表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
48/88

眠り姫

「スー……スー……。」


一定のリズムで寝息が聞こえる。


美羽は小夜の寝ているベッドの横で、静かに読書に勤しんでいた。


読書は素晴らしい。


様々な知識を吸収できるし、なにより楽しい。


寝息の一定のリズムと、本のページをめくる音が、まるで精巧に作られた時計のように時を刻み続ける。


自分が小夜の番をやると言い出したのには理由がある。


といっても、たいそうなものではない。


ただ、静かな環境で読書がしたかっただけの話だ。




『男は最後に地面に引っ搔き傷を作った。自分が居た証を残すために――』


最後の一文を一文字づつ噛み締めるように読むと、美羽は本をパタンと閉じた。


中々面白かった。


やはり、本を読むときは静かな方がいい。


物語の中に入り込める。


ガラッ、と音がして保健室の扉が開く。


美羽が扉の方を向くと、大樹が立っていた。


「太田君?」


大樹は無言のまま小夜に近づくと、小夜の方を掴んで揺さぶった。


「な、何をしているのですか!?」


慌てて美羽が止める。


「早く、目を覚ましてくれッス……。和馬先輩が死んだのが嘘だって、巧先輩が、皆が嘘を言っているだけだって証明してくれ……。」


「……太田君、安蘇先輩は死んだのです。」


「…………。」


「あなたが信じようが信じまいが、事実は変わりません。」


美羽は厳しく突き放す。


「あなたは自分の信じたくない物を信じない。それでは進歩できません。受け入れたくない物を受け入れて、人は成長できるのです。」


「……俺、弱かったッス。信じたくない物を信じないようにしても、何も変わらないって解ってて。なのにそれを他人に押し付けて。」


大樹は伏せていた顔を上げる。


そこにあったのは、まるで聖母のような慈しみを持った美羽の顔だった。


「確かに、あなたの行為は周囲に迷惑をかけたかもしれません。ですが、安蘇先輩の死を悼む、あなたのその優しさは評価できると思います。」


「先輩……。優しいッスね。」


大樹が笑顔を見せた。


するとどうしたことだろうか、急に顔が熱くなる。


「か、勘違いしないでいただけますか!?わ、わわ、私は優しくなど……!」


「決めたッス!俺、皆に謝ってくるッス!ありがとうございました!」


大樹は頭を下げると、風のような速さで保健室を出て行った。


「な、何なんですか、もう……。」


ふと、ベッドの横の鏡を見やると、顔が赤くなっているのが一目で分かった。


いや、確認するまでも無く分かっていたことだが。


「ど、読書をして気を落ち着かせましょう……。」


しかし、その日美羽は読書に集中できなかった。




「さてどうするか……」


技術室に移動した龍は、多くの材料を前に呟いた。


やはり遠征で感じたのは攻撃力の圧倒的不足。


そもそもあの数を相手に戦おうという方が無理だが、手も足も出ない状況は歯痒かった。


あのニューナンブがあれば良かったのだが、回収できなかったので、銃を手に入れる事が出来なかったのは痛手だ。


もっとも、銃声というネックがあるので使い勝手が良いわけではないが。


「広範囲に効果のある武器……。チェーンソーとかは音が大きいし、第一服とか筋肉が絡まるな。真剣なんてないし、達人じゃなければすぐ刃毀れするだろうしなぁ……。やっぱり耐久性がネックだなー……。」


悩んでいると、怜が技術室に入ってきた。


「龍、休まないの?」


「ん?ああ、まぁな。」


「そういえば、あの爆弾は……。」


「ああ、あれ凄かったろ?あれはテルミット爆弾って言ってな。」


「ゲームとかだと火炎手榴弾とかあるけど、そんなんじゃ駄目なの?」


「まあ、あれは酸素が必要な人間には効果あるけど。ゾンビは呼吸してないから酸欠状態にならないから意味ないよ。」


「で、何を作るの?」


「ああ、作るっていうか……。広範囲に効果が期待できて、耐久性があるのが理想なんだけど。」


「正直、思い付かないよね。」


「なんか、でかい木槌振り回した方がいい気がしてきた。」


「いいんじゃない?龍に似合うし。」


「あれだろ?陽気で重装備なアフリカ系の兄貴分だろ?」


「そうそう。」


「俺死ぬの?」


「フラグは建つんじゃない?」


「木槌だけは使わねぇ。」




「あァァぁ……。」


ゾンビに液体が掛けられる。


「痛みは無し。しかし、人間と同じように皮膚は溶ける……。」


次に、熱湯を手に突っ込む。


「反射運動は無し。何も感じていないのか?」


そして、学校で捕まえたゴキブリを棒に括り付け、口の中に入れる。


すると、ゾンビは一心不乱にゴキブリを噛み始めた。


「食欲旺盛、食べられるなら何でも良いか。」


真二は息を吐いて、ペンを置き、ノートをたたむ。


まだまだ実験は始まったばかりだが、謎は深まるばかりだ。


もし有効な対策が見つかったとしても、ここのメンバーに漏らすつもりは一切ない。


ここの連中は自分を差し置いていろいろとやりすぎた。


いずれ全員ここから追い出すか、殺すかして、新たに避難民を集め、自分が指導者のコミュニティを作り上げる。


(徹……あいつだけは、ゆっくりと痛みを与えて殺してやる。)


真二の眼は何かに憑かれたように虚ろだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ