眠り姫
「スー……スー……。」
一定のリズムで寝息が聞こえる。
美羽は小夜の寝ているベッドの横で、静かに読書に勤しんでいた。
読書は素晴らしい。
様々な知識を吸収できるし、なにより楽しい。
寝息の一定のリズムと、本のページをめくる音が、まるで精巧に作られた時計のように時を刻み続ける。
自分が小夜の番をやると言い出したのには理由がある。
といっても、たいそうなものではない。
ただ、静かな環境で読書がしたかっただけの話だ。
『男は最後に地面に引っ搔き傷を作った。自分が居た証を残すために――』
最後の一文を一文字づつ噛み締めるように読むと、美羽は本をパタンと閉じた。
中々面白かった。
やはり、本を読むときは静かな方がいい。
物語の中に入り込める。
ガラッ、と音がして保健室の扉が開く。
美羽が扉の方を向くと、大樹が立っていた。
「太田君?」
大樹は無言のまま小夜に近づくと、小夜の方を掴んで揺さぶった。
「な、何をしているのですか!?」
慌てて美羽が止める。
「早く、目を覚ましてくれッス……。和馬先輩が死んだのが嘘だって、巧先輩が、皆が嘘を言っているだけだって証明してくれ……。」
「……太田君、安蘇先輩は死んだのです。」
「…………。」
「あなたが信じようが信じまいが、事実は変わりません。」
美羽は厳しく突き放す。
「あなたは自分の信じたくない物を信じない。それでは進歩できません。受け入れたくない物を受け入れて、人は成長できるのです。」
「……俺、弱かったッス。信じたくない物を信じないようにしても、何も変わらないって解ってて。なのにそれを他人に押し付けて。」
大樹は伏せていた顔を上げる。
そこにあったのは、まるで聖母のような慈しみを持った美羽の顔だった。
「確かに、あなたの行為は周囲に迷惑をかけたかもしれません。ですが、安蘇先輩の死を悼む、あなたのその優しさは評価できると思います。」
「先輩……。優しいッスね。」
大樹が笑顔を見せた。
するとどうしたことだろうか、急に顔が熱くなる。
「か、勘違いしないでいただけますか!?わ、わわ、私は優しくなど……!」
「決めたッス!俺、皆に謝ってくるッス!ありがとうございました!」
大樹は頭を下げると、風のような速さで保健室を出て行った。
「な、何なんですか、もう……。」
ふと、ベッドの横の鏡を見やると、顔が赤くなっているのが一目で分かった。
いや、確認するまでも無く分かっていたことだが。
「ど、読書をして気を落ち着かせましょう……。」
しかし、その日美羽は読書に集中できなかった。
「さてどうするか……」
技術室に移動した龍は、多くの材料を前に呟いた。
やはり遠征で感じたのは攻撃力の圧倒的不足。
そもそもあの数を相手に戦おうという方が無理だが、手も足も出ない状況は歯痒かった。
あのニューナンブがあれば良かったのだが、回収できなかったので、銃を手に入れる事が出来なかったのは痛手だ。
もっとも、銃声というネックがあるので使い勝手が良いわけではないが。
「広範囲に効果のある武器……。チェーンソーとかは音が大きいし、第一服とか筋肉が絡まるな。真剣なんてないし、達人じゃなければすぐ刃毀れするだろうしなぁ……。やっぱり耐久性がネックだなー……。」
悩んでいると、怜が技術室に入ってきた。
「龍、休まないの?」
「ん?ああ、まぁな。」
「そういえば、あの爆弾は……。」
「ああ、あれ凄かったろ?あれはテルミット爆弾って言ってな。」
「ゲームとかだと火炎手榴弾とかあるけど、そんなんじゃ駄目なの?」
「まあ、あれは酸素が必要な人間には効果あるけど。ゾンビは呼吸してないから酸欠状態にならないから意味ないよ。」
「で、何を作るの?」
「ああ、作るっていうか……。広範囲に効果が期待できて、耐久性があるのが理想なんだけど。」
「正直、思い付かないよね。」
「なんか、でかい木槌振り回した方がいい気がしてきた。」
「いいんじゃない?龍に似合うし。」
「あれだろ?陽気で重装備なアフリカ系の兄貴分だろ?」
「そうそう。」
「俺死ぬの?」
「フラグは建つんじゃない?」
「木槌だけは使わねぇ。」
「あァァぁ……。」
ゾンビに液体が掛けられる。
「痛みは無し。しかし、人間と同じように皮膚は溶ける……。」
次に、熱湯を手に突っ込む。
「反射運動は無し。何も感じていないのか?」
そして、学校で捕まえたゴキブリを棒に括り付け、口の中に入れる。
すると、ゾンビは一心不乱にゴキブリを噛み始めた。
「食欲旺盛、食べられるなら何でも良いか。」
真二は息を吐いて、ペンを置き、ノートをたたむ。
まだまだ実験は始まったばかりだが、謎は深まるばかりだ。
もし有効な対策が見つかったとしても、ここのメンバーに漏らすつもりは一切ない。
ここの連中は自分を差し置いていろいろとやりすぎた。
いずれ全員ここから追い出すか、殺すかして、新たに避難民を集め、自分が指導者のコミュニティを作り上げる。
(徹……あいつだけは、ゆっくりと痛みを与えて殺してやる。)
真二の眼は何かに憑かれたように虚ろだった。




