#69 夜更しした翌日は起きるのが気だるい
繋がっている。
手が、繋がっている。
そこにある温もりは確かに私と彼女がここにいることを証明してくれているようで、暖かいものだった。
離したくない、繋がれた手をギュッと強く握り締めたところで──ピピピッとスマホがけたたましい音を掻き立てた。
あぁ、もう起きる時間か……。
「んぅ」
狭いベッドの中で小さく身動ぎをする。
元々そんなに広くないベッドなのにお互いに手を離さないように密着して寝ているせいで、本当に狭いんだ。それこそちょっと動くだけで湊の布団の中でめくれ上がった素肌にわたしの身体が擦れるぐらい。
目を開ければ隣にはまだ寝ている湊の顔がある。
いつもはもう少し早起きな気がするんだけど、昨日は二人で夜ふかしをしてしまったから寝坊気味だ。
それにしても、普段は起きている湊しか見る機会がないからこうしてじっくりと寝顔を見るのは初めてかもしれない。
うーむ、普段は真面目で頼りになる大人の女性が無防備な寝顔を晒しているというのは、なんというか見てはいけないものを見ている気がして謎の背徳感がある。
こういうシチュエーションで一度はやってみたかったことがある。
そう、イタズラだ。
寝ている顔をツンツンしたり身体をコチョコチョしたりとか、なんかそういうイタズラを一度でいいからしてみたかった。
千載一遇、絶好の機会なんだから、じゃあやるしかないでしょ……!
「ぉ、ぉーい」
一度声を掛けて起きていないか確認をする。
こういうのは起きかけていて、というのがよくある展開だから事前確認は大事だ。ツンツン、とかしている時に目と目が合ったら気まずいからね。
「………」
返事は、ない。
これはいけるか……!?
そぉーっと、そぉーっと、震える指先をそっとその頬に押し当てる。
「ふぉぉ……」
や、やわらかいぞ!
お風呂上がりのスキンケアを毎回丹念に行っているのは知っていたけど、それにしても早朝でこんなにお肌の状態って良いものなのか……!
「んっ」
ぷにぷにと指で押せばそれだけ跳ね返すような弾力、合わせて小さく漏れる吐息。
これは病みつきになる……!
一度やりだしたらもう止まらない。
さっきまで起きたらどうしよう、とか一抹の不安を抱えていたにも関わらず、今は頬をツツーっとなぞったり鼻を押してみたり自重というものがなくなった。
むしろいつ起きるだろうか、というチキンレースのようなスリルを味わってさえいた。
「はぁ…はぁ……」
ひとしきり首から上は堪能した。
本来ならそろそろ学校へ行く準備をするべきなんだけど、ここまで来て今更引き下がることは出来ない。
わたしは謎の使命感に突き動かされるように、首から下へのイタズラを敢行しようとして……、
「こよい」
「あ」
目と目が合った。
冷たい目だ。
「なにしてんの」
「いや、これはなんというか、えっと」
決して勘違いして欲しくないのは、わたしは別に邪な気持ちでイタズラをしているわけではないのだ。
あくまで顔をツンツンしてたら楽しくなってじゃあいっそ全身も、というコンプリート意識というかなんかそういうA型特有のきっちりした性格が発現してしまったというか、そう、わたしは悪くない、この血が悪いのだ……!
「油断した。寝顔見られるとか一生の不覚。はぁ~……」
「ご、ごめんね」
「別に、怒ってないからいいけど」
と、言いつつもどこか拗ねた様子の湊。
寝起きのテンションでちょっと調子に乗りすぎたかな。
どうやってご機嫌を取ろうかな、と考えているとそれまで無言だった湊が急に布団を蹴飛ばさん勢いで飛び起きた。
その顔は先程までの真意が読めないものではなく、明らかな焦りが見て取れる。
「今宵、今何時!?」
「え、と、7時30分ぐらい?」
「やばっ」
そう言うと湊は目の前で寝間着を脱ぎ始めた。
「ちょ、みーちゃん!?」
「ごめん、用なら後で聞く!」
何をそんなに慌てているのか、という疑問はすぐに解決した
学生と違って社会人の湊は朝にそこまでゆとりがある訳ではない。ましてや今日は自宅じゃなくて、わたしの家から会社へ向かうわけだ。
昨夜入念にスキンケアをしていたところから分かるように、湊は自分の身なりにもかなり気を使うタイプだ。
だから身支度はそれなりに時間がかかるし、今から用意するとなると間に合うかどうか……。
「あわわ」
わたしがイタズラなんかせずに目覚ましが鳴った時にちゃんと起こしていればこんな慌ただしくすることはなかったのに。
起きるための目覚ましなんだからお布団で過ごすんじゃなくて、ちゃんと起きないとダメだよね!
「あぁもう、寝坊とかしたことないのに……!」
「お、落ち着いて」
「アンタは落ち着きすぎ! ほら、そっちも用意しないと遅刻するわよ」
「た、たしかに」
別に学生だからって朝は優雅にゆっくり過ごせるわけではない。
そりゃ社会人に比べればまだマシかも知れないけど、今は起床時間をとうに過ぎているんだから割と遅刻するかどうかの瀬戸際ではある。
「朝食用意してる時間は、ないか。せめて今宵の分だけでも……」
「一食ぐらい平気だよ?」
「ダメ。私はコンビニで買って行くからアンタはトーストとスープ用意するからそれだけでも食べて行くこと。いい?」
「い、いえっさー」
物凄い圧を感じてしまってとても断れる雰囲気ではなかった。
いや、でも無理してわたしの分を用意してくれるとか普通に申し訳ないんだけど。
「いいから、甘えときなさい」
「むぅ……」
なんだかこのあしらわれ方はわたしのことを子供扱いしているようで、ちょっと不服だった。
「じゃあ私はもう行くから。クリスマス配信頑張ってね」
「うん、いってらっしゃい」
「いってきます」




