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上官に恋人役を頼んだら婚約届を渡された件  作者: 白雲八鈴


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12/13

◆バレンタインというものは存在しない

すみません。思いつきで書きました。


 私の目の前には、俯いたまま動かないアリシアローズが居る。今の時間は始業前でもなく終業後でもなく勤務時間内だ。


「アリシアローズ様、どうされたのですか?呼んでいただいたら本部の方まで足を運びましたよ?」


 ルーフェイスによって置かれた黒い革のソファに座るように勧め、お茶と菓子を出し、私が何事もないことを示す為に、お茶と菓子を一口ずつ食べてから、10分は過ぎたのではないのだろうか。

 何も話さないので私から声をかけてみた。


「あ……いや、ここの方が都合がいい。この詰め所の方にレイラファールはこないだろう?」


 どうやら、婚約者のアスールヴェント公爵子息と何かあったようだ。


 もしかして違う女でも連れてきたのだろうか。


「まさか、結婚式の予定が無くなったとかですか?」


 すると地下の方からガタリと音がした。ん?これはもしかして?


「真実の愛とか言って違う女性を連れて来たとか?」

「それならそれで構わないが……」


 構わないのか!まぁ、どちらかといえば、アスールヴェント公爵子息の方がアリシアローズに言い寄っているから、違う女性を連れてきたということではないのだろう。ではなんだろうか。ということは……


「予定していた結婚式の日程を王太子の所為で延期にさせられたので、天誅しに行こうという相談ですか?」


 本当であれば、冬になる前に結婚式を挙げる予定だったのに、あの王太子がヴァンウラガーノ公爵令嬢との挙式をこの冬にすることを突然発表したのだ。そのため、直前に公爵家同士の婚姻だとしても憚れるということで、急遽予定を変更せざるえなかった。


 どうも、ヴァンウラガーノ公爵令嬢のできちゃった婚らしい。

 ただ、世間的にできちゃった婚は体裁が悪く。あまりお腹が目立たない内に挙式を挙げてしまおうということらしい。私が提供した惚れ薬がよく効きすぎたようだ。


「いや、私的には別に結婚式にこだわりはない」


 アリシアローズはバッサリと言い切った。だったら、何の用でここまで来たのだろう。それにしても先程から地下通路の方から物音がして鬱陶しい。私はワザと踵を床に打ち付けるようにしてローテーブルに手を付いて前のめりになる。


「では、いったい何にお困りなのですか?私の耳にこっそりと教えてください」

「うっ……実はだな……『お祖母様が良からぬことをお祖父様にしたそうで、そのトバッチリを受けているのだ』」


 アリシアローズは途中からこの世界にはない言葉で話をしだした。どうも彼女も地下にいる存在に気がついたようだ。


「『どの様なことでしょう?』」


 私も同じ様に日本語で言葉を返す。


「『この時期になると毎年お祖父様に贈り物をしていたそうなのだ』」

「『お誕生日のプレゼントですか?』」

「『いや、それが……まぁ、私の感覚からすれば、クリスマスプレゼントなのだが、この世界にはクリスマスの概念はないだろう?』」


 確かに今の季節は冬の始まりの時期のため、あちらの世界の感覚ではクリスマス前と言っていい時期だけど、聖人の誕生を祝う風習はない。どちらかといえば、新年を迎えるための準備の方に手をとられるだろう。


 そして、(くだん)の王太子は新年に合わせて挙式をするつもりらしい。普通であれば私は出席する立場になかったのに、伯爵夫人という立場になってしまったために、出席しなければならない。はっきり言えば、行きたくないのが本音だ。


「『それで、お祖母様はお祖父様にチョコレートを毎年贈ったそうなのだ』」

「『え?チョコレート?』」


 チョコレートと言えば、別のイベントが頭に浮かんできてしまう。


「『お祖父様がこのチョコレートには何の意味があるのかと聞いたところ、“女性が殿方に告白するための贈り物なのだけど、私のは感謝の気持ちね”と言ったそうだ』」


 これは正にバレンタイン!いや、そのイベントは年が明けてからのイベントだし、それにチョコレートを女性から男性に送るとは決められてはいない。


「『この事を聞いたレイが自分は私に告白されていないと言い出したのだ』」


 うん。何かが違うような気がする。


「『それで、チョコレートを作って贈って欲しいと言われたので、店で買ったものを渡したら、凄く残念そうにされたのだ』」


 なぜ、そこで残念がる!自分が欲しいと言ったのに、ここは嬉しいと言って受け取るべきだ。


「『あ、いや……以前エミリア嬢から手作りの弁当をいただいたときから、私に何かしらを作って欲しいと言われていたのだ。しかし、私は料理などできなくてな……作れるとは思うが私の中のレシピはレンジ調理なのだ』」


 ああ確かに、簡単に調理ができるレンジ調理を愛用していたのか。それだと、レンジがないと思ったように作れないのだろう。


「『エミリア嬢にお願いがあってな。チョコレートの作り方を教えてもらえないだろうか』」


 ……私はカカオの種からチョコレートを作ることは出来ないよ。できるのはこの世界でチョコレートと同じような食べ物を溶かして料理するぐらいだ。


「『チョコレートを溶かして、ハートの型に流し込んで、固まったら真ん中をバキッと割って、失敗しちゃったテヘペロっと言えば喜んで食べてもらえるのではないのですか?』」

「『割る必要はあるのか?』」

「『嫌がらせです。アリシアローズ様がわざわざ買ってきた物を喜ばない愚か者に食わすチョコはねぇー!というやつです。もういっそのこと、シェフが作った物にアリシアローズ様がトッピングしたで良いのでは?無理して作る必要はないです』」


 それが一番いいのではないのだろうか。そもそも公爵令嬢は料理などしない。シェフが作った物にデコレーションか、何かトッピングを乗せるだけで十分だと思う。


「そうか。それでいいのか。本気でどうしようかと考え込んでしまったのだ。人には得手不得手があるのだから無理をする必要はないよな」


 そう言ってアリシアローズは来たときとは打って変わって、にこやかな笑顔で私の仕事部屋を出ていった。

 あのアスールヴェント公爵子息は必要のない情報まで仕入れているようだ。この国では女性からお茶のお誘いを男性にしても、求婚は男性からという暗黙のルールがある。女性から結婚してほしいというのは、はしたないとされているのだ。


 だからだろう。毎年アリシアローズのお祖母様が前フォルモント公爵に贈り物をして、大切な家族であるという意思表示をしてもらえることに新鮮さを覚えたのかもしれない。


 私はそんなことを考えながら、事務机に向かっていき床にしゃがみ込み地下通路に繋がる扉を開けた。


「コソコソしているネズミはどなたですか!」


 私は下を覗き込んで、一瞬遠い目をしてそっと地下収納庫のような扉を閉めようとする。しかし、その閉まる寸前の扉から腕が差し込まれ、扉の動きを阻害した。


「コソコソとは失礼ですね」


 綺麗な笑みを浮かべたオカンが地下道から現れた。今の時間は部隊長を急かして今日の分の書類を作るのに勤しんでいるはずだ。なぜ、ここにいるのだろう。


「お仕事はどうされたのですか?」


 取り敢えず、遠回しにここに居る理由を聞いてみる。


「レイラファールが何やら慌てた様子で、フォルモント公爵令嬢を怒らせたかもしれないと来ましてね。どうもエミリアを訪ねているようだということで、ここに案内したのですよ」

「それ、コソコソしていますよね」


 どうみても、アリシアローズのご機嫌の様子を覗いたいとアスールヴェント公爵子息が後を付けて来ていたということだ。


「失礼ですね。婚約者を心配していたということですよ。しかし、途中から聞き取れない言葉を話していましたが、あれはどこの言葉ですか?」


 ルーフェイスが綺麗な笑みを浮かべたまま聞いてきた。これはアリシアローズと私が日本語で話していたことを言っているのだろうけど、どこの言葉と聞かれて異界語ですなんて素直に言えるはずもない。


「コソコソしているネズミが紛れ込んでいるとわかれば、他の人にはわからない暗号を使うのは常識ですよね」


 私は地下でコソコソしている二人が悪いと言った。元々普通に話をしていたというのに、アリシアローズの発言で動揺したように物音を立てるほうが悪いのだ。


「おやおや、誰だって婚約者の口らか、別の女がいても構わないなんて言葉を聞けば動揺しますよね」


 いや、あれは恐らく貴族としては側室や愛人がいるのは普通で、紹介されれば受け入れるということだと私は思ったのだけど?


「結婚式もそこまで興味がないと言われれば、王太子殿下の所為で延期しなくてはならなかったことを、後悔していましたね」


 それも多分私と同じで、既に共に住んでいるのだから、別に挙式を挙げる意味はないと感じているだけだろう。

 いや、本当に私に至っては籍まで入れている。貴族の付き合いも嫌だが、私の髪と目は貴族たちの受けは悪い。そこまでして人前に出なくてもいいだろうというのが、私の本音だ。


「ああそう言えば、レイラファールから興味深い話を聞いたのです。聖女マリ様がこの時期に夫である前フォルモント公爵に手作りのお菓子を渡して愛の告白を毎年していたと聞いたのですよ」


 ん?なんか微妙に先程聞いた話と違う。


「その話を聞いた時に思ったですが、一度もエミリアから私のことを好きだと言ってもらったことがないと。エミリアから好きという言葉を聞いたことがないですねぇ」


 二度も同じことを言わなくても聞こえているよ。それにルーフェイスを好きとは一度も言ってはいないので、聞いていなくて当たり前だ。

 籍を入れて共に暮らしていて、まぁ家族という愛情はあることは認めよう。

 それが、好きに当たるのかどうかは、自分の心だけれど、未だにわからない。好きなのか?と、首を傾げてしまう。


「ですから、今日帰ったら、私にチョコレートのお菓子を作ってくださいね」


 とても強制的なバレンタインイベントになってしまっている。そもそも、バレンタインという風習はこの世界にはないので、する必要はないと思う。


「それでエミリア。フォルモント公爵令嬢と何を話していたのですかね」


 未だに私はルーフェイスが何を怒っているのか理解できないまま、アリシアローズとの話に対しての尋問が始まってしまった。


 それも黒い革のソファに座ったルーフェイスの膝の上で抱えられた状態でだ。

 ぐふっ!ほどんど毎日このような事態になるのだけど、一向に私はこの距離感に慣れることがなく、耐えきれずに私はルーフェイスの言葉に返答してしまうのだった。



 そして、私はヴァイスアスール伯爵邸に帰った早々にチョコレートを刻み湯煎にかけ、ドロドロになったチョコレートの液体を別に型に入れるという、お菓子というより形を変えただけのチョコレートを作ることになってしまった。


 そこ!私は別にパティシエだったわけじゃないから、変な噂を流さないでよ!


 だから、私は弟子を取らないと何度も言っているし、フォルモント公爵家のシェフに弟子入りしなさいと何度も言っているよね。



 夕食が終わった後に私が形を変えただけのチョコレートが侍女達の気遣いによって小箱に入って私の手に戻ってきた。小箱と言っても蓋がなくハートの形のチョコレートが丸見えになっている。


そして、私の横に腰を下ろしているのは、ニコニコと機嫌の良さそうなルーフェイスだ。恐らく私の言葉に期待しているのだろう。


 先程から私の心臓の高鳴りが収まることができなくなっている。この異様に緊張した雰囲気が拍車をかけているのだ。遠巻きに見ている侍女たちの息遣いまで聞こえてきそうだ。


 私の作ったチョコレートを手に持ち、勇気を振り絞って言葉にする。


「アルド様…………好きですぅ?」

「なぜ、疑問形になっているのですか?」


 うー。上官としてのオカンは直に手が出るから苦手だ。共に過ごすルーフェイスは私を気遣うところを見せてくれるけれど、未だにマリーローズブランドを着ることを強要してくるのは、嫌だ。


「家族としては愛していると思いますが……」

「エミリア!」

「うっ!私はまだ話しています。膝の上に座らせようとしないでください!」


 ぎゅうぎゅうに抱きしめてくるルーフェイスと距離を取るべく左手をルーフェイスの胸板に置いて突っ張る。


「が!!子供用の服を強要してくるところはイヤです。だから、疑問形で間違いはありません!」


 そう言い切って、私は右手でハート型のチョコレートを掴み、私の口元に持ってきて、咥える。そして、半分に割るように力を加え、チョコレートを割った。


「ですから、モゴ……チョコも私が食べますモゴ……」


 私はチョコレートを口に含みながら、このチョコレートはルーフェイスに渡さない事を言う。

 すると、私の右手を掴んだルーフェイスはそのまま自分の口元に持ってきて、もう半分のチョコレートを奪い取っていった。



「二人で1つのものを分け合って食べるのもいいですね」


 私の嫌がらせが通じていないように、ニコニコと機嫌のいい笑みを浮かべるルーフェイス。


 ぐふっ!まさか1つの物を二人で食べることになるなんて。


「エミリア。半年前に注文していた物が昨日届いていたのですよ」


 そう言ってルーフェイスが侍女たちに視線を送ると、数着のドレスが私の目の前に並べられた。


 見た感じ丈は今までより長く足首までありそうだ。だけど……だけどゴスロリ感が全く消えてない。どうみてもマリーローズブランドだ。


 しかし、人気ブランドだけあって、オーダーメイドに時間がかかったということなのだろう。

 うん。まぁゴスロリ感を除けば私の要望は通っている。私の髪が真っ赤なので、奇抜な色は避けて欲しいとお願いしていただけあって、ピンクとか赤い色合いのドレスはなかった。


「ということで、エミリア仕切り直しですよ」

「は?」


 仕切り直し?何、期待した顔をルーフェイスはしているのだろう。もしかして、きちんと言えということなのだろうか。


 ちょっと落ち着こうか。私の動悸の激しさがピークになりそうだ。


 大きく深呼吸をしてルーフェイスを見上げる。


「エミリアはアルド様の……ことを……す……好きですよ」


 くー!顔が熱い。思わず下を向いていると、ルーフェイスか私の両頬を両手で包むようにして、視線を合わせるようにした。


「エミリア。愛していますよ」


 そう言って、ルーフェイスは口づけをしてきた。それは甘いチョコレートの口づけだった。




 読んでいただきまして、ありがとうございます。


 2月14日じゃないかと、思い立ったが吉日と言わんばかりに仕事から帰って書き始めたら、寝落ちして書き終わったのか2時?!日付が変わってしまった。というところで投稿します。夜中に書いたのでいつも以上に誤字脱字が……すみません。


 まぁ、バレンタインらしくない話ですみません。でも15日になってしまったのでいいですよね。


 本当にたくさんの方に読んでいただきましてありがとうございます。

 いつの間にかブックマークが千を超えていたことに舞い上がる気持ちです。


 これはお礼の気持ちも込めての、閑話です。


 本当にありがとうございました。


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