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没落令嬢は決死の覚悟で姫様の初夜を身代わりする ~秘密を守るために逃亡したのに、なぜだかお相手の王子様に捕まり溺愛されています  作者: 新 星緒


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8・3 結婚は決定事項

「逃げないことを決めた私がなにをしたか、忘れたか?」

 そう言って自嘲とも見える微笑みを浮かべるハインツ。


「初夜の相手が君と知ったとき、私がどれほど神に感謝したことか。もう二度と後悔をしたくなかった私は君を確実に手に入れるために、騙されているふりをして抱いたんだ」

「そうだったのですね……」


(気持ちが重すぎて引くと思っていたけれど。何度も後悔した結果だったのね。それなら理解できるような気がするわ)

 エルゼは顔を熱くしながら、あの晩に何度となく『好き』『愛している』と囁かれたことを思い出した。


 ヘンリヒでいたときに伝えられなかったから。一度は死亡したと絶望したから。

 だから騙されたふりをしながらも、ハインツはエルゼへの気持ちをあますことなく伝えてくれたのだと思うと、エルゼは嬉しいような気がした。


「愛している、エルゼ」

 エルゼの目をまっすぐに見つめるハインツ。その黒い瞳が金色に煌く。

「だが王太子妃となれば、どうしてもリスクは生じる。守りは鉄壁でなければならないし、それを怠る者は王太子に翻意があると捉えられて当然なんだ」


 ん?とエルゼは首をかしげる。

(待って。急に話が飛躍したわ)


「ハインツ殿下。私は殿下の妃になるつもりはございませんが」

「は……?」

 間の抜けた顔で、瞬くハインツ。


「でもヴァルターの教育にここは最適だと言っていたではないか」

「ええ、それはもちろん。ですがヴァルターの教育と私が妃になるのは別の話です。そもそも私には王太子妃なんて務まりません」


 エルゼも、王宮の人間がヴァルターへ示す反応を見ていれば、彼はもうハインツ王太子の子として生きるほかないのだろうとはわかる。

 だけど自分は平民で、家族は反逆者として処刑された身だ。だから王太子の妃でも、もちろん妾でもなく『王太子の息子の母』といった扱いをしてほしいと考えていた。


 それは到底ありえない案なのだが、リーデンシュタイン国の内情を知らないエルゼには知る由もない。


「不可能だ、エルゼ。君は私の妃になるほかない。身の安全のために。それから――」

 ハインツはもう何度目かわからないキスをエルゼの手にする。

「私が君を手放す気がないからだ」

「でも私は平民で……」

「関係ない。エルゼが生きていたと知ったときから、私は君以外を妃に迎えるつもりはない。元より生涯未婚で通すつもりだったのだからな。妻なんていなくて構わないのだ」


 にこりと良い笑顔をするハインツ。


「王太子殿下がそれではまずいでしょう!」

「生きる支えがないほうがまずいが?」

(それって支えが私ってこと? ヘンリヒのことは好きだったけれど、何年も前に少しだけ一緒に過ごした相手に対して重すぎるわよね?)


 エルゼは、『やっぱりこの方は変……』と、恐れおののく。

 彼女の怖気に気づいたのか、ハインツは困ったような表情を浮かべた。


「これから初夜やり直すつもりなのだが」

「えっ!?」

「君は相手がヘンリヒだとも、私がエルゼだと認識していたとも知らなかっただろう? だから初夜をもう一度――」

「お許しくださいっ!」


 みなまで聞かずに、ばびゅんと頭を下げるエルゼ。

(待って待って待って! 急にそんなことを言われても!)


 そんな、とハインツは右手を離すと、俯いているエルゼの頬を優しくなでた。

「ようやく再会できたのに君を抱けないなんて、おかしくなりそうだ。けれど君に嫌われたら生きていられない」


(また! 重すぎるわっ)


「身を切る思いだが、エルゼの心の準備ができていないというのなら。君が許可してくれるまで、初夜は待とう」

 エルゼはゆっくりと顔を上げる。

「……では今夜は」

「ああ、がまんするよ」

 優しく微笑むハインツに、エルゼは心の底からほっとして「ありがとうございます」と返した。

(やっぱり優しい方なのだわ。人の話を聞かない、とんでもないマイペース王子かと思ったけれど、よかった――)


「だが結婚は譲らない。教会も抑えた。式は一ヵ月後だ」

「は? え?」

「晩餐前に各国に招待状も送った。もちろんアーデル王女にも。再会が楽しみだな」

「あ、はい、それは」


(いえ、待って違う。姫様――ではなかったアーデル様にお会いできるのは楽しみだけど、一ヵ月後に挙式? 結婚? 無理よ!)


 なにやらポケットから取り出したハインツは、再び両手でエルゼの手を握りもぞもぞとする。

 それから極上の笑みを浮かべてエルゼを見つめた。


「遅くなってしまったが、家族三人で幸せになろう。愛しているよエルゼ」

 エルゼの左手の指には、指輪がはめられていた。金色の台座についているのは大粒のピンクダイヤ。エルゼが唯一馴染みのある宝石だ。


「これは……!」

「おじいさまの形見を母親に取り上げられてしまったと言っていただろう? 同じものは用意できないけれどな」


 家族の中で、唯一エルゼによくしてくれたのは祖父だった。厳格な当主で、けっして仲がよかったわけではない。それでも常に気にかけてくれていた。亡くなる間際にはエルゼに、彼がいつもつけていたピンクダイヤの指輪を形見分けだといって、プレゼントしてくれた。


 そんな話を、かつてエルゼはヘンリヒにした。だけど――


「八年もまえにした話を、覚えていてくれたの?」

「もちろん」

 

 エルゼは指輪に視線を移し、ピンクダイヤにそっと触れる。ポケットに入っていたせいか、ほんのりと温かみがあった。


(ああそうだわ。私、ヘンリヒのそいうい優しさが好きだったのだわ)

「ありがとう。嬉しいわ」

「喜んでもらえて、私も嬉しいよ」


 エルゼの額にハインツが唇を寄せる。


(そうよ、コーンウェルでお別れしたときからずっと。彼は大事なときに額にキスをしてくれている)

 そう気づいたら、エルゼは胸の奥がほかほかと温かくなったような気がした。


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