第2話「辺境のボロ家と薬草の歌」
朝、鳥のさえずりと共に目が覚める。
王都では窓のない地下室で寝起きしていたため、朝日で目覚めるという当たり前のことが、蓮華にとっては新鮮な喜びだった。
硬い寝台から体を起こし、大きく伸びをする。体のあちこちが痛いのは、昨日一日中、家の修繕に追われていたからだ。
あのボロ小屋だった家も、一週間の突貫工事でなんとか住める状態になっていた。村の大工たちが「薬師様のためなら」と手伝ってくれたおかげで、屋根の穴は塞がり、床のきしみも直った。村人たちの温かさが身に染みる。
蓮華は顔を洗い、簡素な朝食を済ませると、籠を背負って裏山へと向かった。
今日の目的は、薬草の採取だ。
翠玉村の周辺は、蓮華にとって宝の山だった。王都では高値で取引される希少な薬草が、ここでは雑草のように生い茂っている。しかも、人が踏み入っていない分、植物たちの生命力が強かった。
森に入ると、ひんやりとした空気が肌を撫でる。
蓮華は目を閉じ、意識を集中させた。
ざわ、ざわ……。
きら、きら……。
視界を開くと、ただの緑の風景の中に、淡い光の粒子のようなものが浮かび上がって見える。それは、薬効の高い植物たちが放つ生命の輝きだ。
「すごい……この辺りは、特に土の力が強いんだ」
彼は慎重に足を進め、一本の青い花の前で足を止めた。
「月光草」だ。夜に淡く光るこの草は、熱冷ましや解毒の作用があるが、採取してすぐに加工しないと効果が半減してしまう。
「君、元気だね。少しだけ、葉っぱを分けてもらえるかな?」
蓮華は花に語りかけながら、腰のポーチから小さなハサミを取り出した。
茎を傷つけないように、必要な分だけを丁寧に切り取る。植物の痛みを感じ取れる彼にとって、乱暴な採取は耐え難いことだった。
『ありがとう』
ふと、そんな声が聞こえた気がして、蓮華は微笑んだ。
籠がいっぱいになる頃には、太陽は空高く昇っていた。
心地よい疲労感と共に家に戻ると、早速作業に取り掛かる。
家の土間に据え付けた大きな作業台。ここが蓮華の城だ。
採取した薬草を種類ごとに分け、洗浄し、乾燥させる。一部は生のまま乳鉢ですり潰し、エキスを抽出する。
トントン、トントン。
ゴリ、ゴリ。
リズミカルな音が静かな室内に響く。
蓮華の手つきは迷いがない。王都では「遅い」「効率が悪い」と罵られたが、それは彼が植物の状態に合わせて力加減を微調整していたからだ。
例えば、この「太陽根」という根菜のような薬草。
普通の薬師なら機械的に粉砕して煮込むだろう。しかし蓮華は知っている。この根の中心にある芯の部分には雑味があり、それを取り除かなければ純粋な効能が得られないことを。そして、すり潰す際には右回りにゆっくりと力を加えることで、成分が活性化することを。
鍋からは、独特の香りが漂い始めた。
決して良い香りとは言えない。苦みを含んだ、土と草の濃縮された匂いだ。
「うん、いい出来だ」
出来上がったのは、深緑色の粘り気のある軟膏と、茶色く濁った飲み薬。
見た目は確かに悪い。王都の貴族が見たら顔をしかめるだろう。
しかし、蓮華は満足そうに小瓶に詰めた。
これは村の木こりの男性から頼まれていた、切り傷と筋肉痛に効く薬だ。彼らは見た目など気にしない。「効けばいいんだ」と言ってくれる。
「これなら、きっと楽になるはず」
ラベルを貼り、棚に並べる。
店と呼ぶにはまだ寂しい棚だが、そこには蓮華の真心が詰まっていた。
店の名前は「蓮華堂」にした。
実家の「白龍堂」から一文字も取らず、ただ自分の名前を冠しただけの小さな店。
夕方、薬を取りに来た木こりの男は、小瓶を受け取ると豪快に笑った。
「おう、ありがとよ先生! 前の薬もすげぇ効いたぜ。塗った瞬間に痛みが引いてくんだから驚いたよ」
「それはよかったです。でも、無理はしないでくださいね。完全に治るまでは重いものを持たないように」
「わかってるって! また頼むな!」
男は代金の銅貨を数枚置いて、機嫌よく帰っていった。
その背中を見送りながら、蓮華は手の中の銅貨を握りしめた。
冷たくて、重みのある硬貨。
それは、実家で受け取っていた小遣いとは違う重みを持っていた。
自分の力で稼いだ、初めてのお金。誰かに必要とされ、感謝された証。
「……嬉しいな」
一人つぶやくと、胸の奥が熱くなった。
こんなにも満たされた気持ちになったのは、いつ以来だろう。
王都での辛い日々が、遠い過去のように思えた。
外は日が沈み、藍色の帳が下りていた。
虫の声が聞こえる静かな夜。
蓮華はランプの灯りを頼りに、明日の準備を始めた。
この村には、まだまだ彼の力を必要としている人たちがいる。
そう思うだけで、明日が待ち遠しかった。
しかし、平穏な日々は長くは続かない。
運命の歯車は、嵐と共に回り始めようとしていた。




