ある男の回想録32:そんなの自分が1番わかっている
「領主様すげえ見てたな~。それにお前が触れられた時の顔!」
「お前よく笑えるな……」
「ヤマ様から直接手渡された時の顔も見たか?」
「見たよ」
とても喜んでいた。興奮していた、に近いが。
「守役様に阻止されてたけどな~」
「笑うなよ」
「俺、ヤマ様といる時の領主様が1番いいな」
「それは……そうだけど」
ヤマ様の事で真顔なりに感情が動いている領主様を見ると妙に親近感がわくのは確かだ。あの視線は出来ればやめて欲しいが。
ばれないように領主様は先に港に戻られたが、別れ際にもじっとこちらを見ていたのだ。
「次からは私の作った菓子を持ち歩くように」と謎の言葉を残して。
「領主様って俺の何倍も忙しいよな? お菓子を作るって……」
「ヤマ様が喜んでたからな~本気で作ると思う。今から作ってても驚かねーな」
「やっぱり……」
才能あふれる人間というのはすごいな。何でも実現できてしまう。
「ま、楽しみにしてようぜ!」
「そうだな……。俺は踊りの稽古に戻らないと」
あと3日だ。自分なりにやれるだけやるぞ。
港に戻ると、踊りの稽古は休憩中のようだった。
裏方の仕事に回った面々が何やら寸法を測っているのは衣装の為だろう。すでに一度測っているのだが、動いた時に綺麗に見えるよう個々で調整するという話になっている。
神の踊りの為に集まった住民は数百人規模になってしまったので、踊りの担当は1日稽古して選抜する形で決められた。それでもかなりの大人数だ。
一族の人間は能力的に確実に選ばれるという事で、不公平にならないよう一族と同じ人数を一族以外の住民から選んだのだ。男女の比率もあり結局大人数になってしまった。
俺は拝謁許可を得ているというだけで強制参加なので余計に足を引っ張れない。
ヤマ様は裏方でもいいと仰っていた様だが。
「――あのっ……!」
集団に近付いたところで数人の女性に声を掛けられた。もちろんカセルが。
「衣装の為に……測らせてください」
物凄く緊張しているのが伝わってくる。ついつい応援したくなる。がんばれ。
確かこの子は……エリーゼさんだ。以前差し入れをしてくれた子だ。
「俺達の分は母親とアルバートの姉さんが作ってくれるから必要ないんだ。ありがとう」
愛想の良いカセルが出てきた。その言葉に近付いてきた数人だけではなく、話を聞いていたと思われる女性達が残念そうにしているのが目に入った。さすがカセル、人気がある。
カセルがヤマ様は年頃の男女の恋愛を応援していると言っていたが、確かにヤマ様の希望通り稽古を通じて仲良くなった男女はいる。結構いる。
しかも気になる相手の衣装作成に携わり、刺繍を入れるという話で盛り上がっているようだ。
「そ、そうですか……お母さんとお姉さんが……」
カセルが姉の事まで言ったのはわざとだ。
中身はともかくあの外見の姉に対抗する勇気のある女性はこの年代にはいないと思うからだ。
「じゃあ」
笑顔でさっさと執務室に戻ろうとしているカセルの後姿を何となく見ていた時にそれは聞こえた。
「――自分の実力でもないくせに」
「――何か?」
俺に聞こえたという事はもちろんカセルにも聞こえているという事で。
声の持ち主を特定しているらしく聞き返していた。
「1番下手な奴が稽古に参加してないっておかしいだろ」
あの青年は――。そうだ、俺の事をたまに睨んでいたような気がする。
俺の事……だよな。気持ちはわかる。でも実際に言われるとやっぱり落ち込んでしまうな……。
「す、すみません」
「アルバートにも大事な役目があるんだよ。拝謁の許可を頂いてるからな」
カセル、表向きの愛想の良いカセルさんがいなくなってるぞ。笑顔が逆にこわい。
「そんなのたまたまそこにいたってだけで……そいつの力じゃないだろ」
その通り。
「お前ならまだしも……そいつは家族が有名なだけで実力が伴ってないじゃないか」
そんなの物心ついたときから知っている。が、言葉にされると心にくるな……。
「なんだ、ただの嫉妬か」
おい! もっと柔らかい言い方があるだろ。
「ちがっ……! みんな言ってるぞ!」
「お前さあ、アルバートの何を知ってる訳? みんなって誰だよ」
まずい、カセルが怒ってる。
昔からカセルとライハはこういう時俺をかばってくれたよな。スヴィも。いつもやりすぎて終わるけど。
ライハは――近くにはいないみたいだ。良かった、いたらもっと大騒ぎになってるはずだ。
周りはしんと静まり返ってこちらの様子を見ている。集団で踊りを合わせないといけないのにこの雰囲気はまずい。
「おいカセル――」
「俺も気持ちはわかる」
興奮している青年を落ち着かせるように、その青年の肩に手を置いて発言してきたのは以前ヤマ様と食事をしたお店で働いていた人物だった。
「お前もそう思うだろ!? 選ばれなかった住民であいつより上手く踊れてた奴はいっぱいいるぞ!」
「自分は頑張ってるのにって思うけどな、運も実力っていうじゃないか。そもそも御使い様のご意思だしな」
「それは……!」
「それにそいつが一生懸命やってるのはお前も知ってるだろ? お前も一生懸命やってるんだから、それを御使い様に見てもらえばいいんだよ」
「…………」
「そいつは拝謁許可を得ているからって偉そうにした事もないし、まあ気にするなよ。別に仲良くしろって言われてるわけでもないんだから」
「そうだよな~。俺達一族はもともと力があるから簡単に出来るけど、お前は努力で上手くなってるんだからそっちに集中しろよ。もちろん才能もあると思うぞ」
事態を静観していた一族の人間も出てきた。
「そうそう、そんな事言ってないでさっさと寸法を測らせてちょうだい――べ、別に私が作ってあげてもいいけどっ……」
「え……? あ、いや……い、嫌じゃなくて! あの……!」
あの青年顔が真っ赤だな。いいな……。羨ましい。
「……エリーゼ、俺も良かったら測ってくれよ」
「う、うん! しょうがないからシャイアの分作ってあげようか? 作ってくれる子もいないだろうし」
「なんだよそれ」
あの店で働いてた青年はシャイアって名前なのか。場の雰囲気を変えようとしてくれている。優しいな。
一族の人間はカセルを宥めているし、みんな良い人だな。
いつも稽古の時は自分の事で精一杯で周りをよく見てなかったからな……。
「――嫌な事言ってしまってすまん」
あの青年が謝ってきた。
「気にする事ないから、本当の事だし」
「お前なりにやってるのは知ってる……すまん」
「ほんと! 嫌な奴だったわ~」
「う、うるさい!」
なんだこれ……。仲の良さを見せつけられているのか。
「こいつは一生懸命さを周りに押し付けるような所があるけど悪い奴じゃないの」
「正直でいいと思う」
「ほら! あんたの心の狭さが際立つわ~」
ぐっと悔しそうにしている青年。でも俺は君が羨ましい。
「精一杯やるから、踊りも教えてもらえると助かる」
「おう……。成功させような」
「うん」
なんだかんだでみんなの団結力が増した気がする。きっかけはともかく。男女の仲もだが。
「じゃあ俺行くわ」
「カセル……いつもありがとうな」
なんとなく照れくさいがきちんと伝えるべきだと思う。
「気にすんなよ!」
颯爽と去っていくカセル。後姿までかっこいいな……。
「カセルさんやっぱりかっこいいわ~」
「お、おい!」
……俺にこういう相手ができる日は来るのだろうか。でも今はとにかく神の踊りに集中するぞ。
陽が落ち今日の稽古も無事終わった。少しだけ上手くなった気がする。
たくさんの指摘のおかげだ。今まで一族以外の住民にはなんとなく遠巻きにされていたので嬉しい。ライハは別だが。
カセルを手伝おうと機嫌よく執務室に向かうと、前任の技の族長のダニエルさんが執務室の方から歩いてきた。
「おう、ローザの孫か。みなもうそろそろ集まるぞ」
「え? 集まる……ですか?」
「そうか、神の踊りの稽古をしてたのか。あいつに話を聞くんだな」
「は、はい……! 失礼します!」
少し走って執務室に向かう。部屋に入ると、ちょうどカセルと領主様が部屋を出ようとしていたところだった。
「お、ちょうど良かった。稽古が続いてるようだから後で話そうと思ってたんだ」
「今そこでダニエルさんに会って……。領主様に話を聞くようにと」
領主様に視線を向ける。一度脱いでいた衣装をわざわざまた着用しているのは気にしてはいけない。
「揉めたそうだな」
「え? ――あ、はい。でももう解決しましたので」
カセルだな。
ついカセルを睨んでしまう。そのカセルは「すまん」と全然申し訳なさそうじゃない笑顔で謝ってきた。
「一族の人間に対しても不公平感を募らせている住民はいるかもしれないな」
「全くいないのも不自然ですからね」
「……そんな風に見えませんけど」
クダヤの住民に限ってそんな事……。
「そんなのこの街で気軽に口に出せる訳ないだろ~?」
「あ……それもそうか……」
「人の感情というものはなかなか制御できるものではないからな。その辺りを隣国に付け込まれない様にしなければいけない。出来る者が出来る事をするという方針は変えないが」
「そうですね~」
「アルバートは一族ではないが、一族の考え方もそうじゃない住民の考え方も理解できるはずだ。両者の調整役が出来るだろうな」
「は、はい……」
なんだ……? 領主様が領主らしい事を……。何があったんだ? 本当にどうしたんだ?
いや、これが本来の領主様なんだろう。ヤマ様が現れておかしくなってただけだ。うん、そうだ。
「これからヤマ様の拠点の件で話し合うんだよ。稽古が終わったならお前も参加だからな」
「あ、それでさっき集まってるって……」
「その前にこれを」
いきなり領主様に渡された包み。ほのかに温かい。
「菓子を作ってみた。分量は間違っていないはずだが味を見てヤマ様が好きそうかどうか、改善点等の報告書を提出するように」
「え?」
「私は夜は井戸を整えているから明日の朝家に寄る」
「え? あの、領主様……?」
「稽古で忙しいとは思うが頼んだぞ」
こちらの話は聞かずにさっと部屋を出て行く領主様。
「俺はもう提出したぞ~」
続いてカセルも。
「お、おう……」
心配する事はなかった。いつもの領主様だった。
やっぱりご自分でも参加するんですね……。




