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(今日はこれで3羽。。)
ルークが叩き落とした小鳥の数だ。
王宮の警備につく近衛の騎士達は厳戒の体制で、この大変厄介なロッカウェイ公国からのアストリア留学生を、客人として迎えている。
この客人は、調査協力の条件として、滞在先のアストリアから従者を連れてきた。
王宮内部にフォート・リーとは緊張状態にある、アストリア人を招いているのだ。
内外からの緊張で、内部の警備はビリビリと痛いほどだ。
叩き落としたのは、凄まじい魔力で構築された小鳥だ。
上級以上の魔術師による、繊細で大胆な、宝石のような魔術。
客人のアストリアからの従者の諜報活動である事は判明している。
想定内ではあるが、これほどの小鳥を放つ魔力の持ち主を王宮内部に招いたとは。
公女ジジがフォート・リー王宮に招かれてから数日経過した。
もちろんレイチェルの耳には何も入れられていない。
レイチェルには魔力がないので、どれほどの魔術士だろうが、魔力でレイチェルの居場所を追跡する事は不可能だ。
躍起になってアストリアの魔術師が毎日小鳥を飛ばして探しているのは、おそらくルークが大切に部屋に隠している、その人だろう。
(リンデンバーグ魔法伯の長子。赤い氷だ。)
小鳥を錬成したのは、アストリアで最も名高い、赤い目の魔術師の男だ。
ルークは、叩き落とした小鳥に目をやると、ベットに身を投げてその名を泣き叫んでいた恋しい娘の姿を思い出した。
(ゾイド。とか言ったな。)
忌々しそうにルークは小鳥を魔法で焼き払うと、レイチェルの軟禁されている部屋に視線をやった。
(悪いなレイチェル。俺はお前を自由にしてやる事は、もうできない。)
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私にはゾイド様と言う婚約者がいるので、気持ちは嬉しいけれど、気持ちに応える事はできない。
そう、ルークには告げたはずなのに。
今日もこうしてルークは勝手に部屋に入ってきて、何事もなかったかのようにルーナにお茶を入れてもらっている。
「良いではありませんか!あの麗しいルーク様に求婚されて、そんな難しい顔をする乙女などこの国のどこにもおりませんよ!さあさあ、あまり待たせては失礼ですから!」
先日のルーナの躍り出しそうな機嫌の良さは、この展開を知っていたからだろうか。
今日もいそいそと最高のご機嫌でルークを歓待しているルーナ。
「レイチェル様求婚をお断りされた?ほほほ、ルーク様には何度でも通っていただいたら良いのですよ。男性とはそうやって女性を求めるのですわ。」
ルーナはそうはいうけれど。
レイチェルはため息をついてしまった。
ルークの、唇の感触を、知ってしまったのだ。
美麗な装いの下に隠された、硬い胸の厚さも、知ってしまったのだ。
金の瞳のその奥に、あんな真っ直ぐな眼差しを隠していることも、知ってしまったのだ。
いつもであれば、寝間着であろうがおきたばかりであろうが、ルークがやってきたらすぐに、みっともない姿で、「またきたんですかー」と顔を出して大あくびで応対するのだが。
昨日知ってしまった、ルークの真摯で、切実な思いに触れてしまい、レイチェルはどうして良いかわからない。
のんびりとお茶を楽しみながらレイチェルを待つルークを、レイチェルは扉の向こうでどんな顔をして迎えたら良いのやら、困ってしまっていたのだ。
(ゾイド様。。。)
ゾイドを愛している。間違いない。身も心も焼けつくすほど、あのお方が恋しい。
だが、ルークに抱きすくめられて、唇を重ねてしまった事に、嫌悪感はなかったのだ。
レイチェルが本当に困ってしまったのは、そんな自分が、すっかり分からなくなってしまった事についてなのだ。
そしていつまでもウジウジと寝室から出てこようとしないレイチェルを、ルーナは容赦無く寝室から叩き出して、目下レイチェルの頭痛のタネである、麗しい太陽の騎士の前に座らせるのだった。




