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王家主催の音楽の夕べは、実質の王家主催の舞踏会である。
国中の有力貴族達が集い、この非常に珍しい外国からの賓客を歓待した。
フォート・リー王立音楽団による演奏は、ジジにとっても目新しい、近代作曲家による新しい試みによる物で、実験的な、素晴らしい物であった。
ジジは友好の印として、ロッカウェイ公国の名前において、フォート・リー新興の音楽家への奨学金の設立を約束した。
外交的には両国の大きな友好関係への礎となる。
政治的には非常に賢明な動きだ。
中立国の立ち位置は弱い。一国でも多くの友好国を獲得する事が国の運命を左右する。
ジジは少女のような趣きとはいえ、さすが一国の公女、素早い政治的な判断、堂々とした振る舞い、たおやかな動き、機知にとんだ会話、そして魔力障害がなければ一体どれほどの美貌の淑女になったであろう、その迫力のある幼い美貌は、フォート・リーの国中の話題を一気にさらった。
その夜の話題をさらったのは公女ジジだけではない。
アストリアから、ジジの従者として帯同してきた、アストリア国きっての魔道士、ゾイド・ド・リンデンバーグ。だ。
魔力による赤く怪しく光る瞳、銀の長い髪、魔道士に似つかわしくない、威圧するかのごとく大きな体躯。魔物のような美貌を誇るこの男を、女達はため息をついて、男達は羨望の目で眺めていた。
だが、女達の口の端に登った、今晩の本当の話題は、ゾイドの美貌ではなかった。
その夜のゾイドの銀の髪を飾っていた、緑のリボンだったのだ。
流行の真っ直ぐ肩に垂らした髪をした娘達はすぐに気がついた。
それが、娘達が、レイチェルの為にアストリアへ輸出するブルーベリーにかけた、レイチェルの愛おしい恋人への、祈りのリボンであった事に。
(((あの方、だわ)))
レイチェルの愛おしい、かの人は、恋人を探しに、はるかフォート・リーまで乗り込んできたのだ。
その夜、フォート・リーの娘達の間だけでで交わされた会話の内容を、国中のどの男達も、知る事はなかった。
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「ああ、噂に違わぬ男っぷりだ。ディエムの神人かと見間違えるほどだ。」
音楽の夕べに参加した、宰相オーギュストは、待ち構えていた息子の顔を見ると、ニヤリと笑ってそう言った。
今日は王宮内部の特殊警備の業務についていたルークは、ゾイドの顔をまだ見ていないのだ。
オーギュストがゾイドに会ったのはもちろん初めてである。
その神人と見まごうような美貌の男に、オーギュストは己の息子の美貌に勝るとも劣らない美貌を誇る初めての男だと、心から関心してしまった。
会での威風堂々とした立ち居振る舞い、溢れる魔力、当代一の男っぷりである事は、オーギュストも認めざるをえなかった。
オーギュストは続ける。
「公女も隙がない。魔力過多さえなければ、彼女は素晴らしい大公となっただろう。全くフォート・リーの周辺国は次世代の人材に恵まれているな。ウカウカしていると、この国はすっかり乗っ取られてしまう。。」
口調とは裏腹に、さも痛快だと言った面持ちで、思い出し笑いをしている。
「父上。何か、夜会で楽しい事があったのですね。」
父が夜会帰りで、こうも愉快そうにしている事は、ルークの記憶では初めての事だ。訝りながら父の次の言葉をまつ。
「ああ、夜会で、あの赤目の男、バルトになんと言ったと思う?」
ついには腹を抱えて笑い出した。
「私の婚約者がそちらでお世話になっているそうですね。すぐに迎えに行きますので、お手数ですがこれを渡してやって下さい。そう言って。」
ルークはイライラしながら父の言葉をまつ。
オーギュストは、笑いで次の口が付けないのだ。
一しきり大笑いをした後、ようやく落ち着いたオーギュストは続けた。
「バルトの目の前で、バルトがアストリア神殿に奉納した、魔晶を取り出して、目の前で火だるまにしやがったのさ!ああ実に小気味のいい男だ!」
魔晶とは、王族が神殿に奉納する、いわば魔力の塊である。
年明け前に、その年王族の中で最も魔力の量と質が高かった者が儀式に参加し、持てる魔力を全て結晶化して女神に奉納する。
小さい物だが、宝石のような美しい。
アストリア国の伝統行事で、王族の年間の祭祀の中でも大変重要な儀式だ。
魔晶を破壊するには、込められた魔力以上の魔力を加えれば良いだけだ。
ゾイドは、バルトの魔力など、簡単に破壊してやるという、いわば、喧嘩を売っているのだ。
バルトが魔晶をアストリアの神殿に奉納したのは、今より随分若い頃で、魔力の量も、質も今より誇っていたはずだ。
「それで、バルト様はなんと。」
「炭にされた自分の魔晶を見て、なんとも言えない顔して立ち尽くしてたさ。ああお前の恋敵は強敵だな!せいぜいジーン嬢をあの男から隠し通す事だな!」
腹を抱えながら、宰相オーギュストは、部屋を去った。




