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残虐非道な悪魔公と神に見放された伯爵令嬢のやり直し婚  作者: 白波さめち
一度目の世界─神に見放された伯爵令嬢フィオナ─

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温もりに染まる夜


 ミリーとアンナが下がってからも、私はルーファス様の帰りを待ち続けた。


 月明かりに照らされた雪が小さな光を反射しながら外を舞う。

 

 夜半を過ぎた頃、ようやくドラクレシュティの屋敷の前に馬車の止まる音が聞こえた。

 隣の部屋に控えているであろうミリーを起こさないように、そっと扉を開けて部屋を抜け出す。


 冷えた廊下と僅かな灯りの中、玄関ホールへと向かうと、ルーファス様とアルローが丁度入ってきた所だった。

 その二人をヴィルハイムと彼の従者が出迎える。


「兄上、いかがでした?」


「打てる手は……全て打ったはずだ」


 眉間に皺を寄せ厳しい顔をしたルーファス様はそう言って雪が少し積もった上着を脱いだ。

 ヴィルハイムは視線を伏せて「そうですか……」とその言葉を飲み込む。


 上着を使用人に預けたルーファス様がふと顔を上げ、私と目が合った。

 

「フィオナ?」


 声をかける前に見たかった気まずさから、私はゆっくりと廊下の暗がりから玄関ホールへと歩みを進めた。

 ルーファス様は小走りで私に駆け寄る。


「どうした?そんな格好で……身体を冷やすぞ」


 廊下の蝋燭に照らされた彼の顔には疲労の色が濃い。

 そしてまた、私を気遣う優しい言葉。


「……っ!」

 

 上手く言葉が紡げず、私は涙を堪えながら首を振った。

 彼は私の肩に冷たい手を置いて、安心させるように優しく笑顔を向けた。


「後で部屋に行く。だから部屋で待っててくれ」


 頷きで返した私は、使用人に付き添われ部屋へと戻った。


 しばらく待つと、軽く入浴を済ませ楽な装いとなったルーファス様が部屋を訪れた。

 

 私は彼を出迎えてすぐ、扉の前で彼の袖を握る。

 まだ上手く言葉が纏まらない。

 沢山の聞きたい事、謝りたいことが頭の中で渦巻いていた。

 

 ルーファス様はそんな私の様子を見てフッと微笑み、手を引いて寝台に連れて行った。

 

 寝台の縁に二人並んで座ったのは初めてだ。

 寝台は長椅子よりも柔らかく、身体が沈み込む。

 少し肩の力が抜けた気がした私はようやく言葉を紡ぐことができた。

 

「……私のせいでドラクレシュティが大変なことになるかもしれないって聞いて」


「ヴィルか。全く余計なことを」


 ルーファス様はそう言って手で頭を掻き、ため息を吐いた。

 そして私の顎に手を乗せてクイと顔を上げさせる。

 彼の赤い瞳には、ただ心配の色が滲んでいた。


「フィオナのせいじゃない。君のおかげでアイディーン様も含めて助かった命が沢山ある。ただ、君の奇跡なような浄化の力。それを欲する者も多い、というだけの話だ」


 分かってる。何度同じ状況に陥ったって、私は目の前に苦しむ人がいたら力を使うだろう。

 でも、それが大切なドラクレシュティの人々の足枷になっている気がして胸が苦しいんだ。

 

 微笑んだ彼は「それよりも」と話題を変えた。


「強襲の一件から調子が良くないと聞いてる。大丈夫か?」


「あの時の光景が、どうしても頭を離れなくて」


 放った言葉が引き金となり、再びあの光景が脳裏に浮かんだ。

 背筋が凍り、胃がギュッと萎縮する。


 その瞬間――私の身体はルーファス様に包み込まれていた。

 布越しに感じる彼の体温が、冷えた私の身体を温める。


「人の死は……どうしても心の傷になる」


 耳元で囁かれたのは、少し冷たさを滲ませた優しい言葉。

 

 そうだ……。

 オストビア帝国の侵略戦争で、ルーファス様はもっと沢山の死を見ている。

 沢山の死に触れている。

 

 強襲の時、私の事を守ったように――。

 誰かのためにその手を血で汚している。


 人の死が心の傷になるのなら、彼の心は今どれだけ傷だらけなのだろう。


 その事に思い至った私の瞳から涙が零れた。

 ルーファス様はそんな私の頭をただ優しく撫で続ける。


 零れた涙は、悲しみじゃない。

 そこに至らなかった恥ずかしさでも、情けなさでもなかった。

 私は彼の胸の中で、ギュッと身体を締めつけるように抱きついた。


「……ルーファス様も、傷ついてるのに」


 かすれた声でそう呟くと、彼の腕の力が一段と強くなった。

 彼の熱と私より早い胸の鼓動が伝わってくる。


「君がいる。それだけで、俺の傷は癒えるんだ」


 囁かれた声は、先ほど玄関で聞いた冷たい悪魔公の声とは全く違っていた。

 それは私だけに見せてくれる、切実な一人の男性の声。


 すると突然、彼が腕の力を緩めて身体を離す。


「そろそろ休め。明日は諮問会議だからな」


 おやすみと続く言葉を放ち、立ち上がった彼の袖を、私はもう一度捕まえた。

 できれば、このまま彼のそばにいたいと思ったから。


 するとルーファス様は今まで見たことのないような、困惑した表情を浮かべながら片手を上げる。


「ダメだ、フィオナ」


「どうして……ですか」


「……手を出してしまいそうになる」


 そう言ったルーファス様の表情は、悪魔公でも領主でもない一人の青年のようになっていた。

 

 そんな顔……初めて見た。


 胸の鼓動が早くなる。

 さっきまで冷えていた身体は一瞬で熱を持ち、指先が震えた。

 

 嫌だなんて、思うわけがない。

 だって私はルーファス様が好きなのだから。

 この上なく、大切なのだから。


 私は自分の心から、全ての勇気を振り絞る。


「……構いません」


 私の言葉にルーファス様は固まった。

 目を見開いて、信じられないというように。

 そのまま唇だけを動かして「いいのか?」と私に尋ねる。


 私は彼の赤い瞳を真っ直ぐに向けて、首を小さく縦に振った。


 その瞬間、彼は恐る恐る私の頬に触れた。

 

 まるで繊細なガラス細工を扱うみたいに、優しく触れられた指先。それは撫でられるように私の頬を滑り落ち、私の顎を軽く持ち上げた。

 そしてそのまま彼の親指が、私の唇をそっとなぞる。


 自分から言ったのに、緊張で心臓が痛いほど脈打った。

 きっと顔は、熱で赤くなってるだろう。


 ぎゅっと目を閉じると、唇が重なる感覚がした。

 何度も唇を啄まれ、息をするタイミングを見失う。


 彼を掴んだ手に少し力を入れると、唇が離された。

 ようやく息を吸い込めた。

 呼吸と同時に目を開けると、顔を赤くした彼が少し気まずそうに視線を逸らせていた。


「……すまない」


「大丈夫です」


 少し笑いを溢す。

 彼も……緊張してるんだ。

 そう思うと心に温かいものが湧き上がった。

 まだ緊張はしてる。

 でも――怖くない。

 

 彼はもう一度私に口付けをすると、背中に腕を回し、ゆっくりと寝台に横たえさせた。


 

****


 

 目覚めると、部屋には朝の光が満ちていた。

 視界に入ったのは、隣で眠るルーファス様。

 普段の険しさが消えた少し幼い彼の寝顔だった。


 彼の温かい腕に抱き締めれている私の身体。

 肌と肌が直接触れ合う感覚が、昨夜を思い起こさせた。


 するとまた心臓が脈打ち、顔が熱くなる。


 恥ずかしさで声が出そうになるのを堪えながら、ゆっくりと姿勢を変えた。

 そして彼の額に、そっと口付けをする。


「今度は……私が守りますね」


 私は彼の耳元で、囁くようにそう呟いた。

 

 

 


 

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