第4回桜庭メルの自分探しの旅:瑠璃ヶ窪 三
「終わったのね」
メルが地上に降りるのとほぼ同時に、離れていた魅影がメルの下へ戻ってくる。
「今回は早かったわね」
「そうですか?結構危なかったですよ」
戦闘自体は魅影の言う通りあまり時間がかからなかったが、右足を宝石に変えられた時はかなり危険だった。
テクトニクスの消滅と同時に右足も元に戻ったが、あと少しテクトニクスの撃破が遅れればどうなっていたか分からない。
「それにしても……」
魅影が顔を伏せる。
「テクトニクス……惜しい人を亡くしたわね」
『そうだな……』『面白い人だった……』『死んでほしくは無かったな……』
「な……何なんですかこの空気!?」
さながら葬式のような雰囲気を醸し出す魅影とコメント欄。
「分かっているのよ、仕方のないことだったって。けれど……テクトニクス……」
「なんでそんなテクトニクスに感情移入してるんですか!?そこまで入れ込むようなイベントありました!?」
「だって……テクトニクスといる時の桜庭さん、輝いていたもの……」
「結局メルをオモチャにしたいだけじゃないですか!?」
「そうね」
「そうね!?」
ひとしきりメルを揶揄って満足した魅影は、スマホのカメラを自分に向けた。
「けれど安心して、視聴者の皆。テクトニクスは死んでしまったけれど、永遠のお別れではないの。桜庭さんは自らの手で殺したメルティーズをまた生み出すことができるんだもの。ね、桜庭さん?」
「……まあ、そうですね」
メルティーズは元々メルから生まれた存在であること。メルは殺した相手の呪いや祟りを吸収する性質を備えていること。
この2つの条件から、メルは自らの手で命を奪ったメルティーズを再び生み出すことができる。その際メルティーズの能力を剥奪することもできるという安全設計だ。
当然テクトニクスのことも再召喚が可能であり、メルもそうするつもりではあったのだが、
「なんか、テクトニクス復活させるのイヤになってきました……」
『どうしてだよ!?』『またテクトニクスに会わせてくれよ!』『俺達はテクトニクスの自画自賛の流れ弾食らって顔真っ赤にしてるメルが見たいんだよ!』
「そうやって揶揄われるの分かり切ってるからイヤなんですよ!」
メルは顔を真っ赤にして叫ぶが、その反応こそが視聴者の思う壺だった。
とはいえ、メルも本気でテクトニクスの再召喚を躊躇っている訳ではない。これまでのメルティーズは全員再召喚しておきながら、テクトニクスだけは再召喚しない、などという不公平を働くようなメルではない。
「はぁ……じゃあそろそろ彩女の森に行きましょうか」
「あら。やはりテクトニクスも彩女の森に置いておくの?」
「はい。もうメルティーズ全員あそこで暮らしてもらおうかと思って」
「いいと思うわ。その方が管理もしやすいでしょうし」
「管理するつもりはないですけど……それじゃあ移動しますね」
メルが彩女の森に移動するため、フィンガースナップの構えを取る。
『どうせ鳴らない』『鳴らないんだろうなぁ』
「うるさいですよそこ!」
視聴者のコメントに噛みつきつつ、メルがフィンガースナップをしようとしたその時。
「あらあらあらぁ?折角来たのに、もうどこかに行っちゃうのぉ?」
無理矢理作ったような鼻にかかった声が、頭上から聞こえてきた。
声につられてメルは顔を上げる。
「ねぇ、少し私とお話ししない?」
そこにいたのは長い金髪をツインテールに纏め、ゴシックロリータと呼ばれるような衣装を身に着けた中学生くらいの少女だった。
「あなたは……?」
少女の姿を目にした瞬間、メルは警戒を露わにした。
宙に浮いている時点で相当に不審ではあるが、それ以上にメルを警戒させたのは少女の服装だ。
ゴスロリ服は怪異使いの正装。メルは以前魅影からそう聞いたことがある。
「桜庭さん、気を付けて」
魅影が上空の少女を睨み付けながら、2本足で立ち上がってメルの袖を引く。
そうして魅影が少女の正体をメルに囁くのとほぼ同時に、少女が自らの名前を名乗った。
「私は御伽星憂依・アタナシア!よろしくねぇ、桜庭メルさん」
「あなたが……御伽星さん?」
御伽星憂依・アタナシア。
以前魅影の口から語られた、世界の滅亡を目論む怪異使いだ。
『ミカボシウレイ……?』『外国の人?』『メルちゃん知ってるの?』『新しい人だ』
メルも魅影も、カメラの前で憂依の話をしたことは無い。憂依の存在もその目的も知らない視聴者達は、突然現れた憂依に戸惑っている様子だった。
「あらあらあらぁ?そこにいるのってもしかしてぇ……魅影ちゃん?」
憂依はメルの影に隠れていた魅影に気付き、ニヤリと口角を大きく持ち上げる。
「……チッ!」
一方の魅影はかなり大きな舌打ちをした。
「魅影ちゃん、随分可愛らしい姿になっちゃってぇ……最強の怪異使いと呼ばれた姿は見る影も無いわねぇ」
「うるさい。死ね。こんなところに何しに来たの?」
「罵倒と質問はどっちかにした方がいいと思うわぁ」
魅影が憂依を蛇蝎の如く嫌っているのは一目瞭然だった。そして憂依はそれを分かっていながら、敢えて魅影の神経を逆撫でするように振る舞っているように見える。
「だけど他でもない魅影ちゃんの質問だから答えてあげる。私はねぇ、魅影ちゃんが私の計画を邪魔するためにコソコソ動き回ってることは知ってるんだぁ」
「……そう。頭がおかしい割に勘は働くのね」
「でしょぉ?だからねぇ、魅影ちゃんが私を倒すために生み出した怪異を、1回見てみたかったの。それがあなたなんでしょ、桜庭メルさん?」
「えっ?まあ、はい。そういうことになってます」
メルが質問に頷くと、憂依は舐め回すような不躾な視線でメルを観察し始める。
「ふぅん……」
「えっと……あの~……?」
メルもストリーマーの端くれ、他人の目に晒されることに苦手意識は無い。
しかしこうも無言で自分を眺め続けられるのは、流石に居心地が悪かった。
「でっ、でもメル、ビックリしました」
メルは気まずさを紛らわせるため、適当な話題を口走る。
「常夜見さんから聞いた話だと、御伽星さんはもっと大人っぽい人なのかと思ってました」
「あら、そ~お?もしかして若く見えてるのかしらぁ?」
「は、はい。そうですね」
どう見ても中学生にしか思えない憂依の外見は若いというよりは幼かったが、メルは敢えてそれを口に出すことはしなかった。
「見た目に騙されては駄目よ、桜庭さん」
魅影が告げ口をするような口調でメルに話しかける。
「ああ見えて90歳越えてるんだからあの女」
「ええっ!?ホントですか!?」
憂依が数十年前から活動していた怪異使いだとは聞いていたメルだが、まさか御年90という高齢だとは思っていなかった。
「ちょっとぉ!?適当なこと言わないで!私はまだ88歳よぉ!」
「うるさいわね、90も88も大して変わらないでしょう」
「全っ然違うわよぉ!小娘には分からないでしょうねぇ!」
両腕をぶんぶん振り回しながら激昂する憂依。
「88歳……米寿ですね~」
しかしメルが何気なくそう呟いた途端、憂依はピタリと動きを止めた。
「米寿……米寿ですってぇ……!?」
「えっ?」
「あなた今、私のこと米寿って言ったわよねぇ……!?」
「い、言いましたけど……?」
額に青筋を浮かべ、血走った目でメルを睨み付ける憂依。その豹変にメルは困惑を隠せない。
「よくも……よくもこの私を米寿だなんてぇ……!」
「どうしましょう常夜見さん、メルなんか地雷踏んだみたいなんですけど」
「上出来じゃない。あの女のあんな顔を拝ませてくれたあなたに金一封差し上げたいくらいだわ」
憂依が取り乱す様子を見て、魅影は何やらご満悦だった。
「私に米寿だなんて言ったこと、後悔させてあげるわぁ!」
歯を剥き出しにして怒り狂う憂依が、祈るように両手を組み合わせる。
「エルドリッチ・エマージェンス!」
瞬間、憂依の瞳が赤い光を放ち、憂依の体からは赤色の暴風が吹き始めた。
暴風の渦の中、憂依の側頭部から1対の捻じ曲がった角が生えてくる。
エルドリッチ・エマージェンス。怪異使いの戦闘形態だ。
「これって戦うのは避けられない感じですよね?」
「そうね。分かっているとは思うけれど、殺してしまっては駄目よ」
「分かってますよ、勿論」
今この場で憂依を殺してしまうと、憂依の計画を完全に阻止することができなくなってしまう。
メルもそのことはきちんと覚えているので、憂依の命を奪うつもりは毛頭なかった。
「星よ紅く澱み給え……!」
憂依が呪文を口にして、それから組み合わせた両手をゆっくりと離す。
すると憂依の手と手の間に、バチバチと赤いプラズマのようなものが発生した。
「反霊力って言うんでしたっけ、あれ」
「そうね。あの女は穢術の達人よ。大丈夫だとは思うけれど気を付けて」
魅影はそう言い残し、撮影用のスマホを抱えて離れていく。
穢術によって反霊力を発生させた憂依は、空中で見えない弓を引くような仕草を取った。
すると憂依の両手の間に、反霊力の矢が形成される。
「『彗雷棘』!」
憂依の手から放たれた反霊力の矢は、さながらビームのような1筋の光となってメルへと迫る。
「メルに飛び道具は当たりませんよ」
しかしメルは最小限の動きで『彗雷棘』を回避して見せた。
「ならこれはどうかしらぁ!?『彗雷雨』!」
憂依は再び見えない弓矢を引き絞り、反霊力の矢をメルへと放つ。
しかし今回の矢は先程とは違い、射出された瞬間に無数の針へと分裂し、雨のようにメルへと降り注いだ。
「ひゃっ!?」
回避を得意とするメルと言えども、こうも数が多くては全てを躱し切ることはできない。メルは止むを得ず、紫色の炎を放って『彗雷雨』を迎撃した。
「今度はこっちから行きますよ!」
紫色の炎の中を潜り抜けるように、メルは上空の憂依へと目掛けて飛び上がる。
「いいえ、来させないわぁ!『雷鎖網』!」
しかしメルの進路を阻むように、憂依は反霊力の網を形成した。
このまま無策で突っ込めば、メルの体は微塵切りになってしまうことだろう。
だがメルが無策で突っ込むはずもない。
「てやっ!」
メルは全身に紫色の炎を纏い、彗星のような姿となって反霊力の網へと突撃する。
紫色の炎は接触した反霊力を焼き尽くし、メルは網を突破した。
「てやああっ!」
メルは右腕に螺旋状の紫色の炎を纏わせ、憂依へと拳を突き出す。
「くっ、『雷星掌』!」
それに対し憂依は右掌に反霊力を高密度で圧縮させ、そのままメルに掌底を放った。
メルの拳と憂依の掌が激突し、周囲を衝撃波が薙ぎ払う。
「きゃああっ!?」
撃ち負けたのは憂依の方だった。体を紫色の炎に巻かれながら、大きく後方へと吹き飛ばされる。
「いったぁ……」
しかしメルも無事ではなかった。高密度の反霊力が直撃したことで、右腕はズタズタになっている。
「うわぁ、全然治らない……」
霊力での治療を試みるメルだが思うように回復が進まない。どうやら反霊力による傷は治りが遅いらしいことを、メルはこの時初めて知った。
一応時間がかかるだけで治らないということはなさそうだが、腕が完治するよりも憂依が体勢を立て直す方が早かった。
「さあ、いらっしゃぁい!」
憂依がペロリと長い舌を出すと、その表面に紫色の幾何学的な紋様が浮かび上がる。
「『アザナエル』!『コギエル』!」
憂依の左右に直径2mほどの、舌にあるものと同じ紋様が浮かび上がる。
そしてその紋様の中から、それぞれ人型の怪異が出現する。
人型の怪異は1対の角とコウモリのような翼を持ち、悪魔を思わせるような姿をしていた。
片方の悪魔は背中から8本の触手のようなものが生えており、もう片方の悪魔には腕や足などの一部に白い毛皮がある。
「あ~……怪異使いですもんね。怪異使いますよね」
メルの見たところ憂依の召喚した怪異は、祟り神に近しい戦闘能力を有しているように見えた。
「アザナエル、コギエル、私を助けて?」
憂依の視線の動き方からして、背中に触手を持つ悪魔がアザナエル、白い毛皮を持つ悪魔がコギエルのようだ。
「いっくよぉ~、『彗雷棘』!」
憂依が反霊力の矢を放つ。
それと同時にアザナエルは8本の触手を一斉にメルに向けて伸ばし、コギエルは吹雪めいた息を吐き出した。
一方のメルは紫色の炎を右足に収束させる。超高密度の炎によって、空間が歪んで見えた。
「メルティ・クレセント!」
メルは回し蹴りを放ち、憂依と悪魔達の攻撃を迎え撃つ。
反霊力も触手も吹雪も、紫色の炎が飲み込み焼き尽くしていく。
「ギャォォォッ!?」
触手という体の一部を焼かれたアザナエルが、その苦痛に悲鳴を上げる。
「隙だらけですよ!」
メルは一瞬でアザナエルの眼前まで移動し、その胸を左腕で貫いた。
「ギァッ……」
メルが腕を引き抜くと同時にアザナエルは落下し、その体が徐々に灰となって消えていく。
「アザナエル!?」
「よそ見してる暇は無いですよ!」
アザナエルを殺めたメルは、その勢いで憂依をも仕留めようと急加速する。
だがメルが憂依の下へと到達する前に、コギエルが2人の間に割り込んできた。
「ギァァァッ!」
コギエルがメルに向かって吹雪を吐き出す。
「くっ……」
メルは顔を顰めつつ、紫色の炎で冷気を相殺する。
そして紫色の炎を纏わせた左手の手刀で、コギエルの首を刎ね飛ばした。
「ギ……」
アザナエルと同じように、コギエルが灰へと変化しながら落下していく。
だがその直後、メルの視界に赤い光が走った。
「『彗雷棘・弩』!」
コギエルを盾に憂依が放った、杭のように巨大な反霊力の矢がメルを襲う。
「ぅあっ!?」
コギエルを仕留めた直後の隙を突いて放たれたその一撃は、これまでの『彗雷棘』よりも遥かに強力だった。
紫色の炎で威力を軽減して尚、反霊力によってメルの左腕がズタズタに傷つけられた。
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