第9話「真実の薬と偽りの薬」
「そ、そいつは『蒼の龍』、蒼 龍牙!?」
警備兵の一人が声を震わせた。
その名は王都でも轟いている。SSS級冒険者であり、王家からも一目置かれる英雄。そんな人物が、なぜ追放されたオメガの味方をしているのか、誰も理解できなかった。
「龍牙殿……どうしてこのような詐欺師の肩を持つのですか?」
厳山が脂汗を浮かべながら、揉み手をして近づいてきた。
「この息子は、才能もなくフェロモンも薄い出来損ないです。実家への逆恨みで、こんな騒ぎを起こしているのです」
「出来損ない、か」
龍牙は冷たく笑った。
「その出来損ないの薬が、俺の命を救ったんだがな」
「は……?」
厳山と異母弟が固まる。
「お前たちが売りつけた『最高級解毒薬』とやらは、俺の古傷には何の効果もなかった。だが、蓮華の薬は一晩で毒を消し去った。どっちが詐欺師かは明白だろう」
群衆がざわめく。
英雄の証言は重い。白龍堂への疑念が一気に膨れ上がる。
「そ、それは偶然でしょう! まぐれです!」
異母弟が金切り声を上げた。
「大体、そんな泥のような見た目のものが薬なわけがない! 美しいものこそが正義、香しいものこそが至高! それが王都の常識だ!」
「なら、今ここで証明して見せよう」
蓮華が静かに、しかし力強く言った。
「そちらの『奇跡の聖水』と、僕の薬。どちらが本当に病を治せるか、勝負しましょう」
「なにおう!?」
その時、人混みの中から一台の豪華な馬車が現れた。
王家の紋章。
中から降りてきたのは、顔色の悪い少年を抱いた侍従だった。
「道を開けよ! 第三王子殿下のお通りだ!」
群衆が割れ、厳山が平伏する。
第三王子は、王都で流行している奇病に侵されていた。肌には赤い発疹があり、高熱でうなされている。
「白龍堂よ。王宮医の薬も効かぬ。そなたの店の評判を聞いて参った。この『聖水』とやらで、王子を治せるか?」
侍従が切羽詰まった様子で尋ねた。
厳山は一瞬躊躇したが、すぐに営業用の笑みを張り付けた。
「もちろんでございます! この薬にかかれば、どんな病もいちころです!」
厳山は震える手でピンク色の小瓶を差し出した。
侍従がそれを王子の口元へ運ぶ。
「待ってください!」
蓮華が叫んだ。
「その薬を飲ませたら、王子は死にます!」
「黙れ無能! 王族への不敬だぞ!」
異母弟が蓮華を突き飛ばそうとするが、龍牙がそれを片手で受け止めた。
その隙に、侍従は薬を王子の口に流し込んでしまった。
一瞬、王子の表情が和らいだように見えた。
厳山が勝ち誇った顔をする。
しかし次の瞬間、王子は悲鳴を上げ、激しく血を吐いた。
「殿下!?」
王子の容態が急変した。呼吸が浅くなり、発疹が黒く変色していく。
厳山と異母弟は顔面蒼白になり、腰を抜かした。
「な、なぜだ……痛み止めは大量に入れたはずなのに……」
「解毒もしないまま痛み止めを入れれば、毒が暴れるのは当然です!」
蓮華が駆け寄った。
侍従が剣を抜こうとするが、龍牙がそれを制する。
「その薬師に任せろ。そいつなら治せる」
蓮華は王子の脈を取り、まぶたの裏を確認した。
そして、持っていた鞄を開き、数種類の乾燥した根と葉を取り出した。
その場で乳鉢ですり潰す。
ゴリ、ゴリ、ゴリ。
焦燥感の中、その音だけが響く。
『熱を取りたい』
『毒を出して』
『苦しいよ』
王子の体と、薬草たちの声が重なって聞こえる。
蓮華は迷いなく調合を進めた。水を加え、ドロドロの深緑色の液体を作る。
匂いは強烈な苦みを含んだ草の香り。
「これを飲ませてください」
侍従は躊躇したが、王子の苦しむ姿を見て、意を決して受け取った。
王子が液体を飲み込む。
一秒、二秒、三秒。
長い沈黙。
やがて、王子の呼吸が穏やかになり始めた。
黒く変色していた発疹が、見る見るうちに引いていく。
王子はゆっくりと目を開けた。
「……苦しく、ない」
小さな声だったが、確かに聞こえた。
静寂が破られ、ワァッ! と歓声が上がった。
「治ったぞ! 泥薬で治った!」
「やっぱり白龍堂の薬は偽物だったんだ!」
「あの青年こそが本物の薬師だ!」
群衆の手のひら返しは早かった。
厳山と異母弟に向けられる目は、称賛から憎悪へと変わった。
「ち、違う! これは何かの間違いだ! 衛兵、奴らを……」
「黙れ」
低い声と共に、龍牙が王家の紋章が入った書状を掲げた。
「これは国王陛下からの直筆の命令書だ。『白龍堂の不正を暴き、民を救った者に、王宮筆頭薬師の地位を与える』とな」
龍牙は事前に王宮へ使いを出していたのだ。彼は最初から、こうなることを見越していた。
「白 厳山、お前とその息子を、毒物混入及び詐欺の罪で拘束する」
警備兵たちが向きを変え、厳山たちを取り押さえた。
「は、離せ! 私は名門白家の当主だぞ! 蓮華、お前からも何とか言え!」
往生際悪く叫ぶ父を、蓮華は静かに見下ろした。
そこにはもう、憎しみも未練もなかった。
「さようなら、父さん。薬は見た目じゃありません。人を救いたいと願う、心そのものです。あなたが忘れてしまったものが、ここにあります」
蓮華の手には、泥だらけだが温かい、一瓶の薬が握られていた。
連行されていく父と弟の姿を見送りながら、蓮華は深い息を吐いた。
長かった因縁が、ようやく終わったのだ。
龍牙が隣に来て、ポンと肩を叩いた。
「よくやったな、最高の薬師様」
「……龍牙さんのおかげです」
蓮華が涙ぐんで微笑むと、龍牙はニカっと笑い、そのまま蓮華の体を高く抱き上げた。
「わっ!?」
「勝鬨だ! みんな、この男が王都を救った英雄だぞ!」
龍牙の叫びに、群衆から惜しみない拍手と喝采が送られた。
恥ずかしさで顔を真っ赤にする蓮華だったが、その心は晴れやかだった。
腐敗した空気が消え、王都に新しい風が吹き始めていた。




