得た物の代償
全員を引っ張り上げた大樹は、少しおかしいと思いはじめていた。
徹、小夜、巧、佑季、真二、誠治、龍、怜の順番で這い上がってきた。
それぞれが物資を小分けにして持っている事を考えると、やむを得ずバスを遺棄したことが分かる。
そう、それは分かる。
だが、分からないのは二つ。
気絶している小夜と、足りない二人。
「あのー、早く上がってきてくださいよー。」
マンホールの中に向かって声をかける。
しかし、返事は無い。
ふと顔を上げて周りを見ると、全員が顔を逸らしている。
「和馬先輩と純先輩がまだなんスけど、遅れたんスか?」
誰も、一言も喋らない。
「……なんで黙ってるんスか?」
「和馬と純は死んだ。」
ボソッと巧が呟く。
「…………は?」
死んだ?
あの、和馬先輩が?
「な、何冗談言ってるんスか!?たちが悪いッスよ。なあ、徹。」
「…………。」
徹は口を開かない。
「おい、徹?どうしちまったんだよ、黙り込んで。」
大樹は必死に周囲の人に呼び掛ける。
「冗談なんスよね!?ねえ!?」
「大樹、何度も言わせるな。和馬と純は死んだ。」
「…………嘘、だ。」
「嘘じゃない。」
「…………なんで?なんでそんなに冷静なんスか!?」
「喚いても事実は変わらん。」
冷静に返す巧に、大樹が掴みかかる。
「和馬先輩は親友なんじゃなかったんスか!?『死んだ』って、そんな冷静に片づけられるような仲だったんスか!?和馬先輩は巧先輩の事を兄みたいだって言ってたのに、あんたにとっての和馬先輩はそんなに軽い物だったんスか!?」
大声で喚く大樹。
周囲のメンバーは全員黙ったまま、事の成り行きを見つめている。
「…………ゎゕる。」
ボソッと巧が呟いたのが聞こえる。
しかし、その静けさは一瞬だけだった。
「お前に何が分かる!?和馬は俺にとって弟のような存在だった!ずっとずっと一緒にいた!でも、死んだんだ!お前が喚いて当たり散らしているのは唯の逃避だ!和馬の死が受け入れられないだけだ!」
巧の一喝。
珍しく感情を高ぶらせた巧が大樹に大声を放つ。
しかし、大樹も負けてはいなかった。
「受け入れる!?冗談じゃないッスよ!なんでそんな簡単に受け入れられるんスか!?人が死んでいるのに、仲間が死んでるのに簡単に受け入れられる奴は人間じゃないッス!」
「ならどうすればいい!?死んだことから目を背けようが何をしようが、死んだことは変わらない!見えた物を見えないと言って、あることを無いと言って、それで何が変わる!?逃げるだけの自己満足も大概にしろ!」
「自己満足……。」
「受け入れろ。この世界ではそれが必要だ。」
答えに窮した大樹を尻目に、巧は物資の入ったリュックサックを担いで移動していく。
周りの者もそれに習い、残されたのは大樹唯一人。
「なんで……そんなにあっさりしてるんスか?そうやって割り切れるんスか?」
マンホールの前に座り込んで、マンホールの穴に向かって問いかける。
しかし、あの懐かしい声がマンホールから帰ってくる事は無かった。
あのあと数回バスの中と学校をマンホールで行き来し、全ての物資を持ってきた。
会議室に全員が(小夜は保健室で寝ていて、美羽が看病しているため、二人欠席)集まる。
「……さて、今回の結果を発表するよ。缶詰が段ボールに詰めて9箱分。飲料水は2Lペットボトルが16本、1.5Lペットボトルが8本。娯楽雑誌が20冊。ハンドアックスが2丁にピッケルが1丁。男物の下着が上下10着ずつ。ジャージが2着。女性用の下着が上下10着ずつ。洋服が10着ずつ。生理用品各種。歯ブラシが20本に歯磨き粉が10本。タオルが10枚。洗剤が3箱。」
スラスラと物資を読み終えると、徹が遠征の講評を述べる。
「出来るだけ確保したかった自家発電機は確保できず。そして、今回最も悪かった点は、和馬先輩と純先輩の死亡です。」
皆押し黙っている。
重い雰囲気が会議室内を囲っていた。
「しかし、彼らの残してくれた物資は非常に多量でした。この物資は彼らが命をかけた事によって得たものです。自分自身の命を賭して、僕たちの命を伸ばしてくれたのです。僕達は彼らを忘れてはいけません。」
そう締め括ると、それぞれが促してもいないのに会議室から退場していった。
皆この場の空気に耐えられなかったのだろう。
「……はぁ。」
目の前にある大量の物資を見て溜息をつく。
思った通り、雰囲気は最悪。
このままでは、分裂、崩壊も有り得る。
「……あの。」
不意に声を掛けられて後ろを向くと、佑季が立っていた。
「何ですか?」
「いえ、お疲れのご様子なので、お茶をお持ち致しました。」
佑季なりの気遣いなのだろう。
礼を言って、お茶を飲む。
「リーダーというものは、えてしてストレスを溜めやすい物です。たまにはガス抜きをしないと、いつか壊れてしまいますよ。」
「それは、会長を見てきたから言える事なんですか?」
「……あの人は、ガス抜きをするには遅すぎました。」
そう言うと、佑季は身を翻して去って行く。
「なるほど、ね。」
徹はお茶を一気に飲み干した。




