない行動にメルは呆気に取られる。
「頭がおかしいとは聞いてましたけど、まさかここまでとは……」
「ちょっとぉ、何か失礼なこと考えてないかしらぁ?」
憂依がメルをギロリと睨み、それから嫌らしい笑みを浮かべる。
「他人の正気を疑う前に、自分の心配をした方がいいんじゃなぁい?」
「心配?何を……っ!?」
その時驚くべき光景が繰り広げられた。
イラエルに直撃した『彗雷棘・弩』が、そのままイラエルの胸に埋め込まれた鏡へと吸い込まれていったのだ。
そしてその直後、イラエルの胸の鏡から、2倍以上に巨大化した反霊力の杭がメル目掛けて射出された。
「ひえぇっ!?」
メルは未だ完治していない両腕に鞭打ち、両手に紫色の炎を集中させ、倍加した『彗雷棘・弩』を受け止めた。
メルの手の中で、反霊力と紫色の炎がせめぎ合う。
「イラエルはぁ、攻撃を胸の鏡で吸収してぇ、それを倍にして跳ね返すことができるのぉ」
荒れ狂う反霊力を何とか抑え込もうとするメルに、憂依は勝ち誇ったように話しかける。
「『彗雷棘』よりも数段上の威力の『弩』を、更に倍加したのよぉ?あなたに受け止めきれるかしらぁ?」
「残念でしたね……メルはドッジボールが得意なんです……だから……」
反霊力を受け止めている両手は、まだ本調子でないこともあり激しい苦痛に苛まれている。
しかしそれでもなお、メルは強気な笑顔を浮かべた。
「避けるだけじゃなくて、キャッチするのも得意なんですよ!」
激痛を精神力で捻じ伏せながら、遂にメルは完全に反霊力を抑え込むことに成功する。
「てやあああっ!!」
メルは反霊力に更に紫色の炎を上乗せし、赤と紫が入り混じったエネルギーをイラエルに向けて撃ち返した。
「ギャォォォッ!」
イラエルは気合の叫び声を上げ、胸の鏡でメルが放ったビームを受け止めようとする。
「ギッ!?」
しかしイラエルの目論見に反し、赤と紫のビームは鏡ごとイラエルの胸を貫通してしまった。
「ギァ……」
胸に大穴が開いたイラエルの体が、灰となって崩れ去っていく。
「イラエル!?」
イラエルの絶命によって、憂依の表情に動揺が走る。
その隙にメルは、憂依との距離を一気に詰め始めた。
「くぅっ……!」
憂依は悔しそうに唇を噛み締めると、くるりとメルに背中を向ける。
「おっ、覚えてなさいよぉ~!!」
そしてあまりにもベタな捨て台詞を吐きながら、物凄い勢いでメルの前から逃げ出し始めた。
「あっ!?ちょっと待ってくださ……って、いいのか別に」
メルは憂依の背中を追いかけようとしたが、すぐに思い留まった。
まだ憂依を殺してしまう訳にはいかない都合上、どちらにせよ今日この場で憂依と決着をつけることはできないのだ。
憂依が逃げてくれるのなら、メルにとっても好都合だった。
「いったぁ……」
戦闘態勢を解いて地上に降りたメルは、両腕の痛みに顔を顰めた。
反霊力を手で受け止めるなどという無茶をしたために、メルの両腕はかなりグロテスクな状態になってしまっている。ともすれば年齢制限がかかりそうだ。
「御伽星さん、流石に強かったなぁ……」
両腕に霊力での治療を施しながら、メルは憂依の戦闘能力を振り返る。
魅影が目の敵にしている怪異使いなだけあって、憂依の戦闘能力は魅影と比べても遜色のないものだった。
「あら。意外と苦戦したようね、桜庭さん」
戦闘の終了を見計らい、魅影がメルに近付いてくる。
「御伽星憂依はどうだったかしら?」
「強かったですよ。あのまま続けてれば殺せたと思いますけど」
「まあ、それは確かに殺せていたでしょうね」
「あっ、でも御伽星さんが召喚した悪魔みたいなのは4体殺しましたよ」
「あら、それは上出来ね。4体も殺したのなら、御伽星憂依の力をかなり削ぐことができたはずよ」
『さっきから殺すって言葉が軽すぎるんだよなぁ』『捜査一課より殺しが身近になってない?』『美少女とレッサーパンダとかいうゆるふわな絵面から繰り出されていい会話じゃないのよ』
メルも魅影も「殺す」という言葉を全くオブラートに包まないため、2人の会話は看過できないほどに物騒だった。
「けど御伽星さんが逃げてくれたので、殺さなくて済んでよかったです」
「そうね。何かの弾みで殺してしまえば、あの女の計画を阻止できないもの」
『さっきから気になってたんだけど、ミカボシさん?の計画って何なの?』
「……あ~」
視聴者からの質問に、メルは眉尻を下げた。
憂依が世界の滅亡を目論んでいることを、メルも魅影も視聴者には話していない。世界滅亡の可能性を、不必要に喧伝することを良しとしなかったためだ。
そして今後も視聴者にそのことを告げるつもりはなく、メルはどのようにしてはぐらかそうかと頭を悩ませる。
「……ナ~イショ、ですっ!ふふっ」
メルは唇に人差し指を当て、首を少し傾げ、最大限に可愛い子ぶることで無理矢理誤魔化すことにした。
『顔の良さでゴリ押そうとするのやめろ』『くっそ顔がいいな』『可愛いからなんでもいっかぁ……』
「……よしっ」
「強かよね、あなたって」
魅影は苦笑していた。
「さてと。今度こそ彩女の森に移動して、テクトニクス置いてきて、それで配信終わりにしましょうか」
メルが音の鳴らないフィンガースナップを披露すると、背景の瑠璃ヶ窪の風景にノイズが走る。
そして次の瞬間テレビのチャンネルを切り替えるように周囲が一変し、メルと魅影は深い森の中へと移動した。
「ここもそろそろ見慣れてきましたよね~」
「ここに来るのももう3回目だものね」
「メルティーズ達は~……いつもの滝の所ですよね、多分。行きましょうか」
「あなたが最初から滝壺にワープしてくれれば移動の手間が省けるのだけれど」
『丁寧にワープしなよ』
彩女の森におけるメルティーズの居住スペースとなっている滝を目指し、メルと魅影は森の中を歩き出す。
幸いメルがワープしてきた場所は目的地からそう遠くなく、5分も歩かない内に滝の音が聞こえてきた。
「あっ、みんな揃ってますね。ちょうどよかった」
滝壺の池の側では、3人のメルティーズが横倒しの丸太に腰掛け、テーブル代わりの切り株に並んだお菓子を摘んでいた。
「げっ、オリジンじゃない」
最初にメルに気付いたのはクリメイトだった。
「お~、オリジン。どしたの?」
「あら、オリジンに魅影さん。いらっしゃい」
スプリットは軽く右手を上げ、ファンファーレは魅影を抱き上げた。
「今日は何しに来たのよ、アンタ」
クリメイトがメルにそう尋ねる。最初に会った頃と比べると、クリメイトのメルに対する態度はいくらか軟化していた。
「今日もまた新しいお友達を連れてきましたよ~」
「またぁ!?こないだスプリット連れてきたばっかりじゃない!」
「まあ、またお友達が増えるのですね!素敵ですわ」
メルの報告にクリメイトは驚き、ファンファーレは表情を輝かせる。
スプリットは特に反応を示さず、フィナンシェを口に突っ込んでいた。
「で?今度は誰を連れてきたのよ」
「じゃあ早速紹介しますね。今日連れてきたのはこの子で~す」
メルが前方に右手を翳すと、白い光が集まり始める。
その光は徐々に人型へと変化していき、テクトニクスの姿を形作った。
「あら?ここは……」
テクトニクスは戸惑ったように周囲を見回し、そして3人のメルティーズに気付くと目を見開いた。
「まあまあまあ!クリメイトにファンファーレにスプリットではありませんの!皆様一体どうしたんですの?」
「テクトニクス……うるさいわねアンタ……」
テクトニクスの声量に、クリメイトは顔を顰めて耳を塞いだ。
「おっ、テクトニクスじゃん。おひさ~」
スプリットがフィナンシェを口に含んだままテクトニクスに手を振る。
「ようこそ、テクトニクス。これから一緒に楽しく暮らしましょうね?」
「一緒に暮らす?一体どういうことですの?」
「オリジンに負けたアタシ達はここで暮らす決まりになってんのよ。ど~せアンタもオリジンにやられたんでしょ?」
「なるほど、そういうことでしたのね!ということは皆さんも?」
テクトニクスの問い掛けに、3人のメルティーズは同時に頷いた。
「そういうことでしたら、私もここで暮らさせていただきますわ!」
「ふふっ、テクトニクスが来てくれて、増々ここも賑やかになりますわね。私、とっても嬉しいですわ」
「お任せくださいませファンファーレ!私賑やかなのには自信がありましてよ!」
「まあ。ふふっ、それはとても頼もしいですわ」
「なんかあれですね。ファンファーレとテクトニクスが話してると、今どっちが喋ってるのかだんだん分からなくなってきますね」
『分かる』『確かに』『頭おかしくなってくる』
メルも含めてメルティーズは全員声がほぼ一緒の上、ファンファーレとテクトニクスは口調もよく似ている。2人が会話していると、段々脳味噌が掻き回されるような感覚がしてくる。
「テクトニクス、どうですか?馴染めそうですか?」
メルがそう尋ねると、テクトニクスは頼もし気に頷いた。
「ええ、それはもう!だって皆さんとても美しいんですもの!」
「まあ、テクトニクスったら……ふふっ、照れてしまいますわ」
「美しいって……アタシ達みんな同じ顔じゃない」
「だよねぇ」
テクトニクスの褒め言葉にファンファーレは頬を染めていたが、クリメイトとスプリットは相応に擦れていた。
「ですけれど、最も美しいのはやはり……」
突然テクトニクスが滝壺の池に駆け寄り、水面を覗き込む。
「はぁ……」
水面に映る自分の顔を眺め、テクトニクスは頬を染めて悩まし気な吐息を零す。
「ああ……なんと尊く美しく麗らかなのでしょう……やはり私の顔に勝る美しさはこの世界に存在しませんわ……」
そしてテクトニクスは、水面を覗き込んだ体勢のまま動かなくなった。
「……ねぇ、オリジン」
クリメイトがくいくいとメルのブラウスの裾を引く。
「もしかしてだけど、テクトニクスってヤバい奴?」
「鋭いですねクリメイト。今までのメルティーズの中でテクトニクスが1番ヤバい奴ですよ」
「なぁんでそんな奴連れてきちゃったのよ!?」
「どれだけヤバくてもあなた達の姉妹みたいなものですから。これから仲良くしてくださいね?」
「自信ないんだけど……」
クリメイトはピクピクと頬を引き攣らせた。
「クリメイト、折角ですから一緒に締めの挨拶しますか?」
「は?何よ締めの挨拶って」
「スマホのカメラ見てください。あそこ」
「あの黒いやつ?」
「そうです。いいですか?メルがせ~のって言ったら、バイバ~イって言いながらカメラに向かって手を振ってください」
「はぁ!?どうしてアタシがそんなこと……」
「はい、皆さんいかがだったでしょうか、第4回桜庭メルの自分探しの旅!」
「ちょっと!勝手に話進めるんじゃないわよ!」
「第5回がいつになるかはまだ分からないですけど、次回の配信でまたお会いしましょう!それじゃあ、せ~のっ、バイバ~イ!」
「ば、バイバ~イ……?」
カメラに向かって元気に手を振るメルと、それに釣られておっかなびっくり手を振るクリメイト。
『クリメイトちゃんも可愛いな~』『慣れてない感じが可愛い』『クリメイトちゃん気の強い小型犬みたいで好き』『クリメイトちゃん推しになろっかな』
「ちょっと!?推し変は話が違うと思うんですけど!?」
その場の思い付きでクリメイトを巻き込んだ結果、要らぬファン離れを引き起こしかけたメルだった。
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