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十七話

嘘だろ?いや、嘘だよなぁ。これ実はドッキリですって誰か看板持って現れてくれ、ネタバラししてくれ。


「結構あなたの事好きでしたよフジミヤ、飼い犬にならないならさよならです」


トンネルのような廊下、明かりは頭の上にある電灯だけ、それすらも点滅して心許ない明かりの中、いつもの特徴あるイントネーションではなく、流暢に日本語喋っている女性はそれの引き金に指を掛けた。


引き金、黒い、鉄、丸い穴、あまりに無骨であまりに流麗なそれは、普通に拳銃と呼ばれる物だ。


「だから、比喩がおかしいのよ貴方、いえ、あ・な・た、うふ……………」


更に銃口をこちらに向けた女性の後から、更に銃を持った美しい黒髪の美女が現れる。

そして黒髪の美女よ、自分の台詞で悦に浸ってないでくれ。一瞬の油断で俺は死んでしまうから。


「コオリ、中々に格好のいい登場ですがっ!」


女性は振り返りながらハイキックを放つ、美々は避ける事もなくその右足を左腕でガードする。そして美々は躊躇う事なく引き金を引き発砲、銃弾は女性に当たる事はなく藤谷の耳元を通りすぎていった。


藤谷は余計にその場から動けなくなる。


ちょっ、まじ!?美々の持ってるの本物なの!?ねぇ、モノホン?ほんもの?ほんものが美々で美々が本物で死ねば本望?


藤谷は酷く混乱した。もう色々なモノが混ざって乱れるどころではすまない、美々と女性の格闘劇を見てる余裕しか……………いや、見てる場合じゃないだろう。


藤谷は駆けて一気に二人に迫る。その間も二人は蹴りを繰り出し、受けては拳を突き出し、蹴り返す、あまりに二人の格闘劇が美しくてちょっと魅入りたい気分にもなりそうだが、冷静に美々の援護に向かわなきゃならない。つか、あんまり明るくないのにあの二人よくあんなに動けるな。


「チィっ!」


と、もう隠す必要も伏せる必要もないだろう。リサ・フィールの舌打ちが聞こえる。そりゃ、美々一人でリサは手一杯足一杯だってのに、ここに藤谷を加える余裕はないだろう。


一瞬、その一瞬だ。

一瞬だけ余裕を持った。その一瞬が藤谷の間違いであり、藤谷の破滅であった。


「うっっっ!?」


腹部に衝撃、最初に感じたのはノーガードでドッジボールを腹に喰らった感覚、あれ無駄に凄い体育会系の球は痛いんだよね。痛いを通り越すんだよね。


あはは、あは。


前に進むために前傾姿勢を取っていた筈なのに、今は体をくの字に折ってゆっくり後ろに倒れていってる。


嘘だよなぁ。


藤谷が確認したのは、間抜けに驚いてる美々の顔とリサが握っていた銃からたつ硝煙だった。


そして目の前の扉がしまった。扉というか、シャッターかな。火災用か、非常隔壁って感じの…………さ…………美々とリサ先生どこいったんだ?…………あら…………


藤谷の意識はゆっくりと確実に白で塗り潰されていった。










そんなサスペンスでアクションな話が展開される朝に戻ってみる。


藤宮藤谷はいつも通りに目覚めた。


「執行!」


「べぶぅるっ!」


強制的に睡眠から覚醒にシフトされた藤谷は、腹部への衝撃で体を一度くの字に折って、もう一度ベッドに沈む。そして目を開くと、


「ぐっもーにん、お目覚めのキスはいかが?」


「頂こうか」


ここで寝ぼけながら頂く、という選択を出来る藤宮藤谷を俺は讃えたい。うん、断る理由ないもん、誰も見てないもん。



よくわからない寝ぼけ理論を打ち立てて、腹部に重みを感じてるがあえて無視して愛する人の唇を餌をねだる雛鳥のように藤谷は待った。


そして額に柔らかく愛しい感触、


「今日は目覚めよかったみたいだから特別だからね」


出て行き際にウインクを残して美々は部屋を出ていった。


やべぇ、めちゃくちゃ可愛い。


あまりの感情の高ぶりに身もだえる藤谷は腹の上にまだ鎮座していた「死を超える筋肉質の男の象」に額を打った。


「…………つぅ、くそ、この土産シリーズどんだけあるんだよ」


まだまだ増える謎の鉱石で出来た象達、物置を飛び出して猫の額ほどの庭が埋めつくされるのは近いな。対処しないと。










そんな朝を終わり、いつも通りに登校して、いつも通りに授業を受ける。


まぁ、最近のいつも通りに少し違いがあるとしたら、朝は穂村が一緒に登校するようになった事と、お昼も穂村が加わったということ、言うまでもないだろう。アイももちろん一緒だ。


そして報告しわすれていたが、ようやく腕のギプスが外れた。外れたといってもまだまだ無理は出来ないそうだが、なんか白く見える腕が今はとても愛しい。


それを思うとアイ達が転入してきてもう一月になるんだな。月日が過ぎるのは早いもんだ。更に補足しておくか、いや、する必要もないか。


父旅に出た。たった五文字で説明を終えられる分かりやすい男である。



ごちゃごちゃしてきたから閑話休題。


最近藤谷には違和感がある。


アイの事だ。


アイ、白い少女、家族、天真爛漫、頭の中がお花畑のような大切で、大事な少女。見る限りでは頭に挙げたアイの特徴は一つも抜けちゃいない。今一緒にいるのもアイであって、今ミートボールを藤谷の弁当箱から強奪したのもアイだ。


「ってなにやってんだ! アイ! 俺のミィィィトボゥルを返せ!」


「え~と、ご馳走様でした」


そう言って隣に座っているアイは礼儀正しくこちらに頭を下げた。


「よし、よく言えま…………したじゃすまさないよぉぉぉ! 喰らえ、つむじサイクロンハリケーンタイフーン!」


説明せねばなるまい。つむじサイクロンハリケーンタイフーンとは、頭にあるつむじに人差し指と親指の爪を当ててグリグリと回しながら押し込む事だ!良い子は絶対に真似するなよ、お兄さんとの約束だ。


「あにゃーっ! こら! とうやだめ! 私おかしくなっちゃう! らめぇーっ!」


「超執行」


藤谷の逆隣に座っていた美々さん(機嫌悪い)に藤谷が機能停止させられるという形で勝負はついた。


………………本当、ミートボールを口に撃ち込まれて後頭部で床に激突するってさ、どんな威力をたたき出してんの?しかも道具は箸一つときたもんだ。本当に私の奥さんは素敵過ぎる。










そして多分今日の出来事で一番最悪で、一番日常から離れていて、一番あってはいけなかった出来事。


最後の授業が始まるまでの休憩時間、というか準備時間、移動教室の為に移動を開始したが、アイの姿が見当たらない。


「トイレと言ったきりよ。ちょっと遅いわね。迷ってるのかしら?」


これも説明する必要ないかな、横を歩く美々には全く話し掛けてません、口を開いてません。


藤谷が怪訝な表情で美々を見つめた。


「あら、なにかしら? 私可愛い?……………藤谷?」


「美々、絶対に関わるなよ!!」


そう言い残して藤谷は駆け出した。


見えてしまった。いや、見えてよかった。


動かないアイがリサ先生に米俵のように抱えられて車に押し込まれた。そんな有り得ないシーンを目撃してしまった。美々を見つめた視線の先、大体の場所から死角になる教職員用の駐車場で起こった出来事。


現在二階、藤谷は段飛ばしどころではなく、踊り場まで跳んで一気に下りる。教科書なんかも持ってる場合じゃない、その辺に適当に投げて、駆ける。


同時に考える。


アイはどうした?なぜ抵抗しなかった?眠らされていた?くそ!


なぜリサ先生はアイを車に押し込んだ?なんで?如何なる理由であんなに乱暴に、無理矢理?誘拐としか考えられない。


もし仕方ない理由があるならいくらでも後で謝ってやる。だけど、胸に残る言いようのない胸騒ぎが止まらない。


「くそ! くそ! ちくしょう!」


いくら悪態を吐いてもなにも状況は変わらない。


走った、駆けた、走り抜け駆け抜けた。


どうにか間に合った。


裏門を出る直前に車の前に立てた。両手を広げて前に立つ、ここでアクセルを踏まれたら大惨事だが、リサ先生は止まってくれた。


「どうしたのデスか? そんなに慌てて」


リサ先生は車から降りて、ツカツカとヒールの音をたてて藤谷に近付いて来る。


「後部座席のアイはどうしたんですか?」


「いえ、少し体調が悪いようなので」


「そうですか、俺が病院に連れてくから降ろしてくださいアイを」


「変なところで鋭い男は嫌いですよ」


なんか違和感がある。リサ先生の日本語が流暢になっていると気付いた時には体中に電気が走っていた。









「……………ん…………んん」


恐ろしく頭が重い、一体何があったのだろうか、頭が重すぎて全然働かない。


「お目覚め?」


藤谷はその声でハッとなる。


慌てて体を起こすが上手く起き上がれない。両手が縛られている。しかも手錠だ。


玩具の警察ごっこの手錠では、やっぱりないようで冷たいし、ズッシリと重みを感じる。とてもじゃないがひきちぎれそうにもない。


「ふぅん、まずは状況より体の自由を考えるんだ?」


「先生、これはなんのつもり? SMなら勘弁、年増にゃ興味ない」


そこで藤谷はようやく憎い相手を睨みつける事にした。


ソファーに座って後ろで手を結ばれている藤谷をゴミのように見下ろしてる女、藤谷がかつて先生だと思ってた女性、今はその顔に張り手五発打ち込んでもこの気持ちは晴れそうにない。


「年増ね…………先生傷付くわ。これでもあなたと同い年なのに…………」


「…………なに?」


なに言ってんだコイツ?


「ふふっ、説明は後でしてあげる。私、あなた気に入ってるの。飼ってあげるから、今は少しお預け、ね」



「おい! どこ行くんだ!? アイをどうした!?」


「フジミヤ、賢く生きなさい。あなたはペットなの、ペットはペットらしくご主人様に尻尾振ってなさい」


脇腹を踏まれてるんだろう。痛いし、腹立つ。つか、ヒールで踏まれんのこんな痛いんだな。


「船が出るわ。アイはまた実験動物に逆戻り、ちょっと出て来るからお利口さんにしてなさい」


まだ違和感の残る流暢な日本語で、リサは部屋を出ていった…………んだと思う、ドアの音が聞こえたから。


まず落ち着いて、


「船が出る? そういうことか」


そういうことか、なんてちょっとカッコつけたが、腹の下に響くエンジン音となにか物が動き出した揺れで、船らしい物が動き出した事しか分からん。


くそ、手は縛られてるし…………今気付いた。首輪までしてやがったのかあのSM変態女。


悪態を吐くのは止まりそうにない。


「動けない、アイを助けなきゃ、なんとかせねば………………くそ、体の自由が」


体の自由さえなんとかなれば、いや、ちがうな。まずは、体の自由だけをなんとかしなきゃいけないんだよな。


冷静に、冷静にならなきゃいけないのに。


駄目だ、焦りと怒りで沸騰しそうだちくしょう。


「お困りですかな?」


お困りですかな?だって?困って困って仕方ないよ。情けない話自分じゃなんとも出来ん。


こうしてる間にもアイはなにされてるかわからないのに。

藤谷は思い切り歯を食い縛る。腕に力を込め、この手錠を、手錠を繋いでいる鎖を引きちぎるイメージをつくる。


「無駄ですよ」


無駄?ふざけんな、やってみなくちゃ、やらなくちゃいけないんだ。アイが、アイが。


ん?誰だこの女の声?にしても凄い綺麗な声だな。


「……………ども、元気ですか?」


藤谷は目があった。しゃがんでこちらを覗き込んでる少女と目があった。落ち着いた印象受ける、一つ大きな問題があるとしたら、恐ろしくアイに似ている。だが似ているだけで、全然の別人なのは見ればわかる。そもそも家族を見間違う筈がない。


「…………助けてくれたりする?」


さっきから頭の中が異常にごちゃごちゃしていた藤谷だが、急な少女の来襲によって一気にクリアになっていた。


そこから出された発言今のこれである。クリアになりすぎである。


「構いませんが、私の…………その、容姿については触れないんですか?」


「アイに似ているが関係は?」


「取って付けた様でなんか嫌ですね。助けるの止めましょうか」


「いや、是非助けてください」


土下座どころか土下寝で懇願する情けない男藤谷、これでも将来を約束した奥さんがいる。


「助けますよ。貴方とは利害が一致しますからね。私はHです。貴方の言うIとは双子です」


「……………Hって変態さんなのか君は?」


「短い付き合いでしたさようなら藤宮藤谷さん」


「すみません、ごめんなさい許してくださいちょっとしたお茶目です」


土下寝状態継続、流石は藤宮藤谷、謝るのだけは上手くなっていく、これ、自慢だからね。


「名前…………と言ったらなんですが、Hとしか呼ばれた事ありません。IもIですし」


……………藤谷の小さい小さい脳が一つ答えを導きだした。


「君のイニシャルがHなんだね?」


「…………っ!」


「ごぇっ!」


踏まれた、背中思いっ切り踏まれた。


「馬鹿だ馬鹿だとは知ってましたが、まさかこんなにも馬鹿とは」


「あんまり馬鹿馬鹿言うなよ。意外と、気にしてんだぜ」


少し格好をつけた語調で言ってみた。


凄い怪訝な顔が返ってきた。藤宮藤谷は傷付いた。


しかもため息までつかれる始末、藤谷の精神はもう駄目かもしれない!


「嘘だ。知ってるよ。あの時に会ったアイだろ君」


『あの時』それで理解してくれたらしく、また目の前でしゃがみ込んでこちらを覗く体勢をとっていた少女の顔に反応が伺えた。


「気付いていたのですか、美々がよく言う変なところは鋭いとはこういうところですかね」


「にしても口調も全然違うな、あの時と」


「ええ、あれはIの影響が強かったですから仕方なしです」


彼女の『アイ』という発音に先程から小さな違和感を覚えていた。小さな疑問は沸々と沸き上がり、答えとも言えそうな大きな疑問にたどり着いた。


「なぁ? Hと『アイ』ってアルファベットの事か?」


またも返答は怪訝な表情、つうか『うわぁ、こいつ本当に馬鹿だな』って顔しないで!


「うわっ、本当に貴方馬鹿ですね」


…………皆さん、今のポイント説明しなくちゃいけませんね。伊達に美々に馬鹿にされ続けてないこの僕藤宮藤谷が説明しなきゃいけませんね。


私が前に提示した『うわぁ』と『うわっ』では後ろにつくちっちゃいの違いますよね?そのちっちゃいのにちっちゃいけど大きな違いと問題があります。先に『ぁ』の方では染みるように深く、そして慈しみを持って俺を馬鹿にしていますね?後に『っ』になると汚い物に触れてしまったような、見ちゃいけないものを見てしまったような、明らかにそこに慈しみと優しさはありません。


よって!彼女は酷い。


「藤谷、いい加減にしとかないと私も怒りますよ? いえ怒りました」


もう一度背中に回った少女、そして聞こえてくるなにかの駆動音、そう、映画なんかでよく聞くチェーンソーのような。


すぐさま藤谷は振り返って彼女が動かしたであろうものを確認しようとするが、なにかに首を固定されていて動かない。



なんでなんで、と疑問符を浮かべまくっているころには、駆動音がなにかにぶつかって金属音の悲鳴をあげていた。

藤谷も一緒に悲鳴をあげた。怖くて後ろは最後まで振り返れなかった。後、火花と思われるものはは熱かった。


「はい、おしまいです」


その言葉をどれだけまっただろうか、永遠ともいえる苦しみを乗り越えた藤谷は気分がよかった。勢いよく立ち上がって体を伸ばす。


「ほら、さっさと首輪を外してください。Iを助けるんでしょう?」


スイッチを切り替える。随分頭は冷えた。これなら無茶して失敗の確率も減るだろう。しかし、一刻も早く助けに行かねば、アイが泣いてるかもしれない。


そう思うと藤谷の胸の中の炉が燃えだすのを感じた。


「サンキューな雛子、んじゃあ助けに行くぞ」


「えっ?」


藤谷が雛子と呼んだ少女は着衣を整えながら驚いてるようだ。一体この手錠の鎖を切ったブツはどこへやったのだろう。


「それとIはカタカナで『アイ』だからな。間違えんなよ」


「ちょ、ちょっと待ってください!」


「なんだよ雛子。急ぐんだから手短に」


「手短にさせなかったのは誰ですか!? だから、その、『ひなこ』ってなんです!?」


「ん? Hだから雛子、鳥の雛の雛に子供の子で雛子。お前の名前だ、藤宮雛子、うん悪くない」


満足感が胸一杯に広がってる藤谷は、調子にのって雛子の頭を撫で回した。ムツゴロウさんくらい。



「……………本当に、藤宮親子はネーミングセンスを疑います」


「なにぃ!? 親父と一緒にすんなよ! 雛子、アイの双子ならもちろんお前も俺達の家族だ」


「……………だから、今は力を貸せって事ですか?」


「………家族は助け合うもんだからな。だけどやっぱお前が危ない目にあうのやだな、うん嫌だ。よし、安全な所に隠れてろ」




藤谷がそう納得してうんうんと頷いていると頬を引っ張られた。しかも両方、しかも頬がぶちぶちと何かちぎれる音がするぐらい。


「名前をつけました。双子であるアイにかけてくるかと思えば、全く関係ない捻りのない名前を私につけました。責任は取ってもらいます。それにアイは私の妹です。助けない道理なしです」



藤谷は頬が駄目になってるっぽいのでもう涙すら出ない。美々のと違って愛が足りないからこんなに痛いんだよなきっと。


今更だけど意外に気に入ってないよね。名前なんてやっぱり格好つけてつけるべきじゃなかったか。


「そんなことありません! センスはたしかにあれですが、気に入ってますから」


そう言ってそっぽを向く雛子、ああ、こうしてると凄く可愛いじゃん。あれ?そういや俺喋ってないや、気付くの遅くなってきたって事は慣れちゃったのか、嫌だな慣れってさ。


藤谷は余裕を持ってでそんなことを考えてるが、頬を離してくれないとそろそろヤバいのは気付きたくない。


「早く助けにいきましょう。それでいつまで首輪してんですか?」


気を取り直してくれたのは良いけど、早く手も離してほしい。


「ああっ、手錠も外しときましょう」

思い出したように雛子がどこからか出現させたのは一本の鍵、藤谷は頬を押さえて本日二度目のやっと解放された喜びを噛み締めていた。


そしてその鍵は藤谷の両腕に装備されている鎖の切れた手錠の鍵穴に吸い込まれていった。そして、カチャッ、といい音をたてて手錠は床に落ちた。ついでに首輪も外してその辺に放り投げる。これに鎖とかついてて完璧に犬みたいにされてたら一生の恥だったな、首輪された時点で遅いけどさ。


「じゃなくて、なんで態態鎖を切ったのかな?」


「藤谷が私のパンツ見たから」


よし、今更だが説明しよう。さっきから雛子が持ち物をどっかから出したり消したりしてるかわからない。それはなんの収納スペースもない真っ白なワンピースを着てるだけだからだ。どこに消してるかは置いておくとしても、ワンピースが顔を覗き込むようにしゃがめばどうなるか、言うまでもないだろう。


そして、藤谷にも言い分はある。


「縛られてたんだよ! 無理でしょ!?」


「目を瞑れましたよね?」


「すみませんでした。出来心です」


なんか理不尽な気がする。目の前に……………やめよう、これ以上なんか言ったら好感度がだだ下がりだ。


「さぁ行きますよ。藤谷」


藤谷は雛子に引っ張られるように部屋を飛び出した。








「暗い、怖い……………」


藤谷は一人で歩いていた。暗い廊下を歩き続けていた。雛子に教えてもらった道の通りに歩く。明かりは頭上にある点滅する蛍光灯のみ、蛍光灯と蛍光灯の間は長いし、点滅までしてるので洞窟探検してる気分だった。


さて、なぜ愛する家族の雛子ちゃん、通称ヒナちゃんがいないかと言えば、


『この先を真っ直ぐ行ったらレフト、次を左、その次は左折して、左に折れると見せかけて右に行ってください。この船、京都みたいに碁盤のような道になってるんでわかりやすいと思います』


『ヒナはどうするんだ?』


『愛称までつけてきやがりましたか、私はアイを救うための手順を踏みます。説明した所で貴方にはわからないでしょうから指示に従って移動してくださいそれでは健闘を祈ります』


『あっ、おい! 行っちゃったよ』


ってな展開がありやがりまして、仕方ないから指示された道のりを歩いている次第であります。


指示された道はどっちだったかなぁ、と思いながら十字路の中心に立ってあちらこちらをキョロキョロと見回していると、自分がどっちから来たかもわからなくなってしまった。


冗談抜きで廊下の造りに違いが見られなくて、自分の位置を全く把握出来なくなってしまった。


……………でも、雛子の奴俺が迷う事前提で話してた気がする。いや、気がしてきた。


藤谷は雛子が自分を迷わせた事によって生じる利点があるのかどうかを考えていた。


そんな時だ。そう、そんな時藤谷の右手側の通路からカツカツと何かが近付いてくる。


「Hがこそこそ動いてると思ったら、あなただったの」


暗闇の洞から現れたのは、銃口をこちらに向けたリサ・フィールだった。










そして時は現在に戻る。


美々は閉まっていくシャッターに手を伸ばしたが間に合う事はなく、無情にも撃たれた藤谷と分断されてしまった。


叫んでしまいたかった。藤谷の方に行くためになにか手を講じたかった。


だが、今は冷静さを欠いてはいけない。藤谷は無事だ、藤谷は無事だと自分に言い聞かせて目の前女と対峙する。


「へぇ、恋仲と聞いてたのに意外に冷静ね? 冷めてるのかしら関係が」


右手の銃を弄びながらリサが言う、美々は荒くなってしまった呼吸を整える。銃口はもちろんリサに狙いをつけたまま。



「にしてもあなた、どこでそんな格闘技を?」


流暢な日本語でリサが更に聞いてくる。美々としては黙って向かってきてほしい。


美々の技術は、自衛である。あまり自分から攻めたくない、ただ昔覚えた護身術にたまたま読んだ本の格闘技を織り交ぜただけなのだから。


それでもこれだけ出来ている事に美々は小さな手応えを感じる。手応えは右手の銃にもあるが、これはあまり使いたくはない。


「さっさと終わらせましょう。貴方ヒールでどこまでやれるのかしらね」

先刻からの格闘技を放っていたリサの足元は明らかに戦いに適してないハイヒールだ。もし、リサの靴がもう少し戦闘向きだったらと思うと体の芯が冷える感触を覚えた。



破顔一笑、美々が警戒を怠ったわけじゃない。隙があったわけでもない。美々がなにかするよりも速くリサはなにかを投げた。


どこかから取り出す動作はなかった事から、袖あたりに隠していたんだろう。それは小さな球体のように見えたし、確認する前には爆発していた。


その爆発により引き起こされたのは、美々な視界を完璧に奪う煙、白煙、視界が真っ白に染められた美々は素早く廊下の壁に背をつけた。百八十度攻撃をなくしただけで、視界はないのだから大きな意味は持たないが、何もしないよりずっとマシに思えた。


そして美々が聞いたのは足音、ハイヒールが生み出すカツカツという音がシャッターとは反対側の廊下を駆けて行った。



「あら、逃げるのね。さてと藤谷をなんとかしないと」

美々は見上げた。煙が徐々に晴れてく中で、その煙を吸い込んでいる口を見上げる。


ここにいたらあの女の応援が来て、美々の形勢は明らかに不利だ。今は一刻も早くこの場を離れ、尚且つ、敵に見付からずに敵より先に藤谷の元へ向かわなければならない。


そして美々は迷わず頭の上に空いている口の留め金に銃弾を叩き込むのだった。

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