生きるべき?
「うぬわああああああああああ!!!」
大樹がマンホールを押し上げる。
大樹が頭を出すと、そこは商店街のメインストリートだった。
縁日にはここで出店が出たりするのだが、今は十体ほどのゾンビがフラフラと徘徊しているだけだ。
もっとも、その10倍以上のゾンビが店の中に蔓延っているのだろうが。
辺りを見回すと、衣料店や食料品店、登山用品店や釣り具店や本屋などがマンホールの近くにあった。
「よっ……。」
マンホールから這い出すと、それに続いて巧も出てきた。
「取り敢えず、マーキングだ。」
巧がポケットからチョークを取り出すと、マンホールの周りに矢印を沢山書いた。
「こんなもんで良いだろ。」
「先輩、ちょっと物資持って帰った方が良くないッスか?」
「やめておけ。俺たちの仕事は脱出経路の確保だけだ。」
「はーい……。」
大樹はまるで親に怒られた子供の様にしょぼくれた。
「そんじゃあ、戻るッスか。」
大樹がマンホールの元に戻ろうとした時、一台の車が目に入った。
「…………」
「どうかしたか?大樹。」
「いや、あの車……。」
大樹が車に近寄ると、中で女の子が蹲っていた。
「女の子がいるッスよ。助けないと!」
大樹が慌てて扉を開けようとする。
だが、巧はそれを制した。
「な、なんで止めるんスか、先輩!」
「違う。よく見ろ。」
巧の視線の先には、女の子の脹脛辺りにある小さな噛み跡があった。
「女の子は感染している。」
「そんな……!」
その騒ぎに気付いたのだろうか、女の子がゆっくりとこちらに向く。
その顔は赤黒く乾いた血にまみれ、口元が大きく欠損していた。
「ッ……!」
運転席にいた、母親らしき死体も、ピクリと体を震わせたかと思うと、いきなり暴れだした。
女の子がドアを叩く音、母親がシートベルトが締まっているのを気にも留めず、暴れる音。
「大樹、行くぞ。ゾンビが集まってくる。」
「何で……ッ!何でこんなッ!」
大樹が目尻に液体を溜めながら嘆く。
だが、今の巧に出来ることは、大樹を慰める事ではなく、マンホールに押し込むことだった。
ズズッ、とマンホールが開いて、大樹が顔を出す。
「お帰り、どうだった?」
「……ああ、バッチリ商店街の中心と繋がってたぜ。」
大樹の様子が少しおかしい。
少し元気がないようだ。
が、とにかく、商店街までつながっていることは確認できた。
「マンホールにはちゃんと矢印でマーキングしておいた。荒らされている形跡はなかったから、ある程度の物資は期待できるだろう。ただ、途中、這ってしか進めない所があった。大樹が通れたから、全員通れるとは思うが……龍は分からん。」
大樹に続いてマンホールから出てきた巧が説明する。
大分見通しは立ってきたようだ。
取り敢えず、今日の活動はここまでにして、会議室に全員を集める。
「というわけで、一応の脱出路は確認できました。こんな感じです。」
徹が、ホワイトボードに張られた地図に、赤いペンで脱出する道を書いていく。
「もしものことがあったら、ここに逃げ込むという事で。明日は雨が降る予報なので、明日は探索にはいきません。幸い、まだ物資にも余裕がありますので。」
会議が終われば、夕食の時間だ。
それぞれがいつも通りに缶詰を開けて食べる。
こう何日も缶詰が続くというのも、初めての経験だ。
きっと災害に遭ったりすると、こういった生活を強いられるのだろう。
徹の前に置かれているのはポークビーンズの缶詰だ。
既にこの缶詰を三食連続で食べている徹にとっては、もはや食べ慣れた味だ。
職員室に在った割り箸を割って、大豆を摘まむ。
しかし、徹はその箸を口に持って行くことはしなかった。
大樹を見たからだ。
いつもなら踊りだすくらい喜ぶ食事のときでさえ元気がなかった。
「大樹、大丈夫?」
「……ああ、心配すんな。」
そうは言っているが、明らかに変だ。
商店街の探索で何かあったのだろうか。
そう思考を巡らせていると、大樹がおもむろに口を開いた。
「死んでたんだよ。」
「え?」
「死んでた。」
そういうと、大樹は缶詰の蓋を開け、ちびちびと食べ始めた。
「探索の時、車に女の子がいた。でも、ゾンビだった。」
なるほど。
だから大樹は元気がなかったのか。
そういえば、大樹は子供好きだった様な記憶がある。
「何でだ?何で、生きててもいい子供が死ぬんだ?」
大樹の口調は、徹に質問しているようで、自分自身への問いかけのようにも聞こえた。
「……今、この世界では、“生きててもいい子供”なんていないよ。」
徹は、大豆を口に入れながら答える。
「必要なのは“生きる道を自分で見つけて生き延びる子供”だから。何もしないで“生きててもいい”なんて話がうますぎるんだよ。今までが良すぎたんだ。」
「…………。」
大樹は答えなかった。
一言も発しないまま、缶詰を無理矢理口の中に掻き込んだ。




