第7話「決意の旅立ちと二人の絆」
官僚の冷徹な声と、龍牙が放つ殺気がぶつかり合い、蓮華堂の前は張り詰めた空気に包まれていた。
「龍牙さん、やめて!」
蓮華は龍牙の腕にしがみついた。
硬く握られた龍牙の拳は震えていた。王命に逆らうことが何を意味するか、国境を守る彼が知らないはずはない。それでも、彼は蓮華を守るために剣を抜こうとしていた。
「離せ、蓮華。こいつらは話して分かる相手じゃない。お前を連行して、地下牢で強引に罪を認めさせるつもりだ」
「それでも、龍牙さんを罪人にするわけにはいきません。それに……逃げてばかりじゃ、いつかここも居場所じゃなくなってしまう」
蓮華は震える声で、しかしはっきりと言った。
実家から追放されたあの日、彼は全てを諦めて逃げ出した。けれど今は違う。この村で築いた生活、頼ってくれる人々、そして隣にいてくれるこの人がいる。
守りたいものができたのは、龍牙だけではないのだ。
「僕は王都へ行きます。行って、身の潔白を証明します」
蓮華は官僚に向き直り、毅然とした態度で告げた。
「盗みなど働いていません。私の薬は全て、この村の植物と私の知識で作ったものです。調査でも何でも受けて立ちます」
官僚は鼻で笑った。
「ふん、口だけは達者なようだ。まあいい、同行するなら手荒な真似はしない。さあ、馬車へ」
「待て」
龍牙が低い声で遮った。彼は剣を鞘に収めると、蓮華の肩を抱き寄せた。
「俺も行く。ちょうど報告に戻るつもりだったんだ。蓮華は俺の馬車に乗せる。お前たちの護送など必要ない」
「なっ……し、しかし蒼殿!」
「文句があるならここで斬り捨てていくが、どうする?」
金色の瞳が鋭く光る。官僚はヒッと息を呑み、慌てて後ずさった。SSS級冒険者であり、国境の守護神である彼を敵に回す度胸など、一介の役人にあるはずがなかった。
「わ、分かりました……。では、王都でお待ちしております」
官僚たちは逃げるように馬車に乗り込み、去っていった。
嵐のような騒動が去り、再び静寂が戻る。
「……よかったのか?」
龍牙が静かに尋ねた。
「はい。龍牙さんが一緒なら、怖くありません」
蓮華が微笑むと、龍牙は困ったように頭をかき、大きなため息をついた。
「お前には敵わんな。……よし、出発は明日の朝だ。準備をしておけ」
その夜、蓮華は旅支度を整えた。
愛用の道具、書き留めた手帳、そして村の薬草たち。
庭の植物たちに水をやりながら、別れを告げる。
『行ってらっしゃい』
『気をつけて』
『負けないで』
植物たちの声が、温かく背中を押してくれるようだった。
翌朝、村人総出の見送りの中、二人は龍牙の専用馬車に乗り込んだ。
村長が涙ぐみながら手を振る。
「先生、必ず帰ってきてくれよ!」
「待ってるからな!」
蓮華は窓から身を乗り出し、村が見えなくなるまで手を振り続けた。
やがて馬車は森を抜け、街道へと入る。
車内は二人きりだった。
龍牙は向かいの席で腕を組み、窓の外を流れる景色を眺めている。その横顔は険しいが、どこか憂いを帯びているようにも見えた。
「龍牙さん……ごめんなさい。僕のせいで、任務を中断させてしまって」
「気にするな。どのみち、王都の異変は放っておけなかった。それに……」
龍牙は視線を蓮華に戻した。
「俺は、お前の薬がないと生きていけない体になっちまったからな」
冗談めかして言ったが、その瞳は真剣だった。
蓮華の心臓がトクリと跳ねる。
「あ、あの……昨日の話、本当ですか? 僕の匂いが、その……」
「ああ。今もだ。お前が近くにいるだけで、古傷が疼かない。……不思議だな。今までどんな名医にかかっても治らなかったのに」
龍牙は手を伸ばし、蓮華の手をそっと握った。
大きく、分厚い手。剣だこで硬いが、そこから伝わる熱は優しかった。
「蓮華、王都では何が起きるか分からん。お前の親父や弟は、手段を選ばない連中だ。だが、絶対に俺が守る。指一本触れさせん」
「はい……信じています」
蓮華は握り返した。
アルファとオメガ。本来なら支配と被支配の関係にあるはずの二人が、今は対等なパートナーとして手を取り合っている。
馬車のリズミカルな振動が、二人の鼓動と重なるようだった。
旅路は数日続いた。
夜は野営をし、焚き火を囲んで語り合った。
龍牙が語る戦場の話、蓮華が語る薬草の知識。互いの知らない世界を教え合う時間は、二人の距離をさらに縮めた。
そして、ついに王都の城壁が見えてきた。
かつて追放された場所。
しかし今の蓮華は、一人ではなかった。隣には最強の盾があり、胸には確かな自信があった。
「行こう、蓮華」
「はい、龍牙さん」
二人は顔を見合わせ、大きく頷いた。
戦いの舞台は、再び王都彩雲へと移された。




