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焦る女は女王に

「化け物は多分死なない。頭じゃないどこかに本体があるんだろうけど、探すのに数時間は掛かるだろうから、取り敢えず動けないようにしておくよ。」


そういうと、怜は化け物の解剖を始める。


舌を切り取り、ナイフで手足の腱を切り刻む。


赤い生物は、時折体を震わせるが、起き上がる気配を見せないまま、床に伏している。


大樹も骨や臓器に損傷は無く、ただ軽い脳震盪により気を失っただけのようだ。


だが、山下桜だけは焦っていた。


大樹に突き飛ばされた時、実は舌が自分の腕を掠めていたのだ。


破れた制服と流れる血を辛うじて隠せてはいるが、時間の問題だろう。


なぜなら、自分は感染してしまったからだ。


視界に靄がかかり、湾曲する。


まるで酷い高熱に苛まれているかのようだ。


「あの……。」


何とか平静を保って話を切り出す。


「突然のことで疲れちゃって、少し、休ませてもらってもいいですか?」


怜がこちらを見てくるが、やがて納得して頷く。


自分のこの朦朧とした感じが本当に疲れているように見えたのだろうか。


真意は定かではないが、今はその言葉に甘えさせてもらうべきだ。


スタジオにスプリンクラーの水で少し湿った布団を持って移動する。


考えろ、私。


どうすれば自分が生き永らえる事が出来るか。


例えここに居る全員を犠牲にしても自分だけは生き延びる。


感染の致死率が100パーセントでも、自分がそれに当てはまる筈がない。


自分は羨望の的で、誰もが模範にする存在。


こんなところで死んで良い筈が無いのだ。


自分は神からさえも愛されているに違いない。


だから自分はこんなウイルスなんて簡単に克服できる。


ドクン、と心臓の鼓動が激しくなる。


「はぁっ、はぁっ……!」


布団を掴み、必死で耐える。


自分は今までだって危機を切り抜けてきた。


この程度切り抜けられない筈が無い。


自分は凡人とは違う。


しかし、離れていく意識を引き留めることは出来ず、私の意識は闇に溶けた。







ジリリリリリリリ、と急に大きな音が鳴り、徹は辺りを見回す。


それが火災警報器の音だと解るには少し時間がかかった。


「何か有ったのかな……。」


翼が心配そうに呟く。


それはその場に居る全員も同じ考えだ。


「おし、んじゃあ俺が戻って様子を見てくるわ。何もなかったら戻ってくるからよ。」


和馬の申し出を断る道理もなかったので、和馬に行ってもらうことにし、今自分たちの目の前にいるゾンビに集中する。


「皆、この人知らないよね?」


歩いているのは男のゾンビ。


知らないというか、知る事が出来ないと言った方が正しいだろう。


顔面が無残に食い荒らされている。


まるで赤い仮面でも着けているかのようだ。


「それじゃあ、僕が気を引くから、本間先輩は後ろから猿轡を噛ませてください。純先輩は足を。」


徹はゾンビの目の前まで近寄り、猫騙しのように一度手を合わせて音を出す。


「アァァぁ……。」


ゾンビがこちらを向き、両手を伸ばして近づいてきたのを見て、翼が動き出した。


そっとゾンビの眼前に紐を持ってきて、まるで後ろから首を絞めるような感じで紐を口に突っ込んだ。


余りの勢いのせいか、それともすでに肉が柔らかくなっているのか、ゾンビの前歯がコロコロと廊下を転がった。


同時に徹が突き出された両手を掴み、縄で縛る。


ゾンビを突き飛ばして床に倒して純が足を縛れば、捕獲完了だ。


これをあと数回繰り返せば任務は完了する。







目が覚める。


気を失っていたのは数分か、それとも数時間か。


動悸が収まっていた。


そして確かな充足感が体を満たす。


私は制服を肘まで捲り、自分の手に付着した血を舐める。


すると、抉られている様にも見えた傷口は塞がっており、血も完全に止まっていた。


ニィ、と口角が吊り上る。


「あは、あははははははは!」


自分は適応したのだ。


既に視界の靄は取り払われ、高熱も無くなっている。


「ぐぅッ!?」


その直後、耳鳴りに苛まれる。


そして自分の脳内に様々な情報が流れ込んでくる。


よく耳を澄ますと、それは掃討班の面々の声だった。


この防音の部屋から、掃討班の声が聞こえてくる。


ここの設備の具合からして、防音に不備があるとは思えないため、自分の聴覚が限界まで上がったわけではないだろう。


とすれば、これは自分ではない第三者が聞いている音なのだろうか。


当て嵌まるのは掃討班と戦っているゾンビが聞いている音しかない。


ゾンビの有する限界まで研ぎ澄まされた聴覚を私が全て掌握したのだ。


「あはははははは!」


頭痛に苛まれながらも、笑いが止まらない。


ゾンビが唯一頼りにしている聴覚を私は知る事が出来る。


いずれこの頭痛も無くなるだろう。


自分が手にしたのは簡単な傷なら数分で塞がる、ある程度の再生能力とこの学校を覆えるほど、つまり半径数十メートル以内のゾンビの聞いた音がわかること。


恐らく私は命令をも下す事が出来るだろう。


聞こえてくるのだ。


ゾンビが命令を求めている声が。


ゾンビは待っているのだ。


私が指揮を執ることを。


やはり、あのカエルは唯ウイルスに感染した訳ではなかった。


あのカエルの体内でウイルスが変化し、そしてそのウイルスに私が適応した。


言わば、上位種の中の上位種。


王たる力を得たに等しい。


私は今この瞬間に女王となった。


この世界に蠢く死者の頂点に。


ガチャ、と音がして扉が開く。


「さっくらちゃ~~~ん!大丈夫か~い?」


異様なハイテンションで入ってきた男。


私に好意を抱いているのか、はたまた女好きか。


恐らく後者に当てはまるこの男は馴れ馴れしく私の傍に寄ってきた。


ああ、そういえば腹が減ったな……。






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