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第7回桜庭メルの心霊スポット探訪:ジメ子さん 後編

 「えっと……結構濡れてるみたいですけど、大丈夫ですか?」


 配信開始時にいた公園の四阿に戻ってきたメルは、隣に座っている相手に声を掛ける。


 「は、はい。大丈夫です」


 メルの声に答えたのは、お嬢様学校を思わせる白一色の制服に身を包んだ少女。しかしただの少女ではなく、右目の周りが黒く、右の瞳は紫色。そして右手は刺々しい甲殻に覆われている。

 どこからどう見ても、つい先程までメルと戦っていた怪異の少女だった。


 「あ、あなたは大丈夫ですか?あなたも濡れてますけど、えっと……」

 「あっ、桜庭メルって言います。初めまして」

 「は、初めまして」


 挨拶を交わすメルと怪異。怪異には先程までのような、メルに対する敵意は全く見られない。

 怪異に憑りついていた幽霊が逃げてから、怪異の性質は一変した。どうやら怪異が人を襲っていたのは、憑りついていた幽霊がそうさせていたらしい。

 幽霊が逃げた後の怪異は人間と同程度に理性的で、メルとの会話も問題なく可能だった。そこでメルは怪異に詳しい話を聞くため、落ち着いて話のできるこの四阿まで怪異を連れてきた。


 「えっと、インタビューを始めさせてもらっても?」

 「は、はい」

 「じゃあまず、お名前教えてもらえますか?」

 「アマネ、といいます」

 「アマネさん。苗字はありますか?」

 「すみません、覚えていなくて……」

 「あっ、全然大丈夫です。えっと、じゃあ、アマネさんはどういう怪異なんですか?」

 「そうですね……」


 メルの抽象的な質問に、アマネは少し考え込んでから口を開いた。


 「私は元々人間だったんだと思います。昔のことはあまり覚えていませんが、人間として暮らしていた記憶が少しあるんです」

 「あっ、元人間の方でしたか」


 人間が怪異に生まれ変わることがあるというのは、メルもサクラから教えられて知っていた。


 「人間だった頃の私は病弱で、残っている記憶の半分以上はベッドの上で過ごしたものです。多分、あまり長くは生きられなかったんだと思います」

 「そうなんですか……」


 神妙な顔でアマネの話に耳を傾けるメル。しかし神妙だと思っているのは本人だけで、傍から見るとちょっとした変顔だった。


 「次に生まれてくるときは、もっと強い体で生まれたいって、そう願っていたことを覚えています。そうして気が付いたら、私はこの体になっていました。形はどうあれ、私の願いは叶ったんだと思います」

 「確かに、アマネさんめっちゃ強かったですもんね」


 アマネの強さはメルも身を以て体感している。きっと生前のアマネが願った強さはそういう強さではないが、それは言っても仕方がない。


 「何年くらい怪異をやられてるんですか?」

 「……分かりません。私はこの街に雨が降る日にしか起きていられないので、暦のことはよく分からないんです」

 「そうなんですね。雨の日以外は寝てるんですか?」

 「そうかもしれません」


 アマネのプロフィールに関する質問をいくつかしてから、メルはいよいよ本題に切り込んだ。


 「アマネさんは、『ジメ子さん』っていう都市伝説はご存じですか?」

 「……いえ、ごめんなさい」


 アマネは少し考え込む素振りを見せてから、首を横に振った。


 「ジメ子さんはこの街の都市伝説で、雨の日に現れて弱い者いじめをする人をボコボコにするらしいんです。……これってもしかして、アマネさんのことじゃないですか?」


 メルがそう尋ねると、四阿の中にしばしの沈黙が舞い降りた。

 メルは質問の答えを緊張した面持ちで待ち受ける。

 アマネは再び考え込んでから、ゆっくりと口を開いた。


 「……多分、私のことだと思います」

 「やっぱりそうだったんですね……あの、どうしてそんなことを?」

 「やったのは私ですけど、私の意志ではないんです」

 「と、言いますと?」

 「私が人を襲ったのは、私に憑りついていた幽霊の意思なんです」

 「あっ、あのスーツの女の人の幽霊ですか?」


 アマネが頷く。

 メルとアマネとの戦いの最後に、アマネの体から逃げていった女性の幽霊。その姿はメルもよく覚えている。


 「あの幽霊は私に憑りつき、私の体をいいように動かしていました。信じてもらえるかは分かりませんが、あなたと戦ったのも私の意思ではないんです」

 「それはまあ何となく分かります」


 当初は問答無用でメルに襲い掛かってきたアマネだが、今ではその凶暴さはすっかり鳴りを潜めている。

 人が変わったように、という慣用句があるが、アマネの場合は実際に人が変わっているのだ。


 「憑りつかれている間、私はあの幽霊の記憶を垣間見ました。彼女は会社で上司から酷いいじめを受けて、それを苦にして自殺したようでした」

 「それってもしかして、28年前の……」


 ジメ子さんの正体として考察されていた、28年前に会社でのパワハラが原因で自殺した女性。アマネに憑りついていた幽霊の正体が、その自殺した女性であることは十分考えられる。


 「あの幽霊は自らを死に追いやった上司に復讐し、そして上司と同じように誰かをいじめる人間を根絶するために、私の体を使っていました。あの幽霊にとって、私の体がとても都合が良いようでした」

 「都合がいいっていうのは、アマネさんが強いからですか?」

 「それだけじゃありません。強さのほかにもう1つ、あの幽霊に必要だったのは私のこの目です」


 アマネは自分の右目、紫色の瞳を指差した。


 「私の右目には、他者の記憶を垣間見る能力が備わっています。あの幽霊は私の目を使って、弱い者いじめをしている人間を選別しているようでした」

 「他の人の記憶を見れる目ですか、すごいですね~」


 幽霊・怪異・神格・祟り神を判別する「桜の瞳」を持つメルは、同じ特殊な目を持つ者同士としてアマネに親近感を覚えた。


 「悪人を一方的に暴行できるだけの力と、悪人を見分けることのできる目。この2つを持っている私は、あの幽霊にとってこの上なく都合がよかったんです。私はあの幽霊に憑りつかれてから、ずっとあの幽霊にいいように使われてきました」

 「それはお気の毒に……あれ?でもそれなら、どうしてあの幽霊はさっきアマネさんの体から出てったんでしょう?」


 幽霊に憑りつかれたアマネがジメ子さんの都市伝説の正体だとするならば、例の幽霊は28年間もの長きに亘ってアマネに憑りついていたことになる。

 にもかかわらずメルとの戦いの最中に幽霊があっさりアマネの体から逃げ出したことが、メルには解せなかった。


 「あの幽霊は、痛みに耐えられなかったんです」

 「痛み?」

 「あの幽霊は私に憑りついている間、私と感覚を共有していました。私が痛みを感じれば、それがあの幽霊にも伝わるんです。でも私が痛みを感じるようなことはこれまでほとんどありませんでした」

 「アマネさん強いですもんね~」


 アマネは雨の日にしか活動できず、雨の日にすることも弱い者いじめをする人間を暴行するだけ。アマネほどの戦闘能力があれば、暴行の際に反撃を受けることは考えにくい。

 アマネが苦痛を感じるのは、メルとの戦闘が初めてと言っても過言ではなかった。


 「長らく痛みとは無縁だったあの幽霊にとって、腕を斬り落とされる苦痛は耐えがたいものだったみたいです。だからあの幽霊は私の体を捨てて逃げ出した」

 「えっ、じゃあアマネさんは何で大丈夫だったんですか?」

 「私は……何故か大丈夫でした」

 「え~すご~い」


 全くIQを感じられないメルの合いの手に、アマネは小さく吹き出した。

 すみません、と謝ってから、アマネは改めてメルへと向き直った。


 「私があの幽霊から解放されたのはあなたのおかげです。ありがとうございました」


 アマネが深々と頭を下げる。


 「そんなそんな、メルなんてちょっと腕を斬り落としただけですから」

 「それでもあなたのおかげで私が解放されたことには変わりありません」

 「……アマネさんの助けになれたならよかったです」


 真っ直ぐな感謝を向けられ、メルは恥ずかしそうに笑った。


 「それで、その……」


 一転、アマネが深刻な表情を浮かべる。


 「……やっぱり、私は殺人罪でしょうか」

 「え?」

 「自分の意志ではないとはいえ、多くの人を殺してしまいましたから……」

 「あ~……」


 メルはそんなことは考えてもいなかったが、アマネは罪の意識に苛まれている様子。

 アマネの中にかすかに残っている人間だった頃の記憶が、アマネに罪を感じさせているようだ。


 「ん~、アマネさんが罪に問われることは無いと思いますよ?あの幽霊に憑りつかれていたのなら、心神喪失が成立すると思いますし。そもそもアマネさん人間じゃないので刑法適用されないと思いますし」

 「そうですか?でも……」

 「やっぱり気になりますか?でも、これ言って気休めになるかは分からないですけど、アマネさんがいたことでよかったこともあるんですよ」

 「よかった、こと……?」

 「人が死んでるのによかったことなんて、ちょっと不謹慎かもしれませんけど。でもアマネさんの都市伝説が広まってるおかげで、この街ではいじめとかパワハラがすごく少ないんですって」


 弱い者いじめをする人間は、雨の日にジメ子さんに殺される。そんな噂が広まっているからこそ、この街には弱い者いじめをする人間はほとんどいない。

 それはジメ子さんという都市伝説がこの街にもたらした、紛れもないプラスの影響だ。


 「だからあんまり気に病まないでください。アマネさんがいてよかったこともありますし、そもそも悪いのは全部あの幽霊なんですから」

 「……ありがとうございます。ほんの少しだけ気が楽になりました」


 アマネが薄らと微笑む。


 「うん、笑った方が可愛いです!」


 アマネの笑顔を見てメルもご満悦だ。


 「それでアマネさんは、今後はどうするんですか?」

 「今後……?」

 「折角憑りついてた幽霊から解放されて自由になったんですから、何かやりたいこととか無いんですか?」


 メルがそう尋ねると、アマネは顎に手を当ててしばらくの間考え込む。そして、


 「……あの幽霊に復讐がしたいです」


 冷たい声でそう呟いた。


 「復讐?」

 「はい。人を殺すために私の体を好き勝手に使っていた、あの幽霊に復讐がしたいです」

 「あっ、いいですね!」


 アマネが口にした物騒な今後の目標に、メルは両手を合わせて共感した。

 一般的にはあまり良いこととはされない復讐だが、生憎メルはその辺の一般的な感性を持ち合わせていなかった。


 「そうと決まれば、早速あの幽霊を探しに行ってもいいですか?私は雨の時にしか活動できないので、早くあの幽霊を見つけないと……」

 「あっ、そうですね。どうぞどうぞ行ってください!インタビューに付き合ってくれてありがとうございました」

 「こちらこそ、助けていただいてありがとうございました」


 アマネは最後にもう1度メルに頭を下げてから、四阿を出て雨の中へと消えていった。

 その背中をメルは手を振りながら見送る。


 「……さて。アマネさんも行っちゃいましたし、そろそろ配信終わりましょうか」

 『あの女の子が怪異とは思えないんだけど』『怪異っていうには話が通じすぎてただろ』


 メルが終了を匂わせた途端、視聴者達からツッコミのコメントが続々と寄せられる。

 視聴者達の意見をまとめると、「配信内容が全く心霊系ストリーマーらしくない」ということになる。


 「あ、あはは……やっぱりそうですよね」


 そしてメルにもその自覚はあった。

 当初の目的の怪異であるジメ子さんには遭遇できたものの、ジメ子さんの正体であるアマネはかなり人間に近い姿で、且つ人間と同程度に会話が成立した。

 メルは「桜の瞳」があるおかげでアマネを怪異と認識できるが、「桜の瞳」を持たない視聴者達にとってアマネは「ちょっとコスプレをした女の子」程度にしか見えないのだ。


 「でっ、でも、視聴者さんのリクエストには答えられましたから!ジメ子さんを殺してくださいっていうお願いは叶えられませんでしたけど、ジメ子さんを怖がる必要が無いってことはこの配信を見てもらえれば分かるはずです!」

 『確かに……?』『それはそうかも』

 「ね!ね!ですから今回の配信は成功って言っていいと思うんですよ!心霊系の配信としての出来はともかくとして!」

 『そこ1番ともかくとしちゃダメなとこだろ』


 視聴者からは肯定的なコメントこそ少ないものの、必死で言い訳を並び立てるメルの姿は面白がってもらえていた。


 「という訳で!第7回心霊スポット探訪この辺でお別れにしたいと思います!次回はね、もうちょっと心霊要素強い配信にできればな~って思ってます!それじゃあ、バイバ~イ!」

 『あっ逃げた』『逃げたな』


 視聴者の追及から逃れるように、メルは駆け足気味に配信を締めくくった。

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